私の苦手なあの子 消しゴム編⑦完結

12月になり冬休みに入った。

相変わらず、学校にはほとんど行っていなかったから、冬休みだろうが何だろうが関係ない。でも、そろそろ進路を何とかしないといけなかった。クラスの半分は受験が終わり、高校生になるのを楽しみにしていた。


こんな大事な時期に登校拒否になった私にお母さんは、「学校が嫌なら就職したっていいんだよ」と言ってくれた。だけど、就職なんてもっと嫌だった。だったら、どこでもいいからいける所に進学しようと決めた。

「頭のいい小川さん」はあっという間にいなくなっていた。



出遅れた私は冬休みなのに登校することになった。



「ここかここなら今の成績で何とかなりそうだぞ。出席日数も1,2年の日数で足りそうだしな。どうだ?」

職員室で先生が心配そうに資料を差し出した。


「家から近い方ってどっちですか?」


「近い方か?それならこっちの高校だな。」

先生が差し出した高校のパンフレットには制服を着た高校生男女が笑顔で映っていた。制服は可愛かった。


「じゃあ、こっち受けます。」


「そうか。わかった。じゃあ、お母さんとも相談して願書を出しなさい。」

先生はそれ以上何も言わず、パンフレットを封筒にしまい、私の腕にポンっと渡した。



久しぶりに教室が見たくなり、職員室を出て教室に向かった。


誰もいない教室はひんやりとしていて、外より寒く感じた。


教室の窓からサッカー部が見えた。3年生は引退しているので1,2年生しかいないが、結構様になっていた。


なぜか土手を走る小学生の永崎君を思い出した。



「さとみ?」


声がして振り返ると、私服姿の麻美だった。

久しぶりに会ったせいなのか、私服のせいなのか、麻美がとっても大人っぽく見えた。


「あっ麻美・・・どうしたの?」


「高校からの課題でわからないところあったから担任に見てもらおうと思って。」


「高校受かったんだ?」


気まずい空気が流れた。


「うん。さとみこそ、どうしたの?」


目線を窓の外に逸らしながら、私は答えた。

「受験のことで。」


「そっかぁ・・・」


小さな声の麻美は気まずそうに私を見ているように感じた。

でも、そっと麻美を見ると、視線の先は私ではなく、彼の机だった。

見てはいけないものを見てしまったように感じて、私はあわててサッカー部に視線を戻した。


「私行くね。」


耐え切れず席を立った私に麻美は勢いよくこう言った。


「さとみ、変わったね。」


一瞬その言葉に足が止まったが、聞こえないふりをして教室から立ち去った。


もう、涙なんか出なかった。


麻美に言われた言葉が頭から離れない。


(私、変わった?どこが?もともとこんな性格だったし、・・・)


頭の中で麻美の声がぐるぐる回る。それを振り切るかのように私は走り出した。



***





あっという間にお正月も終わり、3学期が始まった。

相変わらず、私はダラダラした日々を過ごしてしまっていた。

学校には毎日通っていたが、クラスにいるのが気まずくてよく屋上に行くようになっていた。


冬の屋上は寒い。風が容赦なく吹きつける。

でも、息が詰まりそうな教室に比べたら居心地が良かった。


「さむー。マフラー持ってくるんだったなぁ」

私は先生に見つからないようにドアから見えないところに座り込んだ。そして目をつぶりフェンスにもたれかかった。


「気持ちー」



暫くすると、声が聞こえた。男と女の声。


「呼び出してごめんね。」


「何?話って。」


聞いたことのある声。


「もうすぐ卒業だから、後悔したくないと思って、言うね。・・・・・・ 好きです。付き合ってください!」



(告白!?)



「ごめん、俺・・・・好きな子いるから・・・」


聞き覚えのある声は、女の子の素直で素敵な告白を断った。



「クシュンッ」

うっかりくしゃみが出てしまった。自然の摂理には敵わない。


それに気づいたからか、バタバタと女の子はあわてて階段を降りて行った。


私は見つからないように息を止めた。




「何してんの?」


キョンシーじゃないんだから、息を止めたくらじゃあ隠れられなかった。

マフラーを首に巻いている永崎君がいた。

とっても似合っていた。


私の目の前まで来て彼は言った。


「盗み聞き?」

子供のような笑顔で私を見つめている。

くすぐったいけど、胸が痛い。



「ごめん。」

顔も見ず階段を降りようと立ち上がった。私はスカートの汚れをパンパンと掃いながらドアへむかった。



「お・・・小川さん!」


彼は私の腕を掴んだ。


「なに?」

私は下を向いて答えた。


「あ・・・いや・・・えっと」

とっさに掴んだ私の腕を離しながら、

「肉まん、食べる?」

と笑顔でコンビニ袋を差し出した。


「へ?」

拍子抜けした私はさっき座っていた場所にまた腰をおろした。



「あんまんと肉まんどっちがいい?」

私の隣に腰を下ろしながら袋の中身を見せてきた。


「どっちでもいいよ。」

私はそっけなく答えた。


「じゃあ、あんまんな。」

と、私の手に乗せた。



「ありがとう・・・なんで肉まんなんか持ってきたの?」

1口食べながら質問した。


「コンビニ行って来たら、下駄箱のところで声かけられて、それで屋上に来てくれって、連れてこられた。半分拉致。」

肉まんを頬張りながら彼は笑った。

私は黙ってあんまんを頬張った。




「麻美とはまだ仲直りしてないの?」

と、私の肩に自分の肩をぶつけてきた。



肉まんを見ると、半分くらいになっていた。


「しゃべりながらよく食べれるね。」


「そう?」

彼はお腹が空いていたのか口いっぱいに頬張っている。


私は膝を抱え、おでこを膝につけて顔を隠した。鼻水をすする。


「麻美はもう私なんかと友達になりたいなんて思ってないよ。自分の事しか考えられない、人に頼ってばかりいるコミュ障なんてウンザリって思てるよ。私も自分が大っ嫌い。」



永崎君はしばらく黙っていた。



「好きな子の悪口言うなよ。」


突然、話し出した彼にびっくりして顔をあげると、永崎君は口いっぱいに肉まんを詰め込んでいた。


「だっ大丈夫!?」


永崎君は急いで飲み込んで私の目を見てこう言った。


「悪口言うな。俺が好きになった子の悪口言うなよ。」


真剣な眼差しに私はバツが悪くなって目を逸らした。


彼は自分の首に巻かれたマフラーをほどき、私の首に巻き付けた。フワッと暖かさに包まれた私は永崎君の眼を見つめていた。


「逃げんな。」


私の首に巻いたマフラーをギュッと強く締めた。


力強い彼の眼差しに釘付けになった。




***




「合格おめでとう!」

お母さんがご馳走を作ってお祝いくれた。

私はなんとか高校生になることが出来そうだ。


「ありがとう・・・」


「どうなることかと思ったけど、とりあえず良かったわね。」

お母さんの能天気な考え方につくづく憧れる。

私は今も、グズグズと悩んでいる。ずっと逃げている。





***






卒業式が始まった。

「卒業証書授与!」

卒業生が順番に名前を呼ばれ始めた。


「永崎伴!」

「はい!」


ゆっくりと卒業証書をもらう永崎君を後ろから見つめていた。次は私の番。


「小川さとみ」


「はいっ」


彼の後を追うように私もゆっくり歩き出した。

私は卒業証書をもらう事が出来た。





無事に卒業式は終わり、教室では皆、最後の別れを惜しんている。

永崎君は友達とアルバムを見ながら、大きな声で笑っている。
麻美もクラスのみんなと、アルバムの後ろにある寄せ書きスペースに最後の別れの言葉を書きあっている。

私は相変わらず、仲間に入れず、席を立った。

筆箱からあの消しゴムを握りしめて屋上に行った。


(今日で最後だ)


真っ青な空を見ていると何に悩んでいるのか忘れてしまいそうだった。


冬の風の中に春の暖かさが混ざっている。心地いいな。


握りしめた手のひらを開くと、けん玉の消しゴムが勇気をくれた。


(逃げんな)


彼の言葉を思い出した。


話さなきゃ!!




私は急いで階段を駆け下りた。途中、「小川さん!?」と呼ぶ永崎君にすれ違い、目が合ったけど彼は何か分かったようにとびっきりの笑顔でうなずいて「行けー!」と叫んでいた。


息を切らし教室のドアを思い切り開けた。


ガラガラ!!


中にいたのは麻美だけだった。びっくりした様子でこちらを見ている。


「麻美・・・」


「そんなに急いで来なくても待ってるのに。」

麻美はそう言って優しく微笑んでいた。



「あの・・・ごめん・・・わたし・・・ずっと逃げてて・・・自分とも麻美とも誰とも向き合おうとしなくて・・・傷つけたのは私なのに・・・ごめん。」


「何言ってんの?そんな風に思ってたの?私傷つてないよ。勝手に決めつけないでよ。」

麻美は微笑んだまま続けた。

「私がいなければ永崎とうまくいくと思ってた。なのになーんでか付き合わないだもん。私の方こそ、さとみを傷つけたって思ってた。」

麻美の瞳が赤くにじんでいるのが分かった。


「ごめん・・・。」


私は麻美に抱き着いた。


「私の方こそ・・・ごめん・・・1人にしてごめんね。」


私と麻美は制服の背中がビショビショになるまで泣いた。

2人で思いっきり抱き合って泣いた。




外は真っ暗になり、いつもの帰り道を2人でゆっくり歩いた。


「麻美、高校は市内?」


「市外だよ。電車で7駅!片道電車60分!」


「嘘!?遠いね!」


「さとみは?」


「電車で2駅。乗車時間7分弱。」


「近!?」


「一番近いところ選んだから。」

苦笑いする私に、「さとみらしい」と笑った。


ふと、校舎の方を振り返ると、彼の笑う声が聞こえた気がした。

暖かい風が私たち2人の制服を揺らした。




「ねえ、花火やらない?」


麻美が突然、鞄から線香花火を取り出した。


「線香花火?」


「永崎が絶対今日仲直りできるから2人でやれって渡してきたんだ。さとみ、最後の5本目やってなかったんでしょ?最後の勝負、やろう!」



私は涙が出た。


「泣くなー!」


麻美が笑いながら言ったけど、麻美も泣いていた。


「ありがとう。」


何度も逃げる私を何度も引き戻してくれた彼は間違いなく私のスーパーヒーローだった。

土手を走るヒーローはきっと今日も明日も明後日も、楽しそうに笑っている。



ありがとう。元気で。








私たちはもうすぐ高校生になる。新しい生活がまた始まる。



あの、けん玉の消しゴムは持っていこう。



入学式当日、私は消しゴムをポケットに閉まった。




終わり

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