私的、今年の漢字を考えてみた
毎年「今年の漢字」が発表されるので、個人的に今年の漢字を考える人も増えてきたように思う。
手帳界隈の人たちによる「あなたの今年の漢字は?」なんて発信をよく目にする。
私は特に毎年絶対決めよう!みたいに恒例行事になっているわけじゃないけど、今年はジャーナリングコミュニティ我がままパークの中のアトラクション内で、ジャーナリングテーマとして扱うことにしたので、考えてみた。
※この記事は我がままパーク「本音発信ゲート」のアトラクション内で書いたものです。
こんにちは!Kanaです。
そもそも「今年の漢字」を考えるということは、今年一年がどんな年だったかを振り返り、一つ一つ自分を見つめ直すという意味でも、とてもいいなと思ったのが最初の感想だ。
ジャーナリングをしている分や、事業としての振り返りをすることは習慣化しているが、”今年の漢字という一文字でまとめようとする”という作業はまた違った発見がある。
「さて、」
と7分のタイマーをセットして、ジャーナリングをスタートさせる。
たった7分で出てくるもんかね?と思いながら、今年の振り返り自体は済ませてあるので改めて書き出してみる。
ジャーナリングしながら思い浮かんでくる言葉をとりあえず書き出してみて
” 探 ”がいいな
と案外あっさり見つかってしまった。
今年は本当に「探究」という言葉をよく使ったし、やってきた。
そして、移住するための新しい場所を「探して」きたし、移住してからは文鳥カフェが出来る店舗を「探して」いた。
あとは、改めて自分のありたい姿を「探り直す」ことにもなったし、聖書の中から御言葉を「探す」ということもしてきた。
うん、「探」が良さそう。
事実を見て、探すという漢字がいいじゃん!と思ったら、後から感情的に「そうなんだ」となんだかハッとさせられた。
あんまり探し求めているという感覚はなかった。
起業しようとがむしゃらにやってた一昨年の方がよっぽどいろんなことを探していた気がする。
多分今年は「もがき苦しんで探し求めている」という感じじゃなくて、
「より深く、より良くするために、探っていった」
という感覚だと思った。
面白い。
同じ”探”という漢字でも、そこにある自分の感情や感覚まで深掘りしてみると、「がむしゃらに探し求めている」感じなのか、「静かにじっくり探っていく」感じなのか、全く違うことに気づく。
「次のステージに行きたい」
「今の幸せよりも、もっと自分を幸せに出来るかもしれない」
そんな向上心だったんだろうか。
「今見つけている自分をもっと探りたい」
「過去に紡がれてきた物語を探究したい」
そんな好奇心だったんだろうか。
今年の振り返りをした時に思ったことは、「自己理解を実感した」ということだった。
3年前にフリーランスになりたいと思い立ち、『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』の本を読んで、自己理解をした。
あぁ、自分とはこういう人間なんだと言葉にすることができて、生きやすくなって、違う人生が始まって。
でも、実感として、「そういう自分なんだ」という自覚を持ったのは、今年1年かけてやってきたように思う。
”分かる”と”出来る”は違うというけれど、
”自分を分かったと思う”ことと、
”心の底から「自分」という人間を実感する”こと
には、壁というか、差があるように思ったからだ。
そうか、そういう意味でも私は今年「自分」というものを改めて探究してきたんだ。
毎年あんまり今年の漢字を考えよう!と積極的に思っていなかったけど、今年はこんな気づきを得ることができたので、面白かった。
来年からは恒例行事にしていくといいかもしれない。
この記事、記録を来年の自分はどう思って見返すんだろう。
「また今年の漢字を考えてみなよ!考えるってこと自体が大事だよ!」
過去の私からのメッセージを受け取ってくれ。
あなたは「今年の漢字」、考えましたか?
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今日の話があなたにとってお役に立てれば嬉しいです❤️
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