吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。㉘マッチングアプリ編その11
前回の記事
前回は実質的な前編である。ご一読いただければ嬉しい。
あまりにも長すぎたので分割した。
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。
筆者スペック
身長:160代後半
体型:やや細め
学歴:私立文系
職業:税金関係
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
一番好きなガンダム:第08MS小隊
登場人物紹介
ベビー
たまたま俺に彼女できた報告をしたばっかりに、今に至るまで俺の無能童貞恋愛相談を受け続けているかわいそうな童顔の友人。圧倒的な恋愛強者でもあり、俺を本格的に恋愛戦場に引きずりこんだ元凶の一人でもある。
俺が告白をちゃんとしたのでちょっと優しくなった。
後輩くん
職場の後輩。
根暗チビの俺に対し、陽キャ高身長細マッチョと真逆の存在。
この俺相手に懐に入ってくる対人能力を持つ。
毎回勝手に結果発表してヘラり出す俺に苦笑している。
モノリッド(26)
俺がマッチングした女の子。
前回の記事で告白した。
月は出ていたかもしれないが
諸君にまだ伝えていなかったことがある。
俺は二回目のデートの時点で、四回目を確保していたのだ。
そもそも三回目のデートはイレギュラー的にねじ込んだものだった。
俺が告白をした時、モノリッドは完全に虚を突かれたような表情をしていた。
ここからは完全に推測でしかないが…モノリッドは、俺が告白するにしても四回目のデートでするのだろうと思っていたのではなかろうか。
…いや、だったとしたらなんなんだよ。
ここに来て尚何も誰も信じていなかった俺は、四回目の存在は無いものとして扱っていた。モタモタしたらまた立ち消えになってしまう。その焦りが、俺を告白に向かわせた。結果として俺の一人相撲だったのだが…。
というか、告白に対する返答が「よろしくお願いします」という真っ向からの受容でも、「ごめんなさい」という正面を切った拒絶でも、「考えさせてください」という後ろ向きな保留でもなく、「次会う時にもう一回言ってもらっていいですか」って何なんだ…?前向きな検討?
普通に考えたら俺と付き合う気が全くないのなら、その場で断るか次会う約束を有耶無耶にして後からブロックするだけでいいので、これはかなり期待大なのではないかという結論に至るのだろう。事実、友人は口を揃えてそう言っていた。ここで疑心暗鬼になったのは俺一人だけだった。
──ああ…ダメか…また一からやり直しか俺は…。
俺「ごめんね、どうしても伝えたくなって…」
モノリッド「私こそすみません!びっくりしちゃって…」
虚脱感。
だが、不思議と胸のつかえがとれたような清々しさを同時に感じていた。
やらかしまくりだったが、やるべきことはやった。
詰まりながらだったが、言うべきことは言った。
全てを出し切った結果がこれなら、悔いはない。
これも巡りあわせだ。
彼女を作るにはまだ足りないということ。
また、レベルを上げて機を待つしかない。
──楽しかったな…。
空港で出迎えられる五条悟のような表情で、俺は店を後にする。
──さて、アイツらまだ飲んでんだろうな。合流するか…。
…
……
………
モ「…二軒目、どうしますか?」
え?
ラウンド6:水面の月は煌々と輝く
俺は完全に虚を突かれた。
俺「あ…どうする?行く?」
モ「はい!行きましょう!」
何の当たりもつけちゃいないが、ひとりでに歩き出す足とは裏腹に、俺の頭はフリーズしていた。
──?!?!?!??!?!??!?!?!?!!?
Celeron未満の童貞CPUが固まってしまった。
──…?
しばらく歩いて、カフェはどこもかしこも混んでて話にならないことを悟って、ようやく思考がクリアになってきた。
あの時点でモノリッドの意図を汲もうとしても、恋愛偏差値マイナス53万の俺に受け止めきれるはずもなし。俺はまず、目の前の状況を如何に平穏無事に終わらせるかについて頭を巡らせた。
…巡らせられない。先の告白で全ての糖分を使い切ってしまった俺の脳みそでは、もはや幽鬼のようにフラフラウロウロすることしかできなかった。
俺「モノリッドさんはさ、こうやってお店を探して歩き回るのって苦じゃない感じ?」
何を聞いてんだコイツは。
もう俺に女の子をスマートにエスコートする能力が求められているわけではないのは分かっていたはずなのに、不安が先行して脊髄が言葉を発する。
モ「はい!全然嫌じゃないですよ。ケツアナゴ(筆者)さんはしんどいんですか…?」
何を言わせちまったんだ俺は。
俺「ううん、全然!」
モ「よかったです。二軒目って普通迷いがちですよね!」
良い子だなあ、本当に。
…
……
………
しばらくして、バーが目に入った。スタンディングだがこの際致し方なし。
またご馳走になってしまった。
モ「さすがにちゃんと引き下がってくれるようになりましたねw」
店内は騒がしい。それゆえ、お互いが顔を近づけて話すことになる。
小さな丸いテーブル。自分のドリンクに口をつける。甘い。
店内はほの暗い。ムーディーな雰囲気とは言わずとも、どことなく二人の間に流れる空気は湿っぽいように思える。
そこで、俺はあることに気づいた。
──なんか…肩が触れ合ってないか?
一瞬目を逸らす。もう一度モノリッドの方を向く。
肩が触れ合っている。
童貞特有の勘違いでも、現実逃避から来る妄想でも、
さりとて偶然から突発的に発生した事故でもなく、
確たる物理的な事実として、俺とモノリッドの肩が触れ合っている。
──…。
俺はそのまま動かなかった。心地よい距離。それに、自分が距離感を勘違いして、意図して身体を近づけたと思われたくなかったのだ。モノリッドが嫌なら離れていくだろう。ほんの薄皮一枚程度でも、自分と俺との間に空気の断崖を置きたがるはずだ。
離れていかない。
──どういうことなんだ…?
読者諸兄、忘れてはいないだろうか。俺はアラサー童貞である。長い長い恥辱と蹂躙と、小さな小さな挫折の果てに、自分が正常な認知能力を有しているかどうかにさえ自信が持てなくなってしまった哀れな生き物である。
この状況が意味することを、俺は理解できなかった。いや、それは嘘だ。きっと、深層では理解している。いや、”そうであってほしい”と願っている。直前に告白の返事を先延ばしにされたこともあいまって、己が今どういう状況に置かれているのかを真剣に悩み始めた。いや、何度目の疑心暗鬼だよ。
俺が半分の脳みそを使って悩んでいる一方で、もう半分はモノリッドとの時間を楽しんでいる。
二人の距離は近い。あと一歩踏み出す余裕さえないくらいに。
ふと、テーブルに目をやる。
そこで、俺はあることに気づいた。
──なんか、置いてる手が近くないか?
モノリッドの方を向く。すぐにテーブルに視線だけ寄越す。
置いてる手が近い。
童貞特有の勘違いでも、現実逃避から来る妄想でも、
さりとて偶然から突発的に発生した事故でもなく、
確たる物理的な事実として、俺とモノリッドの手が近い。
スタンディング席でお互いが顔を近づけて話している関係上、必然的に二人の重心はテーブルに預けられる。支えるのは腕だ。
肩が触れ合う距離に俺たちはいるのだ。置かれている手が近いのは当然だ。
──…。
俺はその場から手を動かさなかった。心地よい距離。それに、自分が距離感を勘違いして、意図して手を握ろうとしていると思われたくなかったのだ。モノリッドが嫌なら離れていくだろう。察して、手を引っ込めていくだろう。
引っ込めていかない。
──どういうことなんだ…?
これに関しては勘ぐりすぎというか、俺が考えすぎなのではないかという思いの方が強い。だから、俺は数センチで握れる距離に手を並べてはいたものの、モノリッドの手を握ることはしなかった。
本音を言えば握ってやりたかった。
一度言及したような気がするが、モノリッドの手は白く、細く、綺麗だ。繊維越しに肩を通して伝わる体温から察するに、きっと温かいのだろう。そして、柔らかいのだろう。
だが、そこで握れるほど俺は傲慢ではない。
読者諸兄、忘れてはいないだろうか。俺はアラサー童貞である。どれほど自分を奮い立たせたところで、やはり淀み切った絶望と諦念を完全に振りほどくことは難しい。というかさっき振りほどこうとして失敗してるのに、とてもではないが強気にはなれなかった。
何より、いくらモノリッドと付き合いたい気持ちがあったとしても、既に返事を先伸ばしにされた以上は、一方的にその気持ちを押し付けるのは違うと思った。確かに情熱的ではあったろう。燃えるシチュエーションではあったろう。だが、これまで接してきてなんとなく掴んだ彼女の性格と、これまでの彼氏の嫌だったところを聞く限り、ここで前に出るのはどう考えても俺の独りよがりにしかならない。
それで正解だと信じたい。
とはいえ、完全には割り切れなかった。
──…。
辛うじて動いていた俺の脳みそのもう半分は、二人の手の距離ばかりを気にするようになってしまった。
──遠い…っ!あまりにも…っ!
ほんの数センチ。密着させるのに、一秒さえかからない距離。そのはずなのに、そこの無限の隔たりを感じる。今の俺に…この壁は超えられない。
…
……
………
ふと、モノリッドがスマホを取り出した。
──…?
そしてアプリを開き始めた。心臓が握られるような感覚を味わいながら、俺は身構えた。
彼女が開いたのは、俺のプロフィール画面だった。
今さら「やはり年収が気になるのか…?」とは、さすがの俺でもならない。アプリに搭載されている、数多の”価値観診断”の結果を突合しているのだ。
モノリッドは、俺の方に向けてスマホを持っている。察した俺は身を乗り出して画面を覗く。
俺は既にその突合を済ませていたが、そ知らぬふりをして結果に一喜一憂する。
モ「わ~!ここ真逆ですね~!」
俺「ここに関しては俺が見栄張っただけだから…」
モ「あ~ここは大体一緒ですね~」
俺「この辺は大事だよね~」
モ「私こういう診断大好きで、ついやっちゃうんですよね」
診断結果をウキウキで眺めるモノリッドを眺めて、俺は思った。
──…。
──……。
──………。
──どういうことなんだ…?
どういうこともこういうこともなく、つまりそういうことなのだが(ということにしたいのだが)…俺は先ほど告白の返事を先延ばしにされている人間である。素直に己が置かれた状況を喜べなかった。
気分はさながら入試の結果を自己採点している時のようである。あれほど死と隣り合わせになっているような感覚は就活でさえも味わわなかったが、まさか30が見えてきた歳になってこんな気分になるとは思いもしなかった。
まあ、俺とモノリッドの価値観は大体合っていると思って構わんだろう。違うところも(そりゃ違う人間なので)あるが、それについてはモノリッドと話した上で、そこまで致命的な齟齬ではないであろうという結論に至った。
…いや、ちょっと待て。どういうことなんだ。どういう意図なんだ。
告白の返事を先延ばしにした上で、俺をどうしたいんだ。
既に両の脳みそを支配されてしまった俺に、考える余地などなかった。
…
……
………
モ「次会う時、なんですけど」
俺「…うん」
モ「一日空いてるんですよね?」
俺「…空いてるよ」
モ「私が好きそうなところを毎回提案してくれますけど、それじゃケツアナゴさんが楽しめないんじゃないかって。だから──」
モノリッドは、とある場所を提案した。
俺「…」
奇しくもそれは、俺と元カノとの決戦の地であったのである。
それでも月が出ているのなら
後輩くん「…チッ…」
俺「えっ」
後輩くん「三回目に告白されようが四回目に告白されようが大して変わんねえだろ…意味分かんねえよ…」
俺「い、いや!三回目は個室とはいえ暖簾だったし、ちょっと騒がしかったし?シチュエーションとして相応しくなかったんじゃない?それにご飯してお茶してってだけじゃ不安だったから、付き合う前に一日デートしたかったからとか?それか四回目が決まってたのに三回目で来ると思わなかったとか?色々あるんだよきっと!色々!」
後輩くん「ハァー…これでケツアナゴさんが振られるようなことがあったら僕が代わりにその子ぶん殴りに行きますからね」
お前そんなキャラだったっけ?
…
……
………
ベビー『いや、意味分かんねえんだけど』
後輩くんと同じ反応を返すベビーに、後輩くんと同じ説明をする俺。
ベビー『そんなもん付き合ってからでもいいだろうが』
俺『女の子的にはそういうわけにもいかないでしょ…』
ベビー『四回目で来ると思ってた説が一番濃いのかもな。それかヤリモクのセンを完全に消したいとか…』
断っておくが、俺はヤリモクではない。(こんなタイトルの記事なのに?)
そりゃあ、己の童貞から解放されたいのは事実だが、それが己が望むものの本質ではないことはもう分かり切っている。
俺『本当にその気があるんならの話だけどな。ここまで来てナシって可能性だって…』
フォローしたり疑ったり忙しいやつだなオメエは。
ベビー『まあ結果はともかくとして、偉いよ。よくやった。一回告白しただけ多少は気が楽になったんじゃない?』
実際、死ぬほどスッキリした。俺が常人と致命的にかけ離れた感性をしていなければ、相手方の反応もダメそうというわけでもなさそうだし。このまま袖にされたら実際に死にそうではあるが。
ベビー『告白の成否は結果論であって、ベストなタイミングだと思うよ。次は最終面接だと思いなよ。就活でもそこまでいけばほぼ確定だもんね』
俺『昔エ○チームの最終面接で落とされてるけどな。わざわざ名古屋まで行ったのに』
ベビー『どうしてお前はそうやって否定材料を実体験で集められるんだ…』
…
……
………
あの時、モノリッドは、どうして告白の返事を先延ばしにしたのだろう。
次で告白してくる想定だったから、あの時点で心の準備をしていなかっただけなのか。
告白するに相応しくないシチュエーションだっただけなのか。
それとも、他にも候補の男がいるのか。
あるいは、シンプルに”俺”と付き合うことそのものを迷っているのか。
「怯えろ!!竦め!!誰一人として気持ちが通じ合うことのないまま、死んでゆけ!!」
──クソ…告白の返事はどこだ…ウッ…なぜ…なぜ来ない!?
──アアッ…ひと思いにやれェーッ!!
「遊びが過ぎたようだな。どうする!?告白はまだ生きているぞ!!」
──ハァッ…言うこと聞け…!!彼女が…モノリッドが…ハッ!!
──何が闇を祓うだ…何が告白してスッキリしただ…俺は…怖いんだ…!
…
……
………
それでも。
それでも。
それでも、月が出ているのなら。
──俺はァ!!付き合いたい…ッ!!
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。
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