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星の王子様 読書記録 第12節 呑み助との出会い

星の王子様の著作権は2005年に切れました。ここは私のフランス語学習の場であるとともに、文学を研究する場です。今回短かった。楽ちん!

  La planète suivante était habitée par un buveur. Cette visite fut très court mais elle plongea le petit prince dans une grande mélancolie :
  <Que fais-tu là? dit-il au buveur, qu'il trouva installé en silence devant une collection de bouteilles vides et une collection de bouteilles pleines.

🌈
 
次の惑星は酒飲みが住んでいた。その訪問はとても短かったが、王子様をとっても憂鬱な気分にした。
 <そこで何してるの?> 空瓶の寄せ集めと、酒瓶の寄せ集めの前に静かに座っている酒飲みを見つけて、話かけた。

🌈単語
buveur
♢名詞
①酒飲み
bouteilles
♢女性名詞 複数形
①瓶;(通常730cc入りの)ワインボトル、酒瓶
②瓶の中身;((特に))ワイン、酒
court
①(長さの)短い、(高さの)低い
suivante
♢形容詞 suivantの女性形
①次の、次に来る、後続の
②次に記す、次のような、以下の
pleine
♢形容詞
①いっぱいの、満ちた、満員の
③中身の詰まった、中空になっていない;開口部の無い
plongea
♢他動詞
~qc/~qn dans qc
①・・・を(液体)につける、侵す、沈める
②[手、指など]を・・・に突っ込む;[ナイフなど]を(人の体)に突き刺す
③・・・を(ある状態)に置く、陥れる、(監獄など)に投げ込む
vides
♢形容詞
①空の、何も入っていない
②[場所が]空いている;がらんとした、人がいない;[部屋が]家具付きでない
③[時間が]あいている;暇な
④内容の無い、無意味な;空虚な

 Je bois, répondit le buveur, d'un air lugubre.
--Pourquoi bois-tu? lui demanda le petit prince.
--Pour oublier, répondit le buveur.
--Pour oublir quoi? s'enquit le petit prince qui déjà le plaignait.
--Pour oublier que j'ai honte, avoua le buveur en baissant la tête.
--Honte de quoi? s'informa le petit prince qui désirait le secourir.
--Honte de boire! acheva le buveur qui s'enferma définitivement dans le silence.
   Et le petit prince s'en fut, perplexe.
<Les grandes personnes sont décidément très très bizarres>, se disait-il en lui-même durant le voyage.

<酒を飲んでいるんだ。>酒飲みは陰気な感じで答えた。
<なぜ酒を飲んでいるの?>王子様は尋ねた。
<忘れるためさ> 呑み助は答えた。
<何を忘れるの?>すでに彼を気の毒とおもっている王子様は尋ねた。
<恥ずかしいことを忘れるためさ。>酒飲みはうなだれて打ち明けた。
<何が恥ずかしいの?>彼を助けたくなった王子様は聞いた。
<酒を飲むことが恥ずかしいのさ!>呑み助は語り終えた。完全に黙りこくった。
 そして王子様は、困惑しながらも立ち去った。
<大人というのは、まったく本当に、本当に奇妙だな>
旅路の途中で彼はそう思った。

🌈単語
acheva
♢他動詞 acheverの単純過去
①・・・を終わらせる、完遂[完成]する
③話おえる、語り終える。

avoua
♢avouerの単純過去 第3人称
①[事実]を認める;[罪、弱点など]を告白する、白状する;[秘密など]を打ち明ける
✅baissant
♢baisserのジェロンディフ
①・・・を下げる、下ろす;低くする、低める
②・・・(の強度)を弱める、低下させる
♢baisser la tête
(1)頭を下げる、うつむく;うなだれる
(2)屈服する
✅définitivement
♢副詞
①決定的に;最終的に
②結局、つまり、結論として
③永久に、それを最後に
plaignait
♢plaindreの第3人称直接法半過去形
①・・・を気の毒に思う
✅secourir
♢他動詞
①・・・を救助する、救出する
②・・・を援助する、救済する;(精神的に)救う
lugubre
♢形容詞
①悲痛な;沈痛な;不吉な、不気味な;陰気な
②[文章の]葬式の、喪を思わせる、死を表す

🌈文学 解説

恥ずかしいとはどういうことか

呑み助の話は最も短いが、最も難解だ。

「恥ずかしい」という感情を抱くときは、どういうときかを考えてみよう。
例えば学校で、あなたがみんなの前で何かを発表するとしよう。

そこで、皆の前にあなたが立つ。でも、まだ何もしていないのに、あなたはとても恥ずかしい気持ちになる。

 何もやっていないのに・・・。つまり、何にも恥ずかしいことなんてしていない。ただ皆の前にたっただけなのだ。

 このことからもわかるように、恥ずかしいとは、自分が周りの人たちの注目や視線を浴びていると感じることなのだ。

 本当はそうではないとしても、本人がそう感じてしまうのは本人の勝手である。

 呑み助は、恥ずかしいことを忘れるためさ。と語る。
これを聞いた人は、てっきりこう考えてしまうだろう。この人は、過去とても恥ずかしいことをして、皆に笑われたんだ。その時のことがいつまでも忘れられなくて、こうしてお酒を飲んで、自分の気を紛らわせているんだ。

 とそう思うのが普通の考えだろう。

 しかし、王子様が、「何がそんなに恥ずかしいの?」と聞くと、
酒を飲んでいることが恥ずかしいのだ。と返してくる。

 つまり、過去何らかの恥ずかしいことをして、それを忘れるために酒を飲んでいるのではなくて、酒を飲んでいることが恥ずかしいのだという。こんなことってあるのだろうか?

 恥ずかしいとはどういうことかを理解しているならば、この呑み助の言葉が理解できる。

 これはどういうことかというと、先ほどの例を思い出してほしい。あなたが発表をするために大勢の前に立ったとき、恥ずかしいと感じたことを。

 これは、酒飲みが王子様の前に立ち、酒を飲んでいるということと同じなのだ。目の前には、大勢の人間ではなく、王子様しかいない。だけど、人目を気にするのに人間の数は関係はない。

 酒飲みは、王子様の目の前で何をしているのかというと、酒を飲んでいるのである。だから、酒飲みは、酒を飲んでいることが恥ずかしいのだ。

 酒飲みは、人目をものすごく意識して、恥ずかしさを感じる人間なのである。

 では、恥ずかしさを感じないためにはどうするのかというと、自分の心に「虚」をかき集めることだ。

 例えばあなたが、裸でいるのが恥ずかしいなら、「服」を身に着けることで、恥ずかしさから逃れることができる。

 呑み助にとって、酒を飲むということは、心に服をまとわせることであり、本当の自分が他者から見られている、という「感覚」を消したいのである。彼にとっては、自分の実像が、常に他者によって見抜かれているような気がしてならないのである。そうして、一生懸命その感覚を麻痺させようとしているのだ。

 そういう意味で、呑み助も「虚」に囚われていると言える。自分には「虚」がなく、周りから自分自身の姿が筒抜けであるかのように感じている。だから、すごい恥ずかしさを感じている。それを忘れるために、酒を飲んでいるのだ。

 酒を飲み、酔っぱらった人間は気が大きくなる。これは、心に「虚」をまとうことができるからである。例えば、お金持ちになったり、異性を獲得したり、試験に合格したり、そうした「虚」を手に入れることができれば、気が大きくなる人間と一緒である。

 ところが、この男はそういうものがあってもなくてもあまり関係がない。自分には、安心できる「虚」が周りにない。そのことを強く意識する男なのである。勘違いしてはならないのは、この男は、別に恥ずかしい過去を経験してきたわけではない。そういうこともあったかもしれないが、そのことと、この男が感じる恥ずかしさは全く別物である。一種の人間恐怖であり、物心ついたころから常に周りの目を意識し、恥を感じてきたはずである。

 日本人にわかりやすく言えば、人間失格の「葉蔵」ではないだろうか。

 酒飲みでアル中、といえば、失業した男性のイメージがある。どうして酒飲みのアル中になってしまうのかというと、仕事というのが男の誇りだった。男は仕事で評価される。それは今もある話だ。

 みんな仕事をしているからこそ、その人間を讃えるもので、仕事、というものを通して、その人を見るのである。ところが、仕事がない人間というのは、まさに丸裸なのだ。無職であることは、恥ずかしいことだと感じる男がいるのは、想像に難くない。

 しかし、自棄になって酒を浴びる。恥ずかしさから逃れるためである。結局周りの人間たちは、そこまで気にしてはいないのだが、本人は、自分自身を守る殻が一切なくなった気がして、周りの人間たちは、無職である自分を見て、無職だ無職だと考えているように感じる。今まで仕事で自分を評価してもらってきた分、無職になると、無職で評価されている気がする。そんな気がしてならなくなるのである。

 大切なことなので、念を押す。無職であることが恥ずかしいのではない。無職は別に恥ずかしいことではない。それなら釈迦もキリストも無職だった。この男は仕事で自分が評価されてきた分、無職であれば無色で自分が評価されていると感じる。そして、それは自分自身が筒抜けになっている状態だ。したがって、自分の実像が周りから見られていると感じる。だから恥ずかしさを感じているのだ。そのことを気にしつづけている。そういう意味で、「虚」にいつまでも囚われているのである。

 皮肉なことに、仕事がないことをそこまで気にしている人間が、仕事に就いた理由は、自分を守りたいだけだったのである。それを却って証明しているにしかすぎないのだ。

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