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「役者は一日にしてならず」蟹江敬三編

春日太一さんの著書「役者は一日にしてならず」の読書感想文を書いています。

そう。この世界は実行あるのみ。やりたいと思った事はその熱が冷めないうちにやらないと。この本を読破する。必ず。そして、その次の本の扉を開ける。

この本の中の、1944年生まれシリーズ。
前田吟、平泉成、杉良太郎、そして蟹江敬三。
あーこの顔ぶれが同い年なんだ〜と知れたのも、この本の感慨深いところだ。同じ芸能界で働いていても、四人ともまったく違った歩み方をしていて面白い。

蟹江敬三へのインタビューの冒頭で、工業高校の理数系の科目が苦手だったので普通高校へ入り直したというエピソードが出てくる。
私が中学生の頃の感覚では、誰が言い出したのか、普通高校へ入るには成績が足りない人、もしくは大学へ進学する予定がなく、18歳で卒業したらすぐ働きたい人が工業や商業へ入る…というような、変な常識がはびこっていて、私はその考え方に囚われていた。

そして私自身はどうだったかと言うと、家庭環境的に到底大学へ行けるとは思っていなかったし、中学の時点での成績はかなり良くて200人中5〜10番目くらいをウロウロしていたため、商業高校なら推薦で入れてあげると言われてホイホイ入ったものの、珠算が全くできなかった。
振り返ってみるとそれまで、自分は頭がいいと思っていたのに高校入ったら全然珠算の検定に合格できず、学業自体に興味がなくなってしまったのかもしれない。
部活やバイトが楽しすぎたのもあるけれども。

たらればの話は、しても仕方がないが、もし普通高校へ進学していたらもっと勉強していたかもしれない。
蟹江敬三のように、途中から普通高校へ入り直すなんて考えはまったく浮かばなかった。
こうして自分の常識を破るようなことを新たに知ってみると、人生うまく行かない時は、実は何処かにとんでもない裏技が有るかもしれなくて、それをどうにかして知る、知って軌道を変えることも可能なのではないかな?と思えた。

そして蟹江敬三はその中退した工業高校時代、舞台で演じて大ウケするという体験をしている。
そこで役者になるのもいいかもしれないと思って俳優座の養成所のオーディションを受けたけれど落ちて(ここで合格していたら、前田吟や夏八木勲と肩を並べることになる)劇団青俳へ。
そこも、もし俳優座へ入っていたら蟹江敬三がこんなに確固たる存在感を放っていただろうか?と想像すると面白い。
青俳には役者時代の蜷川幸雄氏がいて、蜷川さんが蟹江敬三を気に入っていた。演出家になりたての頃は蟹江敬三主演の舞台をたくさん作っていたそうだ。それも知らなかった。

蜷川式演劇の幕が上がるまでの様子がチラリと書いてあるのも、演劇に携わったことのない身としてはなるほどと思った。演出家によって、台本が出来てから開幕までの流れは違うんだな。

そして蜷川氏率いる劇団解散のときに独立する。
その時には子供が生まれていた。
やっぱり養う存在が出来ると、『なんでもやるぞ』モードに入る。これは今までの多くのインタビュー記事でも書かれていたいわゆる《父親スイッチ》みたいなものだと思うんだけれど、このスイッチは人間を爆発的に発奮させる力がある。とても大切なスイッチに違いない。

さらにこの後出てくる勝新太郎とのエピソードが面白くて、そのエピソード自体が非常に面白いんだけれどそれは本を読んでもらうとして、私が注目するのは蟹江敬三p211と平泉成p176-178、そして平幹二朗p23-24。
勝新太郎と蟹江敬三はがっぷり組んでいる感じがする。そして勝新太郎と平泉成は仲良くなりすぎないようにしている。そしてなんとなく勝新太郎と蜷川幸雄の「好む世界観」が近いのかな?という気もしてくる。


動きも。セリフの喋り方も。
表現の仕方には幾万通りのバリエーションがあって、どのように演じて行くのか、誰の言うことに合わせて行くのか。一人芝居じゃないから、そこが面白味でもあり難しいところでもあり、それを見る観客の好みもあるだろうし。舞台と映像作品との違いもあるだろうし。


三國連太郎の、役への想像力も興味深く読みました。
そしてそういう数々の名優や演出家と作品を作りつつ、印象的な犯罪者等をこなしてゆく。
蟹江敬三の元に奇怪な役が来るのはやはり、彼ならやってくれるという期待が持てるからなんだろうと思えてきます。役は奇怪だけれど、ご本人はとてもフレンドリーでフラットなお人柄のように感じます。

鬼平で、小房の粂八や吉右衛門さんの話が書いてある部分は胸を熱くして読みました。
p221での島田正吾氏との撮影の体験談がまた面白かったですね!

「演じる上で一番大事にしているのは、衝動です。
人間が生きるってことは、心の衝動の連続だと思います。衝動のない演技はありえない。そのためには、役に魂を入れ『役になる』しかないんじゃないですかね」

「歯に気をつけています。
入れ歯になるとセリフをちゃんと喋れなくなりますから。3回の食事の後に3回磨いています。あとは、うがいですね。食べたり飲んだりする前はかならずうがいをしないとダメなんですよ。水を一杯飲む時でも、うがいを欠かしません。」

記録によると、この素晴らしいインタビューのたった4ヶ月後に亡くなっている。
読み終わって涙が止まらなかった。
春日太一さん、ありがとうと改めて言いたい。

Spotifyで、私の番組を探して聴きに来てください。

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