阿津川辰海、いいね。
私はゆるい本格ミステリファンだ。
絢辻行人や有栖川有栖とは同世代だし、彼らの作品は親近感をもって追ってきた。
それより若い世代では、三津田信三とか好きだな。(もともとディクスン・カーみたいな怪奇趣味が好きだった)
評判になるような本格はなるべく読みたいのだが、問題は、お金がなくて新刊が買えないことだ。
そこで図書館で予約することになる。すると、予約数が100を超えていたりする。
「1年以上、待ちかよ」
しかし、退職老人は、お金はないが時間はある。いくらでも待てるのだ。
忘れた頃に「予約図書が用意できました」とメールで通知がある。
昨年出た阿津川辰海の『透明人間は密室に潜む』も、そのようにして今ようやく読んだ。この作家は初めてだが、ひさびさに好きな新人に出会えたと感じた。
表題作よりも「六人の熱狂する日本人」がいい。「オタクの犯罪」というモチーフだが、抑えたユーモアが心地よい。
今の若者たちは、過去のさまざまな時代の趣向を、アラカルトに選んで、新しい文化事象と巧みに組み合わせる。その意味で、時代を超えた面白い作品が作れる。
この本でも、私が少年の頃にはすでに古臭いミステリだった「思考機械」の趣向を生かした作品がある。若い人たちは、100年くらいの幅のなかから、いろいろな文化をつまみ食いできる。それは、音楽でも、映画でもそうだろう。デジタルの普及で、そういう文化環境が生まれているのだ。
博覧強記を売り物にする作家は我々の世代にもいたが、今の世代は、幅広い知識をより自然に懐から取り出すことができる。特にこの作家には、そういう知的な余裕を感じる。
ちょっと大げさに言えば、大バッハみたいに、100年くらいの音楽を集大成した天才は、歴史に残る芸術家になる。
阿津川辰海がバッハだと言いたいわけではないが(老人っぽいウンチクを言いたかっただけ)、若い人に高い文化の教養を感じるのは嬉しい。私が現役の編集者なら会いに行っただろう。これからも、(たぶんずっと1年遅れくらいで)追いかけようと思う。
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