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読書感想文~遺訓

前回の読書感想文の題材にした、佐藤賢一氏の新徴組。

あれから、何度も読み返して(目当ては酒井吉之丞)、そのうち文庫本を購入しそうな勢いですが、今回の「遺訓」は、その続編に当たります。
今回の主人公は、沖田芳次郎よしじろう。新選組の沖田総司の甥っ子です。
図書館から借りた本なので、帯も中に貼り付けられていたのですが、その帯のコピーがなかなか振るっていました。

武士とは志を有する人間のことだ。私を顧みることなく、天下を憂い、正義を貫き、そのために命を賭して戦う覚悟と、果敢に行動する力を持つ。

佐藤賢一:『遺訓』コピーより

西郷と庄内藩

戊辰戦争のときは、敵味方として対峙した庄内藩と薩摩藩ですが、戦後、西郷の強固なバックアップもあり、庄内藩は比較的穏健な処分で済んでいます。
それに恩義を感じた庄内藩では、西郷を「南洲先生」と呼び、薩摩の私学校に七十余名も留学させるほど、親交を深めていきました。それも、当時の新政府から警戒されるほどに。
そして、庄内藩には新政府軍の密偵がひっきりなしに出入りしていました。それを捉えて、酒井玄蕃げんば(この作品では、既に吉之丞ではなく玄蕃呼び)に突き出すのが、芳次郎の役割です。まだ年若いながらも、腕は叔父である沖田総司の再来とまで言われていますから、病気がちで弱っていた玄蕃が頼りにするのも、頷けるところです。

酒井玄蕃

前作では、新政府軍から「鬼玄蕃」の名で恐れられた玄蕃ですが、実際には民に優しく、非常に明晰な頭脳を持っていたとされます。何せ、庄内藩随一の英才であり、フランス語の軍事書を片手に、近代庄内藩の軍制を整えたという天才肌。それだけでなく、外交についても明晰な頭脳を持ち、新政府軍はその能力を買ってか、清国との戦争を睨んで、スパイ役として玄蕃を大陸へ送り出します。芳次郎も、それに同行。
この辺りのバックボーンは、新政府軍の「征韓論」などを理解していると、早いかもしれません。
ですが、これは新政府の罠でした。清国での罠は、玄蕃の明晰な頭脳と芳次郎の腕で辛うじて凌ぐのですが、玄蕃は……。

中原兄妹

玄蕃に命じられて、芳次郎は西郷の護衛として鹿児島に向います。西郷はこの頃薩摩各地に私学校を設立していました。芳次郎は特別に薩摩人以外の留学生として受け入れられた庄内藩士二人と共に、私学校との関係を深めていきました。
そこで出会ったのが、「中原なつ」です。どう見ても、芳次郎の片思いっぽかったのですが、それでもなつも次第に、芳次郎に心を開いていきます。
そんななつには、「黒谷謙」を名乗る兄がいました。この黒谷は、かつて北京で酒井玄蕃が暗殺されかけた時に、巻き込まれた人物。が、本名は中原尚雄といい、なつの兄でした。
この兄ですが、実は政府寄りの思想の持ち主。「私学校」そのものにも反対で、とある密命を帯びて薩摩に戻ってきていたのです。

西郷暗殺計画

ここからは、西南戦争の序章とも言うべきところ。この中原尚雄は、「西郷暗殺計画」の鍵を握っていました。
今となっては、本当に西郷の暗殺計画があったのかどうかは分かっていません。ただ、暗号を解読した結果、「シサツ」という言葉が「刺殺」を意味すると私学校&鹿児島県では捉え、それが西南戦争開戦の引き金となっていきます。
西南戦争が始まると、芳次郎も薩軍の一員として参戦。そして、部隊はかの有名な「田原坂の戦い」へ向かうのですが……。


というのが、大まかなストーリーです。
前作と比べると、今回の主人公の芳次郎は、やや現代っ子のような印象があります。
実際に、鹿児島で女の子に手を出したりと少しチャラい一面も(苦笑)。でもまあ、そういう年頃なのですよね。身も蓋もない書き方をしましたが、本人なりに純愛だったのだろうと思います。

そして、前作同様に高く評価したいのが、「戦争の醜悪さ」がきっちり描かれているところでしょうか。私自身も現在悩みながら&憂鬱になりながら資料読解・執筆をしているところですが、戊辰戦争とは別の醜悪さが在るのですよ、西南戦争。
それは、「薩摩人同士で刃を交えたのも珍しくない、九州全土・日本の各地の鎮台兵を巻き込んだ内戦だった」ということ。本作のお陰で、気になっていたこの手の「感情の置きどころがないやりきれなさ」も、確認できました。
よく「戊辰の敵討ちの為に、旧会津藩士などが尖兵として使われた」という表現技法が使われることが多いのですが、決してそれだけではありません。官軍側にも、結構薩摩人がいるのです。
東北人の「戊辰の恨み」の感情が徹底的に利用されたのは、間違いありませんが。

当時の薩摩には、「郷士は牛馬の如く上士・城下士から扱われていた」というバックボーンがあり、それが「官憲につくか」「私学校党につくか」という違いにもつながっていました。
私自身も、そうしたバックボーンを背負った薩摩隼人を、自作の主人公(こちらは元二本松藩)の戦友として設定しただけに、中原尚雄の屈折も、何だか分かるのです。

おまけ

まあ、全く突っ込みどころがないわけではなく、最後の方で「藤田五郎(=斎藤一)」が抜刀隊に参加していたとか、どうなのよ?と思わないでもないです。(これは、完全にフィクション。彼は、西南戦争後期の五月からの参戦)
それでも最後の展開と前作の繋がりを考慮した場合、ストーリーの進行上外せない人物ですし、やはり出してきたか、という感じです。

それと、出来ればもう少し西南戦争を書いて欲しかった気もします。西南戦争というと田原坂の戦いが有名ですが、あれはまだ西南戦争の序盤ですので。田原坂の戦闘→熊本城解放のフェーズの後も、本当は御船みふねの戦いだとか、可愛えの岳の戦いとか、色々とまだ激戦があるのですけれどね……。

前作と比べると、こちらのほうが、ややもやもやが残るかもしれません。ですが、戦争に敗けるというのは、そういうことです。

エンタメとして楽しむならば、前作の「新徴組」、私自身の作品の参考として読むのならば、「遺訓」が良かったというのが、今のところの私の感想でしょうか。
特に、西南戦争について扱った作品は少ないので、西南戦争が勃発したバックボーンについて考察を深めたい方に、おすすめの作品です。

©k_maru027.2022

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