カポエラスイッチ第01話

2024年5月3日 17:25

【あらすじ】
カポエラ教室を廃業して無職の俺、手嶋マキオは、娘と行った市民プールからの帰り道に、海外出張中の妻カナエが乗る飛行機がハイジャックされたことをニュースで知る。しかし、勤め先と警察に妻の安否を尋ねると、「そんな人物はいない」と言われてしまう。藁にもすがる思いで、探し物専門の超能力を持つ知人を頼って、行きつけの飲み屋トグロマグマを訪れる。嵐の中、店に集まった常連客に次々と目覚める超能力を連携して、機上の妻を助けるプラン立てるのだがーー。

なぜ、ハイジャック犯は、「カポエラをオリンピック正式競技にすること」を要求したのか？

「プロローグ」

　この黒子ほくろを取ったら、世界の何かがきっと変わる。真夜中に目が覚めると、そんな気がして、魔が差して。闇に光るスマホをタップして、美容整形クリニックを予約した。
　右目の下の黒子をカリカリと爪で掻く。
　憎しとも、愛しとも思わぬ一円玉大のバースマーク。二十歳頃から表面が膨れ上がってきたが、見た目を気にしていたわけでもない。ただ気まぐれの行動がこの世の変哲に作用するかもしれないという空想が、深夜の妙な高揚のせいで面白く感じただけ。ブラジルの蝶の羽ばたきが南シナ海で嵐を起こすことがあるのならば、俺の黒子が世界を変えたっていいじゃないか。
　翌日、錦糸町にあるクリニックを訪れると、顔の整ったお嬢さんが受付で歓迎してくれた。
「人生初のプチ整形なんです」
　周到に用意してきた俺の神妙な照れ隠しに、
「勇敢でステキですね」
と、潤む瞳で手慣れたスマイルを返された。
　カウンセリングルームに案内されると、別のお嬢さんが俺を招き入れた。盛られた睫毛を重たそうに上下させ、彼女は終始笑顔で術式と料金体系について説明してくれた。最初は敬語だったが、いつの間にかフランクな喋りに変わっていた。
「てゆうことは、手嶋っち的にはー、今日オペして、取っちゃうのもぉ、アリって感じですかー？」
　お嬢は尖った小顎に小指を小当てて小首を小傾げた。当日に手術することは想定していなかったのだが、その軽いノリに当てられて、
「ぶっちゃけぇ、あり寄りの、なきにしもあらずんば？」
と、返した。自分でもイエスかノーか分らない。しかし、俺の回答は五捨六入され、すかさず机に並べられた複数の書類にサインをせがまれ、あっという間に処置ベッドに寝かしつけられ、身動きの取れない俺の黒子はＹＡＧレーザーでバチバチと焼かれ、呆気なく蒸散霧消に至らしめられた。
「きれいさっぱり取れました。手術は……大成功です」
　ツイストパーマの若いドクターが、夜通しのハードオペを終えたようなフラフラの足取りで立ち去った。実のところ、彼が宿酔に耐え忍んでいただろうことは、マスク越しにも届く酒臭から分かっていた。
　こうして黒子を失った俺は、目の下の絆創膏を時折撫で撫で、街の風を受けて歩きながら、辺りを見回した。
　歩くたびに幸せがすり減りそうなカサカサな雑踏。黒子を取ったところで、世界は微塵も変わりはしなかった。前の晩の妙なハイテンションはすっかり下火に。クリニックを予約した時がピークだったのだ。やはり、夜中にスマホなんて見るもんじゃない。

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カポエラスイッチ 第01話

「プロローグ」

カポエラスイッチ第01話