吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。㉙マッチングアプリ編その12
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モノリッド戦はこれで完結である。
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。
筆者スペック
身長:160代後半
体型:やや細め
学歴:私立文系
職業:税金関係
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
老いを感じること:酒があまり飲めなくなってきた
登場人物紹介
ベビー
たまたま俺に彼女できた報告をしたばっかりに、今に至るまで俺の無能童貞恋愛相談を受け続けているかわいそうな童顔の友人。圧倒的な恋愛強者でもあり、俺を本格的に恋愛戦場に引きずりこんだ元凶の一人でもある。
俺が告白をちゃんとしたのでちょっと優しくなった。
後輩くん
職場の後輩。
根暗チビの俺に対し、陽キャ高身長細マッチョと真逆の存在。
この俺相手に懐に入ってくる対人能力を持つ。
毎回勝手に結果発表してヘラり出す俺に苦笑している。
ハンドラー
古い友人で、この連載を見ている。
鳩と絵師との桃源の誓いが崩壊した今、もはや俺と共に最前線に出ている戦友は彼しかいない。AIにアプリのメッセージを推敲させているらしい。
鳩
大学時代の友人で、研究室の仲間。平和なヤツ。
恋活パーティーで作った彼女と同棲を始めた。
絵師
大学時代の友人で、研究室の仲間。
あだ名とかじゃなくて本当に絵を描いている。
結婚相談所に入会し、見事成婚退会した。
モノリッド(26)
俺がマッチングした女の子。
それは水面の月ですらなく
大変お待たせいたしました。
一ヶ月以上更新がなかったのは忙しかったからではない。(いやそりゃ忙しいんだけど)心の整理をつけるために必要だったのだ。時間が。あの時、間髪を置かず、感情の赴くままに、何のフィルターも通さない純粋培養の怨念を文字に込めたら、今度こそ俺は人ではなくなってしまうような気がした。
つまり、そういうことである。
これを読んだ読者諸兄が盛大にズッコケてくれることを願う。
ただし、これは供養ではない。俺はまだ折れていないからだ。
ラウンド7:月とスッポンの区別さえ
前回から二週間後、決戦は因縁の地。すなわち、元カノに告白された場所と同じロケーションである。
暇をもてあました馬鹿はその前の週に下見に行こうと思い立ち、なぜかそれに便乗した後輩くんと純粋に休日を楽しんでいた。ありがとう後輩くん。これからお前が職場でどんな目に遭おうが俺は味方だからな。(後輩くんにはラーメンとバーの酒を全部奢った)
…
……
………
巻きで行くぞ。劇的なイベントが無い以上筆が乗らねえからな。
モノリッドとは色々やった。昼前から集合して食べ歩き、商業施設で遊んで周り、カフェでおしゃべり、景色の良い場所でディナーを食べ、夜景を見ながら告白する場所を探す。
不格好極まりない。スマートとは口が裂けても言えない。
勝負を決める場所さえ満足に定められず、そうこうしているうちに潮風が強くなってきてモノリッドが寒がり始めた。
モノリッド「あー、寒いですね!早いところ電車に…」
俺「…ちょっとだけ我慢できる?今ここで二人きりで話せない?」
口頭や文面でモノリッドとの関係を伝えられた全員が勝ちを確信するこの段階まできて、またしても違和感の針が俺に突き刺さる。
──この子、俺がまた告白してくるって想定…なんだよな?
根っから気の利かない鈍感なら、どんなに幸せだったことだろう。
前にも言及したように、その程度の察し力なら俺は既に童貞ではない。
常に周りに気を張り巡らせて、何もかもに注意しているのに、あえて気づかないフリをしているのが俺だ。本当は全て気づいている。
これはネガティブでも童貞の勘ぐりすぎでもなく、単なる事実である。
理屈など分からない。理解したいとも思わない。マッチングアプリを介して男と会っている女が、この期に及んでそんな生ぬるい心構えであることに、共感なんてしたくない。
だが、どれだけ事実を拒んだところで、現実は俺の前に鎮座したままだ。
俺「この前の返事を聞かせてほしい。俺とお付き合いしてくれませんか」
モ「これは…前言わないといけなかったんですけど…」
晩鐘が俺の死を指し示した。
モ「私、前の彼氏も前の前の彼氏も向こうから押せ押せで付き合って、それで結局上手くいかなくて別れてるんですよね。年齢も年齢だし、次お付き合いする人は長いお付き合いがしたいんです。だから、どうしても慎重になっちゃうんです。『なんとなく付き合ってみるか』で付き合うのは違うなって思ってて」
俺「まあ、確かに」
モ「ケツアナゴ(筆者)さんとはもっと会いたいし、色んなところに行きたいと思います。けど、ケツアナゴさんはずっと私にすごく気を遣ってて、私もちょっと構えてるところがあるから、まだお互い素になれてないなとも感じてて」
俺「…」
モ「これからもお会いしていいですか?付き合うかどうかを考えるには、お互いにもっと時間が必要だと思うんです」
俺「…そうだね。分かった。ありがとう。これからもよろしくね」
──…。
──……。
──………。
──あ ほ く さ。
そんな感想を抱いたら終わりだ。
勝ちの目はまだあったのかもしれない。
逸ることではなかったのかもしれない。
だが、考える時間は与えたつもりだ。そもそもこれは4回目のデート。マッチングしてからのべ2ヶ月弱。別段、そこまで急いでいる気はしない。そうであってほしい。
仮に俺が石の上にも三年、桃栗三年柿八年、鶴は千年亀は万年、一万年と二千年、一億年と二千年、あるいは六兆年と一夜を耐えに耐えてモノリッドと付き合えたとしよう。だが、決断が必要な場面で「はい」とも「いいえ」とも言えず、いつまでも選択を先延ばしにするような女と付き合えたとして、それで童貞を捨てることになったとして、果たしてそれは俺にとって幸せな未来だと言えるのか?
モノリッドの名誉のためにこれだけは書いておくが、彼女は別に性格が悪いとは思わない。どちらかと言えば、許容範囲が狭い俺の性格が悪いことは自覚している。実際、モノリッドとデートしている時はずっと楽しかった。「付き合えるかも」という期待値ブーストによるものだったのかもしれないが。
ともかく、これ以上いつ決着を着けられるかどうかも分からない相手にスケジュールや時間を囚われ続けることは、俺の精神衛生上悪影響しかないことであることは確かであった。
すべきことはすべてやった。
言うべきことは全部言った。
しかし、答えは未だ遠のけられたまま。
追うこともできる。足掻くこともできる。ここまでやったのだから、明確に関係が終わるまで戦ってみることも頭に過った。
…が、そこで切り時を見失い延々と執着し、ネットの人間にしがみつこうとするからこそ、俺の精神は成長しないのではないか?俺は訝しんだ。
月とスッポンの区別さえつかずに、綺麗ですねと言い続けても意味が無い。
俺は、違和感の針を抜いて肥溜めに投げ捨てた。
浦島太郎はスッポンを救わない
されど、そんな潔く終われるわけもなし。
俺「殺してくれえええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!俺が人でなくなる前にいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!このままだとミソジニストになってしまうあああああああああああああああああああああああああクソおおおおおおおおマジでおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ベビー「…今回に関してはその女がゴミ」
ベビーの彼女「『次もう一回言ってください』って言ったんだよね?それじゃそこで告白されることなんて想定しているはずだよね?もっと慎重になりたいんなら3回目で言うべきだよね?ていうか4回会っておいて何?慎重になりたいって。自分のことしか考えてないんだね。それじゃケツアナゴくんの気持ちはどうなるの?」
俺「…ですよねえ(鎮火)」
ベビー「まあこれはさすがに誰も想定できないよ。事故に遭ったようなもん。つってもそういうクソみたいな女この世の中普通にいるから。それを知れたという点では収穫だったんじゃない?ムカつくけどね」
自分以外に怒ってくれる人がいると、存外冷静に
俺「なんなんだよもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!徹頭徹尾テメエのことしか頭にねえ!!キープのつもりか!?そうでなかったらなおさらタチが悪ィだろ!?だったらそうやって人生における重要な決断を全部先延ばしにして、結局若さというステータスさえも手放す時が来てもなおウロウロして行き遅れになっとけよ!!『年齢も年齢だから…』じゃねえよ!!俺だってもうすぐ20代終わるんだよォ!!全てが受け身!!何もかもが!!俺がどれだけ頭絞って考えたと思ってんだよ!?そんなやつに時間も費やして金も費やして!!何の意味がある!?何がプラスになったってんだよおおおおおおおおおおおおお返してくれよマジでよお!!なああああああああああああああ!!」
ハンドラー「^^;」
ならなかった。
結局、この後4時間近く電話口にハンドラーを拘束してしまった。
鳩も絵師も向こう側に行ってしまった今、真に痛みを分かち合えるのはもうコイツしかいないのだ。
ハンドラー「昔から口の悪いやつだったけど、歳食って語彙が増したせいでより切れ味が鋭くなってて本当にヤバイんだよな」
俺「すまん」
…いや、深夜3時だぞ。考えろよ童貞。
…
……
………
後日。
俺「…っていうことがありましてね」
鳩「うーん…ちょっと損切りが早すぎない?」
絵師「待ってみてもよかったんじゃないかなあ」
絵師の嫁「その人が『30人のうち半数が女子のクラスがあったとして、その中で5位以内の見た目でないのなら』追ってみてもよかったかもしれませんね。誰が見ても可愛いタイプの子なら遊ばれてるのかなって思いますけど、そうでないなら純粋に恋愛が下手だっただけの可能性がありますよ」
俺「…」
鳩「…」
絵師「…」
俺「…うん、入らないですね」
南無。
やがて薄れゆく痛みの中で
これだけ時間が経ったからこそ、ようやく”それ”を綺麗事ではなく、実感として言葉にできる。
つまり、俺にとってモノリッドとの体験は必要だったということだ。
マッチングアプリ。
今や恋愛市場の大部分を占めている領域。
しかしながら、所詮マッチングアプリである。
当然の話だが、結婚相談所とは熱量が違う。
女性は無料で始められ、対して我ら男性は身銭を切って血眼になりながら相手を求める歪な戦場。指先一つで成立し、指先一つで崩壊し、その日の気分で終了し、その日の調子で切って捨てられる。どれほど体裁をフォーマルに整えたところで、どれほどアプリ婚が増えたところで、どれほど安心安全を謳ったところで、T○nderとは違うとのたまったところで、どこまでいっても男と女がカジュアルに出会いを求める場所であることに変わりはない。
そんなところにも関わらず、俺は目の前の女の子一人ひとりに真面目に向き合いすぎだったのだ。だから相手の一挙手一投足に一喜一憂していた。
それが「目の前の女の子を逃すまい」として視野狭窄に陥り、能力も無いくせに自分の行動を「こうしなくてはならない」と自身で縛り、いつまで経ってもお客様のように相手に気を遣い続け、結果として必死感を四六時中漂わせ、女の子に己の弱者性を自ら見せつけることになってしまっていたのかもしれない。
恋愛市場では、無数の男が生まれる前を思い出したかの如く女の子に群がる。
だがしかし、女の子もまた履いて捨てるほどいるのである。
在りし日のチャラ男『失敗の痛みは試行回数で薄められるぞ』
自分でも驚くべきことに、モノリッドとの邂逅、そして別離を経て、
ついに俺はこの境地に辿り着いたのであった。
アレ以上の嫌な思いをすることなんて早々ないだろ。ダメで元々。当たれば儲けもん。振られたら次行けばいい。焦る必要はない。恋愛だけにリソースを割くのは、土台不健全な行為だったのだ。そんな状態は俺が厭悪していたメンヘラのカリンと何も変わらない。それはいけない。それでは恋愛は楽しめない。
諦観ともいえる楽観を抱え、
妄念ともいえる執念を秘め、
何度も地を這い、
幾度も泥の味を覚えながら、
後ろ指を指されようと、
手元に虚無しか残らなかろうと、
これが血を吐きながら続ける悲しいマラソンでも、
鈍色の星が天に昇ることがないのだとしても、
迷わず行けよ。行けば分かるさ。
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。