カポエラスイッチ第07話

2024年5月3日 17:29

「三庵寺」

　水耕の次に意気投合した飲み客は、寺で住職をしている通称「庵寺」だった。平成に入ってから、どこかの宗家から分派して都内某区にて開闢した新興仏教の生臭金満坊主だ。趣味はボート（競艇）とFX投資。
「人には、一生で三度だけ身を寄せる質素な家があれば十分幸せである」という教えから、彼は三庵寺と名付けた。
「その三度とは、人が産まれる時と、子供を作る時と、そして死ぬ時じゃよ」と、ある夜に庵寺が説諭した。
　皆が感心して頷いた。うんうん、確かにそうだと、俺も一度は得心したが、「産まれる時に庵にいるならば、産む時にもいることになるので、おや待てよ、女性の一生に必要なのは四庵ではないか」と気付いてしまった。そのことを庵寺に指摘すると彼は頭皮までを真っ赤にして、
「仏の教えでは、女は人としてカウントせんわ！」
とムキになってやり返してきた。コンプラアウトなその男尊女卑観に腹が立った俺は、坊主の胸倉を掴んだ。
「女性蔑視のインチキ宗教家め！世に蔓延る数億のフェミニストに土下座しろ！許しを乞え！」
「フェミ支持者なんぞ、数億もおらんわ！あ奴らは選挙パフォーマンスの道具じゃ！バーカ！バーカ！」
　醜い罵り合いに、見かねた店長が二人の間を割って皿を運んできた。
「二人とも熱くなりすぎだって。まあ、本来の仏教ってそもそも男尊女卑なとこがあるからね。三庵寺の教えって原理主義的なんだね。はい、これ今日のスペシャル」
　皿には、何かの動物のどこかの臓物を焼いた塊が乗っていた。その場に居合わせた全員が遠慮なく、グロいだの、エグいだの文句を垂れつつ箸で突き回しているうちに、フェミニズム議論は何処かへと消えていった。その肉は臭くて不味くて噛み切れなかったのを覚えている。
　そんな庵寺は、本人曰く、霊能持ち聖職者の第一人者とのこと。霊能力なるものがこの世に存在するとして、もし仮に庵寺がその道のトップランナーだとすると聖職者業界の低レベルさに危機感を抱かざるをえない。というのも、庵寺は霊の姿を見て声を聴くことができても、自分の声を霊に届けることができない。つまり、霊との双方向コミュニケーションができないのだ。無論、悪霊を除霊したり、調伏して使役することもできない。
「そんなの、もうただのラジオだろ。本っ当に、使えねえジジイ」
と、水耕が言ったのがきっかけで喧嘩になった話は割愛する。
　一方的な悪口は流石に悪い気がするので、良いところも挙げておきたい。庵寺の霊能話は抜群に面白い。あまりにも面白いので、霊の話を漫画か小説にでもすればいいのにと誰かが言ったら、「すでにレディースコミックの原作者をやっとるわい」とさらりとカミングアウトした。店内は大爆笑。すぐさまコンビニにハーレクインを買いに行った。その時の号に掲載されていた、嫁が姑にオレオレ詐欺を仕掛けたものの、結局自分が騙されて無惨に死ぬというストーリーのカタルシスはなかなかよかった。漫画の原作者というのはそこそこ稼げるのかと聞いたら、読切ばかりで収入は小遣い程度だそうだ。それでも霊から色々な話を仕入れることが出来るので、ネタは尽きることはない。レディコミ原作者こそ、彼の天職だ。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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