誠実
その男はとにかくうるさい男だった。
「律法にはこうあります!」
「そうだともだがね!」
その男は熱心なユダヤ教徒だった。
しかしいつもユダヤ教徒の中で喧嘩をしていた。
「君はね!すべて完璧なのか!?」
「もちろん完璧であるべきです!」
「話にならない」
ユダヤ教のコミニティの中でも彼は律法に厳格であったので
しだいに誰も彼と話をしなくなった。
彼は自分にふさわしいユダヤ教のコミニティを求め特に厳格なコミニティに入ることにした。
そのコミニティはあまりにも厳格であるがゆえに他者や他のコミニティへの攻撃を厭わなかった。しかし正しさを信じる彼にとってそこはまるで理想に感じられたのだ。
彼は自分にも厳しく他人にも厳しく、コミニティと共に堕落したものを攻撃した。神に背くものを攻撃し石を投げ追放しそしてついに彼が人を殺しかけたときハッと気が付いた。
「汝殺すなかれ」
自分は律法を守ろうとして律法を犯そうとしていた。それに気が付いた時、彼は愕然とした。そしてふさぎこんだ。仲間はそんな彼を最初は励ましたが次第に距離をおかれ、あいつは結局口だけだったと噂されるようになった。
コミニティに居ずらくなった彼は一人また孤独に旅に出ることになった。
「そうだ、ダマスカスにいこう、あそこなら私の居場所があるかも知れない」
彼は一人旅支度を整えて去っていった。
行く途上、キリスト教徒の集団に会った。以前彼らと関わった時、彼は彼らを攻撃した。激しく投石し彼らを追放した。見たくもない奴らだった。
だがそんな彼は不思議なものを見た。
そのキリスト教徒たちはみな笑顔で楽しそうに笑っていた。
「今日もイエス様のおかげで平穏にいられます、これを喜びましょう」
「主の平和を!」
口々にそいつらはそう言って食事をしていた。
「あなたもご一緒にどうですか?」
突然声をかけられた。
「あまり多くはないですが」
「イエス様がここに居れば食事も増やせますが何分にも私たちにはそんな力はないので!」
そんなことをキリスト教徒の一人が言うと皆ドッと笑った。
彼はあきれ果てて言った
「イエスってのは君たちが神だと言う人だろう、それを笑いものに・・・」
「ハハッイエス様はそんなことで私たちにお怒りになられる方ではありません、さぁ一緒に」
「私はユダヤ教徒ですよ」
「えっ?ユダヤ教徒の方は誰かと一緒に食事できないのですか?」
そう言うとまたそいつらはドッと笑った。
こいつらはいったいなんなんだろうか?やけに楽しそうに質素なものを食べて笑っている、そして冗談を飛ばして自分たちの神ですら笑いものにしている。まったく理解できない理解できないのに彼は信じられないようなカルチャーショックを受けた。
そしてキリスト教徒の人たちと別れ、歩いてずっと考えた。
正しいとはなんなのだろうか。
律法を守っても守るがゆえに律法を犯してしまう。
正しくあろうとすればするほど他人を攻撃する。
でも彼らはどうだろうか?
他人を笑って許している。
あいつらも知ってるはずだ、ユダヤ教徒がキリスト教徒に何をしてるかを
どういうことだ。どうして笑っていられるのだ。
そう考えこんでずっと強い日差しの中歩いていたために彼はフラッっと眩暈がして天地が逆転して目の前が真っ暗になり倒れこんだ、そして・・・その声をはっきりと聞いた。
『サウロ、サウロ、・・・なぜわたしを攻撃するのか?』