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税務調査の話 その9 〜非違事項別解説③ 振込売上の除外〜
元国税職員による税務調査のあれこれ。前回に引き続き非違事項(誤りや不正による要是正項目)別の解説をしていきます。今回は不正の一つである売上除外のうち、振込売上の除外を取り上げます。
今回の記事は長いですが、割と力を入れて書いたので最後までお読みいただけると嬉しいです。読むのが大変という方は、”筆者が経験した事案"という項目だけでもお読み下さい。
これまでの記事(税務調査の話その○)
振込売上の除外
売上代金の回収手段として最も多いのが銀行振込です。社歴の浅い企業だと100%振込という企業も多いですね。
銀行振込の場合、普通預金通帳や当座勘定照合表に入金履歴が残るので、売上を除外する場合は結構大胆なことをしないといけません。なので、
割と足がつきやすいです。
除外の手口
(1) 法人名義の簿外預金口座に振り込ませる
昔は仮名預金を使った手口が流行っていたようですが、マネロン対策もあって、今は実名口座しか持てません。筆者が税務署にいた15年前には既に仮名預金自体を見掛けることはなくなっていました。
ということで、今は実名口座しか使えないわけですが、これは、取引先に法人名義の口座に振り込ませた上で、当該預金口座を簿外とする方法です。
最もシンプルな除外方法である分、最も見つけやすいです。取引情報を名寄せした資料せんや銀行調査であっさり発覚します。
資料せんの説明ついてはこちら
銀行調査の説明についてはこちら
ちなみに、融資審査で銀行から決算書の提出を求められるため、借入先の銀行口座を簿外にすると銀行にバレてしまいます。なので、簿外用に別の口座を作るのが通常です。
(2) 社長個人や親族名義の口座に振り込ませる
法人名義だとバレやすいという考えから、個人名義の口座に振り込ませる方法です。ただ、
これも意外にバレやすいです。
まず、社長の家族構成は、概況聴取で確認しますし、課税事績があればKSK(国税総合管理システム)で事前に確認しています。KSKについては、過去記事をご参照ください。
その上で、上記過去記事(その4)のとおり、銀行調査では、個人名義の口座も含めて手当たり次第に銀行に照会を掛けます。
なので、浅い調査で終わるとか、遠い親戚で税務署が把握し切れていないとかでないと、すぐに分かってしまいます。
また、大口の取引を個人口座に振り込ませるのは、取引先の調査時に税務署で資料化(資料せんを作成すること)されやすいです。脱税のにおいがぷんぷんするからです。
ちなみに、資料せんが端緒となって不正が発見された場合で、脱税の規模が大きいときは、その資料せんを作成した人も表彰されます。筆者が資料化したものが活用されて、脱税が発見されたこともありました。
なお、大手企業の下請け・孫請けの場合、コンプライアンス上、個人口座に振り込ませることは難しいです。また、自社の経理担当から税務署に通報される可能性もあります。
筆者が経験した事案
警備業の会社の調査の話です。主に工事現場に警備員を派遣しており、取引先も大手の建設会社が多く、売上は全て法人名義の口座に振り込まれています。
調査のやり方として、警備員の業務日報(警備報告書)と売上帳を照合してみました。規制業種の場合、こういった日報の作成が法令等で義務付けられているので、売上を除外していれば、この作業で見つかることが多いのです。
1年分を丹念に照合してみたものの、日報が作成されている警備業務に係る売上は全て計上されていました。
うーん…おかしい…。実は、準備調査段階で法人名義の簿外預金口座を示唆する資料せんが存在していました。しかし、この資料せんに記載されている取引は確かに帳簿に計上されています。異なるのは、振込口座と金額だけです。もしかして、資料せんを作成する人が間違えたのか?
ということで、会社臨場時には結論が出ませんでした。さて、次の展開は…。
ダメ元で資料せんに記載されている口座の預金元帳を銀行調査で復元することにしました。
すると、色んな会社から合計で数億円の入金があるではないですか!これには、俄かに胸が踊りました。こんな規模の脱税なんて、今まで経験したことがありませんでしたので。
喜び勇んで上司である統括官に報告すると
「んなわけあるかい!ちゃんと調査せい!」
いやいや…待てよ…確かに、警備員名簿もちゃんと見てるし、警備員の数からしてこんなに簿外の取引があるわけがない…しかし…自分の目の前にある預金元帳は一体何なんだ…? 謎は深まるばかりです。
復元した預金元帳のイメージ
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/39799748/picture_pc_26ec2dbae4f06f162e7929e1f795c118.jpeg)
※金額は仮定の数値。銀行で預金元帳を復元すると、預金通帳と入金欄・出金欄の位置が逆になります。
取り敢えず、入金元の反面調査で取引が実在するか否かを確認することにしました。
C株式会社(東証一部上場の大手建設会社)に反面調査を実施したところ、確かに調査先の警備会社に業務を委託しているとの回答が得られ、3,000,000円の請求書まで確認できました。やはり簿外預金に入金されている取引は実在している。
しかし、会社の公表預金通帳はこんな感じです。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/39800459/picture_pc_7863a3924749f550c4cd4bab734b4d8b.jpeg)
C株式会社からの入金日は一致していますが、金額が異なります。しかも、警備会社からは2,400,000円の請求書控えも入手していました。つまり、一つの取引に金額の異なる請求書が2枚あるということです。
しばらく簿外預金元帳と公表預金通帳を睨めっこしていると、あることに気付きました。
簿外預金では、入金日の都度、全額をATMで引き出している。ここで、一つの仮説を立てました。
簿外預金に振り込ませた金額の一部を抜いて、公表預金に移し替えているのではないか?
公表預金通帳の摘要欄も、ATMの操作で振込人の名前をC株式会社等に変えれば偽装も可能です。対税務調査用に架空の請求書控えまで作成しているのですから、かなり手が込んでいます。
簿外預金の事実とともに、この仮説を社長にぶつけてみました。
しかし、社長はきょとんとした顔をしています。
こっちも内心
え?嘘やろ?これで普通は落ちるはずやん
結局、この日は、社長と顧問税理士とで社内調査を行うということで、決着は付きませんでした。
確かに、誠実そうな社長がここまで来てしらばっくれるとは思えません。しかし、証拠は出揃っている…こうなったら、銀行の防犯カメラからATMの操作をしていたのが社長であることを突き止めるしかないか…。
※税務調査はここまでやります。
そうこうしていると、顧問税理士から電話があり、社長が税務署に来て全てをお話したいということになりました。
いよいよか…
社長によると
簿外預金の存在は知らなかった。調べたところ、簿外預金は共同創業者の専務が開設・管理していたものだと分かった。偽装工作については、全て仮説のとおり。その専務が夜遊びに大金を使っていたのを知っていたが、まさか会社のお金を横領しているとは思わなかった。専務は、半年前に高跳びして行方不明になっている…
衝撃的な告白に身震いがします。
続けて社長
彼を信頼し切っていた。まさかこんなことをするとは思わなかった。自分の不徳の致すところだ。彼が使い込んだ分は、全て自分の財産で補填する。まだその額には足りないが、一生掛けても会社に返していく。
年商何億もの会社を一代で築いた社長が大泣きしていました…調査しているこちらも感情を揺さぶられます。
ここで顧問税理士
そういうことだから、ここは一つ寛大な処置をお願いしたい。
※寛大な処置 含意は色々と思いますが、白旗を挙げたときの決まり文句みたいなものです。実際に脱税の処理で必要なこと(重加算税とか)をしないということはありません。
ということで、この事案では、簿外預金に振り込まれていた売上数億円のうち、専務が抜いていた数千万円を売上除外額として認定しました。また、専務が個人的に使い込んでいたので、認定賞与として、源泉所得税の賦課決定も行われました。この源泉税も社長が補填することになります。
※認定賞与については、別の記事で説明します。
結局、この事案では、簿外預金を示唆する資料せんがなければ、巧妙な脱税の手口を解明することはできませんでした。銀行調査では、手当たり次第に照会するという説明をしましたが、この簿外預金は、会社の周囲には立地していない銀行に開設された口座でしたので、資料せんがなければ調査対象の銀行としてリストアップされなかったかもしれません。
おわりに
筆者の経験談は創作に見えるかもしれませんが、ほぼ実話です。国税に長年勤めていると、こういうドラマチックな事案にぶち当たることもあると思いますが、採用後2年余りの事務官時代にここまで経験できたのは、その後の職業人生の大きな財産となったと思っています。
次回もお楽しみに!
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