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男気ゴリラが大暴れ!恋する魔法少女リーザロッテは今日も右往左往 #06

Episode.1 ある日、森の中、王子様に出会った

第6話 その身に、一切れのパンしかなくても……

「は、はい?」

 それまで親し気だった彼の口調が一変した。言葉に怒りが滲んでいる。

「要らぬ。そのような不快なものなどさっさと畳んでズワルト・コッホへ戻るがいい」
「な、何か魔法がお気に障りましたか? 申し訳ございません」
「履き違えるな。僕の生命の恩人を下賤の者とほざいたことだ」

 冷ややかな口調にルルーリアは真っ青になった。

「ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……ただ、レディル様のことを第一に思いまして」
「……それで、生命の恩人を捨ててレストリア王城へ一人戻れなどと僕に言ったのか?」

 口走った弁解にレディルの怒りが更に昂じる。逆鱗に触れたルルーリアはますます狼狽した。

「レディル様、いいんですってば。私なんかのことで怒らなくったって……」

 リーザロッテはまるで自分が怒られたようにオロオロしたが、レディルは頑なに首を横に振る。彼はこの少女がおどけた裏で本当はどんなに傷ついていたか、ちゃんと分かっていたのだ。
 それでも、彼女の向こうでプッティが「自分達を侮辱したルルーリア」と「メソメソしているリーザロッテ」のどっちを先にブン殴るべきか薪ざっぽを抱えて考えあぐねている様子を見て、その顔にようやく小さな笑いを浮かべた。

「ルルーリア・マギカ・キルシェット、心して聞かれるがいい。如何に貧しき小国といえど人の生命に貴賤などつけてはならない、助け合い、分かち合って生きよ。それがレストリアの礎、国是であると先王……僕の父上は生前申されていた。僕が怒った理由、お分かりいただけただろうか」

 レストリア第三王子は静かに語る。

「……は、はい」
「戻って貴女の仕えるズワルト・コッホ帝国皇帝ズワルト・ジーグラー陛下に伝えられよ。身を割いて貧者へ与えるパンはあっても大国の威喝に差し出す寸土はない。レストリアの歴史ある限り、先王の打ち立てた礎は揺るがぬと」
「仰せのままにいたします。どうかご無礼をお許し下さい。私はただ、レディル様に……」
「貴女に生命を救われた御恩にはいずれ場を改め、お礼を申し上げよう」

 それは礼儀正しくはあったが、ここから立ち去れと言外に告げていた。
 ルルーリアは何とか己の失態を取り繕えないものかと彼の顔色をおずおず窺ったがレディルは知らぬ振りで彼女が帰るのを待っている。「では、また……」と、引き下がるしかなかった。
 それでも唇を噛みしめたルルーリアは立ち去る間際、激しい憎しみの視線を一瞬リーザロッテへ向けた。

「……」

 悄然となったルルーリアの乗った魔法陣が幻影となって消えると、それまで冷然としていたレディルは肩を落とし、リーザロッテへ「ごめんね」と謝った。

「でも、どうしても許せなかったんだ。リーザロッテさんが馬鹿にされたことが」
「いいええトンでもない。リーザロッテは正真正銘のおバカでございます、へへへ。現にお腹すかせて行き倒れてたし、レディル様を助けるつもりで魔法を使ったら何故かゴリラが出てきて大暴れ。いやはや、もうアホかとバカかと……」

 そういって笑い飛ばしたつもりだったが……彼女はふいに肩を震わせて俯いた。

「でも……でもやっぱり悔しかったの……」

 それは、うろんげに見られることに慣れたつもりでいた魔法少女の本当の気持ちだった。

「……」
「レストリアの王子様、私の為に怒ってくれてありがとう。ごめんなさい、私、今日は泣いてばっかり……」
「あれ、困ったな。命の恩人にありがとうって言われたら僕、何て言ったらいいのかな?」

 慰める代わりにレディルはおどけて笑う。涙を拭ったリーザロッテも鼻をすすって笑った。母親の大切な形見をこの人の為に使って本当に良かったと彼女は思った。
 なんて夜なんだろう。もしかしたら自分は夢を見ているのかも知れない……リーザロッテは夜空を見上げた。
 本当はとうにお腹を空かせて死んでしまっていて、天国で幸せな夢を見ているのだとしたらそれでも構わない。いや、むしろこのままずっと醒めないでいて欲しい……
 だが、彼女の「幸せな夢」は王子様の言葉で次の瞬間、いっぺんに醒めてしまった。

「それにしてもリーザロッテさんが召喚したあの巨大ゴリラ、なんて恰好良かったんだろう!」
「は、はいぃぃぃぃ!?」
「あ、リーザロッテさんは気を失っていたから知らないんだよね。山のような威容にとてつもない剛力で、悪党共をコテンパンにやっつけちゃったんだよ!」
「ソ、ソウデスカ……」
「それに厳ついだけじゃない。筋の通ったお説教まで。もう圧巻だったよ! まさに男の中の男って、あのゴリラのことを言うんだろうな!」
「……」

 どうやら巨大ゴリラは、レディルにとって憧れの英雄になってしまったらしい。彼は瞳を輝かせてその活躍ぶりを褒め讃えたが、言われている当の本人はこれっぽっちも嬉しくなかった。「威容」とか「剛力」とか「圧巻」とか、どれもこれも女の子らしさを全否定したアンチワードではないか。その上「男の中の男」なんて言われた日には、繊細な乙女心もズタズタである。
 リーザロッテは思わず「実はあれ、私なんですけど!」と喚き出しそうになり、それをプッティが必死に抑えつけた。

(リーザロッテ、こらえろ。正体がバレたらどうする! ここはこらえるんだ!)
(でもぉぉ、むぐぐぐぐ……)

「リーザロッテさん、どうしたの?」

 迸りかけた叫びを口ごと塞がれたリーザロッテはプッティに襟首を引っ掴まれ、小声で「いいかリーザロッテ。変なこと口走るんじゃねえぞ!」と脅かされた。
 レディルはちょっと不審そうな顔でジタバタしている二人を見たが、さほど深く考える様子でもなく、苦笑しながら焚火を作り直し始めた。

「王子様、べ、別にこっちはなんでもねえからっ! それよりこのまま夜更かししちゃおうぜ」
「そりゃいいね。プッティ、お茶を沸かすから手伝ってくれよ」
「あいよッ」

 長い夜だったが、夜明けまではまだ多少の時間があった。
 踏み荒らされて焚火はほとんど消えていたが、炭火のような火種が僅かに残っていた。それを使って新しい焚火を作る。水筒に残った水を沸かし、眠け覚ましのお茶代わりにした。僅かな食べ物は既にリーザロッテが食べ尽くしてしまい、飲み物ももうそれしかなかったのだ。

「リーザロッテさん。ほら、白湯が湧いたよ」
「うう……」

 お湯が沸いた頃にはリーザロッテの苦悶もようやく鎮まっていた。
 それでもしばらくの間は居心地が悪そうに白湯を啜っていたが、レディルが「そうだ、貴女のお婆ちゃんの話を聞かせてくれませんか?」と言うと、ようやく「はい!」と、笑顔になった。

「お婆ちゃんとはどこで出会ったの?」
「……私は生後まもなく大雨で増水した川辺に捨てられていて、あと少し遅れていたら泥水に飲み込まれてしまうところを偶然通りかかったお婆ちゃんに拾われたんです」

 リーザロッテは静かに語り始める。
 だが、次第に頬を紅潮させ、いつの間にか夢中になって話していた。
 魔女ゾルフィー・プレッツェルはかつて己の見聞を広めるために異世界を渡り歩くうち「聖女」と呼ばれたのだという。
 そして、それらの世界を司る神々から招かれ、乞われるままに人間を召喚し、彼等から求められる様々な異能を授けた。
 しかし、彼女は次第にそれを厭うようになった。何故なら望まれた力というものが「宮廷や騎士団から追放した者達へ仕返しする覚醒系の特殊能力」や「婚約破棄を引き金に他者の寵愛を得る魅力」……私利私欲にまみれたものばかりだったのだ。
 失望したゾルフィーは、ついにすべての招聘を拒絶し、遠く離れた世界で人目のつかぬ森の中に隠遁した。
 それから長い歳月が流れた。老いたゾルフィーは孤独の寂しさを募らせ……そして、そんなとき偶然リーザロッテを拾ったのだった。喜んだ彼女は我が子としてリーザロッテを愛し、大切に育ててくれた。
 やがて老衰で臨終を迎えた彼女は、人間の子のリーザロッテへ自分に残っていた僅かばかりの魔力と、召喚した者の誰もが望まず残っていた特殊魔法を授け、魔法少女にしてくれた。彼女が一人でも何とか生きてゆけるようにと。
 そして魔法で人を助ければきっと幸せになれると言い遺し、静かに息を引き取ったのだった……
 今まで誰にも知られることなく、聞かれることもなかった魔女の物語。レディルの脳裏には、慈愛に満ちた老魔女の姿が目に浮かぶようだった。
 
「お婆ちゃんは亡くなる前に私に言いました。“困った人を見たら必ず助けなさい、一切れのパンしかなくても、ひもじい人を見たら必ず分けてあげなさいって……」
「……」
「もっとも、お前はお粥を独りで全部食べちゃったけどな」

 しんみりと思い出を締めくくろうとしてツッコまれたリーザロッテは「ガーン! そうだった……」と頭を抱えてしまった。
 レディルも「そこは空気を読んで黙ってて欲しかった」とガックリし、プッティは「いけねえ、ついやっちまった!」と舌を出した。
 そして、誰からともなく三人は大笑いしたのだった。
 空腹で死にかけたり刺客が襲ってきたりゴリラが暴れたり……色んなことがいっぺんに起こった夜だったが、さすがにもう何も起こらなかった。
 やがて、夜が明けた……


次回 第7話「夜明けの空に少女は恋の始まりを歌う」


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