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将来を見据えた身体作りの公式を発表!!~なぜ筋トレとストレッチでは不十分なのか?~

身体作りに筋トレとストレッチは欠かせない。

なぜなら、身体は筋肉と関節との関係性で成り立つからだ。

(かなり大雑把な定義づけだがここでは許してもらおう)

したがって、筋トレによって筋肉を鍛えることも、ストレッチによって関節の動きを良くすることも、身体をつくる上では理にかなっている。(ように思える)

だがこれに、次の一文を付け足すと状況は変わるはずだ。

すなわち、“将来を見据えた”という一文である。

そこでここでは“将来を見据えた”身体作りの公式を[筋トレ×ストレッチ]ではなく、[感性×経験]とすることを提案していこうと思う。

もしあなたが、未来志向で身体作りをしたいと願っているのなら必ず役に立つ内容だ。

将来を見据えたとは?|定義付け


将来を見据えた身体作りの公式を[感性×経験]であると提案していくにあたってまず定義しておきたいのは、”将来を見据えた”という一文が何を意味するのか?ということであろう。

その為には、将来を見据えて“いない”身体作りとは何か?を逆説的に検証してみると簡単に定義できる。

すなわち、将来を見据えていない身体作りとは、簡単に言えば、その一瞬、束の間、場当たり的に満足する為だけの身体作りといえる。

したがって、継続しているうちはいいが、止めてしばらく経つと始める前と何も変わっていない状態に戻ってしまう方法は、将来を見据えて“いない”身体作りといえるのである。

ちなみに筋トレとストレッチは、ただ闇雲にやっているだけではこちらの類に分類されるだろう。

なぜなら、重いウエイトを持ち上げる必要がなくなれば筋量はすぐさま減少するし、関節を大きく広げる機会がなくなれば関節の可動域は直ちに狭くなるからだ。

では、たとえ止めてしまったとしても元いた状態より良好な状態を維持し続けられる身体とは、どういった身体のことを指すのだろうか?

この答えは、次の二つの条件によって満たされ得る。

第一に、人体の設計上最も効率的で自然な身体の使い方が、無意識レベルにできていること。

第二に、そのことを本人が主観的に自覚していること。

例えば、階段を昇るときに腰の筋肉を優位に使用するパターンをA、もも裏(と内ももとお尻)の筋肉を優位に使用するパターンをBとして、詳しく説明していこう。

AパターンとBパターンでは、Bパターンの方が人体の設計上、最も効率的で自然な身体の使い方である。

(Aパターンで日常を送っている人は腰痛を抱え、お尻は垂れ下がってくる理由がこれで説明できる)

だからもしあなたが、将来を見据えて身体作りをしたければ、Aパターンの不適切な状態からBパターンの最適な状態へ改善することが求められる。

だがここでよくある間違いが、優位に使用されていないもも裏と内ももとお尻を鍛えさすれば、AからBへの改善を期待できるという、直感的希望を持ってしまうことだ。

無論、そううまくはいかない。

(電気刺激で強制的に筋肉を収縮させるEMSなどの機械を使用しても、大してパフォーマンスアップにつながらない理由と同じだ)

重要なのは、私たちの一つ一つの動きは、インプット(知覚刺激)とアウトプット(運動指令)の無限ループが織り成す、認知活動を伴ったインタラクション(相互作用)の結果であると認識することである。

(こんな意味不明な説明文では読むのも嫌になると思うかもしれないが、私たちの身体とはそういった複雑性の極みであり、単純な動きですら内部では凄まじい情報処理作業が行われていると心得ておこう)

つまり、AパターンからBパターンへ筋肉の使い方のパワーバランスを変更するには、『この身体の使い方はAパターンだから悪い!でもこうすればBパターンで使えるから良い!』という評価を、自分自身で認識できなければならないのだ。

そして、腰ばかり使っていた当初の階段の昇り方が、もも裏やお尻を使って昇れるようになり(A→Bへの改善が成功)、そのことを自分で自覚していれば(AとBの違いを感覚的に認識できる)、それは忘れることのない一生の財産になる。

まさにこれが、将来を見据えた身体作りの定義と言って差し支えないのではないだろうか。

では、この定義通りに将来を見据えて身体作りをしたい人は、どういった方法を選択すべきなのだろうか?

そこで、この記事のメインテーマ、[感性]×[経験]の登場である。

感性×経験の意味

将来を見据えた身体作り=[感性]×[経験]

この公式が意味することとはいったい何なのだろうか?

まずは[感性]から説明しよう。

ここでいう感性とは、自分の身体の感覚を感じ取れる力のことを指す。

前章の例で言えば、階段を昇っている時に、腰の筋肉ともも裏の筋肉のどちらを優位に使っているかを感じることができる能力だ。

さらに、もも裏の筋肉をきちんと使えていれば腹筋も活性化しやすく、肩首の余計な緊張もなくなることを実感できる能力も付随する。

ではこの感性を磨くためには、何が必要なのだろうか?

もう一度強調して繰り返すが、筋トレとストレッチをただ闇雲に行っても、それだけでは感性を磨くには不十分である。

感性を磨くために必要なのは、そう、[経験]だ。

これで[感性]×[経験]という公式は完成するのだが、疑り深い人はこう反論するかもしれない。

『筋トレもストレッチも、やってる最中はそのことを(スクワットなら筋肉の使用感を)経験しているのではないか?』

確かにその通りだが、まさにそこが“ミソ”なのだ。

ここまでの内容の中でも、「ただ闇雲に」というワードを注意深く使用してきた。

ただ闇雲に行う筋トレとストレッチは、英語が全く聞き取れないのに字幕なしで海外映画を鑑賞するのと同じと言える。

つまり、その時間は紛れもなく筋トレとストレッチを(あるいは映画鑑賞を)経験してはいるが、意味としての記憶はほとんど残らないのだ。

したがってここでいう経験とは、『そうか!こういうことか!』という“発見”の経験である。

腰の筋肉を抑制し、もも裏の筋肉を優位に活性化させる。

このことを初めは、ゆっくりとした単純な動きから注意深く吟味しながら行う。

そうすると、これまでとの違いを何となく自覚できるようになるはずだ。

その時あなたは、価値ある発見を経験する。

『そうか!こういうことか!』と。

この新しい動作による“認知的かつ主観的な経験”を繰り返すことによって、感性は磨かれていくのである。

したがって、将来を見据えた身体作りしたければ、自分が何を感じているのかに意識を向け、どう感じるのが最適なのかを理解し、その最適な感覚を意図的に繰り返そうとする、知識と意志が要求されるのだ。

こう考えてみると私のような人体の専門家が、クライアントにもたらす最も重要な存在価値は、隣に寄り添ってハイテンションで励まし、サボらないようプレッシャーをかけることではないとつくづく思ってしまう。

(もちろんこれも重要な役目で、ドSな私には持ってこいなのだがw)

そうではなく、クライアントの将来の美と健康の為に、最適な感性を経験できるよう正しい道を指し示すことが重要な役割なのだと、認識すべきなのだろう。

そう私は考えている。

身体作りと健康作りの違い|専門家の4つの要素

さてここまでの内容では、将来を見据えた身体作りの公式を[感性]×[経験]と提案する私の考えを示してきたのだが、読者の中にはこう思っている人がいるのではないだろうか?

すなわち、『私がこれまでの間、ただ闇雲にやってきた筋トレやストレッチは、将来を見据えて考えた場合は全くの無意味で無価値だったのか!?』と。

確かにこの記事の冒頭にした、将来を見据えた身体作りの定義に照らせばそう言えるかもしれない。

(高額なお金を支払って、トレーナーにサービスとして受けていたのにも関わらずという人は特に)

しかし、“将来を見据えた身体作り”ではなく、“将来の健康作り”と捉え直せばその限りではないと言える。

なぜなら、闇雲だろうがなんだろうが、筋トレやストレッチを含む全ての運動はするだけで完全確実に健康に資するからだ。

細胞の劣化を食い止めるし、骨の丈夫さも増強するし、最近では脳の機能低下を予防することも研究によってわかっている。

さらに拡大解釈すれば、腰の反動を使い、肩首をガチガチに緊張させたスパルタ主義の腹筋運動だろうが、電気刺激(EMS)を使って勝手に収縮させるお気楽主義の腹筋運動だろうが、そしてそれが一時的なものだろうが、もし腹筋が6個に割れていることによって自らの意志で何かにチャレンジしてみる気になるのなら、それは人生の糧になると言える。

結局のところ、“運動が悪である”と結論付けられる日が、この先来ることはないのだろう。

(ただ運動をするだけの為に高額なパーソナルを付けるのはそこまで必要性を感じないが)

ところで、昨今のダイエットブームによって、身体作りの専門家と名乗る人は増加の一途を辿っている。

ではあなたが望む専門家は、次のうちどのタイプだろうか?

運動する動機や機会を与えてくれサボらないように激励してくれる、チアリーダータイプの専門家

悩みや相談を親身になって聞いてくれて、優しく隣に寄り添ってくれるカウンセラータイプの専門家

とりあえずその場を楽しませてくれて、満足感をたくさん与えてくれるエンターテナータイプの専門家

自分では絶対に気付けない知識や情報を理論的に提案してくれ、根本的な身体作りを教えてくれる職人タイプの専門家

どのタイプもその人に必要とされていれば、価値ある存在となる。

この記事は、これら4タイプを比較して優劣をつける為の記事ではない。

(もちろんこれら全ての要素を兼ね備えた専門家が優秀であることは誰もが認めるところだし、私もそこを目指している)

しかし、もしあなたが将来を見据えた身体作りをしたければ、④の要素を求める姿勢は失ってはいけないだろう。

この記事で私は、その根拠を示してきたわけである。

エピローグ~身体作りは哲学である~

ユヴァル・ノア・ハラリ氏。

最近、私が最も尊敬する人物のうちの一人である。

[感性]×[経験]という概念は、彼の哲学書である『ホモデウス』からインスピレーションを得ている。

しかし身体作りとは、まさに哲学そのものだ。

なぜなら、身体とは骨と筋肉といった構造物のみから成り立つのではなく、それらを制御するのに感覚や感情、情動といった心が関与し、さらには宇宙の原理や進化の過程、時代の流れと文化までもが深く影響するからである。

人体から人間へ。

人間から人類へ。

人類から自分へ。

では、自分にとって幸せの定義とは?

この哲学的な問いかけを自分自身で追求することなしに、真の身体作りは成功しえないのだろう。

⇩この記事を書いた神尾健太という人物⇩


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