『蕎麦湯が来ない』又吉直樹×せきしろ 「10年ぶりの新作だ」と、鼻息荒く
○はじめに
このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。
『蕎麦湯が来ない』又吉直樹、せきしろ
【又吉直樹の作品を語る上でのポイント】
①言葉選びに注目する
②過剰なセンチメンタルさを指摘する
の2点です。
①に関して、又吉さんは『火花』で一躍有名になりましたが、小説だけでなくエッセイ、そして俳句も出していて、その言葉選びが繊細で上手です。しかも、ただ繊細なだけではなくてお笑い芸人らしい笑いの要素も取り入れてるので敵なしです。
②に関して、又吉さんの作品は彼のセンチメンタルさから来るものだと思います。何をするにも人の目を意識してしまい、その人の目を意識する自分すら、意識しているという、二重にも三重にもぐるぐるに巻かれた自意識から発される言葉が魅力的です。
○以下会話
※こちらの会話は前作の『カキフライが無いなら来なかった』と『まさかジープで来るとは』を読んだ後の会話です。
■売れてない若手から売れっ子芸人になった又吉
「実は先月、また又吉直樹とせきしろの新刊が出まして、『蕎麦湯がこない』ってタイトルなんですけど、読みました?あ、でしたらぜひ読んでください。
『まさかジープで来るとは』が出版されたのが2010年なので、実に10年ぶりの新作になるんですよ。内容は前回と同じで二人の自由律俳句とエッセイが編纂されていて、やっぱりすごい面白いです。
『蕎麦湯がこない』の見所としては、「時間の変化」ですね。もちろん二人の共著を初めて読む人も楽しめる作品ですけど、前作から10年も経っていて、当時無名だった又吉さんが芸人として人気になって、更に芥川賞まで受賞してるから、エッセイの内容が前作とは全く違うんですよね。前二作は、貧乏で誰からも期待されてなくて絶望的に暗い現状の中に、僅かな明かりを見つけてそれを描いていたんですけど、今回のは根底に常に明かりが見えるんですよね。最初から懐中電灯持参している感じ。でも、やっぱり又吉さんの文章の面白さは前作以上に際立っていて、すごい楽しめます。
ただ、僕自身に一つ問題があって、この本は又吉さんとせきしろさんの共著なんですけど、どうしても又吉さんの俳句とエッセイを選んで読んでしまうんですよね。もちろんせきしろさんの自由律俳句もエッセイも十分面白いんですよ。ですけど、又吉さんの他の小説とかエッセイを読んで、又吉さんのファンになってしまったんで、二人をフラットには見れないんですよ。これは純粋に作品を楽しむに当たって、正しい姿勢ではないので直したいです。でもそれを抜きにしても面白いです。両方。
じゃあ僕が個人的に気に入った何句か紹介しますね。
カツ丼喰える程度の憂鬱
夜空が赤い辺りに東京タワーがある
通された部屋で緊張しながら聴く風の音
歯のない子どもが踊る笑う
思ったよりお礼を言われなかった
祈りではなく吐いてた
いやー相変わらずすごいですよね。
■芸人又吉直樹にしか書けないエッセイ
それと又吉さんのめちゃくちゃ面白かったエッセイがあったんですけど、これも紹介していいですか。
又吉さんは、昔良く遊んでいて最近連絡を取っていなかった後輩芸人から、「ご飯いきましょう」と久しぶりの誘いがあって、嬉しく思いつつちょっと嫌な予感がしたんですよ。そしたら飲みの席で案の定、「芸人を辞めて役者になろうか悩んでる」って告白されるんですよ。又吉が芸人と役者の両立を提案するけど「中途半端にやりたくない」、「又吉さんにどうすべきか決めて欲しいんです」と熱く言われ、その強い思いに応えようと思うんですよ。そこで又吉は「一番自信のあるギャグを見せてくれ。それで判断する。」って言ったんです。そしたらその後輩は、真剣な顔になってシミュレーションし出すんですよ。一度お勘定を払って店をでて、月明かりが照らされる中、街の喧騒を他所に、後輩は息を整えて、「行きます!」って覚悟を決めると、瞳孔を見開いて両手を羽ばたかせながら「蝶々〜、蝶々〜、情緒が不安定〜!」って叫んで道路に仰向けに倒れるんですよ。目には涙を浮かべてその体勢のまま又吉の審判を待っていたんです。そこに又吉は近づいていって耳元で「良い劇団紹介するわ」って判決を下すんですよ。そうしたら後輩は「お〜い〜」って勢いよく立ち上がって、今でもその後輩は芸人を続けてる。っていう話です。
芸人の弱肉強食の厳しい世界と、又吉の優しさと、笑いと、それを包む都会の情景が短い文章の中に組み込まれていて、月並みだけどまるで映画のワンシーンのようですよ。
後輩から先輩、売れない若手から人気の中堅に立場が代わったことで描ける世界観で、でもやっぱり又吉さんの優しさと笑いは変わらずにそこに存在してるんですよね。一人の作家の創作の幅が見られるから、前作と合わせて読むと更に面白いですよ。
あと笑ったのは、子供の頃、マラドーナとかカズとか有名なサッカー選手になりきって、近所の公園で楽しくサッカーをしていた時に、近所のおばさんに「誰の許可受けてここでサッカーやっとんねん!」って怒鳴られたっていうエッセイで、皆が叱られてしょぼんとした様子を
おばさんのせいで雰囲気は台無しだった。世界的な名選手達が公園の隅で落ち込んでいる。
って書いていて、怒られてもなお選手ごっこをやめてないっていう視点がすごい面白いなって感じました。
前二作に続いて抜群に面白いんで、また貸しますね。感想待ってます。」