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【試し読み】貴志祐介『さかさ星』冒頭特別公開!

貴志祐介さんが手掛ける待望の長編ホラー『さかさ星』(KADOKAWA単行本)が、2024年10月2日(水)ついに発売!

本記事では刊行を記念して、63ページまで大ボリューム特別公開します!
物語の冒頭をどうぞお楽しみください。

あらすじ

戦国時代から続く名家・福森家の屋敷で起きた一家惨殺事件。死体はいずれも人間離れした凄惨な手口で破壊されており、屋敷には何かの儀式を行ったかのような痕跡が残されていた。福森家と親戚関係の中村亮太は、ある理由から霊能者の賀茂禮子と共に屋敷を訪れ、事件の調査を行うことになる。賀茂によれば、福森家が収集した名宝・名品の数々が実は恐るべき呪物であり、そのいずれか一つが事件を引き起こしたという。賀茂の話を信じきれない亮太だったが、呪物が巻き起こす超常的な事象を目にしたことで危機を感じ始める。さらに一家の生き残りの子供たちにも呪いの魔の手が……。一家を襲った真の呪物は? そして誰が何のために呪物を仕掛けたのか? 数百年続く「呪い」の恐怖を描く特級長編ホラー。


『さかさ星』試し読み


ACT1


SCENE1

 秋雨は、早朝からずっと降り続いていた。
 なかむらりようは、ワゴン車の窓越しに、濡ぬれそぼつ町並みを眺めた。ぬかあめかと思っていると、いきなり勢いを増してしゆうへと変わる。風も吹いたり止やんだりを繰り返しており、そのたびに風向きも変化している。
まるで、あの異常な惨劇を境に、天候までおかしくなってしまったかのようだった。
 亮太は、重苦しい沈黙が続いている車内に視線を戻した。
 祖母の中村は、うなだれて、目を閉じている。若い頃の写真を見ると、清純派女優のような整ったぼうで、ちょっと前までは七十二歳には見えなかったが、事件の心労のせいか、ここ数日で急に老け込んでしまったようだ。
 亮太は、手に持ったEOS80Dに目を落としたが、祖母の今の姿を撮影する気には、とてもなれなかった。
 車内には、もう一人、魅力的な被写体になりうる女性がいた。年齢は不詳だが、祖母よりは若いだろう。大きな目は異様なほど目力が強いが、顔の下半分は対照的に貧弱で、甘いものの食べ過ぎか、前歯が三角形にとがり、『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』に登場する邪悪な小鬼ゴブリンを思わせる。YouTubeに動画を上げれば、この顔のインパクトで、けっこう視聴回数が稼げそうだ。
 だが、彼女にも、安易にカメラを向けることはためらわれた。何となくされるというか、不気味なオーラを感じるのだ。霊能者との触れ込みをみにしているわけではないが。
 ワゴン車は、住宅街を抜けると、古い街道に入った。道路の両側には街路樹が並んでいる。植えられてから相当な年月が経過し、大木になりすぎているため、近い将来伐採が必要になりそうだった。
 奇妙なのは、それらの木々がことごとく、もんするようにねじくれていることである。
 雨はまた小止みになっていたので、亮太は、窓を半分だけ開けて街路樹にレンズを向けた。見れば見るほど、異様な光景だった。
「近いですね」
 霊能者――れいという名前だった――が、声を発したので、亮太は振り返る。
「もうすぐ着きます」
 自分への質問だと思ったらしく、祖母の運転手をしているなかさんが答えた。
「さっきから、頭が痛いんです。……これは、思っていた以上ですね」
 賀茂禮子は、独り言のようにつぶやく。それを聞いて、祖母が目を開けたのがわかった。
「何か感じるんですか?」
 亮太は、祖母の代わりに質問した。
「ええ。それも、どんどん強くなってくる」
 賀茂禮子は、こめかみに手を当てて、顔をしかめた。
「あなたも、直接は感じ取れなくても、周りの木を見ればわかるでしょう?」
 考えていたことの図星を指されて、亮太はぎくりとした。
「けっこう、ねじれてますね」
「ふつうでは、ありえないくらいにね」
 亮太は、話の流れに乗って、自然にレンズを賀茂禮子に向けた。
せんもくっていうらしいわ。幹や枝が、こんなふうに拗くれてることを」
 賀茂禮子は、タイミングよく映像の説明をしてくれる。おかげで、後の編集が楽になるかもしれない。
「ソメイヨシノなどでは、遺伝の要素が大きいけど、どちらに捻れるかは、ふつうは風向きで決まります。だけど、この辺りは、いつも同じ方角から強風が吹く地勢ではないようですね。ごくまれに、幹に巻き付いた植物のつるが吞み込まれ、その形に螺旋が浮き出ることもあるけど、ここの木は、それとも違っている」
 亮太は、再び木々を撮うつした。
「よく見てください。樹種はバラバラだというのに、どの木も捻れ方はそっくりでしょう? 一様に、わたしたちの進行方向へ傾いているし」
 そんな馬鹿なことがあるだろうか。亮太は、心中でまゆつばを付けながら聞いていた。
 あの家が、永年にわたって、何か強力な磁場のようなものを発し、木々に影響を与えているとでも言うつもりなのだろうか。
 また、パラパラと雨が降り始めた。
「そろそろ、窓を閉めといてもらった方が」
 田中さんが言う。
「すみません。シートが濡れちゃいますね」
 亮太は、レンズを引っ込めると、窓を閉じるボタンを押した。
「そうじゃないんです。この先に、マスコミの車がずっとまってるもんですから」
 田中さんは、苦々しげに言う。祖母は、顔を隠すようにうつむいた。
 ほどなく、路肩に停車する車の列が見え始めた。二十四時間態勢で張り込みを続けるため、ほとんどが大型のワゴン車だった。事件から四日が経過しているが、朝昼のワイドショーや、夕方以降のニュース番組でも、連日報道が続いている。
 ふくもり家の長い塀が見えてきて、車内に緊張が走った。
 亮太は、また窓を少しだけ開けて、塀越しに見える母屋の屋根を撮影した。
「あと一、二分で着きますんで、門の扉を開けといてください」
 田中さんは、ハンズフリーの携帯電話で、屋敷にいる誰かと話していた。
「門は、この先にあるんですか?」
 古い方位磁石を取り出して眺めていた賀茂禮子が、眉をひそめて祖母にたずねる。
「……ええ。車の出入りに便利なように、数年前に造ったようです」
 祖母は、低い声で答えた。
 車用の門の扉が開くのに気がついて、まるでろうじよう戦のように屋敷を包囲しているメディアのせんぺいたちは、たちまち色めき立つ。一時停止したワゴン車の周りには、カメラやレコーダーを掲げた記者やレポーターらが、とつかん攻撃をかけてきた。祖母が、いつものレクサスではなく、フルスモークのワゴン車で迎えに来た理由が、ようやくわかった。
「あの! ちょっと、お話よろしいでしょうか?」
「福森さんの関係者の方ですか?」
「すみません! 窓を開けていただけませんか?」
 口々に叫んでいるが、ワゴン車はかまわず敷地内に進み、背後で電動の門扉が閉じた。
 てっきり、刑事ドラマでよく見る黄色いテープで家が封鎖されているのかと思っていたが、すでに鑑識は終わったらしく、すべて撤去されているようだ。
 それにしても、と門を振り返って亮太は思う。どうして、こんなに塀を高くしたのだろう。少なくとも、以前来たときには、こんな刑務所のような印象はなかった。
 これでは、はしでも使わなければ、容易に侵入も脱出もできないはずだが……。
「ご苦労様です」
 傘を差した小太りのお手伝いさんが、ワゴン車の前に出て誘導する。ワゴン車は、ホテルのような車寄せのある玄関の前に停車した。
 田中さんが、運転席から降りて、外から後部座席のドアを開ける。祖母と賀茂禮子が降りる様子を背後から撮影しながら、亮太も降車した。
「あの、中村様。このたびは、こんなに、恐ろしくて、悲しい事件が起こってしまって……。本当に、何と申し上げたらいいのかわかりません」
 お手伝いさんが、祖母に向かって深々と頭を下げながら、唇を震わせて言う。
 たしかいなむらしげさんという名前で、福森家に勤めてからは、もう二十年以上になるはずだ。背が低くずんぐりむっくりで、団子っ鼻のあいきようのある顔立ちをしている。亮太の記憶の中ではいつも笑顔だったが、今は、まぶたらし、悲しみに打ちひしがれているようだった。
「あなたこそ、たいへんだったわね。無事でよかったわ」
 祖母は、観音様のような慈顔でねぎらう。
「いいえ、わたしなんかは……」
 稲村さんは、泣きそうに顔をゆがめる。
「お久しぶりです。中村亮太です」
「亮太さん。本当に、このたびは、どう言ったらいいのか」
 稲村さんは、亮太が構えているカメラに目を留めて、言葉を切った。
「これですか? いろいろ調べるときに、一応、記録を取っておこうと思って」
 稲村さんは、少し首を傾げたが、何も言わなかった。
 賀茂禮子は、車寄せの屋根から外に出て、屋敷を眺めている。
「あの方は、どなたですか?」
 稲村さんが小声で訊ねると、祖母が説明する。亮太は、カメラを持って、賀茂禮子のそばに行った。
「何か感じましたか?」
 賀茂禮子は、顔をしかめ、大きな目をしばたたいた。
「ここに入ってから、頭痛がますますひどくなったわ。一刻も早く退去したいくらい」
 それは困る。まだ何も見ていないし、インパクトのある映像も撮れていない。
「それにしても、このお屋敷の庭は、ひどいですね」
 ひどい……? 来客の大半は、まず、このこうだいさと美しさに感嘆するものだが。
「あの、お傘をどうぞ」
 稲村さんが来て、賀茂禮子と亮太にビニール傘を手渡し、あらためて自己紹介をする。
「このお屋敷は、最近、工事をされていますね。いつ頃のことですか?」
 賀茂禮子が訊ねる。
「二年ちょっと前だったと思います。建築士のさか先生にお願いして、外構を一新した上で、車用の門を設けたんです。そのとき、母屋も、かなりリフォームしました」
「新しく車用の門を造ったのは、なぜですか?」
「なぜか……ということですか?」
 稲村さんは、不思議そうな顔つきになる。
「お車でおでの方が、道路から正門の方へぐるりと回るのが、たいへんでしたので」
 福森家の正門とガレージの入り口は、昔から、街道に背を向け、細い村道に面していた。
「この門に、何か問題があるんでしょうか?」
 亮太がくと、賀茂禮子は無表情に見返す。
「そうですね、特に問題と言うほどのことはありません。……わざわざ鬼門に造ったという、一点を除けば」
 雨は、ほとんど止んでいた。代わりに冷たい風が吹いてきて、亮太は肌寒さを感じた。
「お屋敷に入る前に、先に、お庭を拝見した方がよさそうですね」
 賀茂禮子はそう言って、勝手に歩き出す。亮太は、カメラを構えたまま、あわててその後を追った。稲村さんも、当惑気味に付いて来る。
「ここには、以前、違う木が植わっていませんでしたか?」
 賀茂禮子は、車用の門の手前にあるピンクの美しい花を咲かせた木を指差す。
「ええ。よく、おわかりになりますね」
 稲村さんは、あつにとられた様子だった。
「それは、霊視というやつですか?」
 亮太は、賀茂禮子の表情をアップにしながら質問する。
「そんなに大げさなものじゃありませんが、歴史のあるお家には、庭にも記憶のようなものが残っているんです。注意深く耳を傾ければ、誰にでもその来歴を語ってくれますよ」
「そうなんですか」
 ハッタリもいい加減にしろと思ったが、亮太は、いかにも感心したように応じた。
「おそらく、ここに植わっていたのは、ヒイラギだったと思うんですが」
 稲村さんは、感に堪えないように何度もうなずいて、手を打った。
「はい、はい。そうなんです! あの、クリスマスの飾りみたいな、葉っぱの周りにとげのある木でした!」
「植え替えたのは、リフォームのときですか?」
「はい。坂井先生が、子供が触ったら手を怪我するかもしれないとおっしゃって。それから、ヒイラギは地中で根がはびこって、配水管を突き破ることがあるそうで」
「木が植え替えられたことに、何か意味があるんですか?」
 亮太は、ピンクの花から、もう一度賀茂禮子にレンズを向け直す。
「さっきも言ったように、こちらは、屋敷から見て東北――鬼門に当たります。柊は、昔からけの作用が強い木と言われているんです」
「この木じゃダメなんですか? 花は、けっこうれいですけど」
「これは、百日紅サルスベリの木です。通常、庭に植えるには不適当ないみとされています」
 何だ、それは。家相とか、風水とかいうやつか。亮太は、内心で舌打ちをしていた。
「じゃあ、サルスベリを植えると、悪いことが起きると?」
 まさか、そのせいで、あんな事件が起きたと言うつもりなのか。
「いいえ。そんなことは、まずありません。……少なくとも、これ一本では」
 賀茂禮子は、今度は車用の門をしげしげと観察する。
「この門のある場所には、別の花木があったはずです。ちょうど今時分、美しい花を咲かせていたと思うんですが?」
「そ、そうです。おっしゃるとおりです。そこには、たしかキンモクセイが……」
 稲村さんは、うろたえ気味に答える。早くも、すっかり賀茂禮子のペースにまっていた。
「キンモクセイも、ヒイラギの仲間です。太陽を象徴すると言われている黄金色の花は、闇を追い払い、お香のような芳香には、魔を寄せ付けない効力があると言われています」
「なるほど……」
そういう魔除けの意味合いを持つ植物を選んで伐採したのなら、呪いをかける意図があると邪推されてもしかたがないかも……。いや、待て。元々縁起のいい植物で埋め尽くされていた庭だったら、どの木を切ったって、非難されかねないぞ。
 亮太は、塀の内側をめるように撮影していく。
 霊能者の霊視という茶番に付き合うことにしたのは、映像的に面白そうだったのと、同時に、合理的な視点から、この家を調査してみたいと思ったからだった。
 歩きながら、侵入経路と脱出経路をチェックしてみる。
 やはり、この塀を乗り越えるのは、かなり難しいだろう。長い梯子が必要だし、少なくとも単独犯では無理だ。犯行の態様も考えると、犯人は、最低でも、四、五人はいたと考えるべきかもしれない。
「ここには、エンジユの木があったんじゃありませんか?」
 賀茂禮子は、車用の門の横手を指さす。
「はい、その通りです。坂井先生が、落ち葉や樹液で車が汚れるからとおっしゃって」
 賀茂禮子は、エンジュにもまた、鬼門を防衛する強い力があったと説明する。稲村さんは、気の毒に、しおれていた。どう考えても、彼女の落ち度ではないだろうが。
「それから、この辺りに、桃の木があったような気配があるんですが?」
「ええ。あの、樹齢が八十年を過ぎていて、良い実を付けなくなっていましたので」
 宏大な庭を巡りながら、賀茂禮子は、さらにイチカシワの木があったはずだと指摘していく。稲村さんの反応を見るかぎり、ことごとく当たっているらしい。
 どの木にも、家を守る吉作用があったというが、イチイを伐採したのは、大きくなりすぎて邪魔だった上に、実は甘いが種は猛毒であるからで、柏の木は、枯葉のまま落葉しないため、見栄えが悪いという理由かららしかった。
 庭の中央付近にやって来て、花壇を見たとき、賀茂禮子の憂色はますます濃くなった。
「ここに、大木がありましたね? おそらくは、この屋敷が最初に建てられたとき以来の」
「……はい」
 稲村さんは、𠮟られた小学生のように首をすくめる。
「ひょっとして、木の種類まで、わかったりするんですか?」
 亮太は、花壇をかんして映像を撮った。ここに木があったかどうかなどは、見ただけでは、判別できないはずだ。だとすると、賀茂禮子は、あらかじめ下調べをして来たことになるが、いったいどういうを用いたのだろう。
「生えていたのは、樹齢数百年の椿の木です」
 賀茂禮子は、当然という顔で答える。
「椿の木は、結界樹と言われています。四方に強力な結界を張って、魔の侵入を阻むのです。椿の木が残されていたら、今回の事件は防げていた可能性もあります」
 家相だの風水だのという迷信で、よく、そこまで言い切れるものだと思う。亮太はあきれて、稲村さんの方にレンズを向けた。
「椿の木は、どうして切られちゃったんでしょうか?」
「ええと、あの、毛虫が付くんです。たしか、チャドクガとか。それから、花が落ちる様子が首が落ちるみたいで、不吉だからと」
 大工は、よく縁起を担ぐものだが、建築士も、たいして変わらないらしい。
 それにしても、稲村さんは、ずいぶん色々なことを、事細かに覚えているものだと思う。
 三人は、屋敷をぐるりと回って、正面玄関までやって来た。
「……これは」
 そこに植えられていた木を見るなり、賀茂禮子は眉をひそめた。高さは五、六メートルで、まだ若木のようだが、ひょろっとした感じの枝の先に黄色っぽい実をたわわに付けている。
「何の木ですか?」
 いっぱいにズームして、実を撮す。ミニサイズの梨のような色と形だった。
「これは、センダンですね」
 賀茂禮子はつぶやく。
「坂井先生から、栴檀は双葉より芳し、ということで、縁起のよい木と伺ったんですが……」
 なるほど、聞いたことがある。そんなに芳しいのかと思って、亮太は匂いをいでみたが、よくわからなかった。
「この木には、匂いはしません」
 賀茂禮子は、微笑した。
「あのことわざへい物語が出典ですが、香木である白檀の中国名が栴檀であったために、両者が混同されたようです。センダンは、多くの実が生ることから『せんたま』か『せんだん』が語源だと言われています。より正しくは、オウチの木と言うのですが」
 賀茂禮子は、唐突に言葉を切って絶句した。どうしたのかと思い、亮太がレンズを向けると、なぜかきようがくの表情で上を見ている。
「何かあったんですか?」
 賀茂禮子は黙ってかわら屋根を指差した。ズームして液晶モニターで見たが、何に驚いたのか、さっぱりわからない。
 亮太は、稲村さんの顔を見やったが、彼女も見当が付かないような表情だった。
 正面から見上げた屋根は、一般の住宅にはあまりない、寺院を思わせる大仰な造りだった。丸みを帯びた屋根の妻側――左右にこうばい屋根のある三角形の壁面――は、からという造りだと聞いたことがある。
「あっ、あれは」
 屋根を撮しながら、亮太はぞくりとした。ふいに古い記憶がよみがえってきたのだ。
「丸瓦の突端に、模様が付いてますよね? ……たしか、軒丸瓦でしたっけ。子供の頃ですが、これを見て、ひどく怖いと思ったのを覚えています」
 浮き出ているのは、福森家の家紋であるひし形の中に丸の図案だった。
「何か、たくさんの菱形の目ににらまれているような気がしたんです」
 賀茂禮子は、無表情に亮太を見る。
「あれは、御当家の家紋でしょうね。『くろもち』のようですが」
「クロモチ?」
「シンプルな黒い丸紋で、くろかんの紋としても有名です。もとはたけなかはんの家紋だったものを譲ってもらったとか。……福森家の紋は、周りが菱形になっているところが、ちょっと変わっていますが」
 ここでまた言葉を切り、賀茂禮子は考え込むような表情になった。
「どうやら、この紋の由来にも、いわく因縁がありそうですね。ですが、それ以上に、わたしが気になったのは、あちらに見える鬼瓦なんです」
 賀茂禮子は、唐破風の要所に点在している魔除けの瓦を指差した。
「大棟鬼。隅鬼。二の鬼。それに、くだり鬼までありますね。鬼瓦と言っても、こんなふうに、本当に鬼の意匠で造ることは稀です。一般の家では、ご近所をはばかって、福の神とか家紋などを用いるのが一般的でしょう」
 たしかに、本当に鬼の形をしている鬼瓦など、お寺でしか見たことがないような気がする。これを建てた福森家の当主は、単純に権勢を示したかったのだろうか。それとも。
「ご先祖には、たいへん敵が多かったんじゃありませんか?」と、賀茂禮子。
「そうですね。……初代は戦国時代までさかのぼるということなんで、まあ、成り上がるまでには、いろいろあったようですが」
 子供の頃に散々聞かされたが、やたらとなまぐさい話ばかりで、へきえきしたものだ。
「とはいえ、この屋根瓦は、どう見ても、そこまで古くはありません。せいぜいが、幕末から明治くらいでしょうか」
 賀茂禮子は、目を半眼にして屋根を霊視しているようだった。
「おそらく、何らかの理由で、が必要となったため、特別に作らせたのでしょう。それも、よほど名のある鬼師に」
 鬼師というのは、鬼瓦を作る職人のことだろうか。
「そのことでしたら、わたしも以前、だん様から伺ったことがあります」
 そう言ってから、事件のことを思い出したらしく、稲村さんは顔を歪めた。
「明治の半ばに、旦那様のそう祖父に当たる福森じゆんきちさんという方が、むらたつろうという名工に頼んだとか。手間賃だけで、ゆうに家一軒が買えるくらいだったそうですが、できてからは、ずっと当家をまもってくれています」
「なるほど。さぞかし、御利益があったことでしょうね」
 賀茂禮子は、意味ありげな笑みを浮かべた。
「二年前のリフォームでは、屋根にも手を付けられたんですか?」
「そうですねえ、どうだったかしら? ……たぶん、何枚か割れていた瓦を直したくらいだと思いますけど」
 稲村さんは、当惑気味に答えた。
「亮太さん。あなたが以前に見た屋根と、どこか違いはありませんか?」
 亮太は、液晶画面に目を凝らしたが、よくわからなかった。そう言われてみると、何となく感じが変わっているような気もするのだが。
「映像に収めておいた方がいいと思います。特に、鬼瓦を」
 賀茂禮子の指示通り、鬼瓦を一つ一つアップにして、静止画に記録した。
 さっきまで止んでいた雨が、また降り始めた。三人は、いったんすぼめていた傘を開く。
 雨はたちまち勢いを増して、くさりどいを通して激しいまつを上げた。正面玄関の大きな軒下に入っても、四方八方から襲来する水滴で、たちまち服が濡れそぼっていく。
「たいへん! これはちょっと、いったん中に入られた方が」
 稲村さんが、錠にかぎを差し込んで回すと、正面玄関の大きな引き戸を開けた。
 外気が入るのと入れ違いに、ふわっと屋敷の中の空気が漏れ出してきて三人を包み込んだ。古い木造家屋に特有の、何世代分もの空気を溜め込んだような臭いがする。
 亮太の目に福森家の玄関ホールが飛び込んできた。リフォーム前は、もっと古色そうぜんとしていたはずだが、間接照明のおかげか、純和風の土間を残したままで、見違えるようにモダンな印象になっている。
 にもかかわらず、亮太は、足がすくむような感覚に襲われていた。子供の時分から幾度となく訪れてきた家だというのに、まるで、見知らぬ怪物のあぎとの中に踏み込むようなせんりつを覚えるのだ。
 あんな事件があった直後だから、それも、当然と言えば当然かもしれないが。


SCENE2

「こちらにおかけになって、お待ちください。今すぐ、タオルを取って参ります」
 亮太と賀茂禮子が、土間に作り付けになっている木製のベンチに腰掛けると、稲村さんは、小走りに奥へ消えた。
 賀茂禮子は、ゆっくりと周囲を見渡していたが、足下の土間に目を落とすなり、大きな目を見開いて凝視した。
「この、たたき土は……!」
 亮太のカメラは、賀茂禮子の鬼気迫る表情と、の間を往復した。
「これも、明治の初めに施工されたと聞いています」
 亮太は、記憶を辿たどりながら言う。屋敷の来歴を聞かされたときには、それほど興味もなく、適当に聞き流していたのだが、案外よく覚えているものだ。
「そのときの当主は、とらさんの高祖父にあたるけんきちさんです。福森家の富を大きく増やし、屋敷も増築して、今の大きさにしたらしいんですが」
 その反面、小作料を払えなかった農民にはこくな態度で臨み、鬼と陰口をたたかれていたようだったが。
「なるほど。それでは、鬼瓦を注文した方の先代ということでしょうか」
 賀茂禮子は、土間の土から目を離さない。
「この土が、どうかしたんですか?」
 亮太は立ち上がって、レンズで土間を舐めていった。コンクリートを打った今どきの土間のような、のっぺりした平面ではなく、表面には、ゆるやかな凸凹があり、何とも言えないほどちんうつで深いけしあか色を生み出している。
「三和土は、文字通り三つの材料を和えて作ります。赤土や砂利と、消石灰、それに苦汁にがりです。コンクリートがない時代には、それが最も長持ちしたのですが」
 賀茂禮子は、立ち上がって身震いしたが、単なる肌寒さからのようではなかった。
「わたしも、いまだかつて、こんなものは見たことがありません! 福森憲吉さんという方は、どうやら人の心を持たない人だったようですが、息子の順吉さんも、一方では、金に飽かせてあの鬼瓦をしつらえながら、三和土の方は手つかずとは、無神経にもほどがあります」
「あの、どういうことでしょうか? おっしゃっていることが、俺にはよく」
 唐突に、口を極めて先祖をののしられ、ただ困惑するしかなかった。
「今回の事件の伏線――少なくとも遠因の一つが、ここにあらわれています」
 賀茂禮子は、吐き捨てるように言った。
「かりに今回の事件が起きていなかったとしても、代々積み上げられた宿業は、いつの日にか必ず、この家を破滅へと導いていたでしょう」
 あまりにもちやちやな暴言を吐かれて、亮太は、ぼうぜんとしていた。どうして、たった今来たばかりの人間に、そこまで言われなきゃならんのだ……? 
「お待たせしました。どうぞ、滴をおきください」
 稲村さんが、大きなバスタオルを二枚抱えて廊下を駆け戻ってきたが、三和土を眺めている二人の姿を見て、ぎょっとしたようだ。
「あの、どうかなさいましたか?」
「いいえ、ただ、玄関を拝見していただけですよ」
 賀茂禮子は、なぜかはぐらかし、バスタオルを受け取って身体を拭いた。亮太も、黙って、それに倣う。ここで事を荒立てても、いいことはないだろう。
 その様子を眺めていた稲村さんが、ぽつりと言った。
「あの。ここには、やっぱり、何かあるんでしょうか?」
「やっぱりと言いますと?」
 賀茂禮子は、反問する。
「いえ、その……何でもありません」
 稲村さんは、あわてて首を振った。
「どうぞ、お上がりください。奥のダイニングで、中村の奥様がお待ちです」
 稲村さんは、二人からバスタオルを受け取った。
 賀茂禮子は、土間で履き物を脱ぐと、式台から上りかまちに足を乗せて、用意されたスリッパに履き替えた。その後ろから、動画を撮影しながら、亮太も続く。
 ふいに、賀茂禮子が振り返った。
 亮太は、ぎょっとしてバランスを崩し、靴下で土間に降りてしまう。
 賀茂禮子が見ているのは、土間と座敷の境にある、黒光りする巨大な角柱だった。
「どうしたんですか?」
 すぐに撮影を再開する。
けやきの大黒柱ですね。一尺五寸はあります。民家では、これほど立派な柱はあまり見ません。おそらく、福森家の守り神のような存在だったのではないですか?」
 賀茂禮子の言葉に、稲村さんは、誇らしげにうなずいた。
「しかも、たいへんに古いもののようです。この屋敷が建てられたのは、江戸時代でしょうが、その時点で、すでに歳月を経た古材だったように思われます」
 そういえばと、亮太は、昔誰かから聞かされた話を思い出した。
「福森だんじようの孫である福森せいもんが、江戸時代に、この柱を、京都から運ばせたそうです。
それも、一千両とも言われる常識外れの大枚をはたいて」
「なるほど。その方は、明敏な頭脳の持ち主だったようですね。おそらく、それだけの価値はあったのでしょう。ですが、これは」
 賀茂禮子は、稲村さんの方に向き直った。
「リフォームのとき、この柱をいじりましたか?」
「ええと、それは。……はい」
 稲村さんは、少し口ごもってから答える。
「坂井先生は、屋敷全体の耐震性をチェックしてくださったんですけど、大黒柱も点検して、いったん取り外してから、補強のための工事をされていました」
「取り外した? 大黒柱をですか?」
 亮太は、ぜんとした。そんな話は、聞いたことがない。
「はい、そうだったと思います」
「やはり、この家をリフォームした建築士さんには、話を聞く必要がありますね」
 賀茂禮子は、溜め息交じりに言う。
「今まで見てきただけでも、問題は一つや二つではありません。ここまで重なれば、とうてい偶然とは考えられません」
「その柱に、何かまずい点があるんですか?」
 土間に突っ立ったままで、亮太は訊ねた。内部に虫がってるとか、施工がさんなために、かえって耐震性が低下したとかいうことだろうか。
「わたしは建築には素人ですが、たぶん、耐震性には何の問題もないでしょう」
 賀茂禮子は、亮太の心を読んだように答える。
「では、いったい何が?」
「木目を、よく見てください」
 賀茂禮子は、黒光りする柱の表面を指差した。
「どんな木も、ふつうは、木目の幅が細い方が上側なんです。樹木は、伸びれば伸びるほど、先細りになっていきますから」
 亮太は、またズームして大黒柱の表面を撮影した。
「あとは、節です。木の枝は上に向かって生えるので、節は上下に長いえん形になりますが、枝が重力に逆らって伸びるとき、中心より下側が引き伸ばされるんです」
 亮太は、大黒柱の表面に節を探してみる。あった。しかし、これは……。
 表面が黒ずんでいるためわかりにくかったが、ろうそくの炎のように上側が引き伸ばされた節を撮影する。
「おわかりになったようですね」
 賀茂禮子は、亮太の反応を見てうなずいた。
「この大黒柱は、あきらかに天地が逆転している。つまり、さかばしらなんです」
 言っていることはわかったが、それは、いったいなぜまずいのか。亮太は戸惑った。
「逆柱というのは、要するに、縁起が悪いということですか?」
 耐震性に問題がなければ、実用的な不具合ではないはずだ。だったら、茶柱は縁起がいいというのと、たいして変わらない話では。
「問題は、どういう意図で、逆柱にしたかなんです」
 賀茂禮子は、大きなガラス玉のような目で亮太を見る。
につこうとうしようぐうようめいもんには、有名な逆柱があります。月満つればすなわかくとのたとえを踏まえ、あえて建物を完成させずに不完全な部分を残すことで、衰退を遠ざけようという考え方です。ですから、陽明門では、逆柱はむしろ魔除けとして機能しているのです。また、一般の住宅に逆柱があったとしても、ほとんどの場合、何の影響もないでしょう」
「でも、これは違うと?」
「今も言ったように、他の部分と併せて考えると、ただの偶然とは思えません」
 賀茂禮子は、屋敷の中をゆっくりと見回した。
「それだけではありません。この柱からは、てんとうした、きわめて強力な霊気が感じられます。福森家に深い遺恨を抱いた何者かが、家運の衰微を祈って、あえて逆柱を立てたのです」
「……でも、誰が?」
 亮太は、ぞっとしていた。眉唾もののオカルト話より、現実の人間の悪意の方が、はるかに恐ろしい。
「可能性は、二つあります。一つは、最初にこの柱を据えた大工が、悪意によって、こっそり逆柱にしたというものです。二つ目は、二年前にリフォームを担当した建築士が、意図的に、大黒柱を上下逆に付け替えたというものです。いずれにしても、どちらかの人物が、福森家に遺恨を抱いていたということになります」
「どうして、そんな」
 亮太は戸惑っていた。この屋敷が建てられたときの状況はわからないが、先祖代々の性格を考えれば、大工の恨みを買っていたとしても、不思議ではない。しかし、もしも、坂井という建築士がやったことなら、比較的最近、何かがあったことになる。
 亮太は、土間から足を上げようとして、ぞっとした。ひんやりした三和土が足裏に粘ついて、一瞬、まるでからめ捕られるような感覚になったからだった。
 はっとして目をやると、表面の微妙な凹凸が浮き上がって見えた。
 気のせいだろうが、それが、まるで多くの人間の顔のように映るのだ。
 あわててカメラを向けたが、次の瞬間には、もう幻視は消え去っていた。
「亮太さん。どうなさったんですか?」
 稲村さんの声には、かすかな恐怖が感じられた。
「すみません。ちょっと、よろけちゃって」
 亮太は、靴下の裏を払うと、賀茂禮子の後を追って座敷に上がってスリッパを履く。
 逆柱だ? それが、どうした。つい不安な気分をき立てられて、動揺してしまったが、この女は、暗示で人を催眠術にかける名人なのかもしれない。うっかり取り込まれないよう、くれぐれも心しなくては。
 座敷は、十二畳ほどの広さだったが、もともとの純和風にモダンな意匠を付け加えていた。最近の流行なのか、天井のはりき出しにして、天井高を稼いでいる。特に目をいたのは、畳の間に設えられた、美術館にでもありそうな展示台で、土間から見えるようになっている。四角いガラスケースの中で柔らかいディスプレイライトで照らされているのは、ずんぐりした土器だった。
「これは?」
 賀茂禮子が近づいて、土器をのぞき込んだ。亮太も、反対側から撮影する。
えんおう飾り蓋付 須恵器つぼ 平安時代初期』というプレートがある。この近くで出土したものだろうか。
 食い入るように土器を見つめていた賀茂禮子が、顔を背けた。顔色は青白く、眉をひそめているようだ。
「これは、福森家に代々伝わったものですか?」
 声も、動揺のせいか、抑揚を欠いている。
「いいえ。たしか、数年前に、旦那様がお買い求めになったものです」
「入手先は?」
「出入りの古物商の、まつしたせいいちさんという方が持ってきた物だと思いますが」
「どうして、これを、玄関に飾ろうという話になったんですか?」
「ええと……何でしたっけ。坂井先生からお聞きしたんですが」
 稲村さんは、うっすらと目を閉じて考えると、得意の記憶力を発揮する。
「『須恵』という文字は、すべからく恵むべしという意味であるとおっしゃいました。それに、より硬く長持ちするため、長寿の象徴だとか」
 だとすると、これもやはり、縁起物ということらしい。亮太は、須恵器の壺をアップにして撮影する。日本人は、どうして、こうも縁起を担ぎたがるのか。
「あと、蓋のおしどりの装飾は、夫婦和合の象徴でもあるそうで」
「夫婦和合ですか」
 賀茂禮子は、冷たい目で須恵器の壺を見下ろした。
「これに効力があったとしたら、さぞかし、福森夫妻の夫婦仲は良かったんでしょうね?」
「どうでしょうか。ご夫婦のことは、わたしにはわかりかねますので」
 稲村さんは、言葉を濁した。
「あの、そろそろ。中村の奥様がお待ちだと思いますので」
 話を打ち切って、廊下を奥へと案内する。
 だが、賀茂禮子の足は、またもやぴたりと止まった。大きなそうぼうは、廊下の壁に掛けられた能面に吸い寄せられている。その下には、柄と房飾りの付いた神楽かぐら鈴もある。
 黒い能面を見るのは初めてで、亮太は、すかさず撮影する。目はへの字形に笑った形で、短い眉とあごひげを生やした老人の面だった。顎は分離されて、ひもつながっている。かなり時代を
経たものらしく、一部で黒い塗がげていた。
こくしきじようですね。最も古い能楽とされる『おきな』で、五穀ほうじようを祈って踊る『さんそう』にのみ登場する面です。下の鈴は、その際に打ち鳴らされる三番叟鈴でしょう」
 賀茂禮子は、顔を近づけて、しげしげと能面を眺める。
「『翁』は、『能にして能にあらず』と言われる別格の一曲で、これらの翁の面は、能自体より古くから存在していました。『三番叟』の舞いも、強くじゆじゆつ的な性格を帯びていると言われています」
 また、呪術か。亮太は、顔をしかめた。霊能者だから、どうしても、そういう方向にもっていきたいのはわかるが。
「シテがつけるはくしきじようは、白面の神の化身ですが、黒色尉は、黒く焼けた顔に歯が抜けて、神でありながらきわめて人間的なキャラクターになっています。……そして、この面には、大昔に、使形跡がありますね」
 誰かが実際に使用したとは、どういうことなのか質問したかったが、今は賀茂禮子の表情を追うことにする。相変わらず、感情は読み取れないが、真剣な面持ちでじっと能面を見つめていたかと思うと、静かにこうべを垂れてめいもくする。合掌こそしていないものの、祈っているかのような風情だった。
「もしかして、これも、くだんの古物商が持ち込んだものですか?」
 古物商に対する抜きがたい不信を感じさせる声音だった。
「はい。かまくら時代のもののようですが、松下さんのご説明では、翁の面はすべて、天下泰平、安全、五穀豊穣、家門の繁栄、子孫繁栄、それから、長寿の祝福をもたらす神とされているということで……」
 稲村さんは、例によって驚異的な記憶力を披露したものの、賀茂禮子の表情を見るうちに、だんだん声が小さくなってしまった。
「また、頭が痛くなってきました」
 賀茂禮子は、顔をしかめ、長い吐息をつく。
「この屋敷には、もう、あまり長くいられそうにありません」
 ちょっと待ってくれ。こんな中途半端なところで投げ出されてしまっては、こちらも困る。亮太は、長く続く廊下を撮影しながら思う。未だに、事件に直接関与したと思われるものは、何一つ見ていないのだから。
 二人を先導する稲村さんは、廊下を右に折れた。後に続いて行くと周囲の景色が一変する。廊下は赤いじゆうたん張りになって、白いしつくいの壁には、ガレ風のブラケットライトが並んでいる。和風建築の中に突如として洋館が現れたかのようだった。かなり思い切ったリフォームをしたものだと思う。このあたりが以前はどうなっていたか、思い出せないほどだ。
 稲村さんは、重厚な焦げ茶色のドアの前に来ると、「いらっしゃいました」と声をかけて、ドアを開け、二人を通した。
 中は二十畳くらいはあるダイニングだった。庭に面した掃き出し窓の前には、十二人以上も座れそうな、アンティークなダイニング・テーブルが置かれており、お誕生席に祖母が座っていた。
「ひどいにわかあめでしたわね。お濡れになったんじゃありませんか?」
 祖母は、賀茂禮子に向かって言う。
「はい。でも、タオルをお借りして、もう、すっかり乾きました」
 賀茂禮子は席を勧められ、少し離れた椅子に座った。亮太は、座らずに二人を撮し続けた。稲村さんは、さらに離れた場所に控えている。
「温かいお茶をいかがですか」
 テーブルの上には、銀の盆に載ったティーセットが用意されていた。陶製のティーポットにカップが四脚と、銀のスプーン、シュガーポット、ミルクピッチャー、茶葉の入った容器や、カップをお湯で温めるためのものらしい容器などが、所狭しと置かれている。
「ああ、わたくしがいたします」
 稲村さんが手伝おうとしたが、祖母は、「いいのよ。あなたも、お座りなさい」と言って、慣れた様子で手ずから紅茶をれる。
「どうぞ」
 祖母は、賀茂禮子の前に湯気の立つティーカップを置いた。次いで、亮太と稲村さんの分も淹れる。
「本来なら、まず奥座敷にお通しすべきなのですが、何分、あんな事件の後ですので」
 祖母の声が曇った。それはそうだろう。奥座敷もまた、惨劇の舞台だったのだから。
「いただきます」
 賀茂禮子は、ティーカップを取り上げたが、急に目を見開いた。そのまま口を付けないで、ソーサーの上に戻す。
「……とても見事なティーセットですね」
「ありがとうございます。わたしは見たことがないので、たぶんようさんが買われたものだと思いますが」
 祖母は、おうようにうなずいた。
骨灰磁器ボーンチヤイナのティーカップ……。十八世紀の英国製でしょうか」
 亮太は、テーブルに近づいて、まだ空のカップを撮影した。かすかに光が透ける乳白色で、の花と草花の絵が、繊細なタッチで描かれている。糸底には、王室ようたしを示すものか、王冠のマークの横に、『Royal Ashton』というかまもとの名が記されていた。
「つかぬ事を、お訊きしますが」
 賀茂禮子は、稲村さんの方を見る。
「このティーセット――特に、このティーカップとポットですが、亡くなったこの家の奥様が購入されたものですか?」
「はい」
 稲村さんは、神妙な表情でうなずく。
「もしかして、これも、くだんの古物商が持ち込んだものではありませんか?」
 祖母も、びっくりした表情になり、稲村さんを見る。
「ええと……はい。そうだったと思います」
 稲村さんは、顔を伏せて、重苦しい声で答えた。
「誰のことですか? 古物商って?」
 祖母の質問にも、顔を上げずに答える。
くも堂の、松下誠一さんです」
 祖母は、妙な顔をした。
「よく、掛け軸とか、こつとうを持ってくる人でしょう? こんなものも扱ってるの?」
「とある没落した素封家の蔵の整理を頼まれて、偶然見つけた珍品だとおっしゃってました。明治時代の洋行土産らしいのですが、今では本国ですら入手困難な幻のブランドになっているとか」
「なるほど。では、やはり、これを所有していた家は没落したわけですね」
 賀茂禮子が、皮肉な調子で言う。
「どういうことですか?」
 祖母が、さすがにげんな顔をした。
じゆぶつという言葉をご存じでしょうか?」
 賀茂禮子は、質問に質問で返す。
「よくはわかりませんが、呪いをかけるときに使う品のことでしょうか? ――うしの刻参りのわら人形みたいな」
「必ずしも、そういった悪しきものばかりではありません」
 賀茂禮子は、じゆめた手首を見せた。
「人の念がもった物品は、すべて広義の呪物になります。たとえば、神社のお守りや絵馬、数珠、千人針、パワーストーン、招き猫なども、呪物の一種と言えるでしょう。その大半は、気休め程度のものですが、実際に強い効力を発揮するものもあります。きわめて強い感情が、残留思念となり物体に浸透している場合ですが、そうした呪物から発散される呪力は、実際に周囲に影響を与えるのです」
「感情が、人から離れて残るんですか? ……たとえば、どのくらいの期間でしょう?」
 亮太は、質問してみた。
「淡いものであれば、ほんの数日で消えることでしょう。しかし、真に強烈で根深い感情は、しかるべき物に宿ることで、数千年からそれ以上この世に残留することもあるようです」
 何だ、そりゃ。放射能か。人間の一生よりずっと長いじゃないか。
 亮太は、エジプトのミイラの呪いを思い出していた。本当にそんな現象が存在するのなら、うっかり発掘した人間が怪死するのも不思議ではないだろうが。
「問題は、そこまで強烈な感情は、マイナスのエネルギーによるものが大半ということです。怒りや憎悪、しんしつふくしゆう心……。そうした負の感情は、長い時間の中で凝縮していき、真っ黒なおんねんに結晶します」
「このティーカップにも、何かの怨念が籠もっているということですか?」
 祖母の質問に、賀茂禮子はうなずいた。
「はい。ですから、お使いにならない方がよいと思います」
 祖母は、信じられないという目で、自分の前に置いたティーカップを見下ろした。
「すぐに処分して。燃えないゴミでいいわ」と、稲村さんに命じる。いくら高価な品物でも、一族に害をなすものは捨てるしかないという強い意志がうかがえた。
「いや、それはお勧めできません。当面は、このままにされていた方がよいでしょう」
 賀茂禮子は、首を横に振った。
「どうしてですか? そんな不吉な物を家に置いていたら、また何か悪いことが起きるんじゃありませんか?」
 祖母は、いつの間にか、賀茂禮子に全幅の信頼を置いているようだった。
「たしかに、そうです。でも、現在、この家にある呪物は、これだけではありません」
 賀茂禮子は、さっき見たばかりの須恵器の壺黒色尉の面のことを説明する。
「お屋敷の奥からは、さらに邪悪な気を感じます。おそらく、おびただしい数の呪物がひしめいているのでしょう。何者が、どういう意図により集めたのかがわからないまま、かつに処分するのはかえって危険です」
「処分してしまうと、どうなるんでしょうか?」
 不安そうな声だ。しっかり者だったはずの祖母が、今や、すっかり迷信的な恐怖にとらわれているようだった。
「現在、このお屋敷には、あまりにも多くの呪物が集積されているために、呪いのふくそうとでも呼ぶべき現象が起こっています」
 賀茂禮子は、淡々と、にわかには信じられないような説明をした。
 呪いは、おしなべて悪影響をもたらすが、その作用はバラバラであるため、場合によっては、二種類の毒物がきつこう作用を示すように打ち消し合うこともあるのだという。
 亮太は、かなり前に調べた事件のことを思い出した。犯人は被害者にフグ毒とトリカブトを同時に投与したのだが、しばらくの間は拮抗作用のため何も起きず、代謝時間の違いによってフグ毒が先に弱まると、トリカブトが作用して絶命したというものだった。
「今は、数多くの危険物が雑然と積み重ねられている状態と考えてください。その中の一つを無造作に引き抜いた場合、バランスが崩れて、全体が崩壊する可能性があります。ですから、まずは、すべての凶作用を把握して、最も危険で致命的な結果をもたらしかねないものから、順番に無害化していかなければならないのです」
 今さら何を言っているんだろうと、亮太は憤った。この屋敷では、すでに、世にも恐ろしい事件が起こっているのに。
「でも、呪物なんて、別に、珍しいものじゃないでしょう? 世間には、呪物と称するものがあふれていますし、中には部屋いっぱいに集めているコレクターもいますが、そこまで恐ろしいたたりがあったなんて話は、聞いたことがないんですけど?」
 亮太は、賀茂禮子の様子を撮影しながら、少し意地悪く訊いてみた。
「わたしたちにとっては幸いなことに、正真正銘の呪物になど、めったにお目にかかれるものではありません」
 賀茂禮子は、ゆっくりとかぶりを振った。
「テレビやネットで見られるのは、ほとんどが、民芸品や土産物のたぐいです。金が目当ての、自称とう師が、人体の一部で罰当たりな人形を作ったり、適当な儀式で、念とやらを込めたりしたところで、お手軽に、強力な呪物を作り出せるわけではないのです」
 穏やかながら、ひどくしんらつな口調である。
「想像を絶するほどのどうこく、底知れぬまでの絶望、すべてを焼き尽くさずにはおかない瞋恚、そうした強烈な心的エネルギーが作用した場合にのみ、真に恐ろしい呪物が誕生します」
 賀茂禮子の声は、一気に不吉な熱を帯びる。
「ですが、本日こちらに伺って、心の底から驚きました。一箇所に、ここまで恐ろしい呪物が集まったという例は、過去にないでしょうし、とうてい偶然の出来事とは思えません」
 全員が、すっかり気を吞まれてしまっていた。
「まさか、そんなことになっていたとは夢にも思っていませんでした……」
 祖母は、かすれた声で言う。
「では、あの事件もまた、呪物の力によって引き起こされたのでしょうか?」
「ええ。間違いありません」
 賀茂禮子はうなずく。
「呪いの謎が解けたときに、おそらく、すべてがあきらかになるだろうと思います。あの晩、いったい何が起きたのか。そして、真犯人が誰であるのかも」
 大きく出たなと、亮太は冷笑した。そこまで言うんだったら、行方不明の遺体を霊視するとうたいながら、結局は何ひとつ発見できないで終わるテレビ番組のような、グダグダな幕引きは許さないからな。
「どうやら呪物は、こちらの洋館風にリフォームされた部分より、古い日本家屋のままの方に集中しているようです。今から、そちらを拝見させてください」
 賀茂禮子は、そう言って立ち上がりかけ、ふと、ダイニングに隣接するキッチンの方へ目を向ける。
「ですが、その前に、キッチンを見ておいた方がいいかもしれませんね。今来られた方には、より関心がおありでしょうから」
「キッチン……ていうか、今来られた方って、誰のことですか?」
 亮太が訊ねたとき、インターホンのチャイムが鳴った。
「嫌だわ。またマスコミかしら?」
 祖母が、顔をしかめる。
「インターホンは鳴らさないでって、言ってあるはずなのに」
 稲村さんが、壁に掛けられたハンドセットを取った。
「はい。……は? ええ。わかりました」
 困惑気味に振り返って、祖母にお伺いを立てる。
「あの、奥様。警察の方です」
 どういうことだろう。屋敷の現場検証は、終わったのではなかったのか。
「こちらにお通しして」
 祖母は、事件のことを思い出したのか、険しい表情になった。


SCENE3

 ダイニングへと通されたのは、三十代の半ばくらいの男だった。ノーネクタイの背広姿で、スポーツ刈り。格闘技でもやっていそうな、引き締まったたいの持ち主である。
「県警のぐちと言います。ちょっとお話を伺えればと思いまして」
 男が祖母に差し出した名刺を覗き込む。『捜査一課 巡査部長 樋口たつ』と記されているのが見えた。
「知っていることは、もう全部お話ししましたが」
 祖母がそう言うと、樋口刑事は頭を下げる。
「ご心痛の折、まことに恐縮ですが、一日も早い事件解決のため、ご協力をお願いします」
「それで、姉の行方はわかったんでしょうか? それから、犯人の目星は?」
 樋口刑事は、わかりやすく顔を曇らせた。
「現在、鋭意捜査中です」
 難航していますと告白しているようなものだった。
 亮太が樋口刑事にカメラを向けると、いらたしげにレンズを手で遮られる。
「何をしてるんですか? あなたは?」
「この子は、わたしの孫なんです。今日は、この屋敷の内部を、映像で記録してくれるように頼みました」
 祖母が説明したが、樋口刑事は、亮太を睨みつけて、俺は撮すなという身振りをした。
「記録というと? よろしければ、皆さんが本日ここへいらっしゃった理由をお聞かせいただけますか?」
 樋口刑事は、手帳を出した。おそらく、屋敷に入った人間がいると聞いて来たのだろうが、
 しんせきの家に来るのに理由がいるのか。亮太は、樋口刑事に反発を感じていた。
「実は、この方に、今回の事件に関する調査をお願いしたんです」
 祖母が賀茂禮子の方を見ると、樋口刑事も鋭い視線を向けた。
「調査?」
 警察が捜査しているのに、民間人が余計なことをするなと言わんばかりの表情だった。
 これは、おもしろい。横柄な警察官対インチキ霊能者のバトルが見られるかも。
「こちらは?」
「賀茂禮子と申します」
 樋口刑事は、ペンを持った手をぴたりと止めた。
「あなたが? ……そうですか。それで、何か見えましたか?」
 亮太は、軽い衝撃を受けた。まさか、警察まで、賀茂禮子の力を信じているのだろうか。
「まだ、これからです」
 賀茂禮子は、言葉少なに答える。
「ですが、いろいろと興味深い事実がわかりました」
 庭の木々が切られていることと、逆柱や呪物について、手短に説明する。
 樋口刑事は、一笑に付すかと思いきや、真剣な面持ちで聞き入っていた。
「つまり、福森家の人たちに対して、じゆを行っていた人物がいたということですか」
 なるほど、そうかと、亮太は思う。呪いの効力などは信じなくても、福森家の人々に対して強い悪意を持っている人物がいたとすれば、犯人に繫がる有力な手がかりになるだろう。
「ですが、樹木の伐採はともかく、その呪物うんぬんというのは、あなたの主観でしかないんじゃありませんか? 何か裏付けはありますか?」
「たしかに、客観的に証明するのは難しいでしょうね」
 賀茂禮子は、あっさりと認める。
「でも、調べてみれば、白黒が判明するものもあるかもしれませんよ」
 賀茂禮子は、全員をキッチンへ誘導する。誰もが、狐につままれたような顔つきになって、後に従った。
 賀茂禮子は、超大型の冷蔵庫の扉を開けた。こんなサイズのものは国産にはないだろうから、たぶんアメリカ製だろう。
 内部は、きちんと整理されていた。雑然としがちな調味料類も、同じ種類のタッパーの中に収納されている。
 賀茂禮子は、手前に積み重なっているタッパーを横にずらす。すると、奥に、ホーロー製の保存容器があるのが見えた。
 賀茂禮子は、ホーロー製の保存容器を取り出して、天然大理石のワークトップの上に置く。亮太は、すかさず撮影した。
「これは、何でしょうか?」
 樋口刑事は、稲村さんに訊ねる。稲村さんは、かぶりを振った。
「存じません。冷蔵庫の中は勝手に見たり触れたりしないよう、言われておりましたので」
 保存容器には、流麗な筆記体で『Secret ingredient 』と書かれたラベルが付いていた。
「どういう意味かしら?」
 祖母がつぶやく。亮太は、すばやくスマホを出して検索した。
「秘密の成分……隠し味、ですかね」
 樋口刑事が保存容器の蓋を開けると、その中にはさらに三つの小さなタッパーが入っていた。蓋には、それぞれ、『Well-done meat』、『Bloomy nuts』、『Spicy mushroom』と書かれたラベルが貼られている。
「ええと、よく焼いた肉。その次は、よくわからないな……ブルーミーなナッツ? 最後は、スパイシーなキノコ、ですかね」
 樋口刑事は、三つの保存容器を開けて中をたしかめた。それぞれ、黒ずんだ肉のようなもの、ピーナッツやアーモンド、ピスタチオなどの堅果、茶色く煮染めたキノコのつくだらしきものが入っている。
「料理の残り物のようですが、これが何だと言うんですか?」
 賀茂禮子は、少し首を傾げるようにして答えた。
そうけんで、調べてみてください。間違いなく、毒物が含まれているはずです」
 キッチンの中は、騒然となった。
「毒って、どういうこと?」
「なぜ、そんなことがわかるんですか?」
「そんなこと、ありえません。これは、奥様の字ですし」
 皆が口々にしやべり出したが、賀茂禮子は、無言のまま周囲が静まるのを待っていた。やがて、全員が黙ると、おもむろに口を開く。
「ダイニングに入ったときに、この冷蔵庫の方角から、強い殺意の残り香が漂ってきました。それも、いっときの激情ではなく、日常的に何度も反復された思考によるものです。たぶん、福森遥子さんは、夫の虎雄さんを毒殺しようとしていたのだと思います」
 樋口刑事は、落胆したような目つきで保存容器を見下ろした。
「では、さっき言われたような呪詛を行っていたのも、福森遥子ということですか?」
 せっかく犯人に辿り着く手がかりを得たと思ったのに、殺意の主が殺された被害者の一人ということになれば、いたずらに話が複雑になっただけである。
「いいえ、そうではありません。黒幕は別にいます。遥子さんが殺意を抱いたのも、むしろ、呪いの結果なのでしょう」
 賀茂禮子は、そう言ってから、稲村さんを皮肉に見やった。
「どうやら、鴛鴦の飾り蓋付の須恵器の壺の御利益もなく、夫婦仲はあまり良好ではなかったようですね」
 稲村さんは、無言でうつむいた。
「わかりました。この中身は、一応、分析に回します」
 樋口刑事は、部屋の外にいた制服警官を呼び入れ、むっつりした顔で保存容器を手渡す。
「今から、お屋敷の中で、危険な呪物を探してみようと思いますが」
 賀茂禮子は、大きな目で樋口刑事を見る。
「刑事さんも、ご一緒なさいますか?」
 樋口刑事は、一瞬ためらったが、悔しさを押し殺すように「そうですね。お願いします」と答えた。
 一同は、キッチンから出ると、さっき来た廊下を戻った。洋館風にリフォームされた部分と純和風建築の境目あたりに、二階への階段があった。
「上から先に、片付けましょうか」
 そう言って、賀茂禮子は階段を上がっていく。
 その後ろ姿を撮影しながら、亮太は、腹の底から興奮が湧き上がってくるのを感じていた。これで、底辺ユーチューバーからは、抜け出せるかもしれない。
 亮太のYouTubeチャンネルへの登録者数は、千人を超えたところで頭打ちになった。ジャンルは、心霊からオカルト、ヒトコワまで含むホラー系全般だが、収益単価が安い上に、インパクトのあるネタがなかなか見つからないため、得意でもないホラゲーの実況までして、しのいでいるのが現状である。
 だが、亮太が作りたかったのは、きちんとした取材に基づく、フェイクではない、ホラー・ドキュメンタリーだった。それで、筋のいいオカルト系の事件はないかリサーチしていたが、その矢先、身近な場所で、あれほどせいさんで不可解な事件が起きるとは想像もしていなかった。幼い頃から知っている親戚の人たちが、およそ現実離れした残虐な殺され方をしたと知って、アルコールがないと夜も寝られなくなったし、今もまだ、終わらない悪夢の中にいるような、非現実感と重苦しさが続いている。
 しかし、一方では、これはチャンスだと思う気持ちもあった。事件の動画をアップすれば、無条件で世間の注目を集めることは間違いない。
 そんな中、祖母から電話があった。福森家へ同行し、見たものすべてを記録してほしいと、頼まれたのである。渡りに船ではあったが、ひるむ気持ちも大きかった。親戚の恐ろしい不幸を利用することには罪悪感があったし、何よりも、過去に取材してきた事件とは比較にならない恐怖に、足が竦んでいたのだ。
 だが、悩みに悩んだ末に、亮太は結論を出す。ユーチューバーとしての成功を目指すなら、この千載一遇の機会をスルーすることはできない。
 そのために、さっきまでは、心が二つに引き裂かれていた。こんな場所からは、一刻も早く逃げ出したいと叫ぶ感情と、カメラを構えろと𠮟しつする冷徹な頭脳のはざで。
 だが、この霊能者は使えると直感し、ぜんやる気が出てきた。キャラクターが立っており、本当に霊能力があるのではと思わせる、Xファクターが感じられる。
 頑張れば、全世界で途方もない数のアクセス数を稼ぐような動画が、撮れるのではないか。そうなったら、一躍日本を代表するユーチューバーになって、夢である劇場用映画や、Netflixで配信されるような作品を作るチャンスにも恵まれるかもしれない。
 二階の廊下は、ヘリンボーンの板張りで、片側に重厚なドアが並んでいた。昼間でも、電灯をけないと薄暗く、何となく陰鬱な気配を感じる。
「この部屋は、どなたのですか?」
 賀茂禮子は、一つのドアの前で立ち止まると、振り返って稲村さんに訊く。
「旦那様の書斎です」
 稲村さんは、事件の夜のことを思い出したのか、かすれた声で答えた。
 賀茂禮子は、祖母に断ってドアを開ける。中は二十畳ほどの和洋折衷の部屋だった。亮太も見るのは初めてである。畳の上に特大のペルシャ絨毯が敷かれ、マホガニーらしき大きな机が鎮座していた。壁際は作り付けの書棚になっているが、ほとんど開かれることもないだろう、美術書や洋書、文学全集などが並んでいる。
 机の背後の壁には古びた書額がかかっていたが、崩し字だったので亮太には読めなかった。その下には飾り棚があり、天板には二本の鹿の角を立てた台が置かれている。
「これは、刀掛けですね」
 賀茂禮子は、しげしげと見入っている。
「もしかして、これも呪物なんでしょうか?」
 その様子を撮りながら、亮太は小声で訊ねた。
「これ自体は、違うようです」
 賀茂禮子は、含みのある言い方をして、稲村さんの方を向く。
「ここには、大小二振りの刀が掛かっていたはずですが?」
「はい。大刀――てつは」
 稲村さんは、のどを詰まらせる。
「あの晩、異変を知った旦那様が、ひっつかむなり、部屋を飛び出して行きました。そのあと、下の段にあった短刀――穿せんざんまるは、わたしが」
「あなたは、その短刀を抜いて、実際に使ったんですか?」
「いいえ。お守り代わりに、握りしめていただけです」
 稲村さんは、そのときの様子を思い出したらしく、胸を押さえてぎゅっと目を閉じた。
「あなたは、たいへん幸運でしたね」
 賀茂禮子は、嘆息するように言った。
「普通の器物と比べて、人の命を奪うことを宿命づけられた刀剣は呪物化しやすいのですが、穿山丸という短刀には、特にけた外れの呪力が備わっていたようです。あなたが無事だったのは、ひとえに、その守り刀のおかげでしょう」
 亮太は、鳥肌が立つような思いに襲われていた。
「穿山丸は今、警察が保管しているのでしょうか?」
 賀茂禮子は、樋口刑事の方を見た。
「そうですね。稲村さんが保護されたとき、所持していましたので」
 樋口刑事は、むっつりした顔で答えた。稲村さんが、放心状態で固く握りしめていたため、指をもぎ放すのがたいへんだったという。
 だが、もう一本の刀は、効力を発揮しなかったのだろうか。
「虎徹の方は、どうだったんですか?」
 賀茂禮子は、直接亮太の質問には答えず、続けて樋口刑事に質問する。
「虎雄さんの遺体ですが、大刀を持っていましたか?」
 樋口刑事は、困った顔をした。
「そういったことは、お話しできません」
 現場――特に遺体の状態は、犯人の自白を真実かどうか認定するための「秘密の暴露」にも関わるため、口外できないのだろう。
「なるほど。そのときの刀の状態は、どうでしたか?」
 賀茂禮子は、樋口刑事が質問に答えたかのように続ける。
「いや、ですからそれも、私の口からは」
「やはり、そうだったのですか。激しい呪いの拮抗が起きたものの、残念ながら、今少し力が及ばなかったようですね」
 賀茂禮子は、あたかも樋口刑事の心を読んでいるかのように深くうなずいた。樋口刑事は、すっかり鼻白んでいる。
「二本の刀は、福森家の守り刀だと、虎雄が自慢していたのを覚えています」
 祖母が、記憶を辿っているように、半眼になった。
「穿山丸は福森家に先祖代々伝わっているもので、弾正様の持ち物だったとか。虎徹の方は、いつからこの家にあるのか、よくわかりませんが」
「弾正様というのは?」
 この質問には、祖母は即答した。もちろん、亮太もよく知っている。
「福森家の第三代当主、福森よしひでのことです。福森家の、今日の隆盛の礎を築いた方として、今でも大切にまつられています」
 賀茂禮子は、稲村さんの方を見やる。訊かなくてもわかるだろうと言わんばかりだった。
「ええと、虎徹でしょうか? たしか、旦那様がお求めになったものだったと思いますけど、どこから買われたのかまでは、ちょっと」
「このあたりに、鑑定書があるかもしれませんね」
 賀茂禮子は、刀掛けが載っている飾り棚の引き出しを開けた。一冊のクリアファイルを抜き出すと、パラパラとめくった。
「やはり、津雲堂という領収書がありますね。それから、登録書。鑑定書も付いていますが、一個人の書いたものですから、どこまで信用できるかは疑問です」
 亮太は、賀茂禮子の肩越しに、クリアファイルから抜き出した墨書きの鑑定書を撮影した。ページをめくると、写真が何枚かあった。
「これは」
 賀茂禮子が、眉をひそめる。
「怪しいとは思っていましたが、やはり、真っ赤な偽物のようです」
 しらさやや刀身が写っていたものの、いったいどこを見て賀茂禮子が偽物だと断定したのかは、よくわからない。虎徹は、やたら偽物が多いという話は、聞いたことがあるが。
「とはいえ、この刀もまた呪物です。それも、相当なパワーを持つ代物だったのでしょう」
 それでも、主人の命を救えなかったということなのか。
「もし、この刀の写真があったら、拝見できないでしょうか? 特に、なかごの部分を見たいのですが」
 樋口刑事は、苦い顔になった。
「一応、検討します」
「この部屋には、他に呪物は見当たらないようですね」
 そう言いながら、賀茂禮子は机に近づく。天板下の大きな引き出しを開けると、書簡用紙や封筒が雑然と収まっていた。一番上のそで引き出しは、施錠されていて開かなかった。二番目の袖引き出しを開けると、万年筆、印鑑、コインパースなどに交じって、小さな鍵束があった。賀茂禮子は、鍵束を調べ、大きさの合いそうな鍵を一番上の引き出しの鍵穴に入れる。
 鍵はあっさりと回転し、引き出しは解錠された。
 中には、これといったものは入っていなかった。運転免許証。長財布。家と車の鍵が付いたポルシェのキーホルダー。
 賀茂禮子は、細長い紙箱を取り上げ、そっと蓋を開けた。銀色のペンナイフが入っている。亮太は一応カメラには収めたが、使われた形跡もないし、高級品にも見えない。
「これも、警察で調べてみてください」
 賀茂禮子に箱を渡されて、樋口刑事は眉を上げる。
「ただのペンナイフのように見えますが?」
 手に取ろうとした樋口刑事に、賀茂禮子が警告を発した。
「指紋に気をつけてください」
「と言いますと?」
「おそらく、家族以外の、他人の指紋が付着しているのではないかと思います」
 全員が言葉を失った。どうして、そんなことがわかるのだろう。だが、誰も質問しようとはしなかった。
 書斎を出る前に、賀茂禮子の目は、もう一度書額に吸い寄せられた。
「これは、『ばつざんがいせい』でしょうか」
 それだったら聞いたことがあるなと亮太は思い出す。たしか『ファイナルファンタジー』に出てきたような気がする。
「『力山を抜き、気世をおおう』……。こうじんに贈った『がいの歌』の一節で、力がみなぎり意気盛んな様子のことですね。署名はよく読めませんが、ひょっとして、さきほど話のあった弾正様のごうされたものでしょうか?」
「そう聞いています。座右の銘ではないですが、お好きな言葉であったと」
 祖母がうなずいた。それがどうしたと、亮太は思う。何百年も前に書かれた書が、いったい何の関係があるというのだ。
 次に訪れたのは、子供部屋だった。大きな部屋が収納家具で三つに仕切られている。
「子供たちは、三人ですね」
「そうです。十一歳のろうと八歳のけんろうは、虎雄の息子です。それから、六歳の――この子だけが、の娘なんですが」
 祖母が、少しかすれた声で答える。座は、しんとした。
「美沙子さんというのは?」
「姉の娘なんです。歯医者と結婚したんですが、DVがあったとかで離婚して、美桜を連れて戻ってきまして」
「でも、子供たちは、三人ともすごく仲がよくて。本当に、実の兄妹みたいに」
 稲村さんが、そう言ってハンカチで目頭を拭った。
 亮太は、虎太郎と剣士郎が幼い頃に何度か遊んだが、どちらも活発な性格の男の子だった。美桜には、二年前に、たった一度会ったきりである。
 賀茂禮子は、部屋を順番に見ていったが、三つ目の部屋に入ったところで、立ち止まった。ちゃぶ台のようなキッズテーブルの上に、クレヨンと大判のスケッチブックが置かれている。賀茂禮子は、スケッチブックを開いた。
「これは、美桜ちゃんが描いた絵ですか?」
「そうなんですよ。とっても上手でしょう? 色使いも、独特できれいだって、幼稚園でも、褒められてたんです」
 稲村さんが、うれしそうな声になる。
 だが、可愛らしいタッチの絵を見つめる賀茂禮子の眼光は、鋭さを増したようだった。
 亮太は、賀茂禮子の肩越しに絵を一枚一枚撮影していった。まさか、あの事件と関係があるとも思えなかったが、途中から、だんだん背筋がうすら寒くなった。
 一枚目の絵は、家族を描いたものらしかった。
 福森家の人たちが、等間隔に立っている。手前にいる二人は、福森虎雄と妻の遥子だろう。虎雄は、ひときわ身体が大きくて、荒々しい表情だった。手には犬の鎖を摑んでいるのだが、犬はまるで死んでいるように見える。遥子は、炊事をしているところらしいが、包丁を持って背後から虎雄を睨みつけているかのようだった。
 その横にたたずんでいる髪の長い女性は、美桜の母である美沙子に違いない。絵の大きさ以上に不思議な存在感があるのは、やはり美桜の母親だからだろう。目を細め、口角を上げて笑っているようだが、どことなく不気味な感じがするのは、気のせいだろうか。
「この女性は?」
 賀茂禮子は、美沙子の隣に描かれているショートカットの人物を指さす。なぜか、そっぽを向いており、口元は、みしているかのようにギザギザの線で表現されていた。どうやら、美桜は、この女性を意地悪な人間だと見なしていたらしい。
「これは、でしょう。美沙子の妹で、三十五になっても未婚でしたが、結局は……」
 祖母は、その先は言葉を詰まらせた。
 三人の子供たちは、大人たちから離れた左手前の隅で、身を寄せ合うようにしていた。
 そして、一番奥には、和服の女性が佇んでいた。白髪をショートボブにしている。威張っているという感じではないが、どこか威厳があり、女帝然としている。
「これは、姉のです」
 祖母の声は、いっそう暗くなった。
「せめて、姉がどうなったのかだけでも、知りたいのですが」
 絵の右上隅には、妙に影が薄い猫が一匹おり、その上は新月らしい星空だった。
 黒く塗りつぶされている空には、白のクレヨンで、一筆書きのようなぼうせい形の星がいくつも描かれている。
 真剣な表情で見入っていた賀茂禮子は、スケッチブックを上下逆さまにして見た。今度は、くっつきそうなくらいまで顔を近づける。
「……さかさ星」という、小さなつぶやき。
 それから、賀茂禮子は、スケッチブックをめくって、二枚目の絵を見た。
 一人の女性が、佇んでいる。着物姿だが、おおさんよりは、ずっと若いようだ。
 こちらに向かって手を伸ばし、うっすらと笑っている。背景は、暗い和室のような空間で、格子模様のある四角い縦長の物体が置かれている。
 カメラの液晶越しに眺めながら、亮太は、デジャブのような、奇妙な感覚に襲われていた。この絵を見るのは、どう考えても、初めてのはずなのに。
 しかも、なぜかわからなかったが、ここに描かれている女は、この世の存在ではないという確信があった。
「これは、何の絵ですか?」
 賀茂禮子の問いに、祖母と稲村さんは顔を見合わせた。
「たぶん、幽霊だと思います」
 やはり、そうだったのか。稲村さんの言葉で、思わず身のうちに震えが走る。もしかすると、事件は、この絵が描かれたときから始まっていたのかも知れない。
「ちょうど一年前くらいでしたが、幽霊騒ぎがあったんです。子供たちは、おびえてしまって、たいへんでした」
「そのために、三人を、数日間、うちで預かったくらいですから」
 祖母も口を揃える。亮太は、その頃はほとんど実家に帰っていなかったので、そんなことがあったとは知らなかった。
「具体的に、どんなことがあったんですか?」
「奥座敷だと思いますが、夜ひとりでにあかりがつき、女の幽霊が現れたと言うんですよ」
 祖母は苦笑するように言ったが、目は笑っていない。
「それも、電灯じゃなくあんどんで、光がちらちら揺れていたとか。たしかに、蔵には古い行灯がありますが、使うことはありませんし、座敷に置いてあるはずはないんですが」
 話の細部が妙にリアルだなと、亮太は思った。
 では、あれは、やはり行灯の絵だったのか。うっすらと見覚えのようなものを感じるのは、なぜだろう。
「それから、独特の臭いがしたとか」
 祖母は、けんしわを寄せて言う。
「どんな臭いですか?」
「何て言ってたっけ? 天ぷら?」
 祖母は、稲村さんに助けを求める。
「はい。それも、子供たちの好きな、エビ天とかサツマイモの天ぷらじゃなくて、魚の天ぷらみたいな臭いだったって言ってました」
 魚の天ぷらの臭いとは、何だろうか。キスとかイサキのような白身魚なら、ほとんど臭いはしないと思うが、今どきの子供は、魚臭さに神経質なのかもしれない。
「それで、最初に幽霊を見たのは美桜だったんですが、何か言われたということで」
「最初に? というと、幽霊を見たのは、一人じゃなかったんですか?」
 亮太は、とうとう我慢できなくなって訊ねた。
「それが、三人が三人とも、見たと言うんです。それも、それぞれ別の機会にです」
 稲村さんは、無意識にか、自分の腕をさする。
「きっと、感受性の豊かな美桜ちゃんに、後の二人が影響されたんだと思うんですが」
 五歳の女の子の話でも、年長の男の子たちが信じ込んでしまうようなリアリティがあったのかもしれない。
「それで? 美桜ちゃんは、幽霊に何と言われたんですか?」
 賀茂禮子は、それが、ごくふつうの出来事であるかのように訊ねる。
「それが、昔話みたいな、変な言葉で……『どんぶらこ』だったかしら?」
 祖母は、また、記憶力のいい稲村さんを見やる。
「『おにわのはずれは、とっくらこ』だったと思います。意味は、わかりません」
 話しながら、稲村さんの表情に、かすかな恐怖の影が差す。
 亮太も、胸騒ぎを感じていた。幼児向けの絵本にでも出て来そうな素朴な言葉の中に、何か恐ろしい真相が隠されていると直感したのである。
 ……庭の外れに、何かがあるのだろうか。
「いくら想像力が豊かな子だとしても、一人で思いつくような話ではありませんね」
 賀茂禮子は、首を傾げる。
「それなんですが、幽霊については、一応、心当たりがないこともないんです」
 祖母が、遠慮がちに言う。
「ただ、いつ見たのかがわからなくて。あの子の目に触れる機会なんか、一度もなかったはずなんですが」
「何のことですか?」
幽霊画です。江戸時代の掛け軸で、先祖が、絵師に注文して描かせたものらしいんですが、見るだけでも祟りがあると言い伝えられているので、長い間、ずっと蔵に仕舞ったままにしてあります」
 ああ、そういえば、と亮太は思い出した。
「あの呪われた絵のことですよね? 江戸と明治に、二人も取り殺したっていう」
「ええ。でも、あなたは、どうして知ってるの? 掛け軸は見ていないでしょう?」
「たしか、昔撮られた白黒写真で。いつだったか、ちらっと見ただけだけど」
 ああ、と祖母は顔をしかめた。
「そうだったわね。本当は、あれも見せちゃいけないのよ」
 祖母は、賀茂禮子の方に向き直る。
「だいぶ前ですが、その幽霊画を、ふくしように引き取っていただこうとしたんです。それで、先代の住職さんに写真を見てもらい、内諾を得たんですけど、いざ現物を持ち込もうとすると、急に断られてしまいました」
 何だ、それ。福森家のだいだというのに、つくづく使えない寺だなと思う。
「福生寺の先代のご住職というと、げんどうさんですか?」
 賀茂禮子が、つぶやく。
「そうです。よくご存じですね」
 祖母は、驚いたようだった。京都のめいさつならいざしらず、どうして地方の寺の住持の名まで知っているのか。
「玄道さんがお断りになったのならば、よほどの理由があったと思いますが、いずれにせよ、その掛け軸は、見ないわけにはいかないでしょうね」
 賀茂禮子は、またスケッチブックをめくって、三枚目の絵を見た。
 カメラの液晶画面を見ていた亮太は、衝撃を受けた。
 恐ろしい形相の顔が、画面をはみ出して描かれていた。今にも襲いかかろうとするように、顔の両側にてのひらをかざしている。荒々しいクレヨンの線は、描いた少女の恐怖を生々しく伝えていた。
「え。これって、もしかして、あの事件を」
 亮太は、思わずそう口走ってしまう。でも、本当に六歳の子供が予知したということがあるだろうか。
 全員が凍りついたように絵を見つめていたが、祖母が急にはっとした顔になり、口元に手をやった。
 何かを見つけたのだろうか。亮太は、肉眼で絵を見直してみる。
 そうか、髪だ。思わず息を吞む。
 画面の上に切れてしまっているが、白髪がショートボブのように顔を縁取っている。
 鬼のように変貌している……これが、あの大伯母さんの顔なのか。
 しばらくは小降りになっていた雨が、また強くなった。窓ガラスを激しく叩く水滴の音が、子供部屋の中に響いている。
 賀茂禮子は、しばらく絵を見つめていたが、溜め息をついてスケッチブックを閉じた。
「頭痛が、ひどくなる一方です。たいへん気が重いですが、一階へ戻りましょうか」


SCENE4

 一階に降りると、樋口刑事は、さっきの制服警官に、ペンナイフが入っている箱を手渡し、小声で指示を与えていた。
 いよいよ、これから、凄惨な殺人現場に入ることになる。
 亮太は、ぶるっと身体が震えるのを感じた。武者震いと言いたいところだったが全然違う。正直言って、行きたくない。当初は高額なバイト代に目がくらみ、さらに、YouTubeのネタになるという助平心から、つい、こんな役目を引き受けてしまった。しかし、やはり、断るべきだった。今は、すべての決断を、心の底から後悔していた。
 一階の奥へ向かう廊下は、畳敷きだった。新調したときにはさわやかな緑色だったはずだが、今は美しい黄褐色に変わっている。たたみべりも金糸で家紋の縫い取りをした最高級品で、以前は、廊下を歩くだけで殿様になったような気分に浸れたものだ。
 しかし、今は、畳表に点々と続く暗褐色のけつこんを見ると、足が竦んで、どうしても第一歩を踏み出すことができない。
 意外だが、賀茂禮子の反応も、それと大差なかった。しばらく廊下の奥を見つめていたが、急にハンカチを出すと、苦しそうに口元を押さえる。
「……ちょっと、お手洗いをお借りできますか?」
「ああ、はい。どうぞ、こちらです」
 稲村さんに導かれる後ろ姿は、さっきまでとは違って、ひどく弱々しく映った。
 後には、亮太と祖母、樋口刑事だけが、ぽつんと残された。賀茂禮子が戻ってくるまでは、ここで待つしかないようだ。
「お葬式は、どうするの?」
 亮太は、撮影を止め、オフレコで祖母に訊ねた。
「それが、まだ、できないみたいなのよ」
 祖母は、そう言って、訴えるように樋口刑事を見る。
「後ほど確認してみますが、ご遺体は、早ければ明日、お返しできると思います」
 樋口刑事は、申し訳なさそうな顔で言う。いずれにせよ、司法解剖が終わらないかぎりは、どうにもならない。
「そうですか。何卒、よろしくお願いいたします」
 祖母は、深々と頭を下げると、亮太の方に向き直る。
かわはら住職とも相談したんだけど、今回は、わたしたち家族だけで送ろうと思うの」
 加熱するメディアの注目を避けるためには、ひっそりと家族葬を執り行うしかないだろう。過去の福森家の葬儀は、どれも盛大なものだったが、一時に四人もが亡くなったというのに、親戚以外の会葬者がないというのは寂しいかぎりだ。しかし、今は、それより心配しなくてはならないことがある。
「子供たちは、どんな具合? やっぱり、相当ショックがひどいよね?」
 祖母は、瞑目してうなずく。
「当然でしょう? 三人とも無傷ですんだのは奇跡的だとは思うけど。あんなに恐ろしい目に遭ったんだから」
 精神的外傷から、PTSDを発症したりしなければいいが。
「三人とも、まだ記憶は戻りませんか?」
 樋口刑事が、遠慮がちに口を挟んだ。
「みんな、あの晩のことは夕方くらいまでで、ぷっつり記憶が途切れてて。何があったのかは全然覚えていませんし。……それどころか、まだ、家族が亡くなったことさえ」
 祖母は、言葉を詰まらせた。
「お子さんたちが無事だったのは、不幸中の幸いでしたが、どうにも不思議ですね」
 樋口刑事は、独り言のように訊ねる。
「凶行の間、いったいどこに隠れていたんでしょうか?」
 そのこともまた、大きな謎だった。もっとも、今回この屋敷で起きた惨劇は、何から何まで謎だらけなのだが。
「……ひょっとすると、犯人は、子供たちに対しては、危害を加えるつもりはなかったんじゃないでしょうか?」
 亮太は、ふと思いついて言う。
「もしも、犯人が大伯母さんだったとしたら、孫たちを手に掛けなかったとしても、むしろ、納得できるんですが」
 亮太の指摘に、樋口刑事はかぶりを振った。
げんじようを見るかぎりでは、それはありえないと思います。あまりに遺体の損傷がひどくて、とても高齢の女性が一人でやれるような犯行ではありませんし」
 間違いなく、それが常識的な見方なのだろう。……だとすれば、ますます、この先の部屋は見たくなくなるが。
「さきほどの絵を見て、どう思われましたか?」
 髪型からすると、どうしても、大伯母さんのような気がするのだが。
「あの鬼みたいな顔ですか?」
 樋口刑事は、問題にもしていない顔だった。
「あれが八重子さんを描いたものだとしても、事件より前の話ですからね」
 まさか事件の最中に犯人を写生したわけでもないだろうと、言わんばかりである。
「それに、八重子さんが犯人だとしたら、どうやって屋敷から脱出したのかがわかりません。門扉は厳重に施錠されていましたし、塀は高すぎて、乗り越えるのはまず不可能です」
 樋口刑事の推論を聞きながら、亮太は少しだけ現実に引き戻されるのを感じていた。さっき賀茂禮子の話を聞いていたときには、世界がぐにゃぐにゃに歪んでいくような不条理な不安に襲われていたのだが。
「それなんですが、防犯カメラには、何も映ってなかったんですか?」
 亮太は、ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。福森家はへんな場所にあるために、警備会社と契約していなかったが、この広大な屋敷には、少なくとも十台以上の防犯カメラが設置されていたはずである。
「それはちょっと……捜査上の秘密にあたりますので」
 樋口刑事は、言葉を濁す。
「どうしてですか? 少なくとも、どれかのカメラには、何かが映っていたはずでしょう? 不鮮明だったとしても、我々には、何かわかることがあるかもしれませんよ」
 亮太は食い下がったが、樋口刑事は答えなかった。
「おそらく、カメラには、何ひとつ映ってはいなかったのでしょう」
 いつの間にか戻ってきた賀茂禮子の言葉に、呆気にとられる。
「何も? どうしてですか?」
 樋口刑事の歪んだ表情を見ると、どうやら図星らしい。
「二つの可能性が考えられます。一つは、呪いによって、ハードディスクまたはSDカードが故障したというものです。こうとうけいと思われるでしょうが、超自然の力が作用して電子機器に
不具合が生じるのは、よくあることなんです」
 だったら、俺のパソコンがしょっちゅうフリーズするのは、霊の仕業だとでもいうのか。
「そして、もう一つは、人間が、意図的に録画を妨げたというものです」
 これはオカルトを隠れみのにする詐欺師がじようとう的に使う話法なんじゃないかと、亮太は疑う。現実的な可能性も認めておけば、後で噓だと暴かれる危険性を減らせるからだ。
「ふつうなら、どちらなのか、だいたい見当が付くものです。でも、今回の事件に限っては、そのどちらもあり得ると思っています」
 賀茂禮子は、探るような目で一同を見渡す。
「犯行自体は、とうてい人間の仕業とは考えられません。でも、そうなるに至った経緯には、人の意思が介在しています。植栽や外構の変更、ありえないほどの呪物が集まっていることを見れば、そう考えるよりないのです」
「じゃあ、逆柱も、その一つなんでしょうか?」
 亮太は、カメラを構えて質問する。するような口調にも、賀茂禮子は動じない。
「わたしは、つい今し方、母屋のかわやに行って来ました。中はきれいに改装されていましたが、外形は、おそらく屋敷の創建当時そのままなのでしょう。かわやがみを祀る古い神棚もありました。廁神では、ふつう盆と正月にあおしばを上げる程度ですが、みやがたまで付いた立派なものです」
 そのあたりが、福森本家の、本家たるゆえんだろう。
「しかし、肝心の、廁神を祀っているはずの宮形は空っぽでした」
 一瞬、意味がわからなかった。
「宮形の中を覗いたんですか?」
「いいえ。社の中を目視するまでもありませんでした」
 賀茂禮子の水晶玉のような眼球には、もしかしたら本当に千里眼なのではないかと思わせるくらい強い光があった。
「廁神とは、ふつうは明王を指すのですが、ご神体や神札はおろか、護符一枚入っていないのです。これは一般的に言って、たいへん危険な状態です」
 危険? 危険とは何だろう。
「つまりその、御利益というか、家を護ってくれるパワーがうしなわれているからですか?」
「それもあります。ですが、問題はそれだけではありません」
 賀茂禮子は、子供を諭すような口調で言う。
「神棚が最初から空っぽだったとは思えません。何者かが、ご神体ないし神札を取り除いたに違いありません。そして、その後長い間、社の中をあらためる人もいなかったのでしょう」
「それで、どうなったんですか?」
「忘れられ、放置された小鳥の巣箱には、いつしか蛇がみ着いているものです」
 何だか寒気がした。
「……蛇というのは、何のことでしょうか?」
「空っぽの神棚は、得体の知れない悪霊のそうくつとなり果てるということです」
 賀茂禮子は、無表情に言った。
「現に今、そうなっていました」
 この言葉に対する反応は、四者四様だった。
 祖母は、あきらかに衝撃を受けたらしく、青い顔をして黙り込んでしまった。樋口刑事は、ぽかんとしていたが、唇には皮肉な笑みが浮かんでいた。亮太は、冷静な撮影者に徹しているつもりだったが、内心では、再び恐怖と不安が込み上げてくるのを感じていた。
 そして、稲村さんは、愕然とした様子で目を見開き、両手で口元を覆っている。
「何か、心当たりがあるようですね」
 賀茂禮子に促されて、稲村さんは、ようやくうなずいた。
「いつ頃からか、子供たちが怖がるようになったんです。あそこの廁は、けっして使おうとはしませんでした」
 たしか、この屋敷には、トイレは四つくらいあったから、不便はなかったのだろう。
「何があったと言っていましたか?」
「それが、いろいろだったんです。何かにじっと見られているような気がするとか、深夜に、扉の内で音がしたとか、あと、鬼火のようなものが見えたとも言っていました」
 賀茂禮子は、首を傾げるようにして稲村さんを見た。
「なるほど。子供たちには、かなりの霊感が備わっているようですね。でも、もしかしたら、それは廁に限った話ではないんじゃないですか?」
 稲村さんは、ぎょっとしたように賀茂禮子を見た。
「そうです。かまどのある台所や古いお場でも、夜中になると、ざぶざぶと水が流れる音がすると言うんです。……実は、玄関の三和土もそうでした。真夜中には、大勢の人のうめき声が聞こえるとか。てっきり、あの子たちの想像力がたくましすぎるのだろうと思ってましたが、やっぱり、あれは全部、本当に」
 亮太は、吐き気のような感覚に襲われていた。しばらく寄りつかないでいた間に、本家は、正真正銘の幽霊屋敷へと化していたらしい。
「先生。それでは、空の神棚に棲み着いた悪霊が、今回の恐ろしい事件を引き起こしたということですか?」
 祖母が、たんの絡んだような声で訊ねる。
「いいえ、そうではありません」
 賀茂禮子の視線は、畳廊下の彼方へと注がれていた。
「竈や廁に巣くっている悪霊には、それほど強い力はありません。これらは、いわば呼び水に過ぎないのです」
「そうした悪霊が、何か他のものを呼び寄せたということですか?」
 訊ねながら、ああ、まただと亮太は思った。賀茂禮子の話は、それなりの理屈は通っているようだが、聞けば聞くほど、わけのわからない世界に引き摺ずり込まれていくような気がする。科学や理性の光がむしばまれた、ほのぐらい迷信と恐怖が支配する世界へ。
「『割れ窓理論』というのを、ご存じでしょうか?」
 賀茂禮子は、突然、合理性の世界に話をジャンプさせる。
「昔のニューヨーク市長が言ってたやつですよね?」
 亮太の言葉に、賀茂禮子はうなずいた。
「建物の窓が、たった一つ割れたまま放置されているだけで、ゴミが増え、軽犯罪が増加し、やがては、麻薬のまんえんから、強盗や殺人などの重大犯罪へと繫がっていくという考え方です。これは、いわば経験則から生まれた真理なのです」
 やれやれというように、樋口刑事が頭を搔く。そんなことは、百も承知という顔である。
「犯罪者が汚れた街を好むのには、理由があります。道徳的な腐敗によってその場所の空気が汚染されてしまうと、犯罪行為への抑止力が弱まり、結果、ゴキブリのふんで汚れた食品庫に、次々と別のゴキブリがやって来るような、悪循環に陥るのです」
 犯罪者を、ゴキブリ呼ばわりするとは、何事だろう。ゴキブリに失礼ではないか。
「この屋敷で起きたことも、それと似ています。廁神や竈神は、単に廁や台所をつかさどるだけではありません。現世うつしよ隠世かくりよの境界を守ってくれているのです。その、いわば関所である神棚に、悪霊が巣くっていれば、何が起きるでしょうか? さらに、その家に、数多くの危険な呪物が持ち込まれたとしたら?」
 賀茂禮子は、一転して声を低める。
「わたしたちが、今見ているものが、その結果です。世に呪われた建物は数多くありますが、この家は、これまでに見たどんな幽霊屋敷やはいきよより、悲惨でけがれ果てています」
 無礼にも程があるだろうと、亮太は憤る。玄関で三和土を見たときの暴言もひどかったが、いったいどこまで、この自称霊能者を付け上がらせるのか。祖母の顔を見ると、うつむいて、賀茂禮子の言葉をけんけんふくようしているかのようだった。
「わたしがこんな話をしているのは、これより先に進もうと思えば、それなりの覚悟が必要になると申し上げるためです」
 賀茂禮子は、ささやくような声になった。そのために、警告の言葉がかえって染み入ってくる。
「この先は、単に凄惨な犯行の現場というだけでなく、恐ろしい呪物が犇めいている場所でもあります。すべての呪物が、呼吸するように邪気を発散しているのです。悪心を抱く人物が、そういう場所に行くと、しばしば危険な化学変化が起こり、忌まわしい犯罪を引き起こします。先ほど二階で見た、保存容器やペンナイフが、そのいい例です」
「ちょっと待ってください。まだ、毒物も指紋も検出されていませんけど?」
 亮太は、ついにたまりかねて口を挟んだ。まだ何も証明されていないというのに、ここまで故人をぼう中傷するのはひどすぎる。
「もし何も出て来なければ、わたしの言葉はすべて噓だと思われてけっこうです」
 賀茂禮子は、動じなかった。
「わかりました」
 祖母が、いさかいを止めるように静かに言った。
「この中には、悪心を持った人はいないと思いますが、皆さん、どうかお気をつけください。わたしも、心して臨みたいと思います」
 亮太は、もう一度、点々と血痕が続く畳廊下を撮影する。
 だが、画面が左右に細かくぶれているのに気づき、自分がおののいていることを悟った。
 亮太は、深呼吸して、動揺を鎮めようとした。こんなにも簡単に取り込まれてどうする? まやかしやハッタリだったら、必ず見破れる自信がある。これから撮影する映像が、すべてをあきらかにしてくれるはずだ。
 畳廊下を西から東へ進むと、左右に八枚ずつ大きなふすまが並んでいた。
「左手の方――北側は二部屋の並びですが、その奥にも一室ずつ続いていますので、合わせて四部屋あります」
 祖母が、賀茂禮子に説明する。旧家にはよくある、田の字型の間取りだったが、どの部屋も特大なので、ふつうの家の佇まいとはかけ離れている。
「南側は、奥座敷だけです」
 幼い頃に、一度だけ覗いたことがあったが、ちょっとした旅館の宴会場並みの大きさだったはずだ。
 それにしても、この左右の襖絵は壮観だと、亮太は撮影しながら思った。昔聞いた話では、もともと弾正様のお城にあったものらしい。南側の襖は、一部にきんぱくを使い、鮮やかな緑色の竹林に六頭の虎が配されている。
 北側には、八枚の襖をすべて使い、雲を巻き起こす一匹のりゆうが迫力ある筆致で描かれていた。丸い目は人の顔ほどもある。どれほどの豪邸であっても、民家にはご大層すぎる——あまりに強すぎる代物だ。
 ふと、疑問が湧いた。ここが凶行の舞台だったら、なぜ、これらの襖は一枚として破れたり血痕が付いたりしていないのだろうか。
 賀茂禮子は、茫洋とした目で佇んでいた。左右の襖ではなく前方を透かし見ている。
「この廊下の突き当たり……左に折れた先にあるのは、何ですか?」
「納戸です」
 祖母がこわばった表情で答えたのを見て、亮太ははっとする。もしかしたら、例の幽霊画は、今もそこにあるのかもしれない。
「それでは、どの部屋から見ましょうか?」
「左手の部屋からにしましょう」
 祖母の問いに、賀茂禮子は即答する。
「その前に、ちょっとだけ」
 樋口刑事が口を挟んだ。
「左右の五つの部屋のうち、四つの部屋でご遺体が発見されました。今は搬出されていますが、部屋の損傷や生々しい血痕などはそのままです。もし気分が悪くなったら、すぐに部屋を出てください」
 祖母は、神妙な表情で「はい」と答える。亮太もうなずいたが、賀茂禮子は無反応だった。稲村さんだけは、青い顔でかぶりを振る。
「奥様。本当に、申し訳ありません。ここから先は、わたしは遠慮させてください」
 そう言って、そそくさと廊下を引き返していった。
「……この部屋は、居間です」
 祖母は、大きく息を吸って、龍のしつが描かれた襖を開けた。

(気になる続きは、ぜひ本書でお楽しみください)


書誌情報

書名:さかさ星
著者:貴志 祐介
発売日:2024年10月02日
ISBNコード:9784041151297
定価:2,420円(本体2,200円+税)
ページ数:608ページ
判型:四六変形判
発行:KADOKAWA

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