見出し画像

「あなたのためを思って」に騙されてはいけない

あなたのために言っているのよ

我々アダルトチルドレンは、呪文のようにこれを親から唱えられ続けてきた。そして親から逃げ続けている我々は、親の代理人たる世間の大人たちから、やはり呪文としてこの言葉を投げつけられてきた。

あなたのためを思って
断言する。この言葉は嘘だ。「私のためを思って」が、根底に渦巻いている。
これを巧妙に隠すための、「あなたのため」なのだ。

私は様々な精神症を抱える人たちと関わってきた。その全てと言っても過言ではないほど、皆が機能不全家庭の餌食になってきていた。親子揃って、共依存状態。そんな共依存の犠牲者と関わっていると、たびたびその親が私の目の前に出現する。
「このままだと、この子のためによくない」
「この子のために、私が何とかしてあげなくちゃいけない。金井さん、どうしたらいいですか…?」と、子を一身に思っていますという仮面を被り、私に相談してくる。

「それは、誰のためですか?」
私がそう問うと、いずれの親もキョトンという顔をする。豆鉄砲を喰らった鳩、とはよく言ったものだというぐらい、綺麗なキョトン顔を見せてくれる。
「あなたができることは、子供から離れてあげることです」
私がそう言うと、「は……?」という顔を親たちは見せてくれる。「なんて酷い奴だ」と、憤慨する顔を見せてくれる親たちもいる。私の言葉を理解できない親たちは、「時間の無駄だったわ…!」という表情を作り、すごすごと機能不全家庭の巣に帰っていく。そして飽きもせず、毒を盛った飯を子供のためによそり、喰らわせる。その光景を思い浮かべながら、ああ、私がこの親に対してできることもまた、何もないのだなあ、と。私ができることは、私の助けを本当の意味では求めてない人から、離れてあげることしかないのだなあ、と虚しさに襲われる。

数年前。とある女性が私の元に、無料相談を受けに現れた。40代後半の母親で、20代前半のギャンブル依存の息子を持つ母親。相談を受ける中で、彼女は、自分がどれだけ一生懸命、息子を育ててきたのかを語ってくれた。


特別な子に育ってほしい、なんて微塵も思っていない
立派じゃなくていい。ただ、この世に存在してくれるだけでいい
この子を産んだ時。大きな声で、一生懸命泣き叫ぶこの子を見て。心の底からそう思いました。今もそう思ってます。
健康で、大事な人と家庭を築いて、私がこの世からいなくなった後も幸せに
生きていけるような。ただそれだけを思って、今日まで育ててきました。

うちの子は、小さい時から気が弱い子でした。病気とかではないのですが、もともと体も弱い子でした。暑い日に、幼稚園で友達と同じように遊んでいても、気分が悪くなってすぐにダウンしてしまうような、そんな子でした。
本人は、「他の子たちともっと遊びたい!」と言うのですが、私からすれば、そんな無理して遊ぶ必要なんてないと思ったのです。無理して遊んで、倒れてしまったらどうするの。熱中症だって、死んでしまう人だっているのだから油断できません。親として、子供を守ることは当たり前ですよね。だから幼稚園には任せておけないと思って、具合が悪くなった日は早めに家に一緒に帰りました。
今日はもう帰ろう。そう言っても、うちの子は、なかなか言うことを聞いてくれませんでした。つい、強い口調で言ってしまったことも、今振り返ればあったように思います。でもしょうがないじゃないですか、そのまま放っておいたら、本当に倒れて、取り返しがつかないことになっていたかもしれないですよね。そうなった時では遅いんです。幼稚園の先生が責任取ってくれるわけでもないですし。母親として、子供のために言わなきゃいけないことはあると思います。
うちの子は、そうですね……遊びたかったのかもしれませんが、強く言えば、渋々聞いてくれました。可哀想だな、とは思いましたよ。
幼稚園から帰る時、うちの子の友達が言うんです。
「xxちゃん、もう帰るの?」
「xxちゃんはいいよな、すぐにおうちに帰れて」
「xxちゃん、外でドロケイしようよー」
「xxちゃん、プロレスごっこしようぜ〜」

その子たちは、当然悪気はありません。むしろ、うちの子と遊びたい、って思ってくれているのは嬉しかったです。
ただ、今振り返ると、少し私の胸に刺さった言葉がありました。その友達の一人が、「xxには無理なんだから。そんなこと言うな」と言ったんです。他の子よりも体が少し大きい男の子でした。うちの子と対照的、と言ったらアレですけど……元気な、気の強そうな男の子でした。もちろん、その子にも悪気はありません。
それを言われると、周りの子達が言うんです。
「そんなことないよ」
「xxちゃんだってできるよ」
「頑張ればできるよねー?」
そう、うちの子に対して言いました。するとすかさずその体の大きい子が言いました。
「xxになんかあったら、また俺たちが先生に怒られるんだぞ」
そう、強く言いました。他の子達は萎縮して、黙ってしまいました。

別になんてことない、子供のやりとりです。
だけど……今考えると、その頃から、私は何かに取り憑かれていたのかもしれません。

うちの子は無事健康に育ってくれて、小学校に上がりました。
「特別な子に育ってほしい、なんて思わない」
「周りの子と比較してはダメ」
そう自分に言い聞かせましたが、でもどうしても気になってしまうんです。
うちの子は体が他の子よりも小さい。気も弱い。勉強も苦手。運動も苦手。
授業参観や運動会の時など、たまにうちの子が同級生たちと喋っているところを見かけます。その時に、同級生の言葉の節々に「うちの子は下に見られている」と感じてしまうことがよくありました。

「xxちゃんなりに頑張ってるもんね」
「xxちゃんでも、頑張ったらきっとできるよ」

悪気がないのはわかっています。でも、どうしても気になってしまうんです。人間に上下なんてないと、頭ではわかっています。でも、どうしても脳内にピラミッドが浮かんでしまって。そのピラミッドの底辺に、うちの子の存在が浮かんでしまうんです。

別に、特別なんかにならなくてもいい
うちの子はうちの子で、ちゃんと素晴らしい

そう、自分に言い聞かせました。でも何度言い聞かせても、ずっと頭にこびりついたままでした。
夫にも相談できませんでした。夫は仕事人間で、家に帰ってきてもずっとお酒を飲んでいて、「家にいる時ぐらい休ませろ」と言って、子供の話なんて聞いてくれません。「家のことはお前に任せてるから」と言うのが夫の口癖です。
このまま、普通の子のように成長できなかったらどうしよう。
このまま、どんどん自分に自信がなくなってしまったらどうしよう。
ずっと、そう考えてしまっていました。

小さな事でもいいから、成功体験と言ったら大袈裟ですけど、何か自分に自信が持てるものがあったらいいかも。
そう思って、いろんな習い事をさせました。そろばん、習字、英会話、ピアノ。公文式にも通わせました。体が小さかったので、文化系のものがいいかなと思ったんです。でも、今考えれば矛盾しているのですが、空手も習わせていました。なんで、と言われても困ってしまうのですが……

一緒に頑張ろうね。
すぐにみんなに追いつけるからね。

自分に言い聞かせるように。周りの子たちと同じような言葉を、気づいたらうちの子に掛けてしまっていました。
でもしょうがないですよね。私が健康に、丈夫な体に産んであげられなかったから。別に特別な子に育ってほしいなんて思っていません。でも、こんなこと言うのもアレですけど……マイナスからスタートしてしまったんだから、それは私のせいですよね。その分、私がこの子のために手をかけて、この子が幸せになるためにできることはしてあげたいって思うのが普通ですよね。


彼女は、語ってくれた。時に涙を流しながら。
そしてその後の息子さんの末路は想像に難くない。
普通の幸せを手に入れてほしい
その一心で、彼女は母親として懸命に頑張った。地元の公立中学校が荒れていて、子供の教育上良くない。だから息子が好きだったピアノも辞めさせて、毎日塾に通わせた。そして無事、中学受験に成功した。

彼女は、自分の母親から言われたそうだ。
「そんなに子供に勉強ばっかりさせて……友達と遊びたい盛りじゃないの、可哀想に」

彼女は怒りを覚えた。母親とも連絡を取らなくなった。
「ろくに子育てをしなかったお前が、ふざけたことを言うな」
そんな、母親への怒り。だがそれは母親にはぶつけられず、心の奥底に蓋をした。

私は、この子に普通の幸せを手に入れてほしい。
普通に誰かと恋愛して、結婚して、子供を持って
生活に困らない職に就けて。贅沢じゃなくていい、でもほしいものは普通に買えて。必要なものは不自由なく買えて。
そんな、普通に生きてるだけじゃ手に入らない、普通の幸せをこの子には手に入れてほしい。
ただでさえマイナススタートに、私がしてしまったんだから。だから、普通の子よりも、私は頑張らないと。この子と一緒に頑張らないと。今は苦しくても、今頑張れば大人になって幸せになれるから。だから頑張ろう。

そう、彼女は息子と息切れしながら、必死に人生を生きてきた。だが結果、息子さんは精神が崩壊。大学二浪中に鬱病となり、引きこもり生活となった。

私の育て方が良くなかったんだと思います……
そう言って彼女は涙を流していた。私は一言も口を挟まず、黙って聞いていた。
あまりにも私が黙っているから、涙を流すのに飽きた彼女は顔を上げた。そして私の顔を見た。不思議そうな顔をしていた。今まで、黙って誰かに
ずっと話を聞いてもらうことがなかったのだろうか。有難い、という感覚よりも、なんでこの人は何も言わないんだろう、という不思議な生き物を見るような顔を、こちらに向けていた。

私は、これからどうしたらいいでしょうか。
過去を十数分語り続けた彼女は、ようやく現在に戻ってきた。そして、そこから一歩を踏み出すための問いを、私に投げかけた。
「あなたはどうしたいですか」
私は問うた。彼女は、え、と言う顔をした。いや、依存症の相談に来ているんだから、聞かなくてもわかるでしょ。息子の病気を、どうにかしたいんですけど。そう、顔に貼り付けてある。そして彼女は、その通りの言葉を俺に返した。
・息子にギャンブルをやめてほしい
・できれば大学受験のための勉強を再開して、ちゃんと大学に通って卒業して、就職してほしい
と。想像通りの回答に、私はうんざりした。そんなことを思っているから、息子はそのままなんだよ。だが、それをわかってもらうのは難しい。長い年月と、本人が死ぬほど苦しんで自分と向き合う、その覚悟が必要となる。果たしてその覚悟は、この女性にあるか。
まあ、一旦は、息子のギャンブルをやめてほしい、という直近の論点を取り上げようか。
「息子さんは、なぜギャンブルをできるのですか」
聞くまでもない問いを、一応私はした。想定通り、母親が息子にお小遣いを渡しているから、それでギャンブルをしていた。そして次第に消費者金融に手を出し、借金は数百万円に膨らんだ。先月、それを両親が肩代わりしてあげたのだとか。「もうギャンブルしないでね」と硬い契りを親子で交わしたが、あっけなく再び息子は消費者金融に手を出し。借金が現在、100万円弱あるのだとか。
「家から追い出しましょう」
私は淡々と言った。彼女はただでさえ丸い目を、これ以上なくまんまるにして、目を見開いて驚いていた。悪魔のような男だな、とでも思っているのだろうか。依存症者の親は、大体がこのような反応をする。
息子さんは、親に甘えてるんです。どうせ俺を助けてくれるって、あなたを舐め腐っているんですよ。だから、ギャンブルを続けられる土壌を、根底から取り上げてあげないと。鬱病で働くことができないのなら、世帯分離して息子さんを一人にして、生活保護を申請させましょう。それで、もし息子さんが希望するならうちで面倒見ますから。鬱病、依存症の回復をさせますから。
そう、淡々と伝えた。だが、彼女の40何年の人生で、一度も向き合ったことがない課題に困惑し、受け止められない様子。案の定、ゴニョゴニョと多彩な言い訳を彼女は披露した。そして彼女は強調した。

以前、言ったことがあるんです。ちゃんと勉強して大学に行きなさい。それができないなら、もう働きなさい。これ以上、ギャンブル続けるのなら、もう家から出ていきなさいって。そしたらあの子、見たこともないぐらい怖い顔になって……私に包丁を向けてきたんです。次、そんなこと言ったら、家に火をつけてやるって。そう言って、部屋に戻っていきました。

なんで刺し殺すじゃなくて火をつけるなんだろう、と的外れな感想を抱いた。だが彼女の真剣な様子に、いかんいかんと気を取り直した。
じゃあ今から、お宅にお邪魔しましょうか。私が息子さんと話をしましょう。
そう言うと、え……!? いやそれは困ります……と彼女は狼狽えた。いや、困るのはこちらなんですが。
そして彼女は、私を家に招くのが困る多彩な理由を並べた。だが全然頭に入ってこなかった。
じゃあ私ができることは何もなさそうですね。
そう言うと、いやそれも困る、という反応を彼女は示した。困った人だ。

私が悪いんです。私が、ちゃんと育ててあげられなかったから。
いつの間にか、現実を変えるための議論から、再び自分語りに戻ってしまった。もういい加減にしてくれよと思った私は口を挟んだ。
「あなた、本当は自分が悪いなんて思ってないですよね」
そう言うと、彼女はカッと目を見開いた。だが母親と向き合えてない彼女が、俺に怒鳴れるはずもない。ただ、そんなこと言われるなんて心外です、私は怒っています、という表情を俺に向けるだけ。

私は、息子のために一生懸命にやってきた。私は悪くないのに、って本当はそう思ってるんでしょう?
そう意地悪に問うた。彼女の口が微かに震えている、だがここでも、何も言い返せない。

あなたが、子供の声を聞かなかった。「あなたのためを思って」という嘘をつき続けてきたから、今息子さんとの関係が破綻しているんです。そして、多分あなたはそれに薄々気づいている。でも目を背けている。自分の罪を認めようとしない。だから息子さんは、あなたに包丁を向けたんです。それが、息子さんの最後通告ですよ。あなたが自分の犯した罪に向き合って、息子さんに本当の意味で謝罪しない限り、息子さんに殺されるか、息子さんは自殺しますよ。

そう、なるべく優しく伝えた。彼女はそう受け止めてないようだが。私が言葉を投げた後、彼女は再び顔に手を覆い、泣き出した。その涙になんの意味があるんですか?と聞きたくなったが、流石にお客様だから控えた。

彼女には、俺の言葉は難しかったのだろうか。彼女は何も言い返さず、そして質問もせず、ただ泣いていた。そして上っ面の、「たしかに、私は全部、私のためにやってきたんですね。私のために、をあの子に押し付けてきたんですね……」と、俺の言葉をただ繰り返した。自分の言葉ではない、借り物の言葉を。

あなた、本当に私が言ったことわかってますか? わかってないですよね?

他人と自分に甘い私は、最後の最後に、そう詰め寄ることができなかった。自分が傷つくのを恐れて、その瞬間、彼女を問い詰められなかった。最後に彼女にヒントを与える、それしかできなかった。

私が言ったこと、完全に今理解するのは難しいと思います。多分あなたの中にも、「全部私のせいだったの?」「押し付け、と言われたけど、でも確かにあの子のためでもあったはず」という、さまざまな言葉が浮かんでいるでしょうから。今日、ご自宅に帰られてから、私が言ったことを改めて考えてみてください。
でも多分、あなたは心の底からは納得されないと思います。まだ聞いてないからわかりませんが、あなた自身が、母親から嘘をつき続けられて育てられてきたから。「あなたのためを思って」という台詞かどうかはわかりませんが、「親の感覚を、子供の気持ちを無視して押し付けられた」ことは間違いないと思います。
その、親の洗脳が解けないままでは、あなたは本当の意味で息子さんと向き合えないでしょうし、息子さんもあなたを許さないでしょう。
だから、本当の意味で息子さんとの関係を修復したいなら。あなた自身が、親と向き合ってください。あなた自身の人生の課題と向き合わない限りは、何も人生が好転しません。もし本気でそれに取り組みたいと思われたら、その時は協力させていただきますので、いつでもご連絡ください。

そう、淡々と伝えた。ただでさえパンクしている彼女の脳内に、溢れんばかりの非常識を突きつけた。私の話を聞いている彼女の表情を見れば、その非常識は本当にただの非常識として拒絶されているのだなあ、というのが痛いほど伝わってきた。
彼女はすっかり泣き止んでおり、丁寧にぺこ、と頭を下げて帰っていった。

それ以降、彼女が私に連絡してくることはなかった。半年ほど経過したある時、何気なくSNSを開いていた私の目に、とあるニュースが飛び込んできた。


千葉県警xx署はxx年10月18日、現住建造物等放火の疑いで、千葉県xx市、無職の男、xxx xx(21)を逮捕した。逮捕容疑は、17日午後8時36分ごろ、鉄骨造4階建マンションの2階自室に放火し、居住面積約97平米を全焼させた、としている。「家を出ていけ、と言われてイライラした」と供述、容疑を認めている。
署によると、同容疑者は40代の両親と3人暮らし。同容疑者は住居内の新聞紙にライターで火をつけた。両親は外出中だったという。


彼女たちは、いくところまで行った。
放火は重罪だ。おそらく初犯だが猶予はつかず、刑務所にぶちこまれるだろう。
もし本件で彼女たちが底をつき。私の言葉を思い出して、人生と向き合う決心をしてくれていれば有り難い、と思う。







以下の長編小説、企画出版希望です。
編集者や出版関係者でこちらの内容を本で出版したい、と思ってくださる方は、

kaigaku.nla@gmail.com

こちらまでご連絡ください。

第一弾:親殺しは13歳までに

あらすじ:
2006年。1日に1件以上、どこかの家庭で親族間殺人が起きている国、日本。そんな国で駿は物心ついた頃から群馬県の田舎で、両親の怒号が響き渡る、機能不全家庭で生まれ育つ。両親が離婚し、母親が義理の父親と再婚するも、駿は抑圧されて育ち、やがて精神が崩壊。幼馴染のミアから洗脳され、駿は自分を追い込んだ両親への、確かな殺意を醸成していく。
国内の機能不全家庭の割合は80%とも言われる。ありふれた家庭内に潜む狂気と殺意を描く。


第二弾:男という呪い

あらすじ:
年間2万体の自殺者の山が積み上がる国、日本。
想は、男尊女卑が肩で風を切って歩く群馬県の田舎町で生まれ育つ。
共感性のかけらもない親たちから「男らしくあれ」という呪いをかけられ、鬱病とパニック障害を発症。首を括る映像ばかりが脳裡に浮かぶ。
世界中を蝕む「男らしさ」という呪い。男という生物の醜さと生き辛さを描く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?