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カポエラスイッチ 第08話

「超能力」

「いらっしゃい。カポさん一人?」
 トグロマグマで、俺はカポと呼ばれている。カポエラ教室を経営していたからだ。
 投げ渡されたタオルで、横殴りの雨でびしょ濡れになった頭と腕を拭いた。顔を拭くと、焼き物の香ばしい臭いした。
「いや、娘と一緒」
 軒先で傘を丁寧に畳んで雫を落としている愛娘を見て、店長は顔をしかめた。行儀の良くない常連客が集う居酒屋に子供を連れてくるのは俺だって避けたかったが、家族の緊急事態だから仕方がない。
「カポさん、外で水耕さんと庵寺さんに会わなかった?さっきコンビニに煙草を買いに出たんだけど。この雨の中、どっちか一人で行けばいいのに、仲良いよね」
 愛娘が、こんにちはと可愛く挨拶をして店に入ってきたが、店長は入り口をちらと見ただけで何も言わなかった。
 俺と愛娘は、広めのテーブル席に座った。ビールとジンジャエールを注文すると、店長が俺を覗き込んだ。
「シャンディガフじゃなくていいの?」
「そうだよ」
 冷えたグラスにサーバーからビールが注がれた。
「ヤバいのを焼いてるって聞いたけど、何の肉?」
「今日のは珍しいよ。台風で業者が休みだからね。はい、ビールとジンジャエールとお通し」
 お通しとして出された溶岩石で出来た皿には、
 −サソリが二匹−
 −コオロギが四匹−
 −尾を持つ四つ足の爬虫類が一匹−
 種類ごとに刺さった串が三本並んでいた。
「ついに虫にまで手を出したか。サソリとコオロギと、トカゲ?」
「ウーパールーパー」
「これ、揚げてない?」
「揚げてるよ」
「ダメでしょ。串焼き屋なのに」
「うちは串焼き屋じゃなくて串屋だよ。焼きも揚げも任意」
 愛娘は皿の上の節足動物と両生類に興味を示さず、ジンジャエールの入ったグラスに手も付けず、店の入り口を見ていた。雨音に紛れ、荒々しい声が近付いてくる。
 ドアが勢いよく開き、強風と共に男が二人傾れ込んきた。
「大損じゃい!」
 白縞の入った赤いジャージのセットアップにつっかけサンダル、腹の出た初老の男がカウンターに突っ伏した。
「追証金まで盗られて、溶けに溶けたわ!笑えん!酔うぞ!」
 もう一人の気取ったスーツが顎をくいと上げる挨拶をして、カウンター席に座った。びしょ濡れの二人に店長がタオルを投げた。
「あのジャージを着た老人が庵寺。普段はお寺のお坊さん。隣りの眼鏡を掛けた性格悪そうなやつが水耕。あいつが占い師だよ。本職は水耕農家だけど。イメージと大分違ったんじゃない?」
 そうね、と愛娘は品定めでもするかのように二人をとっくりと眺めた。
 庵寺が芋焼酎ロックを一気飲みして、煙草に火をつけた。
 俺は席を立って水耕に頭を下げた。
「妻を探して欲しい」
 水耕は眼鏡を拭いて掛け直した。今日も高そうな腕時計を巻いている。
「どうした?奥さんに逃げられたのか?」
「今朝ハイジャックされた飛行機に、妻が乗っているかもしれない」
「え、マジ?マジで言ってるなら警察行けよ」
「警察のホットラインに電話してみたけど、乗客リストには載っていないって」
「なんだ。じゃあ、乗ってないんだろ」
「でも、航空チケットは、ハイジャックされた便と同じだった」
「便を変えたんじゃないのか」
「そうかも知れない。だから探して欲しい。違う方角にいるなら安心できる」
「分かった。その代わりビール奢れよ。ほれ、手出して」
 水耕が俺の手を緩く掴んだ。俺がどれほど真剣か、水耕には伝わっただろうか。
 すぐに占いの結果は出た。
「ん。あっちの方角だな」
 厨房の冷蔵庫を指差した。スマートフォンのコンパスアプリで方角を確認する。
 二三七度 南西
 地図アプリで日本列島を表示する。東京から南シナ海に向く、概ねハイジャック機がいると思われる方角だ。それだけで断定することはできないが、嫌な予感は増す一方だ。
 水耕が俺の手を離そうとした時、愛娘が俺たち二人の手をまとめて掴み、強く重ねた。
 ビクッと水耕の体が硬直してから急に全身の力が抜けた。椅子からずり落ちる肢体を慌てて支えた。
「おいっ、水耕!どうした?悪ふざけはやめろよ」
 反応はないが、呼吸はある。気を失っただけのようだった。今まで、探し物の能力を使ってこのような状態になったことは一度もないので焦った。
 愛娘は水耕の手握ったまま、冷たく見下ろしていた。
 放置されていた彼が目覚めるまでに、一分も掛からなかった。
 突然、体を仰け反らせ、俺達の手を跳ねのけた。呼吸が止まり、白眼を剥いている。
「水耕さん!大丈夫!?水だよ、飲める?」
 店長が水耕の頬を数度軽く叩くと、眼球がぐるりと回って浅い呼吸を取り戻した。
 水耕は大声で叫び、上体を起こした。
「うおおっ!いっ、今、あっちに行ってきたぞ!」
「あっちって?」
「飛行機だよ!撃たれたんだよ!」
「水耕、落ち着いて。どういうことだ?」
「何と言うか、乗客の一人に乗り憑ったみたいな感じだ。こんなの初めてだ。探す感覚もビンビンに鋭くなっていた」
 水耕によれば、俺の手に触れて意識を集中していると当然、視界に眩い光が炸裂したという。目蓋を開くとディムライトに照らされた薄暗い航空機の乗客席に座っていた。
「浅黒い肌色の手の持ち主だった。指輪の跡が残っている、赤いマニュキュアをしている女だ。隣りのアジア人の男が、声を殺して泣いて神に祈っていた」
「妻は見つけられたのか?」
「いや。気流で機体が大きく揺れて、前方で発砲音がしてそんな余裕はなかった。俺が乗り憑っている女がパニックになって、ポーチを床に落とした。大きな宝石の付いた指輪が床に散らばった。女は指輪を拾おうと通路に膝をついた。俺の意思じゃねえよ。止めようとしたけどコントロールできなくて体が勝手に動いたんだよ。そしたら、すっげえ怒鳴り声が聞こえた。顔を上げると、小銃を構えた覆面の男が駆けてきて、銃床で顎を殴りつけられて通路にぶっ倒れた。よく分からん言語で捲し立てられて、眉間に銃口を突きつけられた。ああ、これは殺されるわ、と思ってたら、案の定、引き金に掛かった指が曲がるのを見たのを最後に、視界は真っ暗。死んだわと思ったら、こっちに戻ってきたって訳だ。だけどな、カポ」
 水耕は言い辛そうに告げた。
「奥さんが、ハイジャックされた飛行機に乗ってるのは間違いない」
「本当か!?無事か!?元気そうだったか!?」
「見たわけじゃない。顔も知らねえんだ。ただ存在をはっきり感じたんだよ」
「水耕、頼む。妻の写真を見せるから、もう一度探しに行ってくれないか」
「無理。さっき撃たれて殺されたんだぜ?そもそも何だよ、この現象は。意識だけ誰かに乗り憑るって。怖えよ」


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

【カポエラスイッチ 目次】
第01話「プロローグ」:https://note.com/juuei/n/n7880bd39740a
第02話「愛娘とプール」:https://note.com/juuei/n/nfbaaedc8834f
第03話「教室、廃業」:https://note.com/juuei/n/nd97c69d0937e
第04話「ハイジャック」:https://note.com/juuei/n/n190dfdfc128a
第05話「妻は、どこに?」:https://note.com/juuei/n/ndd18ccb14c7f
第06話「トグロマグマ」:https://note.com/juuei/n/n14a7884db4fa
第07話「三庵寺」:https://note.com/juuei/n/nd9c2ea1951f0
第08話「超能力」:https://note.com/juuei/n/n5b2a9cc920fc
第09話「見えない、JK」:https://note.com/juuei/n/nf41bd6adbe0e
第10話「能力、開花」:https://note.com/juuei/n/n9f0acf63b57f
第11話「電波砲」:https://note.com/juuei/n/nd410e71f1a4e
第12話「犯行声明」:https://note.com/juuei/n/na30bf186cac5
第13話「Netflixの見過ぎ」:https://note.com/juuei/n/n8db9f11e2e7a
第14話「本当に、撃つのか」:https://note.com/juuei/n/n2024e7fc7c82
第15話「カナエ」:https://note.com/juuei/n/nd70dc3f025d8
第16話「スイッチ」:https://note.com/juuei/n/nb16dea34d890
第17話「エピローグ」(最終話):https://note.com/juuei/n/n7271740ff234


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