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掌編小説【エージェントのお仕事】


井室達志は激怒した。
それは傍若無人、荒唐無稽が服を着て歩いていると言っても過言ではない、武藤アキに対してだ。

ここは数多くの政治家、研究者を輩出している名門校であり、井室は誉高い生徒会長の職務に従している。井室は曲がったことは許せない、潔癖な男だった。彼の父は外務官であり、国の外交を担う重鎮であったため、常にそうであるべきと教育され、彼もそれに務めた。

一体武藤アキはどうやってここの入試をかいくぐったのかと思うほど、成績は常に低空飛行で素行はいつも逸脱していた。
そう、逸脱していたのである。

時には人間ボーリングと称して、先輩や教員関係なくかき集め、ピンに見立て、バスケットボールを転がしたり

時には人間ビリヤードと称して、はたまた先輩や教員関係なくかき集め、バーでバレーボールを打ち、8ボールを嗜んだ。

例を挙げればキリがないが、武藤アキの行動はルール違反というか完全にそれを逸脱しているのである。
そのため、常に生徒会長の井室の頭痛の原因であった。

その武藤アキが書記を人質に教室に立てこもっているというのだ。

『生徒会長さんお疲れ様!書記ちゃん返して欲しかったら丸腰で音楽準備室に来てね』

なんらかのキャラクターのメモ用紙にかかれた脅迫状には全く緊張感がなかったが、おかげで井室の怒りは頂点に登った。

全く、なんだって言うんだ。一年生の女子生徒の分際で、僕の手を煩わせて…

もはや常備薬の鎮痛剤をペットボトルの水で流し込んだ。

今日という今日は生徒会長の威厳にかけて、あの女を黙らせてやる。

そう意気込み、音楽準備室の戸に手をかけた。

「遅かったじゃん 生徒会長」

武藤アキは机に座り足をぶらぶらさせながらスマートフォンを操作していた。
口元はガムを噛んでいるのかくちゃくちゃと音を鳴らすのが全く腹ただしい限りである。

「君に構っている時間がもったいない 早く前田書記を解放してやってくれないか 彼女がいないと生徒会の仕事に支障をきたす」

教室の隅に後手になった前田書記がいた。
目隠しをされている。ここまでやるのか。

「わかった 書記ちゃん解放してあげる ただ〜」

武藤アキはイタズラをする子供のような笑みを浮かべ、人差し指を口元の前にそえる。

「生徒会長の命と引き換えだよ」
その声は紛れもなく少女の声ではなく、青年の声だった。

ふいをつかれていると武藤アキは井室の襟を掴み、顔を近づけた。
ガムの甘ったるい匂いが井室の鼻腔をくすぐる。

武藤アキは行動こそ褒められるものではないが顔は美しかった。
こうまじまじと見ると他の男子生徒にも人気があるのは頷ける。

武藤アキはアーモンド型の目を細め、井室に向け微笑んだ少し後に膝でお腹を思い切り蹴り上げた。

うっと声にらない声をあげると、前田書記が悲鳴をあげた。すでに声が泣いているようだった。 

背中を丸めていると、縄のようなもので首を思い切り締められた。
その力はまるで少女の力ではないなと考えたところで井室はぐったりと武藤の肩にもたれかかった。

*****
武藤アキは仕事は出来るが後片付けが苦手であった。
いつもこの作業には多少時間がかかるのである。

なるべく証拠を残さないようにしないといけないため、ミスは許されない。

ようやく完成した。うん、これならエージェントにも怒られないな。

一息ついたところでスマートフォンを取り出すと、
彼はあることを思い出した。

作業に夢中になりすぎて完全に彼女の存在を忘れていたのだ。

目隠しをされていたため、どんな諸行が行われていたのかも知らず恐怖に怯えていて声も出せない様子だったが、聡明な彼女のことだ、おそらく生徒会長に何があったのかはおおよそ察していることであろう。

なるべく生徒会長の首吊り死体が彼女の視界に入らないよう、自分の体で隠すようにして、彼女の目隠しと縄を取った。

彼女は涙や鼻水で綺麗な顔がぐしゃぐしゃに濡れていたがそんなことを気にする余裕などないように震え、解放された手をただただ見つめていた。

決して僕と目を合わせまいとしているのがわかって少しだけ寂しくなった。

「ごめんね 怖い思いさせて でも大丈夫 君はこのことはすぐ忘れるから」

恐らく彼の声は彼女には届いていないだろう。
でも続けた。

「ごめん仕事なんだ 詳しくは言えないんだけどさ、彼を片付けないと未来で戦争が起きるんだってさ、人がいっぱい死んで、君の大切な人も死んじゃうんだって 」

彼女はずっと震えながら体育座りをしてこちらを決して見ようとしなかった。

「まぁこの仕事、そもそも君からの依頼なんだけどね」

退屈極まりない学校生活で人間ボーリングも人間ビリヤードもどれも楽しかった。いつも呆れながら「またあなたね」と笑う彼女が好きだった。

さようなら、前田美咲。
彼は彼女の頭に手を当てると、彼女は気を失った。

*****

「彼、本当に戦争なんて起こす奴なの?普通にいい人っていうか超〜真面目な奴って感じだったけど」

「人はね、地位や金でいくらでもかわるのよ」
彼がエージェント呼ぶその女性はさっき人質にした少女と同一人物とは思えない程似ても似つかない。
そうか人は変わる、のか。

「オータム、あんた今すごく失礼なこと考えてない?」
画面越しだがエージェントの睨みにはなんだか圧倒される。美人の冷徹な眼差し最高。女子高生のエージェントも良いが僕をゴミを見るような目で見る今のエージェントに敵うものなんてないと断言できる。

「それよりエージェント、次は僕、学ランとか着たいんだけど 女の子の制服も可愛いけどやっぱ学ランっていうの?あれかっこいいよね」

エージェントは少しため息をついた。
今しがた人を殺めたというのに、こんなにあどけない表情を作れる彼はやはり人としてどこかに欠陥があるのだろう。
彼の出生は謎だが、家族や親戚はいないと聞いている。

でもこの世界、これからの世界に彼の存在は必要だった。

「次は女子高ね 未来の大量殺人の犯人が潜む秘密の花園よ」

「やった〜女子高!万歳!」

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