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短編小説「不美人」


 「かぐや姫はきっと〝不美人ふびじん〟だったんだと先生は思うんだ」古文の授業中、祖父の年齢に近いであろう先生が唐突に呟いた。先生にしてみれば、生徒達が板書した文をノートに書き写す間の暇つぶしだったのかもしれない。しかし、その先生の話す〝不美人〟という耳馴染みのない言葉は、その後クラスで男子を中心に流行った。流行るからには勿論、対象となる人物が存在した。それが私だ。10年後の今現在、授業の内容より私のあだ名の生まれたその瞬間を鮮烈に覚えている。




 「私はやはり不美人ですか?」私は白を基調とした研究室で、せわしなく機械をいじくる初老の博士に向かって質問した。博士は動きを止め、乱雑に置かれたオリコンに座る私をちらりと見た。視線のピントは私の目には合ってない。私の全体像をぼんやりと捉えているようだ。「うむ。見事な不美人だ。鼻の高さは平均よりだいぶ低く、目だって小さい。体格だってそうだ。身長も低く、ずいぶん太っている。やはり不美人だ」と、気持ち良いくらいの毒舌を私に浴びせ、また忙しなく動き出した。





 博士の言葉は嘘がなく心地いい。2年ほど前、大学の数理解析学概論についての講義で私は初めて博士の会った。博士が泣きそうな顔で「この定理なんて私があと150年早く生まれていたら、私の魂と共に世に広まっていたのに。実に羨ましい」と、解説に必要のない数学史にくくりつけ、最後には定理を導いた先駆者に負けているのは生まれた時期だけだといつも本気で言っていた。その姿を見て鼻で笑う学生も多かったが、博士はそんなことは気にする様子もなく、いつも本気で語っていた。その揺るぎない自信に私は惹きつけられたのだろう。博士の言葉には優しさはないが、差別もない。容姿が美しくないからと言って、私を避ける理由には結びつかない。





 「おい、何をほくそ笑んでいるのだ?約束が違うぞ。私のこの自宅を改造した研究室にわざわざ来ているんだ、早く手伝い給え。早くこの仮定を証明し、タイムマシンを完成させなければいけない」博士は相変わらず真剣な表情で私をまくし立てた。私は少しぶつくさ言いながら立ち上がり、博士を手伝うためバックから持参した白衣に袖を通した。 




 博士からタイムマシンの製作をしていると打ち明けられたのは、私がマスターコースへ進むか進学かを悩んでるタイミングであった。「君みたいに優秀な人間にしか頼めない。他のやつではダメだ。自宅に研究室があるんだ。そこでバイトをしないか?なに、君が時間があるときに来てくれればいい。やることは山のようにある」博士が口にしたタイムマシンという言葉には、魔法がかかっていた。博士は嘘をつかない。私は博士はきっとタイムマシンを完成するんだと一点の疑いなく信じた。そして、その気持ちは今も変わらない。




 「今日もうまくいかなかった。次はうまくいくだろう。また手伝いに来てくれ」数時間にのぼる検討の後、博士は机の上に広げていた設計図らしきものをかき集め、グシャグシャに丸めながらぼやいた。「完成まではどれくらいかかりますかね?」私は1日の作業が終わりそうになるタイミングで、いつも決まってこのセリフを博士に問いかける。お約束というやつである。




 「君の手伝いのおかげで進歩はしている。やはり君は優秀だ。だから、また来てくれ。必ずだ」そう私に告げると博士は設計図だった物を離れたゴミ箱に向けて投げた。それは二次関数的放物線を描いて、綺麗にゴミ箱の上に乗っかった。ゴミ箱の収集口の面積が小さすぎたのだ。博士は少し不貞腐れ、そのまま近くにあったパイプ椅子に腰をおろした。





 「それではそろそろ失礼しますね」私は少し研究室を片付けたあと、先ほどからパイプ椅子と一体となり、天井を眺めている博士に挨拶をした。「うむ、ご苦労であった」博士は目線も向けずに私に返答する。その落胆した姿に、私は博士に向けいつもの質問を投げかけた。「博士、タイムマシン完成しなくても博士のこと大好きですよ」博士はその言葉を受け首だけを動かして私を睨みつけた。




 「馬鹿を言うんじゃない。タイムマシンが完成しなかったら、過去に行って君のくだらない美的感覚を矯正できないではないか。何度も言うが、今から100年も昔の写真を見てみろ。今の君の容姿が美人とされていた時代だ。その時代で過ごし、今まで経験しなかった羨望を受けた上で私の告白の返事をくれ。そうでないと、君が私を本当に愛しているわからんだろ?雛鳥は親鳥しか知らんから付き従う。君にはそうなってほしくない」博士はいつも真剣だ。私に対する愛も真っ直ぐすぎるぐらいである。その博士の真剣な眼差しより魅力的なものなど、知りたくないと私は心の中でいつも思う




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