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波紋〜ただ、それだけだった。〜①

【あらすじ】
 りくは絵を描く才能があった。一方で彼は、他者とか関わることが著しく苦手だった。やがて周囲から疎外され、心を閉ざす。
 そんな彼の前に現れた陽太ようたは、陸の絵のファンを自称する。陽太に抵抗感を持ちつつも、次第に心を開いていく。
 しかしその感情は、誰にも言えないものへ変化する。
 高校生になって幼馴染の七美ななみと、七美の友人の怜奈れなと知り合い、陽太と四人で過ごすようになる。
 だがいつの間にか、陽太と怜奈が付き合っているという話を聞くようになる。いつから二人はそういう関係になっていたのか。
 聞く間もなく、陸はどうしても七美に「ある事」を言っておかなければならない事態になる。
 一人の告白が全員の人生を狂わす青春イヤミス。


一章 一色いっしき りくの話

     

 七美ななみ、夏休みの最終日に突然お邪魔してごめんね。
 今日は夕方から大雨の予報だから、話が終わったらすぐに帰るから。
 お父さんとお母さんはお仕事? あぁ、その時間なら、挨拶せずに帰ることになっちゃうな……。後でよろしく伝えておいてほしいな。
 ごめん、その番組観てないや。「愛で地球を救う」ってやつだよね? え? 「愛で」じゃなくて「愛は」? へー、そうなんだ。今年のテーマは「誓い~一番大切な約束~」? その番組は嫌いだけど、誓いなら今の僕にも当てはまるかもしれないな。僕は覚悟を持って、ここへ来たから。何で嬉しそうなの。そんな、明るい話じゃないよ。
 どうしても今日、七美に話しておきたいことがあるんだ。
 これから話す内容は、誰にも話さない方がいい内容なんだ。
 でも、誰かに打ち明けて、僕の何もかもを一度捨て去りたいんだ。
 きっと幼馴染の七美だったら、僕を理解してくれると思って。
 いや、理解してくれなくていい。ただ聞いてくれさえしたら、僕はもう満足だよ。

 七美も知っての通り、僕は昔から人とかかわるのが苦手なんだ。
 幼稚園の時から外で遊ぶよりも、室内で絵を描いている方が好きだったし。
 皆、晴れた日には園庭に出て、鉄棒をしたりブランコをしたり、鬼ごっことかドッジボールとか、身体を動かして遊んでいた。七美も、休み時間には真っ先に外に出て、友達と遊んでいたよね。
 そんな中、僕はいつも一人で自由帳に絵を描いていた。
 動物を描く時があれば木や花を描く時もあったし、明確な物体ではない、抽象的なものを描く時もあった。
 頭の中にあるイメージを、感じるままに紙に描いていくのが、何よりも楽しかったんだ。
 だから、一人ぼっちで何かをするのも、周りに誰もいないのも、全く苦じゃなかった。
 いつも一人でいるから、先生達にはよく話しかけられていたけど、正直、放っておいてほしかったよ。
 葉っぱと木なら緑色じゃないかな。太陽は青色じゃないと思うな。動物はこんなにカラフルな色してないよ。なんて口出しをされるのが、とても鬱陶しかった。
 僕はただ、頭の中に広がるイメージを、世界を描いているんだから。
 僕の思う通りに描きたかっただけなのに。
 それの何が悪いのか、理解できなかった。
 僕が創る世界に、勝手に踏み込んで欲しくなかった。
 唯一、七美だけは違った。
 陸の描く絵は他の人と違ってキレイだね。カラフルなのに優しい色がいっぱい。あたしは陸の絵、大好き。屈託の無い笑顔でそう言ってもらえて、素直に嬉しかった。

 小学生になっても、僕は一人で絵を描き続けた。だから体育の授業なんて、いつもボロボロだった。組分けをして対戦する時は、いつだって疎まれた。「コイツがいたら絶対に負ける」そんな視線を向けられるんだ。
 図工の時間だけ、皆の僕を見る目が変わった。僕の描く絵を見て、目を見開いて、称賛してきた。同じ紙、同じ絵の具を使っているのに、完成した作品は自分で見ても、明らかに他の人達と違っていた。
 この時間だけは、皆が僕を認めてくれた。
 文化部の活動に力を入れている御影みかげ中に行きたいと思ったのは、小学四年生の時だっだ。中高一貫だし、最初は高校も御影に通うつもりだったんだ。
 そんな早くに私立受験を決めていたのに何で一言も言ってくれなかったの、って……。僕の進路だし、いちいち七美に報告する必要無いと思ったからだけど……。話、続けてもいい?
 その頃には、使う画材は水彩絵の具になっていた。水に溶けて広がっていく色が好きなんだ。絵の具の量や水の量で色の濃さや広がり方が変わって、色と色が混ざりあって思いがけずいい色合いに仕上がったりするところが、凄く面白いんだよ。
 僕は僕の世界に、より没頭するようになった。それに比例して、七美以外の人との距離はどんどん広がっていったけどね。
 それを苦だとは思わなかったのは、普段は邪険にするクセに絵のことになるとチヤホヤすり寄って来る人達に、嫌気が差し始めていたからなんだ。


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