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悔し涙を流せるか〜防災アプリ 特務機関NERV

エヴァンゲリオンを見たことのある人なら引っかかるであろうこのタイトル。
先ほどiPhoneのアプリストアで調べたら、評価4779件、4.6/5評価と言う超絶高評価。

本書はそんなアプリを開発した石森さんという若干30歳ちょっと(現在)の若者のお話。彼は宮城県の石巻市という海に面した町の出身。東日本大震災の際、幸い両親は無事だったものの、大好きだった伯母を津波で亡くしてしまったそう。
それを原動力に、アプリを開発・公開までの道のりが丁寧に描かれています。

技術的な問題、政治的な問題をどうやって乗り越えたのかというもの非常に興味深く、面白い内容になっています。
ちなみに、ご存知の方も多いかもしれませんが天候や防災に関して個人が予測した結果を他人に提供するには非常に高いハードルがあります。それらは人命に直結する場合もあり、乱発されることにより国民が不利益を講じないために、法律も整備されているんですね。

当事者意識の強さ

そういったことも丁寧に書かれておりますが、自分は本書で一番印象的で考えさせられたのは、石森さんの当事者意識の高さでした。
上述のように、石森さんは震災で大好きだった叔母を亡くしています。震災からやく1年後に葬儀が行われたそうですが、その時の様子を母が語った言葉がこちら。

「この子がこんなに泣くことがあるなんてと驚きました。『大貴(石森の名)のせいじゃない』と伝えたけれど、『悔しい』と繰り返してずっと泣いていた。あの時の姿が今に繋がっていたのだと思います。」

「もっと早く自分が防災に力を注いでいれば、伯母は助かったかもしれない。なんの力にもなれなかった。」

震災で大切な人を失った人はたくさんいらっしゃいます。
後悔、やりきれなさ、心の穴。
虚無感、無力感。
幸いにも自分は直接に関わりある人を亡くす、ということはありませんでしたので推測しかできませんが、おそらくみなさんはいろんな複雑な感情を抱かれたことと思います。
ただ、それを「自分のせいだ」とし、悔しいと涙を流した。
石森さんの凄さ、強さはその強固な当事者意識なのだと思います。(コンピューターに詳しい、という前提条件はもちろんですが)
多くの人は、地震なり津波という自然現象に対し、怒りや憤りのような気持ちを抱いたのではないでしょうか。自分も石森さんの親だったとしたら「あなたのせいじゃない」と同じセリフを言ったと思います。

会社の設立、公開情報コモンズからの情報の入手、アプリの公開。
現在に至るまで、幾多のハードルがあったようですが、石森さんを突き動かしたのはその当事者意識だったと自分は読み取りました。

本書を読んでいて、ふと、以前テレビで見た”卓球の愛ちゃん”の姿を思い出しました。福原愛さんは、今でこそ結婚だ不倫だ離婚だと色々とメディアを騒がせていますが、日本の女子卓球界の底上げに大きな役割を果たしたことは間違いありません。
自分が見た番組では、彼女の幼い子頃の様子を取り上げていました。コーチ役の母親に厳しく指導され、涙を流しながらラケットを振る姿が印象的でした。
母「嫌ならやめてもいいんだよ!」
愛ちゃん「嫌だ、やる!」
と言ったやりとりが繰り返されていました。
もちろん、母の無言の圧力、もしかしたらカメラで撮影されていることによるNoと言えないような雰囲気もあったかもしれません。
だとしても、悔しいと思いながら練習を続ける彼女の姿を見て、後の成功と結びつけずにはいられませんでした。

石森の責任感、当事者意識の強さはゲヒルンの業務に携わり、さらに強化されていきます。上記は、自分の伯母というリアリティのある存在でしたが、もう、そんなリアリティの有無に関わらず、情報の発信の有無や伝達方法の不足により命が落とされること全てが許されてはならないという考えに変遷していきます。

(水害の際にダム放流にて8名もの人が命を落とした事象に対し)
「ダムは手順に則り、事前通知を行なっていたはずだと思う。それでも8人の人が亡くなったのは住民らにその情報が伝わっていない、情報伝達に課題があったということです。ダムの緊急放流による河川氾濫は予測できることで、それで人が亡くなるなんてあってはならない。私たちとしても河川の情報をより早く、適切に伝えるためにどうすれば良いかを突きつけられました」

もう、自分が当事者か否かというレベルを超越し、日本全体にまで視野が広がっている。NERVがここまでtwitter、アプリで信頼を勝ち得ている理由の原動力は、この石森さんの、強固な当事者意識に裏付けされた情熱なんだと思います。

両親、周囲の惜しみない協力

成功要因の第一は石森さんの熱量によるところかと思いますが、忘れてはならないのは、彼の活躍を後押ししてくれるような環境が周りにあったことだと思います。
特に、ご両親。
言い方は悪いかもしれませんが、世間に名のしれた学者、医者といったお二人ではなく、一般的な普通のご夫婦。
ただ、素晴らしいなと思ったのが「子供がやりたいといったことをやらせてあげる姿勢」です。
というのも、石森さんの人生に欠くことのできないパソコン。windws98が大ブームになった頃に彼はパソコンとの出会い、のめり込んでいくわけですが当時は個人で手を出すには結構な金額。
実家にパソコンを導入しようにも、当時は一式揃えようとすると20万もする時代(自分の記憶を辿ってみても、当時はディスプレイも液晶でなく奥行きがあり、デスクトップの端末もどでかい箱を足元なりディスプレイ脇に設置する必要がありました。しかも、値段も今みたいに一桁万円なんてものはなく、10〜20万円台がザラでした。)石森さんは自分のお金だけでは借りず、ご両親に援助を受けて購入に漕ぎ着けます。
文章にしてしまうと簡単なことでしょうが、特に石森さんのご両親はパソコン機器に詳しいわけでもありません。例えが悪いかもしれませんが、突然子供に「ピアノを練習したいから20万円出して買ってくれや」と頼まれたとして、即金でポン、というわけにはいかない気がします・・。
理由を聞いたり、本当に継続できるのか子供に確認したり。
多分、自分だったらそういうことをしてしまう。
それがなく、子供を信じきったご両親。本当に偉いと思います。
そこから自宅に設置したパソコンにより、石森さんは世界をどんどんと広げていくわけです。

この話を読んだ時、さかなクンの自伝を思い出しました。

言わずとしれたさかなクン。本書も小中学生に強くおススメしたい一冊で、彼がどれだけ強烈に魚に惹かれ、のめり込んでいったかがユーモア溢れる筆致で描かれています。
さかなクンが熱意を失うことなく、魚と真摯に向き合い続けて今に至っていることは本当に素晴らしいのですが、もう一人、影の功労者であるお母さんのことが心に残っています。
詳細は本書に譲りますが、子供が魚を飼いたいからと部屋を水槽だらけにし(スペースだけでなく、膨大な電気代がかかる)、ニオイのする魚を持って帰ってきて家を汚し、魚を見たいからと頻繁に市場に連れて行けという子供。
お母さんは何一つNoと言わず、むしろ応援している。
損得勘定なく、子供の好きを育ててあげたいという気持ちが伝わってきました。


過去一に長文になってしまいましたが、
・強い当事者意識
・周りの応援・後押し
少なくとも2つの要素は、世で成功している人に共通するものかと。

最近、若手社員を教育するような立場になり、色々と難しさを感じているところ。説明のわかりやすさ、相手にとって受け入れやすい態度。勉強しなければならない項目は多々あるのですが、一番大変だなと思うのは、
「いかに当事者意識を持ってもらうか」
ということ。
1つ1つの細かい知識なんぞ、あとからいくらでも身につけられる。一方で、「自分がやらなきゃ」という風に危機意識を持って仕事をしてほしい。それにはどうしたら良いのか?それが目下、自分の課題です。

震災で身内を亡くしてしまった人も、プログラムの知識も豊富な人も、たくさんいたかと思います。彼・彼女らと石森さんの違いは何なのか、石森さんをそこまで駆り立てた背景はなんなのか。
自分なりに考え続けて見たいと思いました。

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