クリエイティビティと美しさのアップデート Vol.2/3
前回の記事「クリエイティビティと美しさのアップデート Vol.1/3」で、アジャイル化を余儀無くされる制作現場の状況から、価値観のアップデートが必要だと記した。それをキーワードで探っていくべく、年始に自分のFacebookに投稿した記事で、価値観のシフトを表現してみた。
・世の中の流れから思う、わたし的IN&OUT
(今の気分と、時代遅れな気分、みたいな)
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【IN ← OUT】
ネットワーク ← ヒエラルキー
ワクワク軽々と ← すんげーー必死
アジャイル的に世に出しながら考える ← 気が遠くなるほど完璧な計画立て
丸腰のつながり ← マウント
カラフルで繊細なグラデーション ← 白と黒
信念のある綺麗事 ← 課題感ばっかの様子見
質感 ← 形状
永続的プロセス← 絶対的アウトプット
出る杭 ← 空気の読み合い
ヘルシー ← 滅びの美学
複合的 ← 二者択一
才能や個性 ← 金や権力
見えないもの ← 見えるもの
ちょっと普通 ← キッメキメ
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抽象的且つ雑多なイメージワードばかりで恐縮だが、このように、美しさ、ものづくり、デザイン制作の価値観に関しても、アップデートをした方が良いと思っている。
20世紀は物質の時代。目に見える、手で触れる物体を作る時代。完璧さを求めて、ひとつづつ積み上げてストイックに頑張って、固定的なパーフェクトビューティーを現実化していくことが求められたと思う。
だけど21世紀は違う。
変化の流れの中で形を変えながら存続し続けることが求められる、形より性質が重要な時代。表面に今この瞬間見えている形は、次の瞬間変形しているような、そんな流動的な状態が続くのだから、美しさも表面の形に宿るものではない。その法則というか、コードみたいな、方程式みたいな、変形していくけれど、ある一定の法則によって具象化を促す、その法則自体に美しさが宿るのだと、思う。
・だからこそアイデンティティデザインなんだ
私が探したい、創造したい、デザインしたいのは、その法則、コードみたいなプロセスなのだ。
今のところ私としては、それをアイデンティティデザインと呼ぶのが、いちばんしっくり来ている。
企業のブランディングに置き換えると、ユーザーとのタッチポイントが現在進行形でどんどん多様化していて、グラフィックツール、Webサイト、アプリ、店舗や施設、動画、さらに人的タッチポイントとして、カスタマーサービスやスタッフ、コンシェルジュの対応もあれば、数年後にはロボット、さらにスマートスピーカーのような、音声だけのAIコンシェルジュといった、まさに無形的なユーザーインターフェースが増えて行く、というか、置き換わっていくだろう。それら全てにおいて、ブランドというひとつの法則によって導き出された表現が必要だと思う。それが企業やブランドの人格、アイデンティティデザインというわけだ。
例えば、Appleという企業ブランドがある。
彼らの作るプロダクト、店舗、広告、ビデオ、スタッフの服装や対応、あらゆるタッチポイントにはAppleらしさが行き届いている。iPhoneのボタンの感触、iOSのインタラクションという細部はもちろん、CMコミュニケーションや、Apple Storeのスタッフの話し方まで、企業のアイデンティティを感じることができる。前述のように、世の中のタッチポイントが無形化していったとしても、AppleのコミュニケーションにはAppleらしさを期待することができる。
そういう、多様な表出する形に一貫して同じ人格を感じさせるような法則、コード、方程式、という意味でのブランディング、つまりアイデンティティデザインを追求していきたいと思っている。
・加速したその先にあるものは?
だがふと、思う時がある。
そうやって加速しつづけて、変容しながら進み続けたその先に、
何が待っているのだろうか?と。
この世界はどこに向かっているのだろうか、美しさの行く末はどこなのだろう?
なんとなく私は、有機化だと思っている。
あらゆることが固定的だった時代から、流動化し、さらに無形化し、
その先に向かうのは有機化なんじゃないかと。
言い変えると、ありのまま、ということで、自然物に近づいていく。
人が考えるあらゆる設計や企図はあざとくて、結局自然物の美しさには
敵わない。それってアーツアンドクラフツ運動ってこと?と考えると、うーん、似てるけど違う気がする。それより民藝運動の方が・・・
(おっと長くなるので、この話はまた全く別の記事で。。)
ちょっとエモい話になってしまったが、3回目の記事では、私の価値観がシフトしたことによって、デザインディレクション上で日々気をつけている事柄について記しておこうと思う。
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