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小説:悪意のない悪魔 ※執筆中


あらすじ

息を吐くように、無神経に人を傷つける。でも本人に悪気はなさそう、だから怒れない。
そんな人間がこの世界には大量に潜み、蠢いている。

群馬県で生まれた河合円(かわいまどか)は、悪気のない人間たちに愚弄され生きてきた。なぜ自分がこんなにも息苦しいのか、生き辛いのか。その答えに向き合えずにいる円は、悪気のない人間たちに追い込まれ鬱病となり、毎日夜中に「首を括りたい」と思うようになる。

どうしようもなくムカつくが、なんか怒れない。
相手に悪気がなさそうだから、怒ったら自分が悪者になる気がする。

そう思い、怒りたい気持ちに蓋をしてしまう人がこの世には溢れている。
なぜ怒りを蓄積してしまうのか。
なぜこの島国では人口が減り続けているのに、鬱病をはじめとした精神疾患者が増え続けているのか。
なぜ年間二万の自殺体の山が積み上がるのか。

この国に蔓延る悪魔との向き合いについて描く。






1章:悪気はないんだから

2007年6月9日土曜 23時43分
栃木県足利市立東中学校 体育館裏
河合 円(かわい まどか) 13歳

 深夜。日付が変わろうとしているが、悪ガキどもの宴はまだまだこれから。梅雨に入ったらしいが、そんなものを感じさせないほど空は晴れている。雲が小さく点在しているだけで、夜空には宝石のように輝く光がうんざりするほど。田舎ならではの良さはこれだけ。澄んだ空気に、綺麗な星。人としての体温がないこの田舎町では、美しいのはこれだけ。せっかくの素晴らしさを、6月上旬とは思えないほどの暑さと、湿気ったアスファルトの不快な匂いが壊す。そしてダメ押しと言わんばかりに、6人の餓鬼どもの猿のような奇声が田舎の空に木霊する。
 通っている中学校の体育館裏。アスファルトの上に中二の同級生達がまばらに座る。胡座をかいている者もいれば、ゴロンと腹を空に見せて寝転がる者。金のネックレスや口にピアスを開けているもの、それぞれが「俺は強いんだ」と自分に必死に言い聞かせ、着飾っている。俺も金のネックレスをつけたかったが、親友の小林龍騎(こばやしりゅうき)に「円ちゃん、似合わねーなあ」と笑われたので今は何もつけていない。ダボダボの黒Tシャツに、生地の薄いペラペラのワイドパンツ、底の厚いサンダル。少しでも身長を高く見せたい、という必死さを隠せないスタイルで、俺も同様に胡座をかいて座っている。
「うわー、酒切れたわ」
 6人のうちの一人がぼやいた。胡座をかいて座っていた剃り込み坊主頭のそいつが、レモンサワー缶を握りつぶし、目の前の壁に投げつけた。カン、と小気味よい音がなり、カラカラと転がる。剃り込み坊主が『お前持ってこいよ』と寝転がっていた茶髪の同級生にいう。茶髪は『めんどくせえなあ』と悪態つくが、のそのそと起き上がり、原チャリに乗って体育館裏から消えていった。茶髪は酒屋の息子だから、いくらでも酒を調達できる。
 6人のうち、もう4人ほどが出来上がっている。顔は真っ赤。酒がなくて手持ち無沙汰のこいつらは、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。この前転校してきた子が可愛かった、とか。俺もう、そいつとヤッたわ、とか。うわまじかよ、お前と兄弟かよ、死ねよ、とか。何が面白いのか全くわからないが、猿のような会話をして猿のようにウキャキャキャ、とバカ笑いしている。夜中に馬鹿騒ぎしているが、周りには家がないからどれだけ騒いでも通報されることはない。田舎の公立中学校に監視カメラなどなく、警備員もいるはずがない。おかげで荒れ放題のこの体育館裏には、そこら中に酒の空き缶やらタバコの吸い殻が散らかっている。蒸せたアスファルトと、ゴミと吸い殻と酒缶の匂い。そして人間ではない何か、の動物臭。ここは底辺偏差値で言えば早慶上智ぐらいあるのでは。
 俺はなぜこいつらとつるんでいるのか。学校でも有名な不良であるこいつらと。低身長で細身で、全く喧嘩も強くない俺が。だがそれは愚問。家に居場所がないから、ただそれだけだ。夜通し遊んで帰らなくても怒られない、家に帰ればギャンブル狂いの養父と母親が空気を劈くような怒号を撒き散らして喧嘩している、無神経な親とは会話すればするほど傷つけられる。そんな、「親から欲する愛をもらえない」「その怒りを表現したい」という利害が一致したから。その心地よさは、奥底に巣食う寂しさと怒りに、一時的に蓋をしてくれる。土曜の夜に独りぼっちでいたら気が狂ってしまう、それよりはマシだから。ただそれだけの理由で、オスとしての強さに満ち溢れたこの動物たちと一緒にいる。「親には感謝しなければ」と本気で信じている他のほとんどの同級生たちと、波長など合うはずもない。
「全然飲んでねえじゃん」
 おいー、と言いながら、顔を真っ赤にした龍騎がいつの間にか隣にいた。俺の小さく狭い肩に腕を回している龍騎。女の子の話で馬鹿騒ぎしていたはずの龍騎。まだ13歳なのに173cmもあって、ガタイもよく目鼻立ちもよく、学校一喧嘩の強い、ボス猿の龍騎。
 唯一の親友。俺とは何もかもが正反対の龍騎が好きだ。無神経なところはイラつくが、無邪気なこの男から、悪意は感じられない。いやほんとはあるのかもしれないが、俺は感じ取れていない。孤独になるよりはマシ、仲良くしてくれるから「良い奴、と思いたい」という自己洗脳が働いているのかもしれない。
 何もかもが正反対なのに、なぜつるんでいるのか。
 龍騎とは小学生の時からの付き合いだ。同じサッカークラブで、互いにエース格。といっても、チームメイトも監督も龍騎自身も、明らかに俺の方が上手いと認識していた。次第に俺はチームに顔を出さず、県の代表チームで過ごすことが増えて龍騎とプレーすることが減っていった。
 だが。上に行けば行くほど、プロのユースチームにスカウトされる奴、年代別代表に選ばれる奴、そして海外遠征時に見た天才達。俺とは、その目に映る何もかもが違う天才達に、元々自尊心が最底辺だった俺は打ちのめされた。もうこいつらには勝てない、でもそれを認めたくない。そんな俺の弱さを見透かすように、試合中に骨折した。全治6ヶ月。「これで諦められる」と、自分の弱さから目を背ける口実を身体から頂いた俺は、巧妙に自分を騙した。俺はしょうがない、だって怪我しちゃったんだから。この10代前半の時期がサッカーの一番の成長期なのに、ここでこんな大怪我しちゃったなら、もうあいつらに追いつけなくても仕方ないよね。俺の努力不足とか、そういう話じゃないもんね。そんなゴミ屑のような言い訳で必死に自分を説得し、俺は自分を諦めた。どうせ俺はこの程度なんだ、と人生を諦めた俺は、再び地元に戻り、龍騎とつるみ出した。何もかもが正反対の俺に、龍騎は「かつて自分が熱を注いでいた分野で、自分より上の男」というその一点で、価値を見出していたのだと思う。自分よりも明らかに小さくて弱いその生物を、龍騎は受け入れてくれた。だから他の血の気が多い不良達も、ボス猿が受け入れてるなら、と俺を仲間として認識してくれていた。
「ういー」
 近所の酒屋の、茶髪ボンクラ息子が帰ってきた。イキった声を発し、原チャを俺と龍騎の前に停めた。そして視界の先で騒いでいた剃り込み坊主はじめその他が、おせぇんだよ、と悪態つきながらこちらに歩いてくる。全然早い方だと思うが。だが中身なんてどうでもいいのだ。こいつらは、ただ騒ぎたい、ただ悪態ついて絡みたいだけなのだから。結果喧嘩になるならそれはそれで面白い、という動物なのだ。
 茶髪ボンクラ息子が、ビニール袋を俺たちの前に置いた。その袋に皆が群がってくる。角砂糖に群がる蟻のように。俺の梅酒サワーは、とか、俺はビール、とか。それぞれが好む酒を手に取り、プシュ、と良い音を立てて口に掻っ込む。既に酔っ払っている龍騎も、ストロング缶を手に取り、グビグビとおっさんのように飲んでいる。そして虚な目でこちらを見て、ニヤッと笑う。俺の肩に腕を回したまま、円ちゃんも飲む? と聞いてくる。
 酒臭い息に、虚な目。この男も色々あるのだろう。まだ13歳なのに、別に人生どうなったっていいや、という60代後半のくたびれたジジイのような、覇気のない目。龍騎の母親は、何度も家に泊まりに行っているからよく知っている。俺に向けてくる顔は、子煩悩な素晴らしい母親だが、それが本当に龍騎に向けられているからは疑問だ。いや、本当に龍騎に向けられていれば、この13歳のガタイのいい男は、こんな哀しそうな面をしてないだろう。
 龍騎だけでなく、「とにかく酔いたい」と、現実から目を背けたがっているこいつらは皆、哀しい面をしている。何かを諦めた、何かに負けたような目。見てると、気持ち悪い安堵感が込み上げてきて胸糞悪い。人間は鏡だ。関わる奴、目の前にいる奴は自分を映す鏡だ。こいつらの眼は、俺の眼なのだ。
 俺はなぜこいつらとつるんでいるのか。さっき自分にした問いを再び繰り返してしまう。奥底に巣食う寂しさと怒りに、一時的に蓋をしてくれるから、と答えは出たのに。じゃあ、それがなければ俺は、こいつらとつるまなくてもいいのでは。夕方学校から帰って、夜になれば母親と姉が帰ってきて。たまに父親もいて4人でくだらない話をしながら夕食を囲む時間さえあれば、俺は夜中に馬鹿騒ぎに加わらなくてもいいのでは。母親が養父に向かって「お願いだから死んでください」と泣きながら言う姿を見せられなければ、ただ自宅の自分の部屋で寝転がって漫画でも読んでいるのでは。そもそも、8歳の時に母親に捨てられていなければ。生きてくれていることが嬉しいよ、と母親に思ってもらい、抱きしめてもらえていたなら。プロサッカー選手になれなかったぐらいで、何者かになれなかったぐらいで、「自分を諦めた男」と打ちのめされなかったのでは。何者でもない自分に価値が無い、だからどうでもいいや、だって誰もすごいねって、言ってくれないから。だって、誰も大事にしてくれないから、だからどうでもいいやって。こんな居心地の悪い場に、頑張って居る必要なんてなかったのでは。
「円ちゃんも飲みな」
 完全にべろべろになった龍騎が、半ば強制的に俺の腕を掴み、ストロング缶を握らせる。唯一の友である龍騎のそれには抗えなかった。龍騎の飲みかけの、3割ぐらいが残ったその酒を口に入れた。ただのジュースのような味。だけど入れた途端に、少しずつ胃のなかを熱(ほて)らせる、胸糞悪い感覚。お腹が込み上げてくる、落ち着かない感覚に襲われる。頭がズキズキする。龍騎の整った顔が、心なしかぼやけて見える。
 円ちゃん、もうやめときな。
 前までは、そう言ってくれていたのに。ここ最近、龍騎は変わった。こんなに虚な、投げやりな顔つきじゃなかった。噂だが、シンナーにも手を出しているらしい。龍騎のことは好きだから、それを聞いた時は哀しかった。こんなにも強くて、かっこよくて逞しい男が、歯の抜けたボロ雑巾に変わっていく姿が目に浮かんだからだ。だが目の前のこのおじさんのような男を見ると、それよりも、怖いという感覚のほうが強い。
「円ちゃんもいい感じだねえ」
 剃り込み坊主が銀のスーパードライのビール缶を片手に持って、俺の隣にきた。全然飲んでねえのに顔真っ赤じゃん、とゴリラ体型の剃り込み坊主が、俺の隣に座る。左側の龍騎と、右側の剃り込み坊主に挟まれた。剃り込み坊主の、酒臭さとタバコのヤニ臭さが混じったゲロのような息の匂いを感じる。まさかこの時、唯一心を許していた龍騎に、心を握り潰されるとは思いもしなかった。
「そういやあ、真実(まみ)とはヤッたん?」
 剃り込み坊主が俺に問う。ゲロのような匂いの息に、それ以上に下衆なものを乗っけて。
 いや、と俺は答えた。そもそも他人のお前に、俺が彼女とどうかなんて、別に話す義理はないだろうが。だがこの田舎では、誰と誰が兄弟なのか、誰々の母ちゃんと誰々の父ちゃんが不倫している、などのまぐわい交友録は、皆に筒抜けなのだ。まるで当然、というように、他人の下半身に土足で入り込む。共有されて然るべき、と宣いながら、皆が下半身事情をおおっぴろげに話す。
「何だよ、あいつすげえいいから早くぶっ込んだほうがいいぞ」
 龍騎がケラケラ笑いながら、信じられない言葉を吐いた。俺の中だけで、空気が止まった。剃り込み坊主も、他の有象無象も楽しく騒いでいる中で、俺だけが呼吸が止まった。ぼんやりとしていた意識が急に冷め、明確になる。空気の流れも、視界も、固定されて動かなくなった。
 龍騎は、俺と真美が付き合っているのを当然知っている。剃り込み坊主以外の有象無象も知っている。なぜそんなに、何も問題ないかのようにゲラゲラと笑えるのか。龍騎を睨みつけることなどできるはずもなく、ただ茫然と顔を固定して、目の前の景色に囚われていた。だが唐突に気づく。こいつらは、彼女だの彼氏だの、ただのタグに過ぎなかったんだ。ただ何となくそういう流れになったから、じゃあ付き合おうか、になっただけで。龍騎もこの剃り込み坊主も、有象無象も、皆がそれぞれ取っ替えているんだ。それがたとえ、付き合っている最中でも、肉の塊を共有して使い、そして自身を肉棒人形として女に差し出しているんだ。だから別に、特別なことじゃない。何も悪いことじゃない。猿どもにとっては、ただそれだけの話なんだろう。
 俺は何の了承も無しに、こいつらのまぐわい村にいつの間にかぶっ込まれていたんだ。さも、それが仲間の証だろうと言わんばかりに、龍騎も、剃り込み坊主も、真美の話で笑っていた。時々チラと俺の顔を見る輩の視線を感じた。そして無神経のクズの一人が、あれ、円ちゃん怒ってる? と余計な、神経を逆撫でする一言を吐いた。
 俺は無視した。だが、そこで初めて龍騎が俺を見た。時間にして一秒にも満たない沈黙の後、龍騎が俺の肩を何度も叩いた。
「あ、円ちゃん、そっか。ああごめんごめん! いや、そういう感じだとは思わなかったわ。今度もっといい女連れてくるからさ!」
 すっかり仕上がっている龍騎が、ついにその本性を晒した。顔面にナイフを刺してやりたい。陰茎を切り取って、口に突っ込んで、母親の前に晒してやりたい。怒りがカンストすると、人間は表情が消える。口は動かず、もう何も発することができない。動くこともできない。筋骨隆々のこのボス猿に刃向かい、返り討ちに遭うことが何よりも恐ろしい。本能でそれを感じとり、ぶん殴ることすらできない。
 消えたい。そもそも河合円なんて、この世に最初から産まれてすらいない。そのようにしてもらえないだろうか。自分を最後のところでギリギリ保っていた居場所は、最初からどこにもなかったんだ。あると思っていたそれが外されるなんて、馬に四肢を引き裂かれるようだ。惨め、苦しい、死にたい、殺してやりたい。だが幼い頃から、怒りを発しても母親から返り討ちにされてきた俺は、もうその術を持ち合わせていなかった。
 茫然としている俺の姿は、この畜生共にはどう映っているのだろう。あれ、結構ガチで好きだったのかこいつ。ああ、そりゃああれだな、なんていうの、ドンマイだな。そんな猿語が聞こえてくるようだ。そして龍騎と剃り込み坊主どもは、ごちゃごちゃ話し続けている。あれじゃん、坂東中のあの、AKBのこじはるみたいな子いんじゃん、あの子、円ちゃんのことカッコいいって言ってたわ。ああ、じゃあいいじゃんその子で。よかったやん円ちゃん。
 何もかもが人間様とズレている畜生共が、勝手に話を進めていた。別に俺が真美のこと好きだったからごめんね、とかそういう話ですらないのに。ここに生きている人間は、人間じゃない。人間としての最低限の機微を発揮し、最低限の慮りをする奴なんていない。察する、なんて崇高なことは言わない。ただ相手を傷つけないように1ミリだけ努力する、つい構ってもらいたくなっちゃうがそれを我慢して踏み込まないようにする。なんでそんな、どんなバカでもできるはずのことができないのか。
 この馬鹿どもを見ていると、だんだんとその顔が親戚たちの顔に変わっていった。俺が大嫌いな親族たち。
 あれは一年前だったか。『円ちゃん、この前女の子と歩いてたよね、あれ彼女?』 と無神経な母親が親戚たちの前で発した。写真見せて見せて、と詰め寄ってくる親族たち。渋々見せると、ああ、と微妙な反応をした。明らかにお前らの顔面偏差値よりは100倍上に行くビジュアルの子なのに。自分の顔を一度も鏡で見たことのないような奴らに、愚弄された。そして母親は、ふ、と鼻で笑った。美人と持て囃されている母親は、『円ちゃんならもっと可愛い子いけるわよ』と言った。
 一年前の光景がフラッシュバックし、現在に戻る。親族たちの顔が、再び不良どもの顔に戻った。あれから、常に頭をもたげてしまう。付き合う子が、己が好きかどうか、というあるべき感覚が消えてしまった。周りから馬鹿にされないか、評価されるか、それだけになってしまった。そして真美と付き合ったが、レベルの高い真美は、俺では満足しなかったようだ。チビで髪の長い、名前と同様に女の子のような俺より、隣にいる遥かに男らしいボス猿に抱かれたいと思うのは、女として当然だろう。
 猿どもはいつの間にか、別の話題で盛り上がり始めていた。怒りと惨めさで発狂したかったが、叫ぶこともできない。拳を振り上げて、殴りつけることもできない。そして未だに、周りからどう思われるか・はぐれ者の振る舞いをしたらどんな仕打ちを受けるか、そんな下らないことに囚われている俺は、立ち上がりこの場を去ることもできない。奥歯がギリギリと鳴る音が頭蓋に響く。拳は固く閉じ、血管が浮き出る。だが当然、それに気づく奴なんて一人もいない。
 もう十分学ばせてもらった。この13年間、実に良い環境で育てられた。血が繋がっていても、母親なんてものは、子供のことなんてわからない。分かろうともしない生き物だ、と。だから、一人目の父親と毎日のように、戦争のような喧嘩をしていたんだろう。そして、年中俺に、「私は被害者。父親はひどい人間」という洗脳と暴力を振い続けた。そして不倫して離婚し、俺を捨てた。その後しばらく経って、父親の元から母親の元へ移送されたが、そこでも二人目の、筋骨隆々のギャンブル狂いの養父と戦争のような喧嘩を見せつけられた。母親は俺の心を見ず、ただ傷口を抉り続けた。『ダメな母親でごめんね』と夜になると泣いたが、一向に離婚せず、ダメな母親を卒業するための努力なんて微塵もしなかった。俺は、男らしい男である養父のおまけ。養父に相手されなくなった時の愚痴吐き相手、都合のいい男。子供として愛されていないのだと、全身で学ばせてもらった。
 そして今。親から愚弄され、親族から愚弄され。それに甘んじて負け続けてきた俺は、唯一の居場所であった龍騎から、「別にお前なんてどうでもいいんだよ」と突きつけられた。居場所を取り上げられた。龍騎も親族も、母親も、本当によく似ていることがわかった。ただ一生懸命、自分の善に従って生きている。悪気なく、自分のことだけしか考えられず、息切れしながら生きている。そんな人間ではない畜生に、何を怒れるだろう。どう怒ればいいのだろう。そもそも怒ったって、意味ないんじゃないか。どうせ人間の言葉なんて通じないのだから。
 今、そう必死に、奥歯を食いしばり、自分に言い聞かせる。だがなぜ、こんなにも苦しいのか。何故こんなにも、心が受け付けないのか。
 全てを蹂躙してやる。母親も、父親も、ギャンブル狂いの養父も、龍騎も、剃り込み坊主共も、手が届かない世界の人間になってやる。
 龍騎、お前はこのままこの田舎で暮らしていくのだろう。中学を卒業して、鳶職にでもなって最初はそこそこ稼ぐ。20歳を前に結婚して子供を二人ぐらい作るだろうがすぐにお前は浮気する。離婚され、再婚しまた離婚し、を繰り返す。シンナーでは満足できず、30手前ぐらいで息苦しさに耐えられずにシャブに手を出すだろう。そして捕まり、出所後は生活保護を受けて月10万円程度で暮らす。そこでたまたまつけていたテレビの映像で俺の姿を見て、お前は自分の人生の無意味さを思い知れ。なんで生まれてきたんだろう、と自分に問い、四畳半のリビングで首を吊れ。
 身体中が痛い。心が苦しい。でも意識だけは晴れやか。変なアドレナリンが出ているような感覚。奥歯の歯軋りも今は消えている。顔を上げると、剃り込み坊主どもが立ち上がっていた。そして龍騎も立ち上がり、俺を見下ろしてニヤッと笑い、言った。
「円ちゃんも、シンナーきめに行く?」







2 執筆中_2024/07/02現在







2章:あなたはちゃんと考えてくれている、はず


3章:人の怖さを知れ


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