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【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第五話

第五話 シン・お化け屋敷

 夏だ、休みだ、ゲームだ。

 ちゃんと宿題やってからじゃないとだめよ、遊ぶ時間も守るのよ、という母の言いつけを、翔太は意外と守っていた。

 いよいよ、そのときが来たのだ。

 宿題のあと、わくわくしつつ翔太は、大好きなデジタルゲームの電源を入れる。

 とんとんとん。

 窓を叩くような音がする。風でなにかが当たったのかな、と思い、翔太はゲームの画面に視線を戻す。
 
 とととん、とん。

「なんだろう?」

 変なリズムだった。絶対、変、と思った。

 誰かが、窓を叩いてる……?

 翔太の部屋は二階にあった。これは二階の窓。人間だとすると、それは相当怖いことである。でも、人間ではないとすると――。

 もっと怖いじゃん!

 昨晩やってたテレビの怖い特別番組を、思い出していた。

『深夜、窓を叩く音で目が覚める。真っ暗な部屋、閉め切ったカーテンに、長い髪の女の影がしみのように映っているのが、どういうわけかはっきりと見える。恐怖のあまり、布団をかぶって必死に寝たふりをする。叩く音は続く。震えながらひたすら朝を待ち続ける。そしてようやくやってきた翌朝――、音が止んでいることに安堵しつつカーテンを開けると、窓には真っ赤な手形がびっしりと――』

 きゃーっ。

 落ち着け、落ち着け、今は昼間だ、と翔太は思う。でも、図書館にあった怖い本で読んだことがある。

『怪異は、夜起きるのではない。昼間でも、明るい部屋の中でも、静寂の中ひっそりとそれは息をひそめ――』

 とととととん、ととんとん。

「きゃーっ!」

 やっぱり、窓をなにかが叩いてるっ!

 翔太の両親は、仕事でいない。一人きりの、家の中――。

 かりかりかりかり。

 今度は、引っ搔くような音がする。なにかが窓枠かなにかを引っ掻いているようだ。

 どうしよう、でも、ちゃんと確かめないことには、なにも解決しない……。

 ゲームだって、ミッションやタスクをクリアさせながら進んでいくものだ、と翔太はゲーム画面の大好きなモンスターキャラクターに目を落とす。

 そうだ、なんだか不安なままでは、ゲームだって楽しめない。このままじゃ、貴重なゲーム時間がなくなっちゃう。

 おそるおそる――、窓のほうを見ることにした。

「あっ……」

 窓を見て、思わず笑みが広がる。

「マジで……?」

 ガラス窓の向こう――、そこには、信じられないものがいた。翔太は目を疑う。
 怖くはなかった。むしろ、かわいいお客様だった。
 そこにいたのは、ハガキらしきものをくわえた、一匹のリスだった。

 いったい、どういうこと? そんなことって、ある?

 翔太は、わくわくしつつ、窓を開けた。窓を開けると、かわいいリスが恐ろしい怪物に変わる――、ということもなく、リスはリス、くりくりの目で翔太を見上げている。
 そしてリスはくわえていたハガキを小さな両手に持ちかえ、翔太のほうへ向ける。

「もしかして、俺に、手紙……?」
 
 こくん、リスはうなずく。

「ありがとう……! リスさん……!」

 リスは翔太にハガキを手渡すと、さっ、と身をひるがえし、あっという間にヤマボウシの枝へと飛び移り、千日紅の花々の前を駆け抜け、姿を消してしまった。

「ハガキ――、なんのハガキ――」

 あっ、と翔太の顔が輝く。ハガキは、きれいな花や葉、みずみずしいベリーを描いた装飾に縁どられており、

『無事改装終了しました。ぜひ、遊びに来てください べにあおより』

 と美しい筆文字でしたためられていた。

「招待状だ……!」

 紅と蒼からの招待状だった。


 実は翔太も、紅と蒼のところへ行きたいと思っていた。
 渡したいお土産があったのだ。
 お盆、家族揃って父方の祖父母の家に泊まりに行っていた。皆でお墓参りをし、一年ぶりのいとこたちと遊び、夏休みらしい充実した時間を過ごした。
 祖父母の家から少し車を走らせると、海があった。

「海にも寄ってみよう」

 父の仕事の都合上一泊しかできず、海水浴を楽しむほどの時間はなかった。海を眺めつつ、おいしいものを食べて帰ろう、ということになっていた。

「あっ、素敵なお店ができてる!」

 車の窓から外を眺めていた母が、声を弾ませた。
 お目当ての、窓から海が見えるビュッフェスタイルの大型レストランの隣に、小さな雑貨屋さんが開店していた。
 その雑貨屋は、マリンブルーの屋根と扉、白い壁、そしてハンギングバスケットからあふれる鮮やかな花々――、地中海の建物をイメージしたような店だった。
 とてもおしゃれなかんじの店だが、木製の吊り下げ看板には「雑貨屋 よろず」とかわいらしい書体で書かれており、店先に並べられた「お買い得!」と記された商品も百円程度の小さなおもちゃのようなものもあり、学生や子どもでも気軽に入れる店のようだった。

「ごはん食べたら、ちょっと寄ってもいい? 職場の友だちに、ちょっとしたお土産買ってあげたいんだ」

 もちろん母は、しっかり自分の分も買うつもりだ。母は意外と女子が喜ぶような、かわいいものに目がない。

「俺も、お土産買いたい」

 思わず翔太の口から出た言葉に、父も母も目を丸くした。

「翔太……、お前、まさか……!」

 あきらかに、女子のテンションが上がりそうな、センスのあるかわいらしいお店だった。そこでお土産を買いたい、ということは――。

「好きな子でも、できたの!?」

「そんなんじゃ、ないけどっ」

 大急ぎで否定したが、顔が真っ赤になってしまった。

 お菓子やお茶をご馳走になったり、助けてもらったり。たまには俺も、紅と蒼にお礼がしたい。

 そんなことを話せるわけはなかったが、父と母は意味ありげにうん、うん、と勝手にうなずき合い、

「相手に気を遣わせるようなもの、負担になるようなものはだめよ。あと、ちゃんと渡すときや場所に気をつけるのよ」

 などと、友人間のトラブルを避けるようなアドバイスをし、それ以上は突っ込んで訊かなかった。
 店の中は、海をイメージした雑貨や小物がたくさんあった。

 あ、これ――。

 女の子の喜ぶもの、それから大人の男の人の喜ぶもの、翔太には見当もつかない。ただ、きれいだな、と思うものがあった。

 たぶん、あの二人は笑顔になってくれると思う。

 きっと、紅と蒼はなんでも喜んでくれるだろうと思った。きれいなものだったら、なおさら喜んでくれるに違いない。

「それぞれラッピング、お願いします」

 翔太は頬を染めつつ、崖から海に飛び込むような勇気で、ラッピングもオーダーした。


 宝物のように包装された小さなプレゼント二つをカバンに入れ、今、翔太は雪夜丸ゆきよまるの背に乗って、異世界の空を飛ぶ。
 もちろん、雪夜丸には、ちゃんとおやつをあげている。

 お屋敷、それからシステムキッチン、どうなってるんだろう……?

 お土産を渡す「わくわく」と、新しくなった屋敷に出会う「わくわく」。
 翔太の瞳が、きらきらと輝く。

「あっ……!」

 眼下に見える、「シン・お化け屋敷」。翔太は度肝を抜かれていた。

「西洋風に、なってる……!」

 思いっきり、西洋の城のデザインになっていた。

「おお、翔太! よく来てくれたな……!」

 縁側の代わりに、テラスがあった。テラスに、笑顔の紅と蒼がいた。ちなみに庭も紅と蒼の装いも、和風のままだ。
  
「翔太にもらったシステムキッチン、とても使い勝手がよいぞ。ちょうど今、パイが焼けたところじゃ。お茶にしようではないか」

 紅が、城のような屋敷の奥に行こうとした。

「あの、紅――」

 翔太が紅の背に声をかける。

 今、渡さないと渡すタイミング、なくしそうだから……!

 勇気を振り絞るようにして、声をかけた。会ったら渡す、そう決めていたから、会ったときにすぐ渡さないと、渡す勇気がしぼんでしまいそうだ、そう感じていた。

「紅と蒼に、お土産。いつもありがとう。それから、ええと、新しいお屋敷になって、おめでとうの気持ちも」

 前もって決めていた言葉を述べながら、二つの包みを掲げた。

 でも、言葉の割に、大したものじゃ、ないんだけど……。

 それぞれ数百円の、小さなもの。実際に二人を目の前にして急になんだか、小さなプレゼントに大きな気持ちを乗せるのは、申し訳ないような気がしてきた。

「なんと、ありがとう……! 開けても、よいか?」

 翔太の手から、紅と蒼は丁寧な仕草で受取り、みるみる顔いっぱいに笑みを浮かべ、声を弾ませた。

 いや、いいけど、そんな、ほんと、大したものでは……。

「ありがとう! すごいきれいだ!」

 紅と蒼は、声を揃えた。
 それは、海のかけらのような、青い髪飾りと、小さな白い貝殻を模した、キーホルダー。

「素敵な贈り物を、本当にありがとう!」

「わっ……!」

 紅が、翔太に抱きついていた。翔太は――、激しく動揺し――、頭の中が真っ白になる。

「翔太。本当にありがとう。大切に使わせてもらう」

 蒼の大きな手のひらが翔太の頭に乗せられ、真っ白だった頭が現実に戻る。

 よかった……! 喜んでくれた……!

 焼きたてのベリーパイとハーブティーのような優しい味のお茶のあと、紅と蒼はシステムキッチンも披露してくれた。

「最新式だあー」

 大型レストランでも開けるような、大きなキッチンがあった。

「銀の卵、見事に大きく育ったな……」

 立派に育った子を眺める親ってこんな気持ちかな、翔太は妙な感動に包まれていた。
 銀の卵は、屋敷に食べられたのだという事実は忘れていた。


 帰り道、思い出す。
 紅と、蒼の弾けるような笑顔を。
 
 二人とも、喜んでくれた……!

 改めて、選んでよかった、渡せてよかったと思う。
 それと同時に、紅に抱きつかれたときの、花のような香りも思い出す。

 紅……、あんなに喜ぶとは。

 翔太は、耳まで真っ赤になっていた。
 部屋に戻ると、ゲームがそのままになっていた。
 翔太は、そっと電源を切る。

 楽しい一日だったなあ。

 ふと、窓をみやる。
 夕空。カーテンを閉めようと立ち上がる。

「あれ」

 手形がついていた。
 怖い話の赤い手形とは違って、小さな小さな、リスの手形が白く残っていた。

「リスの郵便屋さん――」

 翔太は、くすっと笑い、カーテンを閉めた。
 きれいな夕日、明日も暑い日になりそうだった。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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