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エミール・ゾラ『居酒屋』に出てくる「豚のエピネ」という謎料理

ボンソワー!ケイチェルおじだよ。

みんなはフランスの文豪エミール・ゾラの『居酒屋』は読んだことあるかな?執筆が1877年だからフランス近代文学の古典中の古典とも言うべき作品なんだけど、正直言うと、読んだことない人にはあまりオススメできない。おいたんも読まなきゃ良かったと後悔してる。なぜかと言うと、めっちゃ怖いから。

一言でいえば、漫画の『闇金ウシジマくん』みたいな話なんだわ。パリの労働者階級として幸せに暮らしてる夫婦が、ひょんなことから社会のレールを踏み外し、自堕落に酒に溺れ、落ちるとこまで落ちる話。それが「いつか自分もそうなってしまうんじゃないか」という他人事じゃないリアルさがある。

主人公はジェルヴェーズっていう洗濯屋で働く20代の女。最初の亭主が他の女に走って家を出て行ったため、シンママとして残された小さな子供を育てなきゃいけなくなってしまう。そしてある居酒屋でクーポーっていう気のいい屋根瓦職人と出会う。クーポーはひょうきん者だけど仕事は真面目だし、前の亭主と違って女慣れしてなくて誠実そう。クーポーの熱烈な求愛に次第に心動かされてジェルヴェーズは再婚を決意する。

しばらくは慎ましくも幸せな生活が続く。夫婦2人とも働き者で、お金も貯まってジェルヴェーズは念願の独立を果たし、洗濯屋を開業する。

しかしある日、クーポーは仕事中の事故で屋根から落ちて大怪我を負ってしまう。4ヶ月ほど家で静養して全快するも、なかなか仕事に復帰しようとせず、毎日飲み歩くだけの怠け者になっちゃう。なんとかクーポーを再起させようとしながら洗濯屋を切り盛りするジェルヴェーズも、ある日クーポーの入り浸っていた居酒屋で酒の味を覚えてしまい、徐々にクーポーと同じように自堕落になっていく…

とまあ、この2人がどこまで堕ちていくのか気になる人は本を読んでくれ。オススメはしないけど(笑) 基本的に救いのない話なんだけど、全編通してクーポーやジェルヴェーズのユーモアが溢れてて、それなりに楽しい作品ではある。特に最後の方でジェルヴェーズがみんなの前でクーポーのモノマネをする場面なんか最高に面白い。

で、今回紹介するのはジェルヴェーズが洗濯屋を開業したあたり、2人が絶頂期から転がり落ちそうになってる頃に、近親者14名を招いて大宴会を行うんだけど、そのときに振る舞われた料理の話。

クーポーもジェルヴェーズも食道楽で、美味しいお酒と料理が大好き。2人は生活が厳しくなってからも金が入れば無計画に酒や肉を買い込み、一時の享楽に耽る。そしてすぐに食べる物に困るようになって金策に走るというのを繰り返す。1週間食べるものがほとんどないということも珍しくない有様。食道楽のおいたんとしても他人事じゃないから怖い。

そんなジェルヴェーズが1か月前から計画した大宴会で腕によりをかけて作る料理が、マカロニ入りポタージュポトフ仔牛のブランケット豚のエピネグリンピースの背脂和えガチョウの丸焼き、そしてデザートにはイチゴのサヴォワというラインナップ。

このなかでおいたんは「豚のエピネ」っていう料理が何なのかずっと気になってたんだよね。ネットでちょっと調べただけじゃ全然分からん。Yahoo知恵袋で質問してる人がいたけど、回答はなし。日本語じゃ埒があかないのでフランス語でゾラの原文を検索したら、"épinée de cochon"と出てきた。

この原語でフランスのサイトを検索してみても、全然分からん。とりあえず調べた紆余曲折を書くと、

①"épinée"は「トゲを張る」という意味のépinerの過去分詞形。"cochon"は「豚」(英語のpigに当たる。豚肉はporc)。ということは串焼きのことか?でもフランス語で串焼きは"brochette(ブロシェット)"と言うしなあ。しかも原典には「仔牛のブランケットと豚のエピネは前日から料理することに決めてあった。こういう料理は煮直したほうがおいしくなるからだ」とあるので、子牛のブランケットみたいな煮物なのだろう。ちなみにブランケットについてはおいたんの過去の記事を参照のこと。

②ちなみに"porc-épic"はヤマアラシのことらしく、"épinée porc"で検索するとヤマアラシの画像がいっぱい出てくる。一瞬ヤマアラシの肉のことかと思ったが、中国や東南アジアでヤマアラシを食用にする話はあれど、フランスで食べる文化はなさそう。

③フランス語で豚肩ロースのことを"échine(エシーヌ)"と言うが、一部の地域では"épine(エピーヌ)"というらしい。ということは肩ロース肉か?過去分詞形になってるのが気になるけど。

④"échine"で仏語の辞書を調べてたら、"épine dorsale"のことであると出てきた。つまりは背骨である。確かに背骨というのはトゲトゲしてるし、そのまわりの肉なのかもしれない。韓国料理のカムジャタンで使われる部位だな。メニューには「グリンピースの背脂和え」というのもあるし、一番可能性が高いのはこれか。

というわけで、暫定的ながら豚のエピネは「豚の背中の肉」であるという結論にいたりました。

ただ、調理法については「煮込み」ということ以外はほとんど分かっていない。一応、料理が登場する描写を引用してみよう。

息をつく暇もなく、大きな丸いじゃがいもを添えて深皿に山と盛った豚肉のエピネが、湯気をたてて運ばれてきた。叫び声がおこった。畜生め!すごいぞ!それはみんなの大好物だった。今度は食いまくるぞ。めいめい、ナイフをパンで拭いて準備をととのえ、横目で皿を追いかけていた。そして、それぞれにとりわけると、肘をつっぱり、口をいっぱいにしながら、しゃべった。どうだい。すばらしいじゃないか、このエピネは!なんだか、うまくて食いごたえのあるものが、腸の管を通り抜けて、靴まで流れてゆくみたいだ。じゃがいもは、砂糖のようだ。塩からくなかった。しかし、まさにじゃがいもであるがために、たえず如露[じょうろ]が必要であった。新しくぶどう酒を4本抜いた。【古賀照一訳/新潮文庫】

まあ分かるのはじゃがいもが添えられてるってことだけだな。

☆☆☆

さて、漠然としたイメージしかないけど調理にかかろう。カムジャタンを作ったときもそうだったけど、あのゴツゴツ棘棘しい背骨の肉って日本じゃなかなか手に入らないのよね。そこでロピアに売ってるバックリブで代用することにしたよ。もしかしたら豚のエピネは、アメリカでいうところの「ベイビーバックリブ」の可能性も捨てきれないしね。

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塩コショウしたバックリブをバターで焼くよ。こんがりしてきたら小麦粉をまぶして炒めます。

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バックリブを圧力鍋に移して、そのままのフライパンでニンニクと玉ねぎを炒める。

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そこに赤ワインバルサミコ酢ハチミツを投入。

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こびりついたコゲをこそぐようにして、これも圧力鍋に移します。さらにローリエとタイムを入れて20分加圧します。

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20分後、圧力鍋からフライパンに戻し、皮を剥いて水にさらしておいたじゃがいもを入れます。

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蓋をして15分、その後は蓋をせず煮汁を煮詰めます。塩で味を整えていったん冷まし、食べる直前に温めます。本当はジェルヴェーズが言ってたみたいに1日おいたほうが美味しいんだろうけどね。

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ついでにマカロニ入りポタージュを作ろうかと思ったけど、前日の野菜スープの残りにフェットチーネをパキパキ割ってスープを作りました。このスープは、クーポーとジェルヴェーズの結婚祝いのときに出された「麺入り野菜スープ」っていうのをマネてみた。

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というわけで、豚のエピネと麺入り野菜スープのできあがり。

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豚のエピネ(?)めっちゃ旨くできた。トロッとしてスーッと骨から外れる。

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ネットでスペアリブの煮込みのレシピを見てたら、洋風の物でも醤油を入れてるものがほとんどだったんだよね。だけど、赤ワイン・バルサミコ酢・ハチミツに塩コショウだけで完璧よ。まるで腸の管を通り抜けて靴まで流れて行くようだ(靴は履いてないが)。まあジェルヴェーズの豚のエピネがこれに近いのかどうか全く分からんのだけどね。

本当は夏休みに図書館でフランス料理史や文学史の本でも調べようかと思ってたんだけど、どうもやる気が出ず先週ネットで調べただけになってしまった。もし19世紀のフランス料理等に詳しい方がいたらコメント下さい。

おわり。


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