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記事一覧
波紋〜ただ、それだけだった。〜①
一章 一色 陸の話
1
七美、夏休みの最終日に突然お邪魔してごめんね。
今日は夕方から大雨の予報だから、話が終わったらすぐに帰るから。
お父さんとお母さんはお仕事? あぁ、その時間なら、挨拶せずに帰ることになっちゃうな……。後でよろしく伝えておいてほしいな。
ごめん、その番組観てないや。「愛で地球を救う」ってやつだよね? え? 「愛で」じゃなくて「愛は」? へー、そうなんだ
波紋〜ただ、それだけだった。〜②
2
晴れて御影に合格した僕は、迷わず美術部に入った。そこで僕の絵は顧問の先生に絶賛されて、春のコンクールに作品を出すことになったんだ。
このコンクールは、新入生は参加しないみたいなんだけど、先生の勧めで一年生の中で一人だけ、僕も参加することになってね。締め切りまで時間も無かったんだけど、家でも制作を進めて、なんとか完成した作品は、自分でも満足する仕上がりになった。
だけど、コンク
波紋〜ただ、それだけだった。〜③
3
二年生に進級して、クラス替えが行われることだけが希望だった。僕をいじめの標的にしている奴等とクラスが離れたら、普通に学校生活を送れると思っていたから。
だけど、そんな希望も登校して数秒で、脆くも崩れ去った。昇降口の掲示板に貼り出されたクラス表を見ると、奴等の名前が僕と同じクラスの枠内に書かれていた。
教室に行くと、ドアを開けた前方にある窓に寄りかかるようにして、奴等は立っていた
波紋〜ただ、それだけだった。〜④
4
僕が陽太の演奏を初めて聞いたのも、『さくら』だった。
ある日、両端のお客さんと僕達以外の人が来店して来たんだ。
「晴実! いらっしゃい」アルバイトの女子大生が、入店した人にそう声を掛けた。物腰の柔らかそうな雰囲気のその男性は、軽く片手を上げて彼女の言葉に返事をした。「今日はなんだか賑やかだね」「最近はずっとこんな感じだよ」
そんなとりとめのない会話がされている時、男性の手に紙袋
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑤
5
学校ではね、息の詰まるような瞬間があった。
いじめは、陽太と一緒にいるようになってから、陰湿さが増してたから。
人の目に留まるような暴力はなくなったけれど、その分いかに巧妙に狙い撃つかってやり方に変わっていたんだ。ある時はお弁当を盗られていたり、ペンケースの中にカッターの刃を入れられていたり。ノートを千切られていたり、教科書に落書きをされることは変わらなかった。
でも、前ほど痛
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑥
6
だけど、陽太はあの日以来、笑わなくなった。
いや、笑っているけど、どこかぎこちないんだ。心から笑っていない、って言ったらいいのかな。無理して笑っている感じが、見ていて辛かった。
そうされる度に、頭を掠めるんだ。あの時の……痛々しく顔を歪めて視線を逸らした彼の表情が。あの時受けた傷が、今も太く鋭い針となって彼の心に刺さっているのが、耐えられなかった。
僕はいいんだ。もうずっと傷付
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑦
7
一生懸命に勉強して受験を終えて、僕達は同じ高校に進学できた。
でもやっぱり、僕は陽太とすぐに離れるべきだったんだろうな。勿論嬉しかったよ。陽太と、また一緒に学校生活を送れると思うと、胸が弾んだ。
まさか、七美も同じ高校に進学してたなんて、予想外だったけどね。教室で七美と会った時は驚いたよ。
……怜奈ちゃんとは、中学からの友達なんだっけ? 七美の友達の中でも、珍しいタイプの人だ
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑧
8
一学期の終業式のことなんだけどね。放課後、僕は美術の先生に呼び出されたから、七美達には先に帰ってもらうように言ったよね。その後陽太にも先に帰っておいてほしいって伝えたら、そんなにかからないだろうから待ってる、って言って、彼は教室に残ったんだ。最近陸とあんまり話せてない気がするし、久し振りに二人で帰ろう。そうだ、『さくら』にも寄らないか? そう言っていた。
陽太を残して職員室に行くと
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑨
二章 高嶺 怜奈の過ち
1
約一カ月半振りに足を踏み入れる教室は、何だか変な感じがする。
これからまたいつも通りの学校生活が始まるのに、ちょっとよそよそしい気持ちになってしまう。三日も経てば、そんな気持ち、消えてしまうのだろうけど。
クラスでは一昨日から昨日にかけて放送されたチャリティー番組の話で盛り上がる女子の集団がいくつかあった。よく聞いてみると、番組の内容ではなく、メインパー
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑩
2
七美はそれから一週間、二週間と学校を休んだ。
欠席理由は体調不良と聞かされたけれど、まだ残暑が厳しい季節柄、インフルエンザに罹るわけもないから、風邪の類でないとはクラスの誰もが察していた。
何らかの理由で、彼女は学校に来られなくなってしまった。
それはきっと、陸が関係しているのだと、これも皆、なんとなく察した。
陸と七美は付き合っている。
そう思っている人が大半だ。
「付
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑪
3
七美が欠席し始めて一カ月経った頃、休日に彼女の家に行った。いつもどおり両親は仕事でいなかったけれど、彼女の部屋でベッドに並んで座った。
ぱっつん前髪に重めのボブ。毒リンゴを食べて眠りについてしまうお姫様をイメージしてカットしてもらっているという髪はセットされておらず、所々跳ねていた。
呪いによって眠りについてしまう童話のお姫様はもう一人いる。生まれた時に魔女に呪いをかけられ、十六歳
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑫
4
「七美ちゃん、どうだった?」
翌日、学校で陽太に訊ねられた。
「大丈夫、ではなさそうかな」
「やっぱり、陸が何も言わずに引っ越しちゃったから?」
「うん……」
それ以上は言えなかった。
いつも一緒にいたのに、実は嫌われていた、なんて……。まだ高校生になって一学期の間しか一緒に過ごしていないけど、それだけの時間を共にしていた人から嫌われていたなんて、又聞きさせるものではない。
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑬
5
それから二週間後の放課後だ。
雨が降っていた。土砂降りと言うに相応しい天気の所為で、景色は朝から灰色だった。もう残暑は無くなっているはずの季節なのに。梅雨の時期よりもジメジメと蒸した日で、朝から不快感が身体に纏わりついていた。風もなく、息苦しさを感じた。
夏休み前までは陸と七美と陽太の四人で帰路を辿っていたのに、夏休み明けから一カ月半、今では陽太と二人肩を並べて歩いている。そ
波紋〜ただ、それだけだった。〜⑭
6
陽太の周りには誰もいなくなった。
特に男子は必要以上に距離を取っていた。警戒するように、彼の半径一メートル以内には近付こうとしなかった。
授業中は自席につかないといけないけれど、それすら抵抗するように、陽太の前後左右の席の人達は皆、彼とは反対方向に机をずらしていた。プリントを前列から後列の人へ回していく際も、彼の後ろに座っていた女子は、彼から回って来たプリントの端を摘まむように