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個人的日系・外資系メーカー比較論(1)「ものづくり」(その①:日系メーカー編)

私は大学院修了以降、工場生産技術職兼中間管理職として、日系酒類で12年(うち北米駐在3年)、国内外資系消費財で6年、主に品質、製造、設備管理全般を経験してきた。現在は日系生産財の本社勤務であるが、工場を日系、北米、国内外資と経験してきた中で一番興味深いのは、各社の所謂「ものづくり」に対する考え方の違いである。これは単に総合的な「技術監理」だけでなく、固定費・変動費や品質とブランドの考え方等、メーカーの経営パフォーマンスを左右する意思決定に広範に直結するため、工場系技術屋の皆さんだけではなく割と広い層の方々の参考になるのではないかと思う。学術的に調査したわけではなく、あくまで「個人の感想」ですけど…

1.前提条件として:私が経験してきた企業の属性

本稿の前提条件として、私が経験してきた企業の属性について簡単に触れる。以下を「中の人」として経験した者としての、「在籍当時の個人の感想」です。あしからず。

①日系企業2社(酒類、生産財)

いずれも老舗大手の東証一部上場企業。両社とも国際展開はしているものの、基本的にドメスティックな組織体制。年功序列、終身雇用で従業員に非常に優しい会社。愛社精神に溢れる人が多く、離職率は低い。両社とも私はとても好きである。

②外資系企業2社(酒類、消費財)

駐在した北米の企業については「外資」に分類させていただく。と言うのも、私が駐在した当時は買収から日が浅く、経営についてもサプライチェーンオペレーションについても実務は実質的にほぼ100%現地人による管理体制だったためである。元々はカリスマ創業者の下、国内でアグレッシブな買収を繰り返して叩き上がった、従業員1000人程の中小企業である。

一方、消費財の方は欧州系の大規模グローバル企業。自社工場は世界に250工場以上、190カ国以上で自社製品が流通している。グローバル本社の下に各広域エリアがぶら下がり、日本は実質中国エリアの下。何をやるにも上の人が言うことと数字、justificationが全て。哲学的かつ壮大な理念で社員を束ねようとする社風。

2.日系メーカーの考えるものづくりは「craftsmanship」

結論から言うと、「ものづくり」について、日系メーカーは「craftsmanship」、外資メーカーは「manufacturing excellence」と捉えている、と私は考えている。それぞれについて説明したい。まずは日系メーカーから。

「Craftsmanship」。手元のOxford Learner's Dictionary によると定義は以下の通りである。

1  the level of skill shown by sb in making sth beautiful with their hands 
2  the quality of design and work shown by sth that has been made by hand 

端折ってざっくり言うと(職人の)手で何か美しいものを作り出すスキル、(職人の)手作りによるデザイン、作品の質といったところだろうか。要するに、一時期マスコミが「ものづくりニッポン」として盛んに喧伝していた、「町工場のスゲー職人」の世界である。

私はこういったcraftsmanshipは否定しない。個人的には寧ろ大好きである。過去取引した社員10名の町工場に感じた社長・社員の技術・技能、チャレンジ精神や主体性、フットワークの良さには、大企業で飼い慣らされたサラリーマンである自分には目を見張るものがあった。そう言った「町工場」が製造業を支えているのも厳然たる事実である。ただ、これを国を挙げて礼賛した結果、あろうことか町工場とはビジネスモデルが全く違う大企業までが技術開発どころか経営レベルで「Craftsmanship」のコンセプトに傾倒し続けてしまったことで、マクロレベルでは日本の製造業が完全に国際競争で後塵を拝することになったこともまた事実である。

3.製品アーキテクチャ論の光と影

工場系技術屋にとって分かりやすいところが、15年ほど前に東大の藤本隆宏教授が一般向けに提唱し一気に脚光を浴びた、「インテグラル(すり合わせ)型」「モジュラー(組み合わせ)型」に関する製品アーキテクチャ論の概念であろう。既に古典とも言えるこの概念を知らない技術屋は日本にはまずいないと思うが、私も工場系技術屋として駆け出しだった頃藤本教授の著書「日本のものづくり哲学」(日本経済新聞出版、2004)を読み、当時ワカモノだった私は痛く感動してしまった。単に技術からだけではなく、ビジネスとしての製造業の全体像を考えるためのフレームワークとして非常に肚落ちする画期的な内容だったからである。以降、一時期藤本先生の分厚い著作「生産システムの進化論」(有斐閣)、「生産マネジメント入門」(日本経済新聞社)、「ものづくり経営学」(光文社新書)等を読み漁ったものだ。

私の理解では、概ねこんな話だったと思う。

「日本の製造業、特に自動車産業は、ケイレツを前提にした「インテグラル(すり合わせ)型のものづくり」が強みである。町工場のスゲー職人ではなく、サプライヤーとユーザーの間で優秀な設計者が言わば「職人」として、製品コンセプトから派生する極めて精緻な設計概念、品質をハンドメイドの感覚でインテグラルに設計図の中へ転写、即ち作りこむ。工場も優秀な生産技術者の指導の下、経験豊かな熟練社員が「職人」として知恵を絞り、設計図に刻み込まれた精緻な設計概念、品質を実工程で同じくインテグラルに作りこむことで、製品コンセプトそのものを最終的に製品に「転写」する。その結果、日本でしか実現できない高品質のジャパンブランド製品が生まれるのだーー」

著者の藤本教授には本来日本の製造業を手放しに礼賛する意図はなく、寧ろ当時既に中国や東南アジアで台頭を続け、日本の製造業を追い詰めていた「モジュラー(組み合わせ)型のものづくり」との競争に関する将来への憂いが多分にあったように記憶している。しかし、マスコミにとって、藤本先生の「インテグラル(すり合わせ)型のものづくり」を断片的に切り取ることは、当時もずっと落ち目だった日本経済に疲弊する大衆を安直に煽れる「日本礼賛」の、ある意味恰好のネタだったのである。その結果、一時期「ものづくりで日の丸製造業復権」的な論調で「スゲー職人を擁する町工場」がマスコミで散々もてはやされ、社会全体が「ものづくり」を偏向的に勘違いする方向に流れたが、一方でマスコミは日系大企業メーカーの抱える問題にはほとんど斬り込まなかった。「日本のマスコミ産業は、intentionalにもunintentionalにも日本国そのものを衰退させようとしている反動分子ではないか」と私が疑う所以の1つである。藤本先生には何の罪もないし、多くの著作は今も私の座右の書である。

マスコミが町工場の「ものづくり」を煽り、大衆がそれに流される中、日系大企業メーカーは「Craftsmanship」への恍惚たる憧憬を、既存の強みであった「インテグラル(すり合わせ)型のものづくり」の中に見出し、そこに安住した。シリコンバレー発・新興国経由の「モジュラー(組み合わせ)型のものづくり」が世界を席巻する中、日系大企業メーカーは本来「インテグラル型のものづくり」から「モジュラー(組み合わせ)型」とどう対峙するか、或いはモジュラー型をどうインテグラル型に組み込んで競争優位を維持するか、といった観点で固有技術、更には経営戦略を発展させるべきだったにも拘らず、結果的に「Craftsmanship」のインテグラル型ものづくりで自己満足、自己完結してしまった気がする。そう、「日系メーカーのものづくり=Craftsmanship」なのである。

4.私が経験してきた日系企業ではどうか

私が経験してきたメーカーは自動車産業とは業界は異なるが、日系は基本的に同じ状況である。外資に比べると社内独自のインテグラルな設計・仕組みや工程が多く、最後は現場頼り。シェアが低くともcraftsmanshipにプライドを持ち、時にビジネス全体からすると無駄とも思える品質への投資を行う。その結果PLのトップライン、ボトムラインの数字が上がったのかどうか?については、外資に比べると明らかに無頓着である。鷹揚と言えば鷹揚で、技術系人材の育成を考えると技術的な試行錯誤がしやすいのでよい環境ではあるが、その一方海外や外資のような厳しいコスト意識、ビジネス全体を俯瞰する目線はなかなか育たない。だが、残念ながら「これがJapanese Quality、Japanese businessだ」が通じる時代では最早ないのだ。「ウチはシェアは低いし利益も出ていないが、(craftsmanship的な)ものづくり力が強みだ」等と宣うおめでたい経営者をごくたまーに見かけることがあるが(注:私が経験した会社ではない。念のため)、そう言う人は従業員のためにも経営者を降りた方がよい。寝言は寝て言えである。

では、今後日系メーカーはどうしていけばよいのか。いくつかキーワードや私案はあるが、正直言って、私はまだ絶対的な答えには至っていない。それを考え続け、試行錯誤し続け、最終的に成果にたどり着くことが、自分を育ててくれた日系メーカーと日本社会への恩返しと認識している。技術屋の皆さんも、日本の製造業がcraftsmanshipから脱却するにはどうすればよいか、脱却した後どこへどうやって向かっていけばよいか、是非考えてみてほしい。良い案が浮かんだらこっそり教えてください(笑)

次回は外資系メーカーのものづくり=manufacturing excellenceについて、駐在していた(実質)海外ローカル企業、6年間お世話になったグローバル外資の国内工場で感じたことを述べたい。本稿では日系メーカーをディスってしまったが、だからと言って次稿を外資メーカー礼賛にするつもりも全くない。【了】


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