見出し画像

カポエラスイッチ 第12話

「犯行声明」

 今朝未明、ジャカルタで発生したインドネシア航空GA872便の航空機乗っ取り事件、いわゆるハイジャック事件の犯人グループがインターネット上で犯行声明を出しました。声明によりますと、今回の事件はISのメンバーによる犯行であり、現在アメリカ当局に収監中とされるスリジャヤナ・ホメニロ氏の釈放を含めた三つの要求をしているとのことです。ホメニロ氏はアフガニスタンの連続爆破テロの首謀者として国際指名手配されており、昨年八月に逮捕されました。現在は、公にはアフガニスタンの刑務所に収監されていることになっています。アメリカ側は、ホメニロ氏の米国本土での収監は事実無根と真っ向から否定した上で、もし仮に本当のことだったとしても、テロリストのどのような要求にも一切応じない強い姿勢を示しました。航空機は現在南シナ海上空を旋回中という情報が入っています。専門家によりますと離陸から十五時間後には燃料が切れる見込みということで、日本時間の本日午後六時が実質の回答期限となります。米国を始めとする同盟諸国間で首脳級の電話会談を行い、事件の収束に向けて協力するとしています。インドネシアの日本大使館では、日本人乗客の安否確認を急いでいます。

 市営プールの帰り道、車の中でラジオから流れていたニュースと同じ内容の書き起こし記事だった。
 それぞれが自分のスマホで事件を調べ始めた。
「ISって?」
「イスラム国」
「アメリカの同時爆破テロの組織だっけ?」
「それはアルカイーダ、だって」
「スリ何とかホメニロとは何者じゃ?」
「テロ組織の幹部だか何からしい」
「本名はスリジャヤーナ・バフォメトゥ・ホメニロ。もともとCIAの諜報員として欧米諸国側のために暗躍していた人物で、1980年代から南アジアで戦闘員に武器の扱いを教えていた。1990年代に過激派と合流。欧米諸国からの影響力を除外するために武装集団を指導。自主自立を目指す英雄として崇められている」
「ありがとう、ウィキペディア」
「それが何故アメリカに捕まってるんだ?」
「捕まってるのはいいとして、どうしてアメリカがそれを否定しているんだろ?」
「アメリカが批判の的にならないようにじゃろ」
「でもさー、この人の解放だけがハイジャックの目的なの?割に合わなくないかな」
「犯行声明が出ているサイトはないのかしら?」
「見つけた」
「英語読める人いるっけ?」
「わし、英検準1級」
「でしゃばんな。最近の自動翻訳は性能がいいからな」
「ありがとう、グーグル」
 水耕のPCを皆で覗き込み、翻訳された犯人の要求事項を読んだ。

一、我らが指導者、スリジャヤーナ・ホメニロ導師を米国悪檻より解放すること
二、新教タマライヤマーナ派の主権国家独立を認めること
三、同国でオリンピックを開催し、カポエラを正式競技として採用すること

「あれ?」
 最初に声を出したのは電波だった。
「お?」
「あ?」
「ん?」
 続いて水耕、それから庵寺、店長と続き、愛娘以外の皆が無言で俺の方を見た。
 しばらく気付かない振りをしていたが、疑惑の肯定と捉えられても厄介だと思い、自分から口火を切った。
「おいおい、おいおいおい。過激派テロリストの要求にどうしてカポエラをオリンピック正式競技にするなんてものが含まれているんだ?翻訳ミスかな?」
 電波が気不味そうに下唇を噛んで俯く。店長は空いたグラスを下げてカウンターに消えた。庵寺が腕を組んで眉間にしわを寄せて目を瞑った。
 水耕がニヤニヤと笑いながら俺を指差して言う。
「カポ、お前が黒幕だろ?」
「いやいやいや、違う違う。待ってくれ。俺だってみんなと同じ疑問を抱いたわけで」
 三番目の要求だけ明らかに異質だ。カポエイラをオリンピック競技にしたい人間なんて、そう多くはない。たしかに、あの頃の自分は熱心にカポエラを布教して回ったこともあった。そのことを皆が知っていることは知っている。だからと言ってそれだけで犯人扱いは酷いじゃないか。
「そうだよ、カポさんを疑うのはやめようよー!怪しいは、怪しいけど。カポエラをオリンピック競技にしたい人なんて、そんなに、というかおいそれとはいないけど。でも、カポエラ使いは、きっと世界に多く存在してるはずだよ。そうだよ、ホセとアドルフォかもしれないよ!」
 俺への不信感を抑え込み、電波が懸命に擁護してくれた。
「ホセとアドルフォか、懐かしいな」
 店長が顎髭を触って、口をへの字に曲げた。
「あいつら、いつも飲みに来てたな。金も持たずに」
 支払いはいつも社長(俺)のツケという福利厚生だった。
 水耕が勝手にホセとアドルフォを能力で探索すると、足元を睨んだ。
「ん?あいつら、地の底にいるのか?」
「ブラジルは日本の裏側だよ」
「さすが電波ちゃん、地理に詳しい!ってことは、ホセとアドルフォはハイジャック機には乗ってないみたいだな」
 水耕がフェイスブックを開き、ホセのページを覗いた。過去のカポエラ画像が映ったが、近況は上がっていない。
「カポさんは、ホセ達と連絡取ってないの?」
「俺のせいで強制送還されたし、連絡取りづらくてね」
「なんじゃ、シャイボーイか。そうか、ではカポの代わりにわしがメッセージを送っておいてやろう」
 庵寺は水耕からPCを奪うと、『Hello, please call Capo-shacho!』とタイプして送信ボタンを押した。
「送るなって!そんな短いメッセージを!」
「直接話して仲直りせい!わはは!」
「恨まれて当然の相手とどんな顔で。というか、連絡を取るにしても絶対今じゃないからな!」
 妻が乗る飛行機の燃料が尽きるまでがタイムリミットなのだ。遊んでる暇はない。
(妻を助け出すために、何ができる?考えろ、考えろ……)
 皆がそれぞれのグラスに口を付け、一口飲み込んだ。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

【カポエラスイッチ 目次】
第01話「プロローグ」:https://note.com/juuei/n/n7880bd39740a
第02話「愛娘とプール」:https://note.com/juuei/n/nfbaaedc8834f
第03話「教室、廃業」:https://note.com/juuei/n/nd97c69d0937e
第04話「ハイジャック」:https://note.com/juuei/n/n190dfdfc128a
第05話「妻は、どこに?」:https://note.com/juuei/n/ndd18ccb14c7f
第06話「トグロマグマ」:https://note.com/juuei/n/n14a7884db4fa
第07話「三庵寺」:https://note.com/juuei/n/nd9c2ea1951f0
第08話「超能力」:https://note.com/juuei/n/n5b2a9cc920fc
第09話「見えない、JK」:https://note.com/juuei/n/nf41bd6adbe0e
第10話「能力、開花」:https://note.com/juuei/n/n9f0acf63b57f
第11話「電波砲」:https://note.com/juuei/n/nd410e71f1a4e
第12話「犯行声明」:https://note.com/juuei/n/na30bf186cac5
第13話「Netflixの見過ぎ」:https://note.com/juuei/n/n8db9f11e2e7a
第14話「本当に、撃つのか」:https://note.com/juuei/n/n2024e7fc7c82
第15話「カナエ」:https://note.com/juuei/n/nd70dc3f025d8
第16話「スイッチ」:https://note.com/juuei/n/nb16dea34d890
第17話「エピローグ」(最終話):https://note.com/juuei/n/n7271740ff234

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?