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読書感想文~「新徴組」

史料読解に疲れて、気分転換に手にしたこちらの本。タイトルから「『新選組』の間違いでは?」と思われそうですが、これで合っています。

新徴組しんちょうぐみというのは、幕末、庄内藩(現在の山形県鶴岡市近辺)のお抱えだった、浪士組のことです。
本書を読んで戴くとわかりますが、京都で活躍した新選組と兄弟の関係にあるようなもの。そもそも、新選組は幕府のバックアップで、江戸で腕に覚えのある浪士を募集し、本来は京都の治安維持・警護に当たらせようという目的で、集められて上京させられました。
ですが、その領袖だった清河きよかわ八郎が、まさかの「尊王攘夷」を表明。それに反発した芹沢鴨や近藤勇、土方歳三は新選組を結成します。

一方、江戸に残った浪士たちはどうなったか。紆余曲折ありますが、彼らは「庄内藩預かり」となりました。これが、「新徴組」です。

主人公は沖田総司の義兄

本作の主人公は、新選組一番隊長を務めた沖田総司の義兄、沖田林太郎りんたろうです。
本編では「兄」と書かれていますが、総司の姉である「みつ」の夫なので、義兄ですね。ですが、総司をどれだけ大切に思っていたかは、本編に委ねるとします。
恐らく、義弟には劣るものの、腕もそこそこ立つ人だったのでしょう。でなければ、生き残っていない……。
林太郎自身は、みつと結婚して「芳次郎」という息子もいます。ですが、沖田家は白河藩江戸定府の足軽という身分。そんな彼にすれば、いきなり「庄内藩」がどうのこうの言われても、親しみを持てるはずがありません。ですが、酒井吉之丞きちのじょう(鬼玄蕃げんばとして有名)との出会いなどを経て、庄内藩との縁を深めていきます。

少し屈折した父親像

上の段落でも書いた「芳次郎」ですが、林太郎の息子で、これが大変出来がよろしい。「叔父である総司に似た」とまで言われるくらい、優秀な息子です。
ですが、父親である林太郎。怯懦というほどではないにしても、義弟と比べると、息子にしてみれば、今ひとつ頼りない父親に見えるかもしれません。
息子も後に新徴組に加入するのですが、「うちの親父」をどのように見ていたか、息子の心情にも私は興味がわきました。
それでも、同じ隊に入ってから息子を叱る場面や、連れ立って秋田に偵察に行く場面などでは、ティーンエイジャーらしい振る舞いをする息子といいコンビだと感じさせられました。

酒井吉之丞が格好いい

この作品で私が一番惚れ込んだのは、間違いなくこの人物。

画像出典:Wikipedia

残された写真を見ても、現代でも「イケメン」として通用する人なのですけれど、戊辰戦争当時は、26歳という若さで庄内藩の軍勢を指揮していたそうです。

あまり詳しく書くとネタバレになるので控えますが、終盤、天童藩(こちらは新政府軍についた)を焼き討ちにする際に、それがどれほど罪深いことなのかを知っていながら、決行に踏み切ります。
その苦悩を丁寧に描いているところに、好感が持てました。無辜の民を「焼き討ち」にしただの「人を殺した」だの、そういう歴史ではつきものの負の側面を、勝者側から書いた作品というのは、案外少ないのではないでしょうか。

庄内藩、強し

やはり、庄内藩は強かったと感じます。作品中でも描かれていますが、庄内藩は「酒井忠次」を藩祖とする親藩の一つです。徳川四天王の一人である酒井忠次が配されるくらいですから、裏日本(東北地方では、日本海側をこのように呼ぶことも)有数の港である酒田港を有する、強藩でもありました。
戊辰戦争における西軍の狡猾さが、この作品でもよく描かれているのですが(戦の常として、降伏してきた藩を尖兵に使うなど)、昨日まで隣人だった藩でも、庄内藩は躊躇なく銃を向けます。
そして、つくづく感じるのが「火力の差」。この点が、敗者に追い込まれた二本松藩や会津藩と大きく異なります。
庄内藩が使っていた銃は、スナイドル銃(もしくは七連式のスペンサー銃)で、当時、最新鋭の装備でした。そうした武器は全て輸入品で、裏返せば、相当の財力がないと全員に装備させるのは無理です。しかも、弾丸も全て輸入品。これらを装備できた背後には、酒田の本間家の強力な支援がありました。
その財力が会津や二本松にもあったのならば、戊辰戦争の行方はどうなっていたか分かりません。

破軍星旗

トップ画像に持ってきたのは、酒井玄蕃が率いた庄内藩二番大隊の軍旗である「破軍星旗」です。小説の資料用に借りた本でも見かけたのですが、センスが抜群だと感じた軍旗。
陰陽道では北斗七星を剣先に見立てて「死をもたらす星」とも言われ、悉く敵を屠り捨てるという意味につながるとのこと。
「絶対に、西軍には負けない」との自負が、この軍旗からも伺えます。
それにしても、新徴組に鳥海山ちょうかいさん(→万年雪もある、東北の中でも指折りの名峰)を行軍させるなど、玄蕃様、「鬼玄蕃」の名にふさわしく無茶振りを発揮されております^^;

戊辰戦争の処理を巡っては、「朝敵」の筆頭に上げられた会津藩と庄内藩では対照的です。会津藩が藩を上げて斗南の地へ流罪と鳴ったのに対し、庄内藩の方が圧倒的に処理が軽く済んでいて、わずかな減封だけで住んでいます。背後バックには西郷隆盛の強い働きかけがあったと言われていますが、それだけでなく、庄内藩を恐れる思いも強かったのでしょう。
事実、西南戦争当時は「庄内藩は西郷の動きに呼応して、挙兵するに違いない」と目されており、警戒されていた地域でもありました。「破軍星旗」を掲げた、庄内藩らしいエピソードだと私は感じます。

――それにしても、この作品。筆者が鶴岡市出身ということもあり、思い入れもひとしおの作品かもしれませんね。
 幕末ファンの方には、おすすめの一冊です。


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