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カポエラスイッチ 第11話

「電波砲」

「こんにちはー。あーもー、すごい雨ー。風もヤバいよー」
 ボサボサの頭で電波が店の扉を開けた。強風で店内の気圧が一瞬上がり、耳の奥が詰まった。
「電波!こっちこっちじゃ!ほれ、JK、やれ!」
「え?え?なに?なに?」
 訳も分からずに電波は手を引かれて、愛娘の前に連れて来られた。
「ちょっと庵寺さん。いきなりは可哀想だよ。電波ちゃん、いらっしゃい。これ使って」
 店長から投げられたタオルを受け取ると、電波は水滴のついたメガネと濡れた髪を拭いた。
「ありがと。ホットウーロンハイちょーだい。台風なのに皆んな集まってすごいですねー、元気ですねー」
「緊急事態なんじゃ」
「避難勧告出てますもんねー」
「台風じゃなくて、カポの奥さんが乗った飛行機が、ハイジャックされたんだよ」
「ええ!?大変じゃないですか!飲んでる場合じゃないですよー!」
「それが妙な話だけど、今みんなで助ける準備をしているんだ」
 電波は首を傾げてから、口を開けて頷いた。いつもの冗談でからかっているだけか、という顔だ。
「はい、ホットウーロンハイとお通し」
「店長さん。この形は、ウーパールーパー?」
「さすが電波ちゃん、お目が高い」
「いやいや、ウーパーも相当オメガ高そうー。いただきまーす。うええっまずー」
 電波はびしょ濡れのトートバッグからポケットティッシュを出し、口から吐いたものを三重に包んでテーブルにそっと置いた。常連陣には見慣れた光景だ。愛娘は、咀嚼したウーパールーパーを包む電波を、観察するように眺めていた。電波に触れ、能力を開花させようとしている。
 その前に、俺は電波に確かめなければならない。愛娘が店長と水耕には見えていない問題は未解決なのだ。
「電波ちゃん。ちょっと変な質問をするけど、ここに何が見える?」
 俺は隣の愛娘を指差して聞いた。電波は眼鏡の縁をつまんで掛け直すと、テーブルを前のめりに覗き込んだ。
「何って、どう答えればいいんですか?強いていうなら、ブラの肩紐ですね」
 俺の指は愛娘の肩を指していた。雨で濡れたブラウスが透けて、水色のラインが浮かび上がっていた。愛娘が俺に超絶可愛く微笑むと「ヘンタイ」と罵った。
「カポさーん、未成年に手を出したら捕まっちゃいますよ。その子はどちら様ですか?」
 どうやらパパ活か家出少女を拾って来たかと誤解されたようだが、電波に愛娘の姿が認識されたことに俺の心は救われた。そんな俺以上に庵寺が喜ぶ。
「よっしゃ!よっしゃじゃい!見えとる!わはははっ!これで三対二。勝ち越しじゃ!店長、水耕、残念じゃのう!本当に見えておらんのか?」
 二人が声を揃えて「見えてない」と答える。
 電波は椅子から立ち上がって後ずさると、両手を開いたダブルチョップの型でファイティングポーズを取った。
「幽霊なのね!?」
「面倒くさいわね」と、愛娘は電波の前に歩み、凛と立った。
「私は幽霊じゃないわ。電波さん、ママを助けるために力を貸して欲しいの。お願い」
 息をして、話す、愛娘の造形を電波がまじまじと確かめる。目から徐々に警戒が消え、不格好に構えた両手をゆっくりと下げた。
 愛娘は「ありがとう」と電波の両手を握りしめた。
 触れることもできる。ほら、やっぱり愛娘は存在している。
 だが、どうしてだろう。どうして誰も彼も、愛娘の言うことを信じてしまうのだろう。能力を目覚めさせるのも、どういう原理かは分からない。愛娘が自分の能力だと言っているに過ぎないし、その力が本物だと言う証拠は何一つない。
 何もかも確証が持てないのに、愛娘が触れることで、電波の能力は目覚めてしまった。
「あら」
「えっ?……なに?」
 若干怯えが残る電波に、愛娘は弾む声で言った。
「当たりよ」
「アタリか!戦闘向きの能力じゃな!?」
「戦闘向き!?何のことです?」
 まだ状況を飲み込めていない電波に、庵寺が嬉々と語り出した。
「説明するとな。このお嬢ちゃんは触れることで、其奴の眠っている特異な能力を引き出すことができるんじゃ。儂はもともと持っておった霊能力を強めてもらって、霊を従えるようになったんじゃ。すごいじゃろ。それと、水耕の探し物の力は知っておるじゃろ?あれも強化されて、探し物がある場所に行ったかの如く目に見えるようになったようじゃ。店長は傷や病気を治す治癒能力に目覚めたんじゃ。ハズレじゃが。それでの、みんなで力を合わせて、カポの奥さんを助けようとしている訳じゃ」
「カポの奥さんがハイジャック機に乗っているのは、多分、絶対に間違いない」
 水耕が手に持ったグラスを傾けながら格好を付けた。ちなみに、電波は、水耕のお気に入りだ。酔うとすぐに電波の分まで支払いをしようとする。一方、女だからという理由で訳もなく奢られることを、電波は快く思わない。そういう時は大抵、酔っぱらった電波が「うるせえ、このエロ虫が。チープな酒代でゲットできるほど入手難度の低いメスポケモンじゃないやい!」と水耕の肩を拳でエイエイ小突くのだった。見た目に似合わず、極真空手二段を有する電波の拳は硬い。
「それで、電波ちゃんの能力は何だったの?」
 店長がカウンターから身を乗り出した。自分の能力がハズレと言われたものだから、アタリの能力が気になっていた。愛娘が右手でピストルの形を作って見せた。
「電波さん、こんな風に指で鉄砲を作ってみて」
「こう?」と、電波は人差し指と親指を立てた。
「カウンターに吊るしてあるフライパンを狙ってみて」
「こう?」と、腕を伸ばし、店長の顔の横にあるフライパンに狙いをつけた。
「バン、と言ってみて」
「バン」
 電波の言葉が放たれた瞬間、フライパンが破裂するような音を立てて厨房の壁にぶつかり、床に転がった。
 店内の皆が固まったまま停止した。落ちたフライパンには五〇〇円玉大の穴が空いていた。狙いが少しずれていれば店長の顔面が吹っ飛んでいただろう。電波が自分の指先を恐る恐る覗いた。庵寺と水耕は椅子から立ち上がると、電波から離れた。
「今の……私が?」
「そうよ。必要な力で良かったわ。本番も宜しくね」
 満足そうに愛娘が席に戻った。
「本番って、私に何をやらせようとしてるの!?」
「ママを助けて。乗ってる飛行機がハイジャックされたの」
「それって本当の話なの?」
 俺は口を一文字に噤んだまま首を縦に揺らした。
「でも、いくらこんな、鉄砲みたいなことが出来ても、飛行機の中まで届かないよ」
「そう。ターゲットは南シナ海上空なのよね。もう少し作戦を考えましょ」
 愛娘は、いつも通り冷静だ。
「て、店長、大丈夫?」
 固まったままの店長に声を掛けると、驚きで止まっていた息を吹き返した。
「危なかったのう!狙いが外れていたら店長の顔に穴が空いておったぞ!」
「その指鉄砲……、電波砲には弾数制限はあるの?」
 水耕が尋ねた。庵寺と水耕は元々不思議な力を持っていたので、電波の能力のことを自然と受け入れられた。
「今のが初めてだから分からないけど、何発でも撃てそうかな」
「凶器だな。おいカポ。どうやってその電波砲でハイジャック犯を撃つ気だ?」
「俺に聞くなよ。分からない」
「そこの透明なJKに聞けよ。いるんだろ?」
「聞こえてるわ。それくらい考えてるわよ」
 愛娘が不機嫌に答えるのを、俺が復唱して伝える。
「それくらい考えてるってさ。それと愛娘をJKと呼ぶな」
 電波は、ホットウーロンハイをすすり、熱い息を吐いた。
「……私が人を撃つの?」
「そうよ。電波さんと、私達で大勢の人を救うのよ」
 南シナ海上空を飛ぶ飛行機の中にいる相手に、電波砲を当てる方法は分からない。しかし、あの威力の衝撃が頭に当たれば、人が死亡することは容易に想像できる。テロリストだろうが、善人だろうが、人は人だ。突然、殺傷力の高い武器を渡されて、「殺せ」と言われても、普通ならば到底受け入れられる話ではない。だが、電波の返事は違った。
「私……、テロリストのことを知りたい。彼らのことを分かりたい。ちゃんと彼らを理解したうえで、撃ちたい」
「そうね。ありがとう、電波さん」
 電波と愛娘が見つめ合い微笑んだ。水耕が鞄からMacBook Proを出して机の上に置いた。
「少し調べてみるか」
 と、ハイジャック事件の検索結果トップに出たニュース動画を再生した。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

【カポエラスイッチ 目次】
第01話「プロローグ」:https://note.com/juuei/n/n7880bd39740a
第02話「愛娘とプール」:https://note.com/juuei/n/nfbaaedc8834f
第03話「教室、廃業」:https://note.com/juuei/n/nd97c69d0937e
第04話「ハイジャック」:https://note.com/juuei/n/n190dfdfc128a
第05話「妻は、どこに?」:https://note.com/juuei/n/ndd18ccb14c7f
第06話「トグロマグマ」:https://note.com/juuei/n/n14a7884db4fa
第07話「三庵寺」:https://note.com/juuei/n/nd9c2ea1951f0
第08話「超能力」:https://note.com/juuei/n/n5b2a9cc920fc
第09話「見えない、JK」:https://note.com/juuei/n/nf41bd6adbe0e
第10話「能力、開花」:https://note.com/juuei/n/n9f0acf63b57f
第11話「電波砲」:https://note.com/juuei/n/nd410e71f1a4e
第12話「犯行声明」:https://note.com/juuei/n/na30bf186cac5
第13話「Netflixの見過ぎ」:https://note.com/juuei/n/n8db9f11e2e7a
第14話「本当に、撃つのか」:https://note.com/juuei/n/n2024e7fc7c82
第15話「カナエ」:https://note.com/juuei/n/nd70dc3f025d8
第16話「スイッチ」:https://note.com/juuei/n/nb16dea34d890
第17話「エピローグ」(最終話):https://note.com/juuei/n/n7271740ff234

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