カポエラスイッチ第13話

2024年5月3日 17:32

「Netflixの見過ぎ」

　店の入り口から風が吹き込み、広い肩幅のシルエットが現れた。
「お疲れさまっす。こんな日に昼間っから、揃い過ぎっすよ」
「本郷！お主を待ってたんじゃ！ほら、そこへ座れ！」
　庵寺は、電波を箸でぞんざいに突いてどかすと、愛娘の隣の椅子を勧めた。電波は人差し指を庵寺に向け、
「次やったら撃つから」
と低い声で言った。庵寺が、ぷるるっと震えた。
　本郷は頭を下げて席に座ると、「生二つ、おなしゃす」と店長にオーダーした。
「カポさん、今日雰囲気違うっすね。何かあったっすか？」
　愛娘の頭越しに俺に言った。ぼうっとしているようで、ちゃんと人を見ている。さすがは元自衛官だ。
「本郷。ここにいるのは、俺の娘なんだ」
　もう試すようなことはせず、俺と本郷の間に座る愛娘を指して紹介した。　　
　本郷はしばらく考えてから、
「何かのテストっすか？」
　と言った。俺と庵寺は肩を落とした。
「あ！これは見えてないね！」
　ビールジョッキを両手に持ち、店長が嬉しそうに本郷に渡した。
「庵寺さんの幽霊話っすか？」
　本郷は一つ目のジョッキを喉音を三回鳴らして飲み干した。
「いや、俺の愛娘の話。いるんだけど、見えてる人と見えてない人がいてさ」
「見えてないのは俺と店長と本郷。これで三対三のイーブンだ」
　水耕が煙草に火を点けた。
「あたしは見えてるよ。可愛い女子高生だよー」
「女子高生っすか！見たいっす！」
　二つ目のジョッキの取っ手を握る本郷の上腕を、愛娘が掴んだ。
「本郷ちゃんは、ＪＫとデートするなら何がしたい？」
　電波に聞かれ、腕を空中て静止したまま、
「恥ずかしいっすけど、腕組んで歩きたいっすね」
と浮かれて答えた。
「今、二の腕触られてるよー。やったね」
「はい、おしまい」
　愛娘が手を離すと、庵寺が興奮して詰め寄った。
「何の能力じゃ！？どうやればいいんじゃ？」
「両手の人差し指同士と、親指同士を合わせて、円を作ってみて」
　愛娘の説明を、電波が本郷に伝えた。ジョッキを置いて、本郷は言われた通りに円を作った。
「何かのゲームっすか？何をすればいいんすか？」
「そしたら、それで誰かを覗いてみて」
　本郷は指で作った枠を通して、正面の電波を覗いた。
「俺の顔が映ってるっす。すごいっす。手品っすか？どうやってるんすか？」
「愛娘、説明して。本郷の能力は何？」
「ああやって指で作った円を誰かに向けると、その人の視界を映し出す窓を作って、空間を繋げることができるわ」
　庵寺が本郷の背中越しに窓を見ると、円の中には鏡合わせのように本郷が映っていた。
「これは、一体どういうことじゃろ」
　庵寺がサソリ串を窓に刺してみた。すると、串先は丸に映った風景に吸い込まれ、電波の鼻先あたりの空間から、ぬっと現れた。本郷と電波が声をあげて驚く。
　庵寺が手を引くと、サソリ串は一本の形に戻った。
「空間を繋げる能力か。ということは、皆の力を合わせてハイジャック犯から乗客を救う方法が見えてきたな」
　水耕がリーダー感を醸してかましている。さきほどは、もう二度とやらないと嫌がっていたのに、電波の前で格好を付けたいのだ。その単純なモチベーションは非常にありがたい。
「いいか、作戦はこうだ。まず、俺が飛行機の中の乗客に乗り憑って視界を共有する。次に、本郷が作る窓に俺の視界を映し出す。最後に電波ちゃんが、その窓からハイジャック犯を狙って撃つ。完璧だろ？」
「わしは？」
　庵寺が悲しそうに自分を指差した。
「俺も入ってないよね」
　グラスを拭きながら、店長が呟いた。皆の力を合わせると言ったのに、三人の力しか使っていない。それに、このミッションは、ハイジャック犯の制圧が目的ではない。
「結果として犯人を倒すのは構わないけど、妻の安全を第一に考えてくれ。頼む」
「そうじゃ、水耕はNetflixの見過ぎじゃ。銃撃戦になったらカポ妻の危険も増えるじゃろ」
「よく分からないっすけど、奥さんが機内のどこにいるか把握できた方がいいっすね」
「愛娘、搭乗券の写真があったよね」
「ママの指で隠れてて座席番号は分からないわ」
「顔写真があったら、飛行機の中で探せるかなー？」
　愛娘がスマホで妻の写真を見せたが、見えているのは俺と庵寺と電波だけだった。愛娘の所有物も認識できないとは、一体どのような原理なのだろう。
「これ、タイガー。スマホに懐くでない」
　妻の写真に反応したタイガーを庵寺が抱き上げる動作をした。なお、幽霊猫を認識しているのは、愛娘と庵寺だけで、俺にも電波にも見えていない。
「本郷さんの覗き窓を使って、庵寺さんがその猫を飛行機に送り込んでみたら？奥さんの所に向かうかもよ」
「ナイスアイディーアじゃ、店長！」
　自分用に濃いめの緑茶ハイを作っていた店長の提案に、庵寺は両拳を掲げて満面の笑みを浮かべた。そのままグータッチ。
　店長の手の甲に熱傷があるのが見えた。ウーパールーパーを揚げた時に負ったのだろう。店長がその火傷の痕を何気なく擦っていると、赤みが薄れて消えていった。

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