ボリショイバレエ 硫酸襲撃事件の真実 (前回の続きですよー)
こんにちは。皆さんいかがお過ごしでしょうか。今回は前回記事の続き、ボリショイ硫酸襲撃事件についてです。前回はこの事件に関わっている主な人物を紹介しましたが、今回はいよいよ事件の内容に移りたいと思います。前回記事をまだ読んでいない方は是非そちらを読んでからご覧くださいね。
さて今日は雑談なしでテンポよくいきますよー!(追記ですが、今回はかなり長くなりましたので、皆さん覚悟はいいですかー?!)
揺らめく世界最高峰のバレエ団
この事件の真相部分をお話しする前に、皆さんには是非この時代のボリショイ内部がどういった状況だったかを知ってほしいなと思います。事件自体は当時の芸術監督であるフィーリンが襲撃されるという形で終わりましたが、実はボリショイ自体がぐちゃぐちゃだったんですよこの時期。そしてそのいざこざが事件とも相当深く関わっているので、まずはそこからお話ししますね。
2011年、フィーリンは当時のボリショイ劇場支配人イクサノフによってボリショイに芸術監督として招かれました。その前はというと、現役を引退した後フィーリンはモスクワ音楽劇場(Московский академический музыкальный театр имени К. С. Станиславского и Вл. И. Немировича-Данчеко)(←このように正式名称がアホみたいに長い劇場です。)の芸術監督を務めていました。(このことよく覚えててくださいね。)
そしてフィーリンは再びボリショイに今度は監督として戻ってきたわけですが、彼が監督に就任してからというもの、ボリショイは相次いだ不祥事に見舞われていました。
就任から一週間後、当時副監督を務めていたゲンナージー・ヤーニン(ボリショイファンなら知る人ぞ知る、いいダンサーですよね)は、なんと本人の合成わいせつ画像をばらまかれ、辞任に追い込まれてしまいます。そして、その数か月後にはボリショイ最強のペアがサンクトペテルブルグにあるミハイロフスキー劇場へ移籍してしまいます。この最強ペア、皆さんもちろん言わずとわかりますよね?
そう、以前このブログでも紹介したイワン・ワシーリエフとそのパートナー、ナタリヤ・オシポワです。
フィーリンはある意味こういった難しい時期に監督に就任してしまったわけです。事件後のインタビューでも実際に本人が「(就任した)タイミングが悪かった」と話していますしね。
そしてもう一つ事件に大きく関わるバレエ団内での対立がありました。
伝統のツィスカリゼ VS 改革のフィーリン
皆さん当時のニュースでバレエ団内が大きく二つに分裂していたなどと言っていたことをちょくちょく覚えていたりしますか?ニュースではただ分裂していたとだけ報道されていましたが、(僕の浅はかな記憶ではね)実はこのことだったんですよ。ツィスカリゼなんてみんな知ったこっちゃねーだろと報道されていませんでしたが、ここが一番大事なんですよ!
フィーリンは監督就任後、『新しいボリショイ』を求めて改革を行っていました。実際にモスクワ音楽劇場で監督を務めていた頃も、新しい演目を積極的に取り入れていました。ボリショイでは今ではもうおなじみの、「椿姫」、「オネーギン」、マイヨー版「じゃじゃ馬ならし」などを新演目として取り入れ、外部からのダンサーをゲスト出演させていたりもしました。(皆さんご存じホールバーグとかね)
その改革を気にくわなかった人がそう、ツィスカリゼだったんですねー。新しさで勝負しようとしたフィーリンに対してツィスカリゼは旧ソ連時代の伝統を重んじました。
さらにこの二人は3歳差と年が近かったんです!(フィーリンのほうが年上ね。見た目じゃ10歳くらいツィスカリゼの方が上に見えるけどね)両者共にボリショイのトップスターであり、ボリショイの黄金期といわれた時代を支えてきた二人でした。それなのにイクサノフによって招かれ、自分よりも権力を持った芸術監督を務めていたフィーリンに対してツィスカリゼは面白くありませんでした。
そして事あるごとにツィスカリゼはフィーリンのやり方に水を差し、こうした二人の対立はいつしかバレエ団内を二つに分裂させるまで大きくなっていきました。(ちなみにその当時のツィスカリゼの弟子として有名なのはブログでも紹介したデニス・ロジキン、ボリショイイチの猿顔プリンシパル、アルチョム・オフチャレンコとかね。そしてもう一人重要な女の子がいるんですよ。)
事件後のインタビューでフィーリンは「私の心は今回の事件の犯人が誰かを知っている」と答えていますが、ひえ~~~怖いわ。意味深すぎるがな。誰かは皆さんの想像にお任せします。(まあ硫酸かけたのはドミトリチェンコの指示だけど、、、ってことよね。)
お前みたいなデブに白鳥は踊らせない
事件を整理していくにあたり、この女性の存在も忘れてはなりません。当時ドミトリチェンコにはソリストの彼女がいたわけですが、前回記事を読んだ皆さんならもうお分かりですね。そうアンジェリーナ・ボロンツォーワです。彼女もまたこの事件に関わる重要参考人の一人です。
ここで彼女について簡単に説明しておきましょう。ボロンツォーワはボローネジという地方都市に生まれ、バレエの才能を開花させた後、僕の出身校でもあるボリショイバレエアカデミーに編入しました。また在学中の2009年には、モスクワ国際バレエコンクールにて金賞(デュエット部門)を受賞しています。アカデミーを卒業後、彼女はボリショイに入団するわけですが、この時期にモスクワ音楽劇場の芸術監督、皆さん誰だか分かりますか?
はい、ズバリ、、、フィーリンなんです!
繋がりましたねー。覚えておいてって言った意味わかったでしょ?
実はアカデミーを卒業するボロンツォーワの才能にいち早く目をつけていたのはまさかのフィーリンだったのです。フィーリンは自ら彼女をダンチェンコ(←モスクワ音楽劇場のこと)に招待しますが、彼女はそれを蹴ってボリショイへ。(ちなみにダンチェンコも歴史が深くて格式の高い劇場ですよ。)
そしてボリショイに入団後、彼女の先生として指導することになったのが、はい、そうです。よりによってフィーリンのライバル、ツィスカリゼ先生だったんですねー。繋がりました。やっとここまで来ました。長いよ。
そして、ボロンツォーワの入団から約2年後、フィーリンは再びボリショイに戻ってきます。フィーリンはもちろん忘れていませんでした、彼女が自分のオファーを蹴ってボリショイに入団したことを。ボリショイの芸術監督となったフィーリンはそんな彼女を冷遇しました。
ある日(2012年12月頃?)ツィスカリゼ先生の期待の星で、既にソロパートを多く踊っていたボロンツォーワは、フィーリンにある話を持ち掛けました。それはバレエをやっている女性なら誰もが夢見る、『白鳥の湖』のオデット(白鳥)とオディール(黒鳥)の一人二役の主役を演じてみたいというものでした。
そんな話を持ち掛けられたフィーリンはこんな言葉を残し、即座に断りました。
「鏡を見てみろ。誰がオデットだって?」
ちなみにロシア語で言ったらこんな感じのニュアンスかなと自分で考えてみました↓
「Посмотри на себя через зеркало. Ты думаешь что ты Одетта?」
(そのまんま直訳すると、「自分のことを鏡で見てみろ。お前は自分をオデットだと思ってんのか?」です。)
こえーーーーー!怖すぎ。凍り付きますわこんなこと言われたら。これがバレエの世界ですよ皆さん。確かにボロンツォーワ、他のバレリーナと比べても決して痩せ型ではありません。むしろ少し肉付きがよく、筋肉質な感じ。だとしても、これはいくらなんでも厳し過ぎやしませんかフィーリン先輩。可愛い子にそんなこと言ったら許しまへんで。
そして泣きべそを掻きながら帰ってきたボロンツォーワをツィスカリゼはかばい、こうして両者の対立はますます大きくなっていきました。
がしかしですよ。ツィスカリゼ以外にもこの事を面白くないと思う人物がもう一人いました。もうお分かりですね。ボロンツォーワの彼氏、ドミトリチェンコです。
彼女に対してこうした振る舞いを続けるフィーリンにドミトリチェンコの憎しみは膨らんでいき、とうとうあの事件が起きてしまいます。
ドミトリチェンコの復讐
自分の大切な人に否定的な態度をとり続けるフィーリンに敵意むき出しのドミトリチェンコは、フィーリンは彼女のキャリアを邪魔する存在だと考えました。
ある日、ドミトリチェンコは実行犯の男、ユーリー・ザルツキーに「フィーリンを殴れ」と指示し報酬として5万ルーブル(約10万円)を渡しました。
そして、2013年1月17日深夜、フィーリンの自宅マンション入り口にて、犯行が行われてしまいました。そしてそれは後にボリショイの歴史に残る大事件となったのです。
顔に硫酸をかけられたフィーリンはその熱さと痛みに耐え、ぼやける視界の中でなんとか携帯電話で妻に助けを求めます。そして直ちに病院に搬送され、緊急手術が施されます。両目は一時失明寸前まで追い詰められますが、その後の長い年月をかけたドイツでの22回もの手術によって、なんとか右目は8割程度見えるまで視力が回復しました。
後に裁判所で開かれた公判によって明らかになりますが、どうやらザルツキーが硫酸をかけたのはドミトリチェンコにとっても誤算だったようで、ただ殴るだけだと思ってたみたい。だとしても人に肉体的な危害を加えるのは当然許されることではありませんけどね。
公判の最後、裁判長から「フィーリンに許しを請おうと思わないか?」と問われると、彼はぶっきらぼうに言葉を吐き捨てました。
「何のために?」
これにて完!!!
以上です!終了。いやーやっと終わりました。なげーよ!こうして振り返ってみるとこの事件、色々なことが重なって重なって重なりまくって起きてしまったんですね。
本来はこのブログに書いていないこともあったりするんですが、今回は割愛ということで。何度も言うようだけど長いからねー、本当に。
皆さん、これがバレエの世界です。もちろん硫酸襲撃事件のようなことは滅多に起きることではありませんが、周りの相手に対して嫉妬や憎しみの感情がそこにあるということは同じです。
バレエの世界は競争社会ですからそのような感情が生まれることは当然ですが、それに埋もれないで、僕も一人のダンサーとして爪痕を残していけるよう頑張っていきたいと思います。
それにしても、めちゃくちゃ疲れました!ドロドロしてるし。なんかありましたよね。ドラマ。上戸彩さんと斎藤工さんが主演の。そうそう「昼顔」。そーゆードロドロしたドラマ見ると疲れるのと同じで、今回のブログも書いていて相当疲れました。皆さんもお疲れのはず。
なので、今回はここまでにしようかと思います。次は何について書きましょうか。何かいい話題あったら、気軽にコメントお願いします!TwitterやFacebookでも気軽に声かけてくださいねー。
スキやシェア等も是非宜しくお願いします。
以上今日の長い長ーい余談でした。
次回もどうぞよしなに。
細谷海斗
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