毒育ちが語るライナー・ブラウン
(画像は『TVアニメ 進撃の巨人 The Final Season』より)
注意事項
・当記事は『進撃の巨人』(諫山創著,講談社)の読了を前提としており、多分にネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
・筆者の超個人的解釈が過分に含まれていますので、閲覧の際は十二分にご注意ください。
・過去記事「毒育ちが語る『進撃の巨人』」も併せて読んでいただけると幸いです。
『進撃の巨人』が完結して早数週間が経った。今後はいったい何を楽しみにすればいいのかと筆者の心は枯れに枯れていたが、冬にアニメ再開するのでそれを糧にしばらく生きることにした。(それまで筆者が無事生き長らえていればいいが)
ところで皆さんは『進撃の巨人』の中で一番好きなキャラクターは誰だろうか。エレン、ミカサ、アルミン、リヴァイは安牌としてジャンやコニー、サシャ、ハンジ、そしてエルヴィンも人気だろうが、筆者の推しは何を隠そうライナー・ブラウンである。そしてこのライナーこそが『進撃の巨人』における第二の主人公であると主張すべく当記事を執筆している次第だ。
「何もわかっていない」ライナー少年
生い立ちや家庭環境、母親から寄せられた過剰なまでの期待を鑑みるにライナー少年とはアダルトチャイルドであったと私は推察している。そしてエレン少年が物理的な“壁”に苛まれていたのに対して、ライナー少年はエルディア人に対する偏見や差別、依存体質の母親という精神的な“壁”に囚われていたとも併せて指摘できる。
※『進撃の巨人』第94話「壁の中の少年」
(ライナー少年ってこんなに可愛かったんだな……ジークもそうだけど)
念願のマーレ戦士になった矢先に父親から“予想を大きく裏切る”罵詈雑言を受けたことでライナー少年の中には、「父なんか居なくても英雄にさえなれば」という強い復讐心が芽生えた。これは子供が本来持つべき健全な自己愛とは異なり、自己愛が捻れたことで生まれる強い自己顕示欲や歪んだ承認欲求に近しい心理である。そんなライナー少年に私は幼き日の自分を重ねてしまったのは、両親の離婚や母や毒祖母からの重すぎる期待を背に机に向かっていた日々を想起したからだ。そしてライナー少年も当時の私と同じように親や周囲の期待に応えることだけが唯一の存在意義だと見誤っていたのではないだろうか。マルセルを失くしてもなおライナー少年がパラディ島奪還作戦を強行したのは、この唯一の存在意義を守るためほかならない。アニやベルトルト、亡きマルセルには帰るべき家、信頼できる家族、そして確固たる安全基地が存在したが、ライナーだけはそれらを何一つ持っていなかったのだ。
※『進撃の巨人』第96話「希望の扉」
己の真の意味の存在意義、家族や他人との信頼というものをライナー少年は、「まだ何もわかってなかった」のだ。
訓練兵時代は青春そのもの
作戦の一環として過ごした訓練兵時代とは、ライナー史上もっとも平和かつ色鮮やかな時期だったはずだ。仲間と切磋琢磨する日々、(ポルコ曰くマルセルの真似事に過ぎないが)兄貴分として慕われた経験、そしてクリスタへの淡い恋慕とは、ライナーの青い春そのものであろう。エレン、ミカサ、アルミンは幼なじみ兼親友という信頼関係を築いている一方で、ライナー、アニ、ベルトルトは多少の仲間意識はあれど、あくまでビジネスパートナーに近い関係であった。そんなライナーにとってエレンやジャン、コニーたちといった同期訓練兵は生まれてはじめての友人と言える存在であったのではないか。
※『進撃の巨人』第39話「兵士」
(年頃の男子たるもの、友情や恋の一つや二つ知りたいよな……)
ライナーがこうも青春を謳歌できたのは、パラディ島はマーレと比較して差別が少ない世界であったからだ。多少の格差こそはあるが、同じ人として扱ってくれるパラディ島は天国にすら感じられただろう。やがてパラディ島内の人間たちは悪魔でも何でもなく、エルディア人および“同じ人間”であることにライナーは気づいてしまう。しかし“戦士”である以上、この仲間たちをいつかは殺さなくてはならない──その残酷過ぎる現実と正面から向き合えなかったライナーは、“兵士”という役割と人格を作り出したのだろう。ここでも安全基地を持つアニやベルトルトはライナーほど心が揺れなかったが、不安定なライナーは本来果たすべき任務と眼前の現実との狭間で大きく揺れ動いてしまったと考えられる。
女性に対する畏怖と嫌悪
ライナーの行動において一際筆者が気にかかるのが、アニの扱いである。例えば訓練兵時代にライナーとベルトルトが眠っている間にアニ一人だけが「王都のドブの中を這い回っていた」訳だが、アニの負担が過ぎやしないかと。確かに女型の巨人を持つアニが偵察に最適任であったのかもしれないが、果たして他に方法はなかったのだろうか。これ以外にもマルセルを失った際は帰還を促すアニを力づくで諌める、マルコ殺害時はアニに立体機動装置を外させる、エレン捕獲を捕獲すべくアニに調査兵団を強襲させるなどライナーは最終的な責任を自分自身でもベルベルトでもなく、女性のアニに押し付けている印象を筆者は受けた。
※『進撃の巨人』第77話「彼らが見た世界」(ライナーは自己弁明になると本当によく舌が回りますねぇ……)
これはあくまで筆者の推測の域を出ないが、ライナーは女性を強く畏怖しながら深層心理ではひどく嫌悪していたのではないか。(それが実母との関係性に裏付けられることは言うまでもない) さらに踏み込めば、母親に対するコンプレックスを女性のアニを通して解消していたとも見て取れる。ただライナーに殺意すら抱いていたアニには大変申し訳ないが、ライナーがそのような卑劣極まりない行為を繰り返したのには“事情と理由”があるのだと、筆者は擁護せざるを得ないのだ。人間誰もが確固たる安全基地を有している訳ではなく、どこか弱くて脆い人間が存在するのは仕方がないと思うからだ。 最終的にアニと和解に至ったのは不幸中の幸いであるが、無論ライナーは猛省に猛省を重ねければならないだろう。
強い自己愛が希死念慮を生み出す
作中ではほぼ描写されなかったが、作戦失敗後マーレに帰還したライナーはいかに過ごしたのだろうか。まずは身体の療養を経て五年に渡る任務の報告や事情聴取、ライナー自身および鎧の巨人の処遇についても話し合われたことだろう。その最中再会した母親は、いったいどんな表情だったろうか。表向きは命からがら帰還した息子を労っただろうが、任務失敗に対する失望と焦燥は隠しきれなかったと私は推察する。
そんな当時のライナーにとってガビやファルコの存在と彼らの成長が唯一の希望であり癒やしだったはずだ。しかし彼らにも巨人の力や戦士としての責任を負わせてしまうという葛藤が加わると、ライナーの希死念慮は強まるばかりだった。自殺企図の際にエレンへの無責任極まりない発言を回想したのは、エレンに裁いて(殺して)ほしいという本心があったからだろう。
※『進撃の巨人』第97話「手から手へ」
(作画気合い入り過ぎてて何度見ても笑う)
任務に失敗して英雄になれなかったから、そもそも悪魔でも何でもなかったパラディ島の人類を大勢殺してしまったから、そして母親に失望されてしまったからなど、様々な理由からライナーは自殺したいと思ったのだろう。強い希死念慮を抱えていた時期がある筆者からすれば、確かにその心理は深く理解できる。しかしあれやこれやと理由をつけたところで、希死念慮とは幼少期における安全基地の有無と愛着スタイルの不安定さ、そしてそれから生まれる強い自己愛から成るものなのだ。「憎まれっ子世にはばかる」ではないが、かつての私や私の毒祖母、そしてライナーのように強い自己愛から「死にたい」と言う人間ほど実際はなかなか死なず、強く「生きたい」と願うタイバー卿のような人間ほど薄命であるのは皮肉かつ残酷な現実である。
とにもかくにもファルコの存在からライナーは(作中で何度も)九死に一生を得るが、ライナーは絶対に子供を犠牲にするような奴でないと何となく察せられていたのは、彼の中に「子供たちには自分と同じような思いをしてほしくない」という強い心念があったからではないか。(これは生い立ちや家庭環境が似通うジークと唯一異なる部分でもある) もしかするとエレンはそれを汲み取った上でライナーとファルコに接触を図ったのかもしれない。
ライナーは「変化する主人公」
そもそもライナーを含めたブラウン家とは、もっとも典型的な善良なる国民なのではないか。若干肩書や世間体に弱くて洗脳されやすい一面を持つが、このブラウン家のような人間がもっとも多いからこそ国家や社会というものは成立していると言っても過言ではない。そして彼らこそが、『進撃の巨人』の世界において良くも悪くも一番人間らしいと言える。皆が皆エレンやミカサ、アルミンやリヴァイ、あるいはアニやベルトルトのように強い精神力や秀でた能力を持つ訳ではないからだ。
かつては母親や己の自己愛を満たすために戦っていたが、ガビやファルコのために何度も立ち上がるライナーは主人公以外の何者でもない。アニや母親との直接的な和解を果たしたこともほかのキャラクターには垣間見えなかった成長の一つである。つまりエレンが「変化しない主人公」だとすれば、ライナーは「変化(成長)する主人公」とも言えよう。その生い立ちや残酷な運命を前に数え切れないほど絶望しながらもその度に立ち上がり続けたライナーの姿に筆者は強く惹かれたのかもしれない。
※『進撃の巨人』第94話「壁の中の少年」
物理的な“壁”に苛まれていたエレンと、精神的な“壁”に囚われていたライナーは同じ空の下で繋がっていた訳だが、これはまさに相対する「二人の主人公」を表しているのではないか。
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後日譚としてライナーには母親やガビ、ファルコらと共に幸せに暮らしてほしいと願うばかりだ。本人の希望があれば、「結婚しよ…」と思えるような伴侶を得て子供ももうけていただければ、ファンとしてこれ以上のことはない。ガビやファルコに対する愛情を見るにライナーは良き父になれると私は思うのだ。
決して欲は言わないのでライナーのスピンオフ漫画もしくは小説が刊行されることを大いに期待しつつ、今冬のアニメ再開を心待ちにしたいと思う。
※画像はhttps://shingeki.tv/final/より
(これとかもう完全に主人公やん……)