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秋吉理香子『殺める女神の島』第1章丸ごと試し読み【5/6】

『殺める女神の島』試し読み【5/6】

「もしかしてクリスという名前から、西洋人をイメージされていたでしょうか。弊社は米国の財団法人ですし、よく間違われるのですが、久しいの〝久〟に、利益の〝利〟、そして主人の〝主〟で──日本人なのです」
 彼はひとなつっこく微笑んだ。その久利主ならわたしも聞いたことがある。確か有名な複合企業の創業者一族だ。
「さて、こちらにお集まりいただいたみなさまは、本コンテストの『国際社会という舞台で、日本女性として輝き、世界を平和に導く』という趣旨をご理解いただき、応募して下さったことと思います。
 本日はこの場をお借りして、なぜわたしが、このミューズ・オブ・ジャパンを復活させ、開催に至ったかをお話ししたく存じます」
 少しマイクを離して息を整えると、再び話し始めた。
「わたしの両親は日本人ですが、四十年ほど前にアメリカに渡って働き始めた、いわゆる日系一世です。当時はインターネットなどなく、英語を話せる日本人も少ないなか、アメリカンドリームを追いかけて移住しました。もちろん移住したからといって、そこからの人生は容易ではありませんでした。英語は通じない。露骨な差別もありました。だけど二人は笑顔を絶やさず、がむしゃらに働きました。小さな雑貨屋から始まった二人のビジネスは、今では系列企業をいくつも展開する企業となったのです。わたしも成人して経営に加わってからは、ITや先進医療にも経営の幅を広げ、さらなる多角化経営で世界各国に進出してきました。
 わたしは思ったのです。両親がここまで頑張れたのは、日本人としての美徳や誇りがあったからではないかと。だからわたしは自分のルーツにとても興味を持ち、感謝するようになりました。なにか日本のためにできることをしたい。恩返しがしたい。そう考えたわたし共は、日米のかけ橋となるような交流団体を作ることにいたしました。それがクリス文化財団です。そのキックオフイベントとして記念になるような、素晴らしい催しはないものか──思案していた時に、ミューズ・オブ・ジャパンというかつて栄えたビューティーコンテストが休止していると知りました。そして閃いたのです──日本女性の美しさを、美徳を、文化を世界に広めるには最高の機会ではないかと。わたしがスポンサーになることで、このコンテストを復活させる。それが、わたしが築いた財産を少しでも還元する方法なのではないかと。みなさん、今こそ、現代の日本女性の美徳と誇りにスポットライトを当て、世界に見せつけようではありませんか」
 拍手が起こると、クリスは嬉しそうに、そして感慨深そうにわたしたちを見回した。そしてちょっぴり悪戯いたずらっぽい微笑みを浮かべると、「──とはいえ」と続けた。
「もちろん財団としてのメリットも忘れてはいません。今大会の舞台、このリゾートアイランドは開発途中でとんしていたグループ企業から買い上げたものです。ファイナリストが集い、ビューティーキャンプを行い、そしてそのまま大会の舞台とすることでリゾートアイランドの目玉事業とし、多大なる利益をもたらすと見込んでおります。きれいごとばかり並べるつもりはありません」
 わたしたちはくすくすと笑った。今の茶目っ気で、みんな彼に好感を持ったことだろう。それに、彼が現れてから若干緊迫していた空気もほぐれた。
「また、今回試験的にこのヴィラに滞在していただき、その意見を参考にして残りの棟を建設したいという目的もあります。インフィニティプール、スパ、サウナ、サロンなどラグジュアリーな設備はもちろん、ゆくゆくはバケーションだけでなくワーケーションにも活用していただくべくITルームや会議室など、ビジネス設備も充実させてまいります。一階にあるジムには最新のトレーニングマシンも揃っています。ちなみに離島で誰もが不安に思うであろう医療施設は、このヴィラの隣にすでに完成しておりますし、衛星電話もありますので離島でもコミュニケーションのタイムラグはありません。もちろん今後はインターネットも利用できるようになる予定です。
 しかしやはり一番の特徴は、ミューズに優勝後の一年間、このリゾートを拠点としていただき、コンテストの顔として世界を回って多くのチャリティ活動や講演会などにいそしんでいただくことです。ビューティーキャンプでファイナリストが集い、ミューズが誕生する──ここは女神たちが暮らす島となるのです」
 クリスはそこで一度、言葉を切った。
「優勝者であるミューズにはプール付きの住居、そして忙しい活動を支えるべく執事と専属シェフが与えられます。そしてもちろん……」
 クリスはステージ後方へ行き、ドレープのカーテンを引いた。スポットライトの下、ガラスケースが浮かび上がる。その中におさめられたものを見て、女性たちは息をのんだ。
 それは王冠だった。あまりにもまばゆい輝きに、思わず目を細める。
「ダイヤモンド、ブルーサファイヤ、レッドルビーをふんだんに使用しています。ミューズには、こちらも与えられます。貸与ではありません。さしあげるのです」
 女性たちがざわつく。
「ただし、先にお伝えしておきましょう。この『ミューズ・オブ・ジャパン』で優勝するのは簡単ではありません。ビューティーコンテストでは一般的にファイナルステージでウォーキングやスピーチの審査が行われます。ですがわたしはステージだけでの審査に疑問を持ちました。ほんの数分、ステージを歩き回り、短いスピーチをしたからといってなにがわかるでしょう。
 実際、ミス・ユニバースで優勝したにもかかわらず、チャリティイベントへの参加を拒否し、優勝が取り消された方も残念ながらいらっしゃいます。彼女には彼女なりの理由があったかもしれないので、批判はしません。けれどももっと審査に時間をかけていれば、互いに不幸な結果にならずに済んだと、わたしは思うのです。
 ですからビューティーキャンプでの二週間も、ファイナルの審査の一環とさせていただきます。メートルDを始め、スタッフは全員、この島を今晩去ります。食事や清掃など、日常の営みを自分たちでこなせることも、ミューズの大切な要素だと思うからです。美しいから、勉強ができるから、社会活動をしているから、家事ができなくてもいい──わたし共はそうは思いません。むしろ、日々の積み重ねこそが、人間的な美を培うのだと信じています。
 また、一般的なビューティーキャンプでは食事もまかなわれ、講師によるウォーキングやメイクやスピーチのレッスンが行われますが、ここでは互いに得手不得手を補い合い、協力し合いながらのキャンプをしていただきたいと願っています。各レッスンのスケジューリングもお任せします。そうすることで本当の意味での教養、自立性、社会性を測れるでしょう。
 ですからわたしもみなさまとこの島にとどまり、仕事の合間にはなりますが、共に時間を過ごさせていただきたい。そして本当にこの王冠にふさわしい方なのかを見極めさせていただきたいのです」
 みんなは驚きを隠さず、互いの顔を見合った。そんな戸惑いをよそに、クリスはシャンパングラスを片手に持って掲げ、高らかに言った。
「それでは、未来のミューズに乾杯!」

 インフィニティプールの水面みなもに月明かりが揺らめいている。プールサイドのビーチチェアに腰掛けて風に当たりながら、わたしたちは晩餐会の余韻に浸っていた。
「なかなかのルックスだったわね。悪いこと言っちゃったわ」
 ユアンが舌を出す。
「クリス氏とやらはグッドルッキングじゃないとか、女の子に好かれたことはないとか言ってたくせに」
 舞香がからかい、京子が笑った。
「ほんまや。でも確かにイケメンやったもんね。わたしはタイプじゃないけど」
「わたしにとっては王子さまっぽいかも。クリスさまって呼ぼうかな」
 ユアンが言うと、まりあが「クリスさま、なんてやめてよ。なんだか女性と男性が対等じゃない感じがしてイヤ」と口をとがらせる。
「じゃあクリスさん? なんだか味気ないわ」
「それなら〝ミスター・クリス〟は?」
 舞香が提案すると、「それいい!」とユアンは喜んだ。
「それにしても、キャンプも審査対象になるなんてね」
 まりあの言葉に、京子は嬉しそうに頷いた。
「でも、わたしの場合は希望が持てるわぁ。だってルックスではみんなに負けてるもん。キャンプ中に点数を稼げるんやったら、優勝も夢じゃないってことやろ? 公平やと思う」
「優勝したら一年間ここで暮らせんだね。しかも豪邸で。海外にもたくさん遠征するだろうから退屈しないし、最高じゃん」姫羅がにんまりとする。「それに……あの王冠。かぶりたいなあ」
 ミスター・クリスが去るとともに、メートルDがガラスケースに入った王冠をステージから下げた。その間ずっと、引き続きステージに飾られているトロフィーそっちのけでわたしたちの目はくぎけだった。
「わたしもかぶりたい!」
 ほろ酔いのわたしが鼻息荒く言うと、「現金ねえ」としらふのユアンが笑った。
明日あしたから得意分野を生かした役割分担をするわけでしょう。つまりこういうところでイニシアティブやリーダーシップを発揮すれば、ポイントを稼げるチャンスってことよね。ということで、わたしはメイクアップのレッスンを担当させてもらうわね。あと美肌マッサージも」
「はあい!」京子が手をあげた。「わたしは食事を作りまあす。栄養士の資格も持ってるし、栄養バランスもカロリー計算もお任せあれ」
「プロのお料理でしかもヘルシーね。期待しちゃう。それならわたしはウォーキングとポージング、スピーチのレッスンをするわ」
 舞香が言うと、まりあも続いた。
「わたしは体作り担当かな。効率的なヨガのプログラムを考えるよ」
「みんなのスピーチをわたしはブラッシュアップできると思う」わたしもすかさずアピールしておく。「舞香みたいにパッとスピーチのアイデアが浮かぶわけじゃないけど、できあがった文章をさらに良くすることは得意だから。一応プロだし」
「じゃあわたしはみなさんの健康管理かしら」
 エレナも加わった。
「えー、あたしだけじゃん、得意なこと何もないの」
 口をとがらせる姫羅を、「まあまあ、これから考えればいいよ」となだめながら、まりあがみんなを見回した。
「早速、明日モーニングヨガをやってみる? 七時から朝食だから六時に集合とか」
 ディナーを一緒にできなかったのでミスター・クリスも一緒に朝食を囲むことになっていた。みんなが賛成する中、京子だけが残念そうに首を横に振る。
「ごめん、悪いんやけど朝ごはんの仕込みがあるから」
「あ、そうか。じゃあ朝食後、少し休んでからにしよう」
「そうしてくれたら嬉しいわぁ。ヨガをする時に苦しくないように消化にいいメニューにするね」
 プールサイドからは、窓ガラス越しに片付けを終えたスタッフたちがバンケットルームから出てくるのが見える。彼らはにこやかにお辞儀をしつつ、メートルDを筆頭にヴィラから出て行った。ちょうど海辺も見下ろせるようになっているので、彼らを乗せたゴルフカートがすっかり暗くなった海岸へ向かうのも見えた。ライトアップされた桟橋の上を人影がいくつもいくつも通り、やがてクルーザーがゆっくりと桟橋を離れ、海原へと進み始める。
「ついにわたしたちだけになったわね」
 舞香が呟くと、姫羅がハイヒールを脱ぎながら言った。
「だね。ミスター・クリスは離れたところにいるって言ってたし。あー、解放感」
 乾杯の後、わたしたちがざわついていると「ご心配なく。わたしの滞在先はレディたちのヴィラから少し離れたところですので」と笑っていた。
「コルセットが苦しい。ファスナーおろして」
 かなり酔っぱらったまりあが、京子に背を向ける。
「飲み過ぎやない? 部屋に戻って休んだら?」
 京子がファスナーを途中までおろしてやると、まりあが大きく息を吐き、伸びをした。
「でも眠くないもん。頭が興奮してて、まだ起きてたいの。あ、そうだ、泳ごうよ。昼間泳げなかったし」
「じゃあ水着を持ってこないとアカンやん」
「めんどくさーい。このまま入っちゃお」
 脱ぎ始めたまりあを、京子が慌てて止める。
「何をやってんの」
「あら、いいじゃない。わたしも泳ぎたいわ」
 エレナも立ち上がってドレスを脱ぎ出す。ほとんど会話にも加わってこず、どちらかといえばノリが良くないエレナの行動に、みんなは驚いた。
「本気?」わたしが聞く。
「もちろん。裸で泳ぐことを英語でスキニーディッピングっていうのよ。アメリカ……というかわたしが住んでいるロサンゼルスでは、自宅やコンドミニアムにプールがあるのはそんなに珍しくない。去年の夏もプールサイドでバーベキューをした後、みんなでスキニーディッピングして盛り上がったわ」
 言いながらエレナはするすると脱いで裸になると、プールに飛び込んだ。
「スキニーディッピングかぁ……なんかカッコいい。映画みたい」
 ユアンがはしゃいで手を叩く隣で、姫羅も立ち上がり、ドレスを脱ぎ始めた。
「やろやろ! この島じゃなきゃ、きっと一生できないじゃん」
 体にぴったりとしたドレスを着ていた姫羅は、線がうつるからか下着をつけていなかった。惜しげもなく若さに満ちた裸体をあらわにすると、そのまま水に飛び込む。勢いよく飛沫があがった。

▶ 試し読み【6/6】へつづく


『殺める女神の島』試し読み記事まとめ

書誌情報

書名:殺める女神の島
著者:秋吉理香子
発売日:2024年05月31日
ISBNコード:9784041144794
定価:1,760円(本体1,600円+税)
総ページ数:232ページ
体裁:四六判
発行:KADOKAWA

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