受験生が東大に見る「夢」【東大はなぜこれだけ難しいのか】

多忙から解放されたので久しぶりに記事を書こうと思う。

最近、面白い記事があった。
東大の合格者平均、合格者最低点を分析した記事である。

筆者が受験生であった時の感覚ともフィットする一方で、東大は理科一類の難易度が以前と比べて上昇しているのが特徴的である。筆者が受験生であった時から理科一類はかなりの難関であったがここまで来たかという印象である。
東大文系は凋落したと言われているが、数字を見る感じ東大文一が若干易化したくらいで、文ニなんかはむしろ昔より若干ではあるが難化したイメージである。
一方でこのブログでも従前から述べてきた通り、東大卒の卒業後のパフォーマンスは明確に医学部に劣後する。別に医学部だけではない。昨今ジョブ型雇用が広がりつつあることを背景に旧帝大の理工系の方が東大文系に行くよりもベターな選択肢なのではないか?と思うくらいである。
東大生が入社する大企業としては、下記のような就職偏差値を参考にしていただきたいが、感覚値としてこの表の偏差値70以上に行ければ明確に勝ち組、少なくとも63以上に行けていればそこまで問題なしと言えるだろう。

一方でこの中の企業で総合商社、外資金融、コンサルであれば、瞬間風速的には勤務医の平均年収に勝てるかもしれないが、キャッシュの安定性や生涯賃金、勤務地が都内に限定されないという医師の特性を踏まえるとやはり、東大は勤務医には及ばないであろう。更に働き方の自由度という観点でも劣後してしまう。

また昨今では生成AI主導の半導体ブームで、東京エレクトロン、レーザーテック等の半導体関連銘柄のパフォーマンスは凄いが、東大文系を卒業してこれらに入社することは叶わないだろう。
せいぜい入社できたとて経理や法務等、半導体に直接触れることは難しいだろう。これは東大文系に限らず、殆どの学部では半導体関連の専門性は着かないので、東大理系であってもこれらの企業への入社は叶わないだろう。
芝浦工業大学の電気電子工学とかの方がこれらの企業に入社出来る可能性は高そうである。

またデータサイエンスやIT等の先進的な分野に行きたいのであれば、京大の工学部の情報系や東工大の情報系更には、一橋大のデータサイエンス系の学部に進学した方が良い。
このように東大よりも就職先が良い、潰しが効く大学、学部学科なんていくらでもある。
更に厳しい話をすると、これだけ難しい東大の理科一類に晴れて入学できたとして、進学振り分けで情報系(工学部計数工学科、工学部電子情報、理学部情報学科)に進学できるのは上位3割である。分析記事を参考にすると、恐らく東大の情報系に進学するのは、京大医学部医学科並みの難易度で、確実に東京医科歯科とか阪大医学部は超えてくるはずである。
東大の大半の学部学科はその進学に要したコストと卒業後のパフォーマンスが見合わないのは、社会に揉まれた大人であれば気づいているはずである。

そこで今回考えたいのは、なぜ東大はここまで難しいのかというテーマである。
株式等の自由市場において、ミスプライスは是正されていくのが普通であるが、大学受験ではなかなかそのような現象は起きない。高校受験では東大合格者の数や別学から共学への転身などをトリガーにして序列は激しく入れ替わるが大学受験はその限りでない。
東大が卒後のパフォーマンスに比してこれほどまでに難しいのは日本の構造的な問題そして大人の感情論的な問題がそこには潜んでいるのではないかと考える。以下に筆者が考える理由を述べていきたい。

1.日本一の大学で天才層がこぞって志望するから
東大には年間で3000人超合格できる。一方で筆者の感覚値であるが、科類別で見た際に以下の定員数は生まれながらにして東大に合格することが運命付けられているような層で埋められてしまっている。

理科一類:350人
理科二類:100人
理科三類:100人
文科一類:150人
文科二類:100人
文科三類:50人

これらの層は、生まれつきギフテッドで、しかも環境にも恵まれた層である。イメージとしては、親も高学歴高収入で(ここでは両親ともに高学歴で、血統が良いことを指す)、勉強する環境に恵まれているような層である。首都圏と京阪神を中心に生息すると考えて良い。更には地方在住の医者の子弟などもここに該当する。また一部、別枠にはなってしまうが発達障害ブーストを用いて成り上がってきた層も含まれるかもしれない。

合計で850人程度である。ここは指定席だ。どうあがいても勝てない層である。東大の入試ではイメージとして理系では280~290点、文系であれば300点(いずれも2次試験)を超えた辺りから努力だけではどうあがいても到達できないラインが存在する。この人数は多少上下するが、どれだけ努力しても実は一般人の枠は2000枠程度しか残されていないことが分かる。
ちなみにこの残りの2000枠程度も開成や灘の「平均層」と奪い合う必要がある。そう考えると、例えば普通の受験生が高校受験辺りからエンジンをかけたとしてもどうしても間に合わない可能性がある。
東大はその上に大学が存在しないので、日本中の天才たちがこぞって志望してくる。筆者のような普通の家庭に生まれた凡人に残された枠は、一見多いようで実は多くないというのが現実だ。

2.東京にある大学だから
二つ目の理由が東京にあるという単なる立地の問題だ。
とてもシンプルな話で東京一極集中が進んでいる中、人、モノ、カネが東京に集まってしまうのは仕方がない。就職活動を行うにも、その後の社会人生活を送るにも大学時代から東京に住んでいることのメリットは計り知れない。
また別の観点になってしまうが、東京在住の優秀層が持つ大学進学の選択肢は一見多いようでそれほど多くない。
これは以前も述べたことであるが、関西在住であれば優秀層はイメージとして、東大、京大、そして関西の医学部に分散する。更に言うと別に関西人は関西から出ることに抵抗がないので地方の医学部にも平気で進学する。これは九州や愛知と言った他の地方都市でも同じであろう。
その一方で東京の最優秀層に残された選択肢は多いようで多くない。まず関東在住の人は、下野つまり関東からは出たがらない。京大に進学するものもいるが、数としては無視できるほど少ない。

そうなってくると残された選択肢は、東大、早慶、東工大、一橋、医科歯科、横市医学部、千葉大医学部くらいである。
この中で東工大と一橋は受験と言う観点では明確に東大の下位互換である。
関西では、地元が近いという理由で東大ではなく、京大に進学する層はかなり存在するイメージだが、この二校ではその現象が起きない。筆者は過去に一人として東大にも行けたが、一橋や東工大に進学した者を聞いたことがない(ちなみに就職活動においては、明確に東大の下位互換とは言い切れないのが面白いところだ)。早慶は東大に落ちてしまった場合の滑り止めだ。どちらかというと、東大にも余裕で合格できたような層は、中学受験や高校受験の段階で早慶の付属校に回収されている可能性が高い。
このように考えると、関東の最優秀層に残された選択肢は東大と医学部三校しかない。しかも医学部三校と言っても枠がそもそも多くない、かつ関東はエリサラの子弟が多く医学部志向がそこまで強くないので、多くの受験生は結局のところお膝元にある東大を目指すことになる。そしてこのことが後述する3の問題と密接に結びついている。


また別の観点だが、地方(田舎)には、その地域を出たいと思っている高校生、東京に出れば何か変わるのではないかと言う希望や期待を抱いている者が一定人数存在する。勉強が出来過ぎてしまったり、発達障害を抱えていると地方の閉塞的な人間関係にはどうしても馴染めないのだ。
筆者の話になってしまうが、東大を目指していた理由の一つとしてやっぱり東京に行けば、人生何かが変わるかもしれないという薄っすらとした期待感があった。
今では、自分の生まれである関西の田舎も悪くはないと思うようになったが、高校生の時は閉塞感や孤独感を感じていたのかもしれない。(ただ当時はそれを言語化することは出来ておらず、閉塞感と言う言葉も知らなかった)今では散々、note上では学歴の無い人間が東京に来てもろくな人生にならないと言っているが、高校生の筆者も実は地方に出稼ぎして稼ぐ地方出身東京在住の風俗嬢やそれを取り巻くホストのようなアングラと似たような「心の問題」を抱えていたのかもしれない。

3.首都圏とその他地方の教育格差の進行
首都圏と地方の教育格差は近年さらに大きくなっていそうだ。これは体感なので実際のところは分からないが、東京では幼少期から英語教育なども行っている中で地方ではやはり情報と機会の少なさから幼少期からガッツリと教育を行う家庭は少ないと思う。
東京の街を歩いていると至るところに塾がある。塾に限らず、知育教育や英会話教室、インターナショナルスクールとラインナップが豊富だ。
また中学受験も激しい。昨今で小学4年生スタートでも早い方ではないらしい。
田舎の小学生が地元で遊んでいる間に東京の学童は勉強しているのだから、差が出来て当然だ。更に言うと優秀な遺伝子はこぞって東京に吸収されてしまうので、地方と東京では遺伝子格差もあるかもしれない。
こういった社会的な構造問題があるので首都圏の受験生の平均レベルは確実に田舎のそれよりも高いだろう。
そういった中で、サラブラッドな首都圏の子弟がこぞって足元の東大を目指すものだから、東大は難しくなるのである。考えてみれば当たり前である。

4.東大が進学実績のKPIとして使用されるから
これも構造的な問題だ。今でも高校のランキングと言うか格付けは東大の合格者数によって決まってくる。一番分かりやすい指標なので、メディアがこれを取り上げるのも仕方ない。超進学校では、そもそも東大に進学するのが当たり前であったり、放任主義のところが多いので、進学先も生徒の自主性に任されているところが多いので無理に東大を勧められるという事はない。
しかしその一つ下の層になると、高校の「格」は毎年の東大合格者数によって激しく変動するので、優秀な受験生は東大進学を勧められるという構造が存在してしまう。
医学部や工学部の情報系や電気電子系更にはデータサイエンス関連などの「手に職」系の学部の価値の高さに高校生の時は気づくことが出来ない。
親は薄っすらと分かっているかもしれないが、「子供が東大に合格した」と言う甘美な悪魔のささやきに抗うことが出来ない。
このような構造もあって、受験生、親、学校の教師の三者がタッグになって東大合格へと邁進していくという構造が毎年全国で見られるのだ。

5.東大には受験生の夢そして親の期待がつまっているから
今回のタイトルにも込めたが、結局のところこれが一番の答えなのではないかと思う。
筆者自身もそうだったが、高校生の時は「東大に行けば、何か人生が変わるのではないか、望めば何にでもなれるのではないか」と考えていた。
イブリースさんの記事でもあるように受験生は東大に無限のポテンシャルを感じているのである。また筆者にもそのような部分は多分にあったが、東大合格自体がそもそもの人生の夢というか目標になってしまっている学生も多い。

更に言うと親も同じだ。ただ受験生とは少し考え方は異なるかもしれない。
エリサラであれば、薄っすらとは気づいている。別に東大に進学しても何者にもなれないなんてことは。医学部や弁護士、公認会計士更には手に職系の工学部の一部の学科に進学した方が遥かに潰しが効くことも。
ただそうは言っても、親と言うか人間と言うのは誰かに夢を託したいものなのだ。
受験生の親世代と言うのは、40代後半とかが多いだろう。40代後半は一番人生で辛い時期らしい。この年代になると自分自身の人生の行く先はもう見えている。ここから先はもう人生を変えることが出来ないということも。
だから、せめて自分の子供には大きな夢を抱いてほしい。先が見えた自分の人生とは対照的な、まだ色んな可能性や夢が広がる子供の将来に過剰に期待してしまうのである。

勿論先ほど述べたような医学部などの選択肢も良い。しかし大人は「社会と言う名の現実」に日々苛まれており、医学部のような現実的で安泰な選択肢と言うのはあまり響かないのかもしれない。
例えば、あなたの息子(17歳)が将来の夢として以下のように伝えてきたらどうだろう?
「将来は、一番簡単に入学できる地方の国公立医学部に進学して、卒業後は地方のハイポ病院で研修医をしてから、AGAスキンクリニックに就職。毎日おじさんのハゲ頭を見るととともに健診バイトや脱毛クリニックのバイトなどもこなして日銭を稼ぎたい。数年経過してから女医と結婚。二人でローンを引いて都心5区のタワーマンションを購入して含み益を狙うとともにとともに余剰資金はS&P500かナスダックにでも投資して、早めに一丁上がりたい」
とても現実的かつ世俗的な選択肢だ。女医との結婚以外は、恐らく実現確度も高い。
それでも筆者であれば、一体自分はどこで教育を間違ったのかと悩んでしまうと思う。
それよりも、
「将来は、理解一類に入学して苦労してでも情報系の学科に進学して、GAFAMに入社したい!」
「JAXAに入社して、宇宙に関わる研究がしたい!」
「国際機関に入局して、世界の貧困をなくしたい!」
と言われた方が、例えそれが実現困難な道だと分かっていたとしても応援したくならないだろうか?子供の(非現実的で、飯も食えないかもしれない)夢を後押ししたくならないだろうか?

繰り返しになるが大半の大人と言うのは一定の年齢を過ぎると自分の将来は見えてきてしまうものなので、自分の子供に夢を託したくなるものなのだと思う。
だからこそ、あまりにも現実的・世俗的な選択肢を子供が語ってきたら、素直に応援出来ないものなのだと思う。
大人だって本当はファンタジーの世界で生きたいのである。
やっぱり東大にはそれだけのポテンシャルがあり、受験生そしてその親の夢が詰まっているのである。(現実には当初思い描いた夢を実現することさえ難しいが)
これが東大の「バブル化」を招いてしまうのである。


以上が東大の難易度がここまで高い理由ではないかと推察する。
勿論、高校生の時に思い描いていた姿を実現する東大卒もいるし、そもそもモテたいとか、一定程度の金銭を苦労なく稼ぎたいといった世俗的な思いで、東大に進学した層は社会に出てからもあまり挫折感は感じないだろう。
その一方で夢破れた東大卒の一部は、卒業後に初めて進路選択を誤ったことに気づき、高校生の時から「大人な」進路選択を行えばよかったと後悔していくのである。