【雑記R6】6/28 花虹式本屋の歩き方 IN熊本
先週は熊本出張でした。
折からの大雨で在来線は運行中止、高速道路は通行止めが相次ぐ中、新幹線は頑張りました。
早めに熊本について向かったのは6月末での休業を発表した長崎次郎書店さん。
明治7年創業、森鴎外も訪れたという老舗書店です。
熊本駅から市電に乗ります。
熊本市は城下町。古い町並み、活気ある繁華街を抜けて市電は走る。
目指す書店は、歴史ある店々が連なる町にあります。
目的のひとつ手前の駅でおりました。
なぜならそこにたぬきがいたから。
「洗馬橋」電停
せんば橋の袂です。
存分にたぬきを愛でた後は、とことこ一駅分歩いて「新町」へ。
電停の向かい側に目指す長崎次郎書店がありました。
一階が書店、二階が喫茶室。
柱は年月を経て黒光りする深い色の木の柱。白い壁。
作家さん、漫画家さんのサインがそこここに飾られています。
入口には、新刊雑誌を並べたラック。
くるくる回る円柱の書棚には幼児向け児童書。
醸し出される懐かしい駅前や商店街にあった町の本屋さんの空気。
広さはコンビニエンスストアくらいなので、おいてある本の冊数でいえばいわゆる全国展開の大規模書店さんとは比較にならないでしょう。
しかし、どこを見渡しても欲しい本、最近気になっていた本、手に入れたばかりの本が目につきます。
なんとまあ、これほど私の波長にあった本屋さんだったとは。
なんで今まで足を運ばなかったのだろう、と臍をかみながら、ぐるっと回れば5分もかからない広さの本屋さんでたっぷり遊びました。
二階の休憩室と行ったり来たりしながら一日中ここにいられるだろうな、と思いつつ実際は一時間程度で切り上げました。
それでは、気になったコーナー、本などをご紹介します
入り口から一歩入ったところにムックというのかな、&プレミアムのバックナンバーなど、書店や喫茶店関連の本が並んでお出迎え。
別冊太陽の「一〇〇歳記念 志村ふくみ」
「色無き色にすべての色がある」2024年に百歳となる染色家の志村ふくみさん。
昔、教科書で志村さんのエッセイを読み「桜色は花ではなく木の皮で染める。」というエピソードが印象深く、私の中に尊敬する一人としてその名が刻まれています。染色の道を歩み続けて100歳。
草や木の命をあますところなくうつしとった色の美しいこと。百歳おめでとうございます。
ちょいと左側に目を移すと「ちいさな手のひら事典」シリーズが。
もう、揃えたくなってしまうではないですか。
「きのこ」「薔薇」「鳥」「花言葉」などテーマごとに昔の絵葉書などのイラストと伝説や逸話を記した読んで楽しい見て楽しいシリーズです。
さらに左奥には児童書コーナーに絵本グッズコーナー。
絵本もロングセラーに新刊がバランスよく配置されていて限られたスペースながらたっぷり楽しみました。
左の壁沿い奥のレジ前にかけて、園芸・農業関係、関連して食生活の本が並びます。
なかでもひときわ鮮やかなナスの紫が目に留まりました。
熊本在住の料理家・細川亜衣さんが土地の食べ物や季節の食材などについてつづった日記「食記帖」でした。
長崎次郎書店のおすすめ本でもあります。
こういう文章を読むとき、ああ、私も料理の好きな人になりたかったなあ、と思います。
食べ物をいただくというのは、海の山の恵みをいただくこと、その土地の息吹をいただくこと。
熊本の豊かな恵みが文章の間から立ち上るような本。
熊本の本屋さんを訪れたからこそ、この本の存在を知りました。
私は、旅先では本屋さんを訪れ、その土地にゆかりの本を手に取るようにしています。
そうすることで訪れた土地の魅力をより深く知り、また、今まで知らなかった世界の扉が一つ開くように思うのです。
というわけで、一度、入り口付近に戻り、ガイドブックコーナーと店舗右側の郷土の本のコーナーへ。
ガイドブックは、熊本はもちろんですが、台湾系が充実しているのはやはりTSMCの進出が関係しているのでしょう。
そして、くまもと「水」検定のリーフレットやテキストブックも見つけました。
熊本は全体に水の豊富なお土地柄。
半導体産業には大量の水が不可欠です。
TSMCの進出の効果を評価する一方で熊本の水資源への影響を懸念する声も聞きます。
本屋さんはやはり社会の縮図だと思いました。
長崎次郎書店は、森鴎外が「小倉日記」で「書肆の主人長崎次郎」を訪ねた、と書いているまさにその書店。
森鴎外だけでなく、熊本所縁の文学者たちの著書、関連書籍が多く並べられています。
夏目漱石、森鴎外、石牟礼道子、中村汀女、種田山頭火、高群逸枝、上林暁、小泉八雲・・・。
第五高等学校で英語を教えた小泉八雲(ヘルン先生)については、ドラマ化されることが決まったばかりとあって特に注目されていたようです。
「ヘルンとセツ」は、以前、私も読書日記でも取り上げて、映像化に向いているな~と思っていたので、何となくうれしいです。
さらに、熊本の書店「橙書店」さんに関する本も多くおかれていました。こちらにもお伺いしたいな~と思いつつ、時間が足りなかった・・・。
熊本文学の多彩さに魅了されたところで、書店の中心部へ。
文庫本や小説などの単行本に棚が多く割かれていますが、古典・ロングセラー・新刊・国内・海外のバランスが(私にとって)絶妙で飽きません。
平積みと面陳の本たちと、私の書棚(読んで気に入った本、積読している本、これから積もうとしている本)の一致率がかなり高い。
「ひとりだと感じたときあなたは探していた言葉に出会う/若松英輔」
「ロゴスと巻貝/小津夜景」
「ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅/高野史緒」
「しをかくうま/九段理江」
「迷子手帳/穂村弘」
「レシピの役には立ちません/阿川佐和子」・・・
ああ、私が御大尽だったなら。
パトロンになって、こんな本屋さんを地元で営んでもらうのに。
しょうもない妄想をしながら、ぶらぶらと書店の奥へ。
そこには、長崎次郎書店の真の姿がありました。
ここは、猫本屋だったのです。
ねこ本。ねこ漫画。ねこ文具。
書店の奥の一角を占めて、ひたすら猫。
写真集、画集や猫との暮らしに関する本もあれば、猫が印象的に描かれた小説もあり、猫本の奥深さに唸りました。
書棚の上に掲げられたプレートには間違いなく「ビジネス」と書いてあるのに、その棚にはぎっしりと猫。
猫の経済効果、通称ネコノミクスは2兆円越えという試算もあるし、ビジネスコーナーで間違いない・・・のか?
猫本コーナーのさらに奥には、小さな隠れ部屋のようなギャラリースペースがあります。
なかの真実 絵本原画展『みどりのがけのふるいいえ』が開催中でした。
「みどりのがけのふるいいえ」は、私も大好きな絵本だったのでうれしくてうれしくて。
絵本でも本当にきれいなのですが、原画の透明で深く深く吸い込まれるような美しさといったら格別です
草木の香りが漂ってきそうな緑色、みずみずしいみずのいろ、きらめく小石のなぞめき具合、ねこさんにわとりさんの繊細な毛並み。
贅沢にもギャラリーには私一人だったので一枚一枚じっくり見せていただきました。
白い猫が長崎次郎書店を眺めている姿を描いた寄贈イラストも休業の切なさもありつつ優しい懐かしい雰囲気で素敵でした。
このスペースの奥まった秘密基地っぽさと居心地のよいこじんまり感も最高でした。
猫本コーナーの反対側の奥には、漫画コーナー。
わかつきめぐみさんの「古道具よろず屋日乗 」が平積み棚に発見。
いやあ、この女中さんよく怒るなあ。
わかつきめぐみさんの作品には眉間に立てジワ刻む「怒れる少女」がよく登場します。
かつて(少女時代)は私の中にもある何かに対する「怒り」を代弁してくれるような存在のようで共感していたのですが、最近はその怒りの矛先を向けられる側になっているので少ししんどいかな。
とはいえ、わかつきめぐみさんの作品に共通して感じる「さわやかな郷愁」ともいうべき空気は、長崎次郎書店さんに通じるのかもしれないと思っています。
漫画コーナーの前、お会計カウンターの横には、長崎次郎書店からのお勧め本コーナーがありました。
この書店から多くの人の手に渡っていった本だそうです。
いわゆるベストセラーや権威ある受賞本ではなくとも多くの人に読んでほしい、手に取ってほしい本がある。
本を送りだすプロとして書店経営に携わっている方々ならば、その想いはひとしおでしょう。
日々数えきれない本が目の前を通り過ぎていく中で、この本!と太鼓判を押し、その思いは訪れたお客様たちに伝わり、旅立っていった本たちがここにある。
どの本もその思いを受けて嬉しそうに誇らしそうに輝いて並んでいました。
長崎次郎書店のカーテンコール
今までこの書店を訪れたお客さんたちのおくる万雷の拍手が聞こえるような気がしました。
できればすべて一緒に連れて帰りたいくらいでしたが、この二冊を選びました。
さあ、もうそろそろ私の持ち時間もつきそうです。
お名残り惜しいですが、お会計をして、その際に御書印をいただきました。
御書印についてはこちら。
さて、こうしてご縁を結ぶことが出来た長崎次郎書店ですが、6月30日に閉店です。
私は地元の民ではないですし、閉店の噂を聞いてからのこのこやってきた軽薄な者でしかありません。
そんな身で何をいうか、とお叱りをうけるかもしれませんが、この歴史ある本屋さんがその幕を閉ざす最後に訪れることができて、たっぷりと素敵な本浴時間を過ごすことが出来て良かった、その空間に身を置くことができて良かった、心からそう思える場所でした。
長崎次郎書店さん、ありがとうございました。
書店を後にして、二階の喫茶室へ。
ちなみに開店は11時26分です(じ(2)ろー(6))
天井が高く、立派な梁のわたった天井にプロペラの送風機がまわっていました。
窓辺の席に案内していただいて、市電の線路を眺めながらカレーライスとコーヒーをいただきました。
書店で時間を使いすぎて、ゆっくり本を開く暇もなかったのが心残りでしたが、喫茶室は営業を続けるとのことですので、またあらためて伺いたいと思います。
その後、熊本での本来の用事を済ませて、20時過ぎに外に出ました。
あいにくの曇り空ではありましたが、夏至の日なので、まだ空はやや明るいのです。
暮れなずむ空を背景にお城のシルエットがぼんやり浮かんでいました。
ちなみに、この「なずむ」って「泥む」と書くのだということを先ほど買った「恋する日本語」で初めて知りました。
「泥む」とは、「水・雪・草などに阻まれて、なかなか思うように前に進めないこと」を示し、暗くなってから完全に闇に落ちるまでの時間が長い状態です。
今日を境にまた日は短くなり始めるのか、時のうつろいのはやさ、時勢のうつろいの容赦なさに、空と同じく暗い気持ちになりかかったのですが、雲の切れ間からはっとするほど美しい満月を眺めることが出来ました。
6月の満月をストロベリームーンというそうな。
どんな時にも光はある。
この月の眺めを熊本の最後のお土産として帰路に着きました。