パレスチナと私:迷子になったらネックレスを見せて〈エッセイ〉
パレスチナに空港はない。なので誰しも、陸路で来ない限りはイスラエルを一旦経由する。私の場合、3回ともブルガリアから飛んだので、毎回帰りのフライトが朝便で、どうしたってイスラエルに前乗りしないと間に合わないために、前日の宿はテルアビブ(空港がある商業都市)のものを押さえていた。
行きは良い。テルアビブの空港に着いたら、市内やエルサレムに出るルートが用意されているし、なによりも朝だし。
でも帰りは、どうしても夜遅くなる。ひとえにギリギリまでパレスチナを堪能したいからなのだけれど、そうなると駅に着いた頃には人も少ない。しかもこのエルサレムからのバスの駅、大都市なのに洗練されてないしなんかごちゃごちゃしていて、非常にわかりづらい。出た途端に方向感覚を失って、乗るべき宿までのバスがわからなくなってしまった。
ヘブライ語は話せない。トダーとシャローム(※)だけ知ってるが今このタイミングでは何も役に立たない。
もう待機しているバスすらまばらで、「もしや徒歩なのか・・・」と慄いていた時、ドライバーさんは私のネックレスを見て、
「シューシュー?」
と一言。言われて初めて自分がネックレスをつけっぱなしにしていたことに気づき、慌てて片言のアラビア語で
「そう、アラビア語での私の名前なの」
と返す。
ああそうか、と私は気づく。少し前にパレスチナの家族と別れて寂しさと心細い思いでイスラエルに来たけれど、ここにもまだパレスチナの人がいるんだ。
なんとか宿に辿り着いて仮眠をとった翌朝、駅に行くのに私は再び道に迷うことになるのだが・・・
そこでもまた、「本当にこのバスに乗っていいんだな?」という超重要な局面で現れたのはアラブ圏のおっちゃんたちだった(イスラエルには複数のアラブ圏の移民がいるので出身国までは分からない)。
「アラビア語わかる?」
と尋ねられた時、一か月間ずっとアラビア語漬けの環境からイスラエルの英語環境に入って寂しかった私は、心がじんわりと暖かくなった。
まぁ、アラビア語ほとんどわからないんですけどね。馴染みの問題です。
空港に着いた私は、だからこうして今無事に日本に戻ってきているのである。
私と最初のドライバーさんを繋いだネックレスは、このnoteのカバー写真のものですがオリーブの木で出来ていて、アラビア文字でシューシューと書いてあります。インターンをしていたときに、彫って欲しい名前を尋ねられ、パレスチナの家族が「ちえ」は発音的には「しー」になるから、これをニックネームにしてこう呼ぶのよ~と付けてくれた「シューシュー」をお願いしたのです。
これ、形が歴史的なパレスチナを指しているので、イスラエルではまずいかもなぁと思って直していたつもりが、うっかりつけたまま入域していた模様。
思わぬところで活躍して、宿まで連れて行ってくれたこのネックレスは、イスラエル内部の人の多様性も教えてくれています。
※トダー:ヘブライ語でありがとう
シャローム:同じく、平和という意味。アラビア語でも平和はサラームといって少しだけ発音が違います。兄弟言語であることを思わせる単語です。
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架け箸はこれからも継続的にパレスチナを訪れ、日本に出回らない生の情報を発信したいと思っています。いただいたサポートは渡航費用や現地経費に当てさせていただきます。