血の繋がらない弟

血の繋がらない姉弟と聞いて、みんなはなにを思い浮かべるだろうか。
きっとエロに脳を支配された君たちは、まるでエロ同人誌のような出来事を思い浮かべると思う。

そして例外に漏れず、私もそうであった。
これは私に血の繋がらない弟ができ、そしてその弟から逃れるまでの話。

私の両親は小学生の時に離婚し、中学に入った頃再婚した。
継母ができ、継母の連れ子である弟も一緒に引っ越してきた。

弟は当時小学生。可愛かった。
素直だし、何かあると○○(私)ちゃん、○○ちゃん、とついてきた。
今考えると、弟は弟なりにこの異常な環境を受け入れ、適合するのに必死だったのかもしれない。

弟は事ある毎に私に近づき、私もそれを時たま鬱陶しく思ったものの(その頃は弟だけでなく、両親祖父母みんなを鬱陶しく感じていた、思春期だった)家族の中でも特に寛大に接することができていた。

私にはそれまで兄しか居なかったので、しかもその兄はめちゃくちゃな人間だったから、ある種まともな弟への接し方がわからない部分もあった。

それでも弟は私を慕い、好いてくれていた。
学校では同級生に、俺のお姉ちゃんは可愛い、と堂々と言っていたり、弟は同級生からモテるタイプだったのでバレンタインをいくつか貰っては、○○ちゃんが作るお菓子が1番美味しい、と周囲に言っていた。

私もそんな弟をそれなりに可愛がっていたし、見た目は爽やかでスポーツが得意な弟は私の自慢でもあった。

私が高校を卒業し、就職した頃には弟も中学生になり思春期真っ盛りだった。
想像して欲しい。
家の中では無防備な血の繋がらない姉と思春期の弟。
何も起こらない訳があるだろうか?

弟の名誉のために言うと弟は学校で告白されたり、彼女が出来たりしたこともあった。

それでも思春期。
ブラの一つもつけずにTシャツ1枚とパンツ同然の格好で家をうろちょろする姉。

きっと弟は私に欲情したことであろう。
当時私は1階に住んでいたのだが、弟と両親の部屋は2階にあった。

夜中には階段の軋む音がして、誰かが降りてくる気配がする。
私の部屋の扉がほんの少しだけ開き、そこにスマホが差し込まれる。
私が起きているかを確認しているのだと思う。

弟がこんなことをするのにもきっかけがあった。休日、父親が私のことを起こしてこいと弟に言った。
弟は私のことを起こしに来たが、私は夏の暑さで下着を身につけたくなく、下は何も履いておらず、薄いワンピースだけを着用していた。

きっと弟に自我が生まれてから現実で初めて見た母親以外の女性器だったと思う。

私は朝起こされ、服を着て父親のところに行き弟が私を起こしに来たという事実を再認識した。

弟はきっとその光景を見るために、何度も何度も深夜私の部屋の前に訪れていたのだろう。

私にとっては恐怖でしかなかったが。
しかしまあ、男の子の性欲に関して理解もあった。
中学の同級生がお姉ちゃんの裸見ちゃったよ…とガッカリではなく、エロな方向性で話しているのを聞いたこともあった。
血が繋がっていてもそれなのだ。
弟の気持ちも大いにわかる。

それにしてもお風呂上がりの脱衣所にスマホのカメラを差し込まれたり、洗濯カゴにいれた下着が何やら漁られた跡があったりと、私は日々警戒心を怠ることも出来ず、どうか弟が更なる一線を超えないことを願うしか無かった。

毎夜のように夜中、部屋の前に訪れる弟を警戒するのも疲れ、私は就職した仕事を辞めていたがアルバイトを始め、一人暮らしを始めることにした。

私では審査が通らず父親の名前を借りた。
家賃32000円のアパートだった。

一人暮らし女性に起きる犯罪にも日々警戒しながらも、それでも家族と一線を超える恐怖が無くなったことに安堵した。

私は弟のことを、誰にも話せなかったし、相談もできなかったのだ。

家を出て少しした頃、家族旅行に行った。
弟は「○○ちゃん、彼氏作らないの?」
と問うた。私は今はいいかなー、と答えると、
「そうなんだ。俺も今はいいかなって。」
と言っていた。

きっと弟は私に対して親愛以上の何か、または性欲をそれになぞらえてしまっていたのではないかと思う。

家族という枠に囚われていなければ、私は弟と何かがあったかもしれない。それくらいに弟は可愛かったし、私もまた幼い少年が好きだった。

それでも理性と、そしてそういうことをするつもりのない異性から身を守り続けるというのは大変な労力を必要とする事だったので、今は可愛い彼女のいる弟と仲良く話せることに、当時のことは水に流し、自分の行いを褒めてあげたいと思う。

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