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【今月のおすすめ文庫】警察小説 降田天が語る、警察小説の魅力とは

取材・選・文:皆川ちか

毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。
今月は小説の一大ジャンルとして多くのファンを持つ警察小説!
刑事、警察官、警察学校、ヤクザとの闘いなど、さまざまな場所で戦い、日常を守る人々の物語を紹介します。
また、2024年9月24日に角川文庫から文庫化された『朝と夕の犯罪』の著者である降田天さんに、本作についてお話を伺いました。



今月のおすすめ文庫 警察小説

『朝と夕の犯罪』(角川文庫)降田 天

過酷な少年時代を分かち合った兄アサヒと弟ユウヒ。異なる人生を歩み、10年後に再会した彼らは狂言誘拐を企てる……。さらに8年後、警察官・狩野雷太は、母親にネグレクトされ妹は餓死、兄も衰弱した幼い兄妹を発見。過去と現在の2つの事件につながりがあることに気づく――。『偽りの春』に続く狩野雷太シリーズ第2弾。


『撃てない警官』(新潮文庫)安東能明

警視庁管理部門でエリート街道を歩んでいた若き警部・柴崎。しかし部下が拳銃自殺したことで所轄へ左遷され、初めて現場に立つ。捜査経験のない彼は悪戦苦闘しつつも事件を解決してゆき、本庁復帰を狙うのだが――。警察組織のヒエラルキーの凄まじさや主人公の人間的成長も読ませる、第63回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作「随監」も収録。


『教場』(小学館文庫)長岡弘樹

警察学校――それは必要な人材を育てる前に、不要な人材を篩い落とす場。初任科第98期短期課程の生徒たちはさまざまな背景から警察官を志し、入校する。彼らを待ち受けるのは全てを見通す異色の教官・風間公親だった。警察学校という舞台設定も斬新な人気シリーズ。職質や取り調べの方法など、犯罪捜査の授業風景も興味深い。


『犯人に告ぐ』(双葉文庫)雫井脩介

川崎市で連続児童誘拐殺害事件が発生。捜査は行き詰まり、神奈川県警は起死回生の策として現場の捜査官・巻島をテレビに出演させることに。巻島はニュース番組で犯人に呼びかけ、史上初の「劇場型捜査」を試みるが――。ミステリを中心に現在は幅広いジャンルで活躍する著者の出世作。第7回大藪春彦賞を受賞し映画化もされた。


『ライオン・ブルー』(角川文庫)呉 勝浩

小さな町の制服警官・長原が拳銃を持ったまま姿を消した。彼と同期の耀司が真相を探るなか、ヤクザの銃殺事件が発生。現場に落ちていた凶器が長原の銃だったことから、事態は動きだす――。再開発、市町村の合併、土地の利権問題……過疎化が進む田舎町の閉塞感も生々しい、江戸川乱歩賞作家による渾身の交番警察ミステリ。


『朝と夕の犯罪』降田天さんインタビュー

どこの町にもいそうな交番のおまわりさん、狩野雷太。へらりとした笑顔とちゃらついた雰囲気とは裏腹に、鋭い観察眼と巧みな話術でどんな犯罪の尻尾も見逃さない――。コンビ作家・降田天さんによる「神倉駅前交番 狩野雷太の推理」シリーズ第2弾、『朝と夕の犯罪』が文庫化されました。本作の話題を中心に独自の創作スタイルや狩野の変化、警察官が探偵役を務める強みなどについて伺いました。

――狩野の飄々とした感じや後輩のみっちゃんに烏丸刑事など、「神倉駅前交番 狩野雷太の推理」シリーズは読んでいて周辺のキャラクターがとてもイメージしやすかったです。

萩野瑛(プロット担当、以下萩野):私たちはもともと少女小説を書いていたのですが、そのためかキャラクター作りは大事にしています。狩野シリーズから登場人物の生年月日や好きな食べもの、口癖などの履歴書も二人で話し合って作るようになりました。

鮎川颯(執筆担当、以下鮎川):実際に書く私からすれば、最初からキャラの履歴書があるのはもう大助かりです。互いの解釈をすり合わせられますし、書きはじめてから解釈にズレが生じて萩野とやりあうことも少なくなったし。

萩野:狩野より、むしろ犯人側のキャラ造形をきちんと立てるようにしています。このシリーズの主人公は狩野ではなく犯人の方なので。

――それでいうと、今回の主人公はアサヒとユウヒの兄弟です。幼い頃に離れ離れになり、10年ぶりに再会した彼らは狂言誘拐を企てます。ストーリーをどのように構想されましたか?

萩野:鮎川から「兄弟ものを書きたい」とリクエストされて、はてさて……と考えるうち「朝と夜の殺人」という超カッコいいタイトルが浮かびました。無戸籍の弟が愛する兄のために殺人を犯してゆくというストーリーを考えたんですが……ちょうどその頃、葉真中顕さんが『Blue』を刊行されて……ああ、まる被りになってしまう! とやむなくお蔵入りに。それでも愛着が残り、いつか別の形にブラッシュアップして日の目を見せてあげたかった。それで狩野ものの続編のお話をいただいて、じゃあここで使おう、と。原型プロットを大改造した結果、当初考えていたのとは違う形の深みのある兄弟になれたかな、と。

――アサヒとユウヒは兄弟とはいえ血のつながりはなく、複雑な関係にあります。別離後、裕福な実母に引き取られたアサヒと、児童養護施設行きとなったユウヒ。第一部では彼らの歴史がじっくり綴られて、兄弟小説としても読み応えがありました。

鮎川:私は第一部だけで燃え尽きそうになるくらい、そこは書いていて楽しかったです。一方で、再会以降の二人の距離感をちゃんと出すよう、萩野から何度も注意されました。「再会して、すぐ仲よくさせちゃダメだよ」と。子どもの頃は本当に仲よしだった二人ですが、10年離れているうちに変わっているはずだから。互いに微妙に疑ったり、利用しようとしたり。

萩野:特に経済的に引き上げられたアサヒの方が、それを強く意識してますね。そこには弟への後ろめたさもある。だからユウヒから狂言誘拐を持ちかけられて承諾してしまう。そんなアサヒの後ろ暗さや複雑な気持ちをもっと出して! と鮎川にはずいぶん意見してしまいました。

――物語を創るうえで、お二人の間で意見のぶつかり合いもあったりしますか?

鮎川:言い合いになることもあります。でも、後々になって思い返すと萩野の意見がほとんど正しいんですよ(笑)。 私は目の前のことしか見ずに書いているのだけど、萩野は全体を俯瞰して眺めているので。

萩野:だけどキャラクターの心情の流れは、やはり書いている鮎川の方が分かってるんです。だから書き上がった原稿に合わせて、その後の展開の方を変更することもあり。毎回そのせめぎ合いです。今回は文庫化するにあたり、第二部のアサヒ視点パートをかなり書き足しました。

鮎川:狂言誘拐以降、アサヒがなにを思いどんなふうに変化して生きてきたのかが見えるようにしようと。アサヒを掘り下げたことで、兄弟の関係性が単行本のときとは少し変化しました。

――第二部は狂言誘拐から8年後。マンションの一室で衰弱した男児を狩野が発見する場面から始まります。「兄弟もの」に加え、子どもの虐待というテーマも組み込んだのはなぜでしょうか。

萩野:先ほどお話しした原型プロットの時点で無戸籍児童を取り上げたいと考えていました。無戸籍の状態はときに虐待と結びついてしまうこともある。虐待はなぜ起こるのか。例えば本書でも描いているように、経済的に困窮したシングルマザーが子どもを虐待する事件はしばしば起こりますが、裕福な家庭であっても虐待は発生します。過度に教育熱心な親による「教育虐待」も耳にするようになりました。ひと口に虐待といっても色々あり、色々な背景から虐待は生まれる。社会の最小単位で発生しうる、誰にとっても他人事ではない問題だからこそ、それについて知りたいと思いました。

鮎川:虐待事件が報道されると、加害者である親を非難する声が大勢を占めます。私ももちろん憤りを感じますが、もし自分に子どもがいたら、そうしたことを絶対しないとは言いきれない気持ちもあって。虐待とまではいかなくとも子どもにきつく当たったり、自分の価値観を押しつけたりしてしまうかもしれない。では虐待までいってしまう人と、踏みとどまる人の違いはどこにあるんだろう……といったことを考えながら書きました。

――母親にネグレクトされていた少年・夕夜を見守る女の子、千夏の存在に救われます。

萩野:夕夜が送られる児童養護施設で暮らしている千夏は、途中から浮かんだキャラクターでした。書いている途中で、周囲の大人たちがあまりにも夕夜を、親に虐待された可哀そうな子として見ていることに気づいたんです。それって作者の私たち自身が、そう見てしまっているからだ……と。大人とは違う目で、フラットに夕夜を見つめる誰かを登場させたくて。

――千夏が夕夜のことを羨む場面が印象的でした。虐待されていたのは可哀そうだけど、夕夜くんはいいなあ……と彼女が感じるところが。

萩野:羨むという感情を通して、夕夜は千夏から対等の存在として扱われる。虐待の被害者というのは、夕夜にとって大きな要素ではあるけれど、そうではない部分、多面性を認められてこそ尊厳を感じられるのではないかと思うんですよね。

――前作の短編集『偽りの春』と比べて今作の狩野は、書いていて変化を感じましたか?

鮎川:もともと狩野は「落とし」(自白をさせる)の装置として作った人物なので、彼自身の心情は出さない、語らせないというスタンスで書いています。だけど今回は長編であるのに加え、狩野自身が抱えていた苦しみも前作である程度解決ずみなので、ちょっと変化が出てきているかな、と。終盤の取り調べのシーンで、普段と違って誠実なことを言わせてしまいました。書き手からすれば、どうしても人情味を出したくなる瞬間があるんです。でも、それを出したら狩野じゃなくなる……とはいえ狩野だって何かを感じてはいるはず……。そのあたりの調整に悩みました。

――たとえるなら連続TVドラマが劇場版になったような感じでした。ドラマ版の狩野なら見せないであろう顔を、長編映画だから見せてくれた、みたいな。

萩野:彼は基本“妖怪職質おまわりさん”なので(笑)。

――警察ミステリというとだいたい刑事が主役ですが、おまわりさんにしたからこそ、ここがよかったという点はありますか。

鮎川:地域住民との距離が近いことですね。道行く人のちょっとした違和感に気づいてその場で軽く声をかけてみたり。その結果、思いもよらない事件に繋がっていくというのは、入り口としておもしろいんじゃないかと思っています。

萩野:おまわりさんは地域社会に溶け込んでいるので、日常の謎ものと親和性が高いのではないでしょうか。私たちも狩野シリーズを書くようになってから、交番のおまわりさんを折にふれ観察しているのですが、あまりじろじろ見ているといつか職質されるかもしれません。

鮎川:でも一回されてみたいね(笑)。


プロフィール

降田天(ふるた・てん)
執筆担当の鮎川颯とプロット担当の萩野瑛によるユニット。少女小説家として活躍後、2014年『女王はかえらない』で第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。2018年「偽りの春」で第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。


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