カポエラスイッチ第10話

2024年5月3日 17:30

「能力、開花」

　俺は唇の周りについたビールの泡を手の甲で拭い、空になったジョッキを置いた。
「それで、ママのことをどうやって助けるつもりだ？」
「みんなの力を合わせるのよ」
「水耕の占いと、庵寺の霊感だけでどうやって？」
「二人だけじゃないわ。みんなの力を合わせるのよ。私はね、眠っている力を目覚めさせることができるのよ」
「そんな馬鹿な話が」
「パパ、受け入れて。これが現実的な解決策よ。とても非現実的だけど。お爺ちゃん、ちょっとこっちに来て」
　愛娘は、スキップして席を移動してきた庵寺の手を取り握った。
「ただでＪＫと触れ合えるとはラッキーじゃの」
　庵寺は震えて感激していた。いや、愛娘の握る手から強めの低周波が出ているのか、不自然なほど小刻みに痙攣していた。震えが落ち着くと手を離した。
「これでお爺ちゃんの霊感は強くなったわ。霊を呼び寄せたり言うことを聞かせたりできるはずよ」
「イタコの口寄せか？できるかのう。何も変わった感じはせんが」
「試してみたらどうかしら。ほらあそこ」
　愛娘が入り口を見るように言った。俺には何も見えなかったが、庵寺には見えているようだった。
「猫じゃ。猫がおる」
「タイガーよ。パパについてきちゃったのよね。この子はママによく懐いていたのよ」
　俺の実家で飼われていた猫だ。昨晩死んだと母から聞いたばかりだったが、まさか霊となって自分のところに来ていたとは。
「おいで、こっちじゃ。おお、来た。よしよし、可愛いやつじゃのう。おお！触れるぞ！何じゃこれ、本物の猫じゃないのか！？」
　ちなみに、霊能力のない俺と店長と水耕には見えていない。茶色のトラ柄の老猫は愛娘と庵寺だけに認識されているらしかった。顔をしわくちゃにして幸せそうに空間を撫で回す庵寺が不気味だった。
「タイガーはきっと機内でママを探すのに役立つわ。あとは、そうね。テロリストに対抗するための攻撃的な能力があるといいわね」
　愛娘は店長の真正面に立つと、彼の頬を両手のひらで挟み込んだ。女子高生の姿が目に映っていない店長は、触れられていることにも気付かずに突っ立っていた。
「店長、いいのう。JKに頬を挟まれて」
「え？今、俺何かされてるの？」
「こうやって、こうじゃ」
　庵寺が両手でVの字を作って己の頬肉をぐっと寄せ上げて見せた。
「庵寺さん、気持ち悪いって」
　水耕がおしぼりを投げる。
「そりゃ、ワシがやったら気色悪いわ！本物はＪＫじゃ」
　愛娘は首を傾げ、納得いかない表情で店長の顔から手を離した。
「愛娘？うまくいかなかった？」
「ハズレね。戦闘向きの能力ではないわ。傷や病気を治す力。今は不要よ」
「ホッホー！店長すごいぞ。聖人のような奇跡の力じゃ」
「聖人？奇跡？」
「傷や病気を治せるようになったらしいぞ。今は役に立たんハズレ能力じゃがな！」
　店長は、「へえハズレなんだ。ま、どうでもいいけど」と不満そうに言った。
「ねえ、パパ。他に誰かいないかしら？」
「この台風じゃ誰も来ないだろうな」
「電波ちゃんと本郷がもうすぐ来るよ。さっき声掛けておいたから」
　水耕がスマホでメッセージを打ちながら言った。
　電波というのは、電話会社のコールセンターに勤めているＳＦ好きの二十代後半の女性のことだ。本郷は元自衛官、今はペットショップの店員をしている強面のマッチョマンだ。
「楽しみじゃのう！このまま能力者を増やしたら、世界征服できるんじゃないかのう！」
「世界征服なんかしないわ。ママを助けるのよ」
「それじゃあ、よくわからないけど、景気付けしようか」
　店長が皆んなに飲み物を渡した。今度は愛娘の前にもジンジャーエールのお代わりを置いた。見えていないくせに、そういう気配りができる男だ。
「乾杯」
　グラスを合わせるのもおかしな状況だが、本当に妻がハイジャック機に乗っているのかも確信がない。はみ出るほど氷が詰まったハイボールを、指でかき混ぜた。もしかすると全部俺の勘違いで、単なる台風直撃の日に昼飲みをしたというだけで、何事もなく物語は終わるのかもしれない。

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カポエラスイッチ 第10話

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カポエラスイッチ第10話