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波紋〜ただ、それだけだった。〜⑦

      
 一生懸命に勉強して受験を終えて、僕達は同じ高校に進学できた。
 でもやっぱり、僕は陽太とすぐに離れるべきだったんだろうな。勿論嬉しかったよ。陽太と、また一緒に学校生活を送れると思うと、胸が弾んだ。
まさか、七美も同じ高校に進学してたなんて、予想外だったけどね。教室で七美と会った時は驚いたよ。
 ……怜奈れなちゃんとは、中学からの友達なんだっけ? 七美の友達の中でも、珍しいタイプの人だな、って思うよ。七美はいつもクラスの中心にいるような、目立つ人達と一緒にいたからさ。怜奈ちゃん、綺麗だけど、おとなしい人でしょ? 七美がああいう人と仲良くなってるの、初めて見たよ。
 ……陽太は、いつから怜奈ちゃんが好きだったんだろうね。
 それを直接聞く勇気は無かったし、今では確かめようとも思わない。
僕は陽太と、七美は怜奈ちゃんと一緒にいたけど、次第に四人でいるようになったよね。
 そしていつからか、陽太と怜奈ちゃんが二人でいるところを見かけるようになった。教室の端で窓の外を見ていたり、放課後に昇降口で何か話してたり。そういう姿をよく見かけるようになった。何を話していたかはわからない。聞くのもいけない気がした。
 よく、同級生の女子達が話してたよ。陽太君と高嶺たかみねさんお似合いだよね、高嶺さんが彼女じゃなかったらチャンスあったのに、高嶺さんじゃ諦めるしかないよね、なんてさ。
 その気持ち、何となくわかる気がする。だって、怜奈ちゃん、同い歳の女の子とは思えないくらい綺麗だったから。テレビなんてそんなに観ない僕ですら、芸能人にいそう、なんて思ったし。
 そんな彼女が陽太と並ぶと、まさに美男美女だった。〝お似合い〟って言葉は、こういう時に使うんだろうな、って。とても納得したのを覚えてる。
 正直ね、怜奈ちゃんが、羨ましかったんだ。
 陽太とあんな風に並んで居られて。
 僕は、陽太と手を繋いだことなんて勿論無いし、触れたことすら無かった。
 いや、触れられなかった。
 体育の着替えの時間なんて、ある意味地獄だったよ。何の躊躇いも無く服を脱ぐ陽太から視線を反らすので精一杯だったし。
 あはは、こんなこと言われたら、引くよね。わかってる。いいんだよ、僕はどう思われようとも。それだけのことを言ってるんだから。でも、これが陽太にバレるのはさすがに嫌だな……。
 できるなら陽太にも僕と同じように、友達以上の感情を持ってほしいけど、それはさすがに無理だって、僕も理解してるよ。
 だからせめて、この想いがバレないようにして、隣に居るのを許される存在でりたかった。

 いつの日だったか、陽太に聞かれたな。男の人を好きになる男をどう思うか、って。
 女子の間で人気だったドラマで、そういう登場人物がいたみたいなんだ。「俺はホモじゃない!」って叫んでは、同性を好きになった自分を否定してたんだって。その描写が毎回コミカルに描かれていて、かなり人気のくだりだったみたいなんだ。結局、その人が好きになった相手は男装した女の子で、つまり、ちゃんと異性を好きになっていて、悩む必要も隠す必要も無かったらしいんだけど。そのドラマを陽太も観ていたみたいで、毎回毎回、面白かった、って話してくれたんだ。
 陽太は、いったいどういうつもりであんな質問をしてきたんだろう。
 もしかして、実は僕の気持ちはバレてたのかな? 気持ち悪かったから、遠回しに伝えるために、あんなこと聞いてきたのかな。
 僕がその質問に対してどう答えたか? 肯定するわけにもいかなかったし、かといって否定もできなかったな。そんな大したことは答えてないと思うよ。だって、僕が同性に、ましてや陽太本人に恋愛感情を抱いているなんて、バレるわけにはいかないからね。
 僕一人が変な目で見られるのはまだいいよ。昔に戻っただけ、って考えれば済む話だから。でも、こういうのは絶対、相手も巻き込まれるんだよ。冷やかしの対象になって、笑い者にされる。そんなことに彼を巻き込みたくなかった。陽太までホモだと罵られて、卒業までずっと馬鹿にされ続けるなんて。ただ笑うためだけの、憂さ晴らしの玩具おもちゃにされるなんて。
 なにより、陽太に嫌われたくなかった。
 男に好かれて嬉しい男って、いると思う?
 僕はそうは思えない。
 だって、明らかに異常だよね?
 それくらい、僕にもわかるよ。自分はオカマなのかな、って思った時期もあった。
 でも、好きになってしまったんだ。
 陽太とはただの友達なのに。
 バレたら間違いなく、嫌われる。

 陽太と怜奈ちゃんの仲は、月日が経つごとに親密になっていったよね。遠くで二人の姿が見えて、口が動く。何て言っているのかはわからないけど、お互いを慈しむように微笑んで……。
 あんな風に話せるのは、やっぱり男と女だからなんだ、って痛感させられた。男女のカップルだから、端から見ても嫌悪感なんて沸かないし、むしろ和やかな空気が、二人っきりのあの空気感が、とても魅力的に見えた。
 怜奈ちゃんの手の甲に陽太が手を重ねて、何か話しておかしそうに笑っていた姿も見た。恋人っぽいな、って思ったよ。
 僕達じゃ、あんな風になれない。僕と陽太が両思いだったとしても、堂々と恋人として振る舞うのは許されない。
 手を伸ばしても伸ばさなくても、報われない。
 誰かを好きになるって、こんなに苦しいんだね。
 あぁ、違う。同性を好きになった僕が悪いのか。

『さくら』には、自然と足が向かなくなっていった。今年から、花凛さんはフランスへパティシエの修行に行っちゃったし、花凛さんがいなくなっちゃったから晴実さんもたまにしか来なくなっちゃったし、調子が悪いから、ってピアノを弾かなくなっていたし。それに、七美が一緒に帰ろうとするから、特に寄り道すること無く、家に帰るようになったな。
 どうして、って……。あそこは僕と陽太の大切な場所だと思ってるからだよ。他のお客さんもいたんでしょ、って? いや〝僕と陽太の〟って、そういう意味じゃないよ。物理的な話じゃない、もっと精神的なことだよ。心の繋がりというか……。意味が分からない? わからなくてもいいよ。どっちみち、七美と行く予定は無いから。

 四人で過ごした時間も勿論楽しかったよ。生まれて初めて、あんなに大勢の人と一緒に過ごしたからね。四人が大勢だなんて、七美にとってはそんな人数って思うかもしれないけど、僕にとっては凄いんだよ? 昼休みに陽太以外の人ともいたり、両親と陽太以外の人の連絡先を携帯に登録したり。昔の僕じゃ、考えられない生活だよ。
 だけどね、陽太と二人で過ごす時間が減って、時々無性に哀しくなったんだ。
 陽太が僕以外の人に笑顔を向けていたり、他のクラスメイトともメールをしてるって知った時だったり、陽太の演奏を随分と長い間聞いていないって気付いた瞬間だったり。
 本当に、ふとした時に、陽太との間に見えない距離ができた気がした。
僕の心は満たされていくと同時に、別の場所に穴が空いて、その穴から今までの大切なものが、少しずつ少しずつ、流れ出ていった。
 陽太、って彼の名前を呼ぶのすら抵抗を感じる時もあった。
僕は、彼を名前で呼んでもいいような存在だったか。親し気に話し掛けてもいい仲だったか。自分だけが、彼と仲が良いと思っているだけなんじゃないか。疑うことすらおかしくなるような、そんなことが頭の中を駆け巡って。次第に、ねぇ、って話し掛けるようになって。そうしているのは僕なのに、余計に寂しさを感じるようになった。
 馬鹿だよね。本当に。
 でももし僕が陽太を好きになっていなかったら、こんな不安を抱えなくてよかったのかなとも思ったんだ。

   


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