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短編小説/Sweet Quiet Forest


心臓をテーマにした短編集です。


①【プレゼント】

「パパ、届いたわよ。私の欲しかったもの」
 
 大きな箱を抱えたアネットは早速リボンをほどいた。

「ほう。例のあれかい?」

「そうよ。ネットにあった『黒いサンタクロース』にお願いしたの。
 ふーん。悪いことする奴でも形はみんな同じなのね。ほら見てパパ。
 去年学校の帰りに車に私を押し込めて服を脱がそうとした男の心臓よ」

 赤い塊を持ち上げてくすくす笑うアネットの鼓動もくすくすと鳴った。


②【願い】

病室にやって来た二人の刑事は神妙な顔で告げた。

「福本真理さん。昨日鈴木由紀夫が亡くなりました。交通事故で。
 一応お知らせにと思いまして」

 真理と母親は手を取り合って安堵の表情を浮かべた。

「よかった、と言うには不謹慎でしょうが、これでもう鈴木からの
 付きまといはなくなりますよ。ご報告までに」

 長年真理は鈴木由紀夫からストーカーの被害に遭っていた。
 彼は元看護師。
 入院していた真理に一方的に思いを寄せ、彼女に迫った。
 真理は転院を余儀なくされ、鈴木も看護師資格を剥奪されたが
 付きまといは止まらなかった。
 警察に被害届けを出して接近禁止命令が通告されても
 鈴木はどこかで見ている。
 そのせいで真理の病気はますます悪化した。
 彼女の命はあと一年と宣告された。

 だが翌日のことだった。
 「福本さんドナーがみつかりましたよ」
 医師が笑顔で告げた。
 心臓の悪い真理は移植以外助かる見込みはなかった。
 しかしそうそう合致する提供者は現れない。
 諦めかけていたがやっと見つかったという。

 すぐに移植手術が行われた。
 無事に成功したその夜に真理は夢を見た。
 壁に大きな自分の写真。
 その横で血の滴る心臓が笑っている不気味な夢だった。

 クーラーボックスを片付けた移植コーディネーターは
 深夜パソコンにその名前を打ち込んでいた。
 
 福本真理  心臓提供者 鈴木由紀夫

③【ミカとミク】

 ミカとミクは仲良しの双子
 髪型も洋服もぜーんぶ一緒

 好きな食べ物 チーズケーキ
 嫌いな食べ物 ピーマン
 50メートル走 8.3秒
 将来の夢 アイドル歌手
 
 全部一緒のミカとミク
 好きな男の子も一緒
 なのにユウキ君どうしてひとりしかいないの?

 だったら半分こしましょ
 腕と足はひとつずつ
 綺麗な顔は玄関に
 でもほしいのは彼のハート
 どうしようか どうしよう
 なら決めましょ 
 じゃんけんで
 三回勝負
 後だしなしよ!


④【本物志向】

 「女王様、仰せの品お持ちしました」
 
 二人の家来は膝を折って両手を高く掲げた。
 銀色のコーデュロイの上に乗せられていたのは上等のルビー。
 女王は開いた目を輝かせた。

 「おお素晴らしい。なんと麗しい深紅の深み。
 私のコレクションに加えるのに相応しい。
 宝物室に納めておけ。よい品だ」

 ははあ、と家来は頭を深く折り曲げてから一歩下がった。

 そして廊下を歩いて宮殿の一番奥にある部屋に入った。
 家来たちは鼻をつまんだ。立ち込める異臭に吐き気がする。
 そこにはいくつもの心臓がぶら下がっていた。
 いびつな形の赤い塊。女王のコレクション。
 タイルの床には黒ずんだ血がこびりつき、いつもどこか濡れていた。

「やれやれ。一体いくつまで増えるのか。
 女王様にはこれがルビーに見えるというのだからな」

「全くだ。集める我々の身にもなってほしい。
 我が子が亡くなったのがよほどショックだったのだな。
 もう死んでいるのにいつまでも離さない。
 腐ってきた体から剥き出しになった心臓がルビーに見えたと言って
 それ以来心臓をコレクションしだした。
 これで我が子が生き返るような気がするのかもしれないな。
 お気の毒ではあるが、女王がこれではこの国ももう終わるな」

 まだ動き出しそうに血を滴らせる心臓を乾かすために
 二人の家来は天井からの鎖に繋いでぶら下げた。

 
 
⑤【2178年】


 「さあお集まりの皆様。いよいよ本日のメインの登場です。
 この世に残る最後のひとつ。もう二度と手に入ることはない商品です」

 興奮気味に話す司会者に会場も一気に熱が高まった。

 深紅のカーテンが恭しく上がる。
 出てきたのは血に染まった人間の心臓。
 会場はどよめき、みな席から立ち上がり、矯声が轟いた。
 チタン、チタンと絶えず落ちる赤い滴。
 まるでチェンバロの音色のようだった。

「これは昨夜死んだ最後の人類の心臓です。
 彼女が息絶えて地球上から人間は一切消えました。
 どうですこの美しい色。人間とはなんと鮮やかな色彩の生き物。
 大変貴重なこの品。では10000000ドルから始めます」

 会場のロボットたちは次々に金額をコールした。
 2178年。この年を最後に人間は地球から完全に消滅した。

⑥【蠍座】


 小高い丘のてっぺんに停めた車から倫子と海斗はドアを開けて外に出た。
 
「わあ、見て。満天の星。天然のプラネタリウムね。
 なんて綺麗なの。空に落ちて行きそう」

 倫子は口を開けて夜空を見上げた。紺碧の宇宙に幾千万の星。
 キラキラ輝くダイヤモンドが一面に広がっていた。
 倫子の隣に立つ海斗も「すごいな」とぐるりと首を動かした。
 普段は星になど興味ないが、この星空の迫力は訳が違う。
 パノラマに広がる神秘的な悠久の美に心奪われた。

「ほら分かる?あそこに見えるでしょ。赤い星。
 あれが蠍座のアンタレス。胸の左側にあるから蠍の心臓と呼ばれてるの。
 蠍ってね、乱暴者のオリオンの足を刺して殺したのよ。
 オリオンは狩りが得意で、どんな獲物でも捕れると自慢してたの。
 その高飛車な態度が神の怒りを買って蠍を差し向けられたのよ。
 だから秋の星の蠍座が西に消えてからオリオン座は東に上がるの。
 蠍が怖くて逃げ回ってるんですって」

 赤い星を見上げて倫子は言った。「へえ」と海斗も見つめた。

「この間見ちゃった。ゆりかと手繋いで歩いてたね。
 ゆりかが先週インスタに上げてた箱根旅行も一緒に行ってたんでしょ。
 海斗も友だちと遠出するとか行ってたもんね。
 ジャケットのポケットに箱根の美術館のチケット入ってた。
 先週の日付のやつ」

 星空が静まった。海斗は身動きできずに止まった。
 なんにも言い訳が出てこない。彼女の友人との逢い引きがばれていた。

 ちらと横を見ると、倫子は刃渡りの長いナイフを持っていた。
 待て…。
 口に出す前に腹にぐにゃりと刺さった。しかし微妙にずれた。

 海斗は腹を押さえて走った。倫子は無言で追いかけてくる。
 だが痛みで足がもつれ、海斗は小さな石につまずいて転んだ。

 ナイフを振り上げて馬乗りになる倫子に必死に抵抗した。
 力は自分の方がある。倫子の手首を掴んでナイフを弾き飛ばした。
 そして倫子を思い切り押してから車に飛び乗って走り出した。
 
 バックミラーに映る倫子はゆらりと立ってこちらを見ている。
 彼女がひとりで帰れるかなどどうでもいい。
 しばらく走ってから、助手席の足元に倫子の荷物があるのに気付いた。

 海斗は慌ててブレーキを掛けた。
 どうするか。戻りたくないが勝手に捨てるわけにもいかない。
 何が入ってるか確めてから届けるか決めよう。

 黒っぽいバックの紐を掴んで持ち上げると、したた…と水が垂れた。
 うわっなんだ?飲み物でも溢れたのか。
 ふと見るとベージュ色のシートに赤いシミが滲んでいた。
 間断なく落ちる滴。底に触れるとぬるりと透明な緋色が指先に付いた。
 その時バックからスマホの着信音が鳴った。
 
 おそるおそる中身を開いた。
 見覚えのあるカバーの付いたスマホ。ゆりかのものだった。
 その奥に丸まる妙な形をした物体。そこから液体が漏れていた。
 そろりと手を入れて取り出した。
 バグパイプのような、切れた蛸の足のような、いつくもの筒。
 ぶよぶよとした赤いその塊の正体をはっきり悟った瞬間
 海斗は悲鳴を上げて放り出し、車を飛び出した。

 どこかも分からぬ道を走った。ズキンズキンと腹が痛む。
 恐怖だけが前に進ませていた。
 その時、後ろからライトが眩く光った。
 腰を屈ませた海斗が振り向くと、タクシーが近付いて来ていた。
 ちょうどいい。乗せてもらおう。
 手を上げ掛けた時、ちらと見えた後部座席に倫子が乗っていた。
 笑みを浮かべてこちらを凝視している。

 海斗は声にならぬ助けを求めて再び走った。
 逃げるんだ。逃げきるんだ。
 息を切らして走る夜空に浮かぶ赤い星。
 蠍がおれを追いかけてくる。
 海斗は自分の左胸に手を当てた。

 これだけは決して渡すものか。
 でももう飛び出しそうだ。
 ああ、おれのアンタレスよ!
 どうか耐えてくれ!どうか、どうか!
 




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