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いいデザインからデザインを学ぶコラム③

前回の投稿より少し時間が経ってしまいました。

現役プロダクトデザイナーが、良いデザインだと思うものを選定し、どこがどういいのかを文字にし、謙虚な姿勢で「いいデザインからデザインを学ぶ」コラムです。


コラムの目的。

自分自身のデザインの審美眼を養うこと。またそれらから学んだことやデザイナーとしての視点をデザイナーを志す学生や若いデザイナーに共有することで、学校や現場でなかなか学べないことを学ぶ環境を作ってみること。そこからさらに良いアイデアを創出・発展させることを願っています。もちろん自分も。

コラムを書く上でのルール。

・自分や知り合いがデザインしたものではないものを選定すること。
・投稿時点で自分に利害関係にない企業やブランドの商品を選定すること。
・投稿による収益を得ないこと。また、商品の購入サイトのリンクを使わないこと。
・かならず自分で使用し、その証明にコラム中に出てくる写真も自分で撮影すること。
・ジャンルは不問(基本的に物が多くなるとは思います)
・無理して書かない。ネタが無いならネタが入るまで書きません。

つまり、純粋にデザインだけで文字にするコラムです。
※問題になるようなことは書きませんが、それでも何か問題が起きたり単純に嫌になったらその時点でやめます。

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今回選んだもの。

BMIというドイツのメーカーのメジャーです。これを使っているインダストリアルデザイナーは結構多い気がします。よく見かけます。Amazonなどで2000円くらいで販売されていますので、誰でも買えるいいデザインだと思います。

このメジャーとの出会い。

このメジャーは以前私のスタジオに勤めていたスタッフが最初に持っていて、すごくいいなと思っていましたが当時はメジャーを使うより直定規を使う派だったので買う所までは気持ちが行かなかったことを覚えています。

ただ業務上、大きなものを扱うようになってからメジャーが必要になりましたが、メジャーは大きく、重いものがなぜか多くて、その課題を解決しているものがホームセンターにはほとんどありませんでした。

ある時当時のスタッフのメジャーを思い出して購入に至ったという経緯です。

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使いやすさを徹底し、意匠はそぎ落とす。

工業デザインの基本のような見出しですが、このメジャーはまさしくそういう思想で作られている気がします。まず通常のメジャーは利き手で本体を持ち、反対の手で引き出さないと巻尺は出てきません。しかしこのメジャーは、リリースレバーがついており、そのレバーを引くだけでするするっと巻尺が出てきます。逆に収納する時は自動ではありません。

この方法だと何がいいかというと、片手で何かを持っていながら測量することが可能なのです。それだけでも結構使い勝手が違います。

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巻尺そのものを外観として利用している。

ご覧のとおり、リング状になっているのは巻尺です。巻尺は巻尺がそもそも持つ凸曲面の断面により強度を保持し、形状を維持する特性があります。それが巻き取られている状態(写真の状態)の時、断面は平坦になり巻かれた状態を維持することができる仕組みです。すなわち凸曲面が凹面に戻ろうとする力によりまっすぐになり、このメジャーではそのバネ性を用いて外へ出ようとします。それをブレーキ構造で留めている状態で、リリースボタンを押すと自動で出てくる仕組みです。ここにも未踏のエンジニアリングを感じます。

巻尺そのものを外観として利用していることによるメリットは、まず外観部品が減ること。無駄な部品が減りコストが落ちること。

また、巻尺そのものは強度が高いため、破損しにくいこと。樹脂部品よりも強い構造体を外観に用いているので結果壊れにくい。

巻尺がむき出しになり、中空(ドーナツ)構造になっており指を通すことができて持ちやすい。通常のメジャーは中空構造になっておらず、5mくらいになると大きな手の人でなければフィットしませんが、BMIのメジャーは中に指を通せるので、手が小さい人(私もですが)でも非常に持ちやすくできています。

行為がわかりやすくデザインされている。

赤い外観パーツの先端に人差し指を置けば自然とリリースレバーに親指が来る。逆にすれば逆になる。親指と人差し指はここに置いてください。ということが形状とエンボス(凹凸)により指示されており、自然とそのように「持ってしまう」デザインになっている。新しい構造や新しい物をデザインするとき、「いかに最初の違和感を軽減できるか。」が大切ですが、このメジャーはとてもそのあたりを配慮して作っている気がします。

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3mという長さ。

工業デザインをする場合、対象となるデザインはだいたい自分より小さなものが多くなります。時々自分より大きなものをデザインすることはありますが、多くは1m以内に収まるものが多いです。そうした中でこの3mという長さ(バリエーションとして2mもある)は、工業デザイナーが使うにはすごく使いやすい長さだと思います。長さが短いからか、本体はかなり軽量にできています。内部構造にその秘密があるのかも知れませんが、分解すると再度組み立てるのは難しい構造になっているので分解したことがありません。

またCADやデジタルネイティブなデザイナーは、ドラフターで図面を引いていた世代に比べると実寸の感覚が乏しいと現場では言われています。3Dプリントしたら思ったより大きかったとか、小さかったとか感じることもあると思いますが、そうした「サイズ感のズレ」を解消するために、写真のように尺を伸ばしてその上で両手で「だいたいこのくらいじゃないかな」とかざして、その感覚を数値的に読み解いてCADに落とし込むプロセスをやっています。普通のメジャーでもできますが、リリースしたら自動で延伸するこのメジャーだからこそこの作業はすごくやりやすいと個人的に感じています。

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先端の部品を外して使っています。

このメジャーの気になることが一つあるのですが、個人的には先端の部品はあまり使いませんが、ここは樹脂製でハトメだけで止まっている部分です。本体の剛性の中でこの箇所だけが弱く設計されています。

私のメジャーはこの部品が外れた状態で使用しています。その方が少しだけミニマルになります。寸法は先端部品分1mm短くなるのでその精度の正確な採寸をする場合は先端付きで行いますが、創造作業をする際にはない状態の物を注意して使っています。こうした方が少々粗く使っても他の強度が強いので気にならなくなり、より「道具感」が増します。

道具は使ってなんぼの世界だと思います。ボロボロになるまで使ってこそ、道具は意味を持つと思うのです。

構造を突き詰めるとよい外観になる。

このことは自分もデザインする時に気を付けていることです。構造というのはデザイン上の骨のようなもので、それを突き詰めれば外観が良くなるということです。このメジャーはいわば骨が出てしまっている状態ですが、その骨がすでに美しいので引き算の完成度として極めて高いのではないかと思います。

デザイン=加飾と捉えられがちな世の中ですが、実際には加飾を抑えることによって与えられるメリットが多いときももちろんあり、このメジャーはそうした中でもど真ん中を投げているような、軽やかで強いデザインだと感じました。


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