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死刑廃止論と心霊主義

死刑廃止論は、定期的に話題になる。

死刑廃止は左派のアジェンダで、熱心なのは左派文化人や左派メディアだが、リベラルや保守層にも廃止論者はいる。

最近も、毎日新聞や東京新聞に、死刑廃止論が載っていた。


しかし、死刑廃止論が新聞に載る一方で、飯能市での凶悪犯罪のようなことが起こる。

罪のない家族に執拗にいやがらせをしたあげく、オノでその家族3人の頭を叩き割って惨殺した犯人に対して、極刑以外があり得るのか? と思う人が多いのではないか。


死刑制度は非人道的だから日本でも廃止すべきだ、という議論が再燃するたび、私が思うのは心霊主義との関係だ。

ここで言う心霊主義 spiritualism とは、死んだ人の精神が残り、生きていた時と同じ愛憎の感情を持ち、生きている人に影響を及ぼす、という世界観だ。

いわゆる幽霊の存在を認める世界観だが、この世界観が強い文化では、死刑廃止論は世論の支持を受けにくいと思う。

なぜなら、恨みを呑んで死んだ被害者の霊が許さない、と感じるからだ。


被害者の霊の「人権」を認めないのが、現在の法律だ

その価値観では、死刑廃止論の方に分がある。

死刑で、罪人を殺してしまうということは、刑罰の矯正効果は諦めるということだ。だから死刑は、いわゆる「みせしめ」効果のためだけにやることになる。

しかし、生きている人間に対する死刑の「みせしめ」効果は不十分とされる。いくら死刑を増やしても、殺人がなくなるわけではないし、それで死刑という「殺人」を増やしてしまっては本末転倒だ、となる。

だから、生きている人間の人権だけを考えると(どんな凶悪な殺人者も生きている限りは人権があるから)、死刑は非効果的で残酷だ、と。

その理屈は私も分かるのだ。

しかし、心霊主義は、死者の「人権」を尊重する世界観である。


ちなみに、日本の政治家で、「死者の人権」を主張しているのが誰かといえば、最近左翼のいやがらせで大臣政務官を辞任した杉田水脈だ。

この人は、よくよく左派に嫌われるようなことばかり言う人だ。

しかし、「死者の人権」を検索したら杉田議員のツイートが出てきただけで、議論の文脈も違うし、私の主張は彼女と関係ない。


いっそ「幽霊の人権」と言った方がいいかもしれない。

日本は心霊主義の国であり、日本のホラーは、幽霊の「気持ち」で怖がらせる。死者の人間的な恨みや未練が怖い。それは、「悪魔」が登場する西洋ホラーとの大きな違いだ。

西洋にももちろん心霊主義があるが、西洋は、どちらかというとオカルト主義が強いと私は思う。

私が考える、心霊主義とオカルト主義の違いは、心霊主義のお化けは「現世の価値観と連続していて共感可能」だが、オカルト主義のお化けは「現世の価値観と断絶していて共感不能」であることだ。


日本のホラーと似たようなホラーを作っているのが、タイだ。タイの怪談はそもそも日本の怪談に似ている。非業の死を遂げた人の恨みがこの世に留まる。日本人とタイ人の「怖さ」のポイントが似ているのである。どちらも死刑制度が残るのは、そういう文化背景があると思う。


日本は、非業の死を遂げた人の祟り(怨霊)を国をあげて恐れてきたお国柄だ。

死刑制度を支持するかどうか、新聞社がアンケートをとっても、「被害者の霊が許さないから」といった意見は表面化しない。

しかし、それが暗黙の世論なのだと思う。


現代の日本は、いわゆる世俗国家であり、憲法で政教分離を定めている。世俗化とは、要するに非科学的な世界観を政治の中に認めないことだ。だから、神話的な前提にもとづく天皇制についても、当然議論の的になる。まして、心霊主義にもとづく意見などは取り入れられない。

しかし、心霊「主義」とは呼ぶが、実際には宗教や、また主義や思想ではなく、生活の背景や前提を成す「文化」である。そういう文化を無視して死刑制度を議論しても、無駄だと思う(天皇制にも似た要素がある)。

私はーーホラーや怪談は大好きだがーー幽霊を信じない。しかし、日本人のほとんどはそれを信じている。若い人も信じている。だから、死刑はなくならないと思う。

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