【創作長編小説】天風の剣 第113話
第九章 海の王
― 第113話 一緒だね ―
若い魔導師と年老いた魔導師が結界の外である、吹きすさぶ純白の景色を見つめていた。
ノースストルム峡谷は、いまだ吹雪に包まれている。
「お師匠様。天風の剣で永遠に空の窓を閉じられるという彼らの話は、本当でしょうか?」
若い魔導師が、自身の師である老魔導師に尋ねる。
「おそらく、真実であろう。キアラン殿とすれ違った際、とても力強く神聖な波動を感じた」
「それならば、会議でキアラン様が王都守護と決定されたのはなぜでしょう? 四聖を守護する者でもあるキアラン様は、四聖から離すべきではなかったのでは――」
「……私もそう考えていた。実際私は、会議の決定に反対した。キアラン殿が出発した今も、その考えは変わらない」
「今まで繰り返してきた不安定な時間を永久に消滅させる、大切な人と剣なのでしょう? どうして――」
「上の者は皆、魔の者や四天王を警戒し続けている。人と高次の存在だけならよいが、四天王の力の加わったという剣が、よきものとは思えぬようだ。神々しい波動を放つ聖剣のようでいて実は――、邪悪な罠なのではないか、そう捉える者が大勢いる」
「でも……! キアラン様やその周りの人々は皆、純粋でよい人ばかりで――」
老魔導師は、果てがないように見える純白の激しい風を瞳に映し続ける。
「……急激な変化が、安全とは限らん」
「今までが危険だったとしても……?」
「世界が変わった後の未来が、よいものかどうかはわからない。新しい幸福の先に、新たな不幸が待ち受けているのかもしれない。未知の危険より――、なじみの危機をなんとかやり過ごし、変わらぬ百年を次世代に渡す、変化の責任を自分たちは取りたくない、そんな考えもある」
老魔導師は、視線を落としため息をついた。
「……単純に変化を恐れるということだけでなく――。空の窓が開くことがなくなれば、人と魔の者の衝突も減るということ。そうして魔の者の危険が減ることで、自分たちの地位や存在意義、得るはずの名声や大金が減ってしまうかもしれないということも、恐れているのかもしれんな」
「そんな理由で――!」
老魔導師は、若い魔導師の瞳をまっすぐ見た。
「空の窓は、世界中から見える。四聖の祈りが始まり、空に変化が表れたら、きっとキアラン殿はそれに気付く。たとえキアラン殿が四聖と遠く離れていても生きていればきっと、キアラン殿は聖なる使命を果たすであろう」
「! もしかして、離れていたほうがむしろ、キアラン様は使命を果たしやすいのかも――!」
老魔導師は、にっこりと微笑んだ。
「祈ろう。キアラン殿や皆さんの無事を。そして、我々は四聖の皆様を守ろう」
若い魔導師はうなずく。その確かな瞳には、希望の光が宿っていた。
「はい! 祈りましょう……! 私は、自分の今できること、四聖をお守りすることに尽力します……!」
老魔導師と若い魔導師は、厚い壁のような白い風の向こうへと、祈りと誓いを響かせていた。
四天王オニキスは、一筋のエネルギーの痕跡を追っていた。
それは、今にも消えそうな弱弱しいものだった。時間が経ったからエネルギーが弱まっているのではない、そうオニキスは感じていた。
赤目……! 赤目はもしや……!
赤目の真意がなんであれ、わざわざ自分を解放し、従者としての誓いを立てた以上、ひとまず命令通り四聖を探すに違いないと思われた。
赤目の移動の痕跡をたどることで、いずれ四聖に行きつく、そう思って追い始めたが、そのエネルギーが微弱過ぎることにオニキスは動揺する。
瀕死の状態なのではないか――!
きっと、やつらだ、オニキスは下界の大地を睨み、己の拳を握りしめた。
オニキスは今、いくつかの気になるエネルギーを感知していた。
まず、赤目の痕跡。それは四聖へ続く道。そして次に気にかかるのは、あの四天王の放つ巨大なエネルギー、そしてその近くに感じられるあのシルガーという男のエネルギー。
それから――、もう馴染みとなりオニキスにとって感知しやすくなった、天風の剣とキアランの波動。
キアラン。やつらがきっと赤目を――。
オニキスは、氷のような鋭い瞳でキアランのいるほうを睨み続けた。
しかしオニキスは、きっ、と前を向きなおし、ふたたび赤目のかすかな痕跡を追い始めた。
赤目の死をオニキスはまだ知らない。赤目を追い、そして四聖を追うことをオニキスは選んだ。
天風の剣は、いつでも手にできるだろう。しかし、赤目は――。
あの呆れるほど強大なエネルギーを発している四天王より先に、四聖を見つけその力を我がものとすることも重要と思われた。
赤目――。
オニキスは空を飛び続けながら、自分の判断に戸惑いを隠せない。
いくつかの選択肢から選んだ決断の理由が、自分の計算や理性より、赤目を気にかけている比重のほうががはるかに大きい、その事実に当惑していた。
エリアール国国王は、王家に代々伝わる剣を取った。それは、王の覚悟を意味していた。
「陛下! どうか、どうか白の塔にお逃げください……!」
鎧に身を固め馬に乗ろうとする国王を、家臣たちが必死に止める。
四天王パールの襲来は、魔法の伝達によりすでに城へと伝わっていた。
国王には、四聖と守護軍を遠ざけた負い目があった。
「余が先頭に立ち、国民を、国土を四天王から守る……!」
そのとき王は、自分の視界に飛び込んできた異様な光景に、ハッとし息をのむ。
一糸まとわぬ、美しい青年が歩いてくる。
白い肌に、人の血だけを衣装とした――。
青年の歩いてきた道には、兵士やその馬たちの死体が点々と転がっている。
兵士や馬たちは、どれも完全な姿ではなかった。まるで、獣に食い荒らされたような――。
青年の全身の返り血が、なにが起きたかを雄弁に物語っていた。
「ば、化け物……!」
青年は、ゆっくりと舌なめずりをしてから、にい、と笑った。
「さっき、目の前の貴重なご馳走をいくつか食べ損ねたからね。君たちをディナーとするとしようか」
城に残っていた魔導師たちが、一斉に強い攻撃魔法を唱える。
「僕は、四天王パール。残念ながら、その程度の攻撃は効かないよ?」
いつの間にか日が傾いていた。
真っ赤な夕暮れ。石畳に長い影が伸びる。どこまでも黒く、深い闇のような影が迫る――。
悲鳴が、響き渡った。
一緒だね。
四天王パールは血だまりの中、ひと息つく。
立派な身なり、そうでない者、それによって互いに敬ったり下に見たり。なんだか勝手に人間同士自分たちの中で色々違いをつけているよう。でも、一緒だ、パールはそう思った。
「血肉は、一緒だよ」
王も、家臣も。そして町の人も。
厳密にいえば、ひとりひとり、その味わいは違う。パールにとってその違いとは、年齢や性別、それから健康であるとかそういった肉体の違いではなく、魂と個々の感情の違いだった。
でも、パールの中で認識する大きなはっきりとした人間たちの違いは、魔法が使えるかそうでないか。
「大丈夫」
恍惚とした表情で、パールは一つの頭蓋骨を持ち上げる。これが一番立派な身なりをしていた、そうパールは記憶する。でも、こうなってしまえば他と一緒だね、またそんな思いが浮かぶ。
「みんな、愛しいよ」
青年の姿から巨大な姿に戻ったパールは、誰もいなくなった城にその体を巻き付かせるようにして、満ち足りた眠りについた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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