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秋吉理香子『殺める女神の島』第1章丸ごと試し読み【4/6】

『殺める女神の島』試し読み【4/6】

「まりあったら、どうしてそんな風に意地悪くとらえるの? わたしにとっては優勝よりも、貧困解決の方が大事。当然、後者を選ぶわ。さらに研究を掘り下げるために、大学院にまで進んだくらいなのよ。さっき姫羅にミスコン荒らしだって言われたけど、逆だわ。目的があるからこそ、手段としてミスコンに出ているんだから」
 舞香の表情は真剣そのもので、誠実さがこもっていた。さすがにまりあも「大学院に進んでまで研究してるなんて知らなかった。口先だけじゃないってことか」と降参した。
「戦略じゃないとしたら、なんだかもう舞香の勝利って感じじゃない? あなたは人を惹きつけるから、応援したくなる人は多いと思う。寄付を募ればたくさんの人が手を差し伸べてくれるだろうし、主催者からすれば理想的なミューズよ」
「そんなことないわよ」舞香は優雅に首を左右に振ってけんそんした。「みんなだって、高い志を持ってここに来たんでしょう? エレナ、あなたは? さっきからほとんどしゃべらないけれど」
 黙々とシャトーブリアンを食べていたエレナは、話しかけられるのが意外だったのか、一瞬の間があったあと、「わたし?」と聞き返してきた。
「ええ。アメリカでお医者さまをしてるんでしょう。立派なお仕事よね」
 エレナはフォークとナイフを置き、ナプキンで口元をぬぐった。
「わたしは常に、医療に貢献したいと思ってるの。この世にはまだまだ治療法の確立されていない病気がたくさんあるけれど、研究費が足りない。献血や骨髄ドナーの協力者も足りない。だけどわたし一人が声をあげるのには限界がある。もしミューズになることができれば、献血やドナー登録のけいもう活動が大々的にできて、研究費の寄付も募れるでしょう。そう思ったから、わたしは応募したの」
「エレナって自分で応募したんだ。てっきりスカウトだと思ってた」
 姫羅が驚き、
「確かにミューズになれば意義のある活動ができるわよね」
 と舞香は納得して頷いている。それからも、ユアンはミューズとなって韓国と日本の懸け橋となること、京子は京都の伝統野菜を通じて世界の日本文化への理解を深め、ひいては国際平和につなげること、まりあはサンスクリット語で「つながり」を意味する「ヨガ」という言葉通り、インフルエンサーとして世界をつなげ、心身ともに健やかな社会を作りたい、と語った。
「みんなできてるじゃない。やばい、わたし、なんにも思い浮かばないよ」
 わたしが切羽詰まった声を出すと、舞香が優しい微笑みを向けてくれた。
「大丈夫よ。美咲には、ちゃんと武器があるでしょう」
「どんな武器?」
「小説っていう武器。文学を通して紛争や貧困などの問題をすくい上げ、わたしなりにしんに向き合いたい。また、言語は違っても文学は世界共通のツールであるから、世界の文学者と共に平和についての対話を積極的に行っていきたい──というのはいかが?」
 すらすらと述べた舞香を、わたしは賞賛の目で見つめる。ほんの一瞬で、これだけ説得力のあることを組み立てる。なるほど、確かにミスコンは頭脳めいせきでないと優勝できないのかもしれない。
「すごくいいけど……使ってもいいの?」
「もちろんどうぞ」
「どうして親切にしてくれるの? ライバル同士なのに」
 警戒を隠さず言ったのに、舞香は少しも気を悪くせず、ただにこやかに微笑んだ。
「ミスコンはね、助け合いの精神を培うところだって思ってるの。もちろん足の引っ張り合いをする子たちもいたわ。だけどわたしにとってはそうじゃない。さっき言ったでしょう、ミスコンの優勝者は世界平和のイベントに出席したりするって。それなのに参加者同士がいがみあってるなんて本末転倒よ。だからわたしは、いつだって他の参加者が困っていたら手を差し伸べてきたし、ここでもそうするつもり。それにさっきも言ったように、優勝にこだわってはいない。ミスコンはわたしにとって、世界に影を落とす戦争や貧困を解決するための手段。それが実現できるなら、どんな方法でもいいのよ」
 こんなに外見も、心も美しい女性がいるのか。まりあではないが、確かに舞香が優勝する以外ありえないと思ってしまう。
「でも大丈夫かな。わたし、ミステリーしか書いてこなかったから、小説の中でたくさん人が死んでるし、平和どころか不穏なんだけど」
「そこはうまくごまかすの。作品の中ではあえて人間の醜さ、エゴ、業の深さなど暗部を描き出し、なぜ犯罪が起こるのか、戦争が起こるのかを問うています、とか」
「舞香って天才! それ使わせてもらう!」
 さきほどの警戒なんて、どこかへ行ってしまった。
「美咲さんはラッキーだね。初めて参加するミスコンで、舞香さんみたいな人に出会えて、スピーチのネタまで考えてもらって」
 姫羅がからかう。
「わたしたちにとってもラッキーかもよ。舞香と姫羅以外は、ミスコンとかオーディションとか初めてでしょ?」
「あら、まりあもこういうの初めてなの? これだけメディアに出てるのに?」
 舞香が意外そうに首をかしげる。
「そう。『まりあヨガ』を観ましたって、インスタで連絡をもらって。この業界、フォロワーを増やしてなんぼだし、正直、最近はフォロワー数も頭打ちだったから渡りに船って感じで応募した。ぶっちゃけ、美貌と体には自信あるし、自分の見せ方も知ってたつもり。だけど二次審査のウォーキングの時、動画と肉眼での見せ方って違うなって思い知った。動画だと、注目してほしいところにズームアップできたり、だるいところはカットしたりできるじゃない。でも目の前にいる人を、リアルタイムで惹きつけるのは難しいんだって痛感したの。だから、最初は舞香みたいなタイトルホルダーがいるなんて反則じゃん、って思ったけど、今はこのキャンプに舞香がいてよかったかもって。いろいろ教えてね。頼みます」
 まりあが真剣な顔で手を合わせると、舞香が照れくさそうに片手を振った。
「やあね、わたしだって大したことないわ。そりゃあこれまでたくさんのミスコンに出てきたけど、こんな大舞台は初めてよ。わたしも緊張してるわ。だって、あの〝ミューズ・オブ・ジャパン〟だもん」
「ああ、なんかすごくレベルの高いミスコンだったらしいね。参加することになったって前の事務所の社長に報告したら『復活するの!?』ってめちゃくちゃびっくりしてた」
 姫羅が言った。
「そういえばウェブサイトに運営を変えて復活しますって書いてあったけど……どういうことなの?」わたしが聞くと、舞香が答えてくれた。
「ミスコンに興味のある人以外は知らないわよね。もともとミューズ・オブ・ジャパンは日本での五大ミスコンとして人気だった。でも十五年前の第三十五回を最後に途切れてしまってたの」
「ね。十五年ぶりの第三十六回ってことなんだってね」
 姫羅が言い、舞香が頷いた。
「そういうミスコンは他にもあるの。財政難から休止になって、何年後かに他の会社が権利を買って再出発っていう。ただ『ミューズ・オブ・ジャパン』は財政難が原因じゃなくて……」
 舞香の言葉の続きを姫羅が拾った。
「優勝者がチャリティ活動中に事故に巻き込まれてしまったんだっけ?」
「亡くなったの?」まりあが目を見開く。
「一命はとりとめたらしいけど、一生消えない傷が残ったとか、体が不自由になったとかいろいろな噂が飛び交ってた。もちろんミューズとしての活動なんてできるはずもないし、事務局は補償をしたり、大変だったらしいわ」
「そんなことがあったんだ」わたしは驚くばかりだった。「だけど、どうしてわざわざそんな暗い歴史のあるミスコンを復活させたのかしら」
「ミューズ・オブ・ジャパンは、やっぱり伝説級のミスコンだったからじゃん? 豪華な賞品と破格の待遇で」
「そうなのよね。きっと復活させたがってた人はいたと思う。だけどミスコンへの風当たりも強いご時世とあいまって、この不況だもの。なかなかスポンサーも集められないでしょ」
「復活させたのは財団の理事かなにかだっけ」
「そう。クリス文化財団のチェアマン、クリス氏ね。ネットで検索したら新しめの財団みたいで、国際文化親交を主軸にしているということはわかったけど写真や他の情報もあまり出てこなくて、どんな人かわからなかった。名前がクリスだから、アメリカ人かな。アメリカ人がどうして日本のミスコンを復活させるのかは謎だけど」
 パッションフルーツやマンゴーなど南国のフルーツをふんだんに使ったブラマンジェやグラニテが載ったデザートプレートを運んできたウェイターが去るのを待って、舞香が続けた。
「ミスコンはだいたい、何社もの企業と組んで行われる。例えば王冠を制作したりアクセサリーを提供したりする宝飾店、ドレスをデザインして提供する服飾店、宿泊させてくれるホテル、飛行機など移動交通費をまかなってくれる航空会社……挙げればきりがないわ。だけど今回、クリス文化財団とその関連企業が独占スポンサーよ。自家用ジェットにクルーザー、そして究極はこのリゾートアイランドよね。すごいことだわ」
「そんな人が、どうしてミスコンに目をつけたのかしら」
「コンプレックスの裏返しかもしれないわね」
 ユアンが言った。
「どういう意味?」
「きっとクリス氏とやらは、グッドルッキングじゃないのよ」ユアンがウェイターを気にして声量を落とす。「つまり女の子に好かれたことは一度もない。口をきいたこともない。直視もできない。ビリオネアになった今、ミスコンを主催すれば堂々と美女をずらりと並べて、思うぞんぶん眺められる──ってことじゃない?」
「さもありなん、やわ」京子も頷く。「あ、だから水着審査があるんと違う? 今回応募するにあたっていろいろ調べてたんやけど、このご時世、水着審査を廃止したコンテストも多いみたいやん。あえて時代に逆行してるよね」
 文句を黙って聞いていたエレナが、口を開いた。
「心身ともに健康であることをアピールする機会だと、わたしは思ってるけど」
 それまでおしゃべりには興味のない素振りだったので、わたしたちは驚いて彼女を見た。しかも、一番そういったことに反対しそうな彼女が水着審査に賛成だということも意外だ。わたしたちがぽかんとしていると、彼女は続けた。
「ビューティーコンテストの草分け的存在であり、最も世界的に有名なミス・ユニバースでもまだ水着審査は残っている。肉体は、節制と鍛錬の表現になりえるんじゃないかしら」
「じゃあ太ってたら節制と鍛錬してないん? 体質によるところもあるでしょ」料理人という職業柄か、他の参加者たちよりも若干ふっくらした京子がつっかかる。「持病や投薬のせいで太ることもあるんやし」
「そもそも応募条件が『健康であること』となっているじゃない。それに、健康でないなら応募できない、というのも突き詰めれば差別にならないかしら」
「それは……」
「結局、どんなコンテストも、誰かと比較し順位をつける限り、きれいごとを並べたって差別はつきまとうんじゃない? いろいろなミスコンで差別撲滅がうたわれているけれど、結局は自己矛盾をはらんでいるのよ」
 エレナはドライで皮肉屋な性格らしい。が、わたしは彼女が好きになった。率直でそんたくなしで、小気味よい。
「水着審査に抵抗のある人は、含まれていないコンテストを選べばいいじゃない。ルッキズムだ差別だっていうなら、主催者がモテない醜男ぶおとこだって決めつけるのも偏見よね」
 確かに……とユアンや京子たちが気まずそうに顔を見合わせたところで、バックグラウンドで流れていたクラシック音楽の音量が下がった。メートルDがステージの前に立っている。
「大変お待たせいたしました。クリス氏が到着いたしました」
 スタッフたちがバンケットルームのドアを開けると、そこにはタキシード姿の人物が立っていた。東洋人。かなりの美形だ。身長は百七十五センチ程度だろうか。男性にしては特別高いわけではない。だが顔が小さくて足が長く、均斉の取れた体格だった。わたしたちは小さくどよめいた。女に縁のない人生を歩んできた醜男だなんてとんでもない。
 彼は小気味の良い足音を立てながらステージに上がり、メートルDからシャンパングラスを受け取った。
「ファイナリストのみなさま。ビューティーキャンプへようこそ。主催者のクリスです」
 深みのある声だ。

▶ 試し読み【5/6】へつづく


『殺める女神の島』試し読み記事まとめ

書誌情報

書名:殺める女神の島
著者:秋吉理香子
発売日:2024年05月31日
ISBNコード:9784041144794
定価:1,760円(本体1,600円+税)
総ページ数:232ページ
体裁:四六判
発行:KADOKAWA

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