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【創作長編小説】天風の剣 第123話

第九章 海の王
― 第123話 雷鳴と、涙と ―

 ギャアアアア……!

 四天王パールの絶叫が、響き渡る。
 パールの姿が、一瞬にして巨大な半身蛇の姿に変化した。まるで見上げる壁のように高く長く続く尾が、轟音と共に大地を打ち、土埃を上げる。

「あっぶね!」

 ライネが愛馬グローリーの手綱を引き、とっさに左方向に跳ね避ける。判断がわずかでも遅ければ、パールの尾の下敷きになるところだった。ダンもライネ同様、間一髪、素早くその場を駆け出しており無事だった。
 パールは歯を食いしばり、両肘を地面につき上半身を支えながら、苦しそうに身をよじらせていた。

「ダン! ライネ!」
 
 キアランが、空から二人の名を叫ぶ。
 輪を描くように持ち上がり、地面を打ち鳴らし、パールの尾は激しくのたうっている。土埃は上がり続け、花紺青はなこんじょうと一緒に板に乗って飛んでいるキアランの視界からは、ダンとライネの姿が見えにくくなっていた。

 ダン、ライネ……! どうか、うまく逃げ切ってくれ……!

「やはり、片方だけでは死なないか」

 シルガーはそう呟くと、切り落としたパールの右足首から下を、パールに向かって放り投げた。そして、そのまま衝撃波を放つ。

 ゴウッ!

 パールの右足首が燃え上がり、衝撃波の軌道の先にある、肘をついたパールの額部分も直撃する。
 シルガーは叫ぶ。

「今の一撃は、四天王アンバーの分だ!」

 銀の髪を怒りの炎のようになびかせ、シルガーが空高く飛ぶ。

「四天王パール! お前にとどめを刺してやる!」
 シルガーは、パールの尾の先端へと、風のように空を駆ける。

 ガアッ!

 パールが顔を上げ、衝撃波を放っていた。パールの衝撃波は、まっすぐシルガーへ――。

「シルガー!」

 シルガーの姿も、もう見えない。今放たれた衝撃波はかわしたようだが、半身をねじらせ、パールはさらなる衝撃波を送り続けている。続く攻撃がどうなっているのか、シルガーの安否もわからない。

 一刻も早く、パールの息の根を止めねば――!

花紺青はなこんじょう! やつの尾の先端目がけ、飛ん――」

「もちろんだよ!」

 キアランが叫び終わる前に、花紺青はなこんじょうは板を高く上昇させ、キアランを乗せ、パールの尾に向かって飛んでいた。
 花紺青はなこんじょうが操る板が、ぐんぐん速度を上げる。その間パールは、シルガーへの攻撃に集中しており、キアランと花紺青はなこんじょうにまで気が回らないようだった。

 ダン、ライネ、シルガー……! 皆……!

 風向きが、微妙に変わった気がする。キアランは空を瞳に映し、ハッとした。東の空から、勢いよくなにかが飛んでくる。それは――。

白銀しろがね! 黒羽くろは!」

 白銀しろがねと、黒羽くろはだった。

「あの人間たち、二人は任せて!」

 黒羽くろはがキアランに告げながら、急降下していく。白銀しろがねは、黙って親指を立て、キアランに向かい笑顔を残しながら、風を切って下降する。

 ダンとライネを守ってくれようとしているんだ……! ありがとう、白銀しろがね黒羽くろは……!

「やっべ!」

 花紺青はなこんじょうが叫び、板の角度を変えた。大きく右に傾く。

「うわっ」

 キアランの脇をかすめる熱風。花紺青はなこんじょうが、パールの衝撃波を寸前でかわしたのだ。

「運転荒いけど、落ちないでね、キアラン!」

「もちろん――」

 板は、素早く一回転していた。衝撃波が通り抜ける。遠心力で、キアランと花紺青はなこんじょうは落ちずに済んだ。
 全身に叩きつけるような風。眼下の鱗は、蠢きながらどこまでも続く。

 シルガー!

 ついにキアランの金の瞳は、シルガーの姿を捉えた。シルガーは、左半分に残ったパールの尾のつけ根に、衝撃波を放とうと腕を振り上げていた――。

 ドン……!

 大地を揺るがすような衝撃音。今までとは格段に上の、おそらくシルガーの渾身の一撃。
 シルガーは、肩で息をしていた。

「くそ……!」

 そこに、今まであったはずの、あの巨大な尾はなかった。

 なんだって!?

 キアランが驚き急いで後ろを振り返ると、遠いところ、さっきまでキアランがいたあたりに人影らしきものがある。
 まただった。またしても、シルガーの攻撃を受ける前に、パールは人の姿、人の大きさに変身していたのだ。

「パールッ!」

 シルガーが炎の剣を握りしめ駆け出す。キアランと花紺青はなこんじょうも、急いで旋回、戻ろうとした。
 
 ゴッ……!

 キアランの目の前を、ものすごい勢いでなにかが通り過ぎる。
 パールの鱗だった。
 パールが、ふたたび巨大な姿に一瞬で戻っていた。ほんの少し位置がずれていたら、鱗が、尾が、あわやキアランたちを直撃するところだった。

 なんてやつだ! 一瞬で姿を変えられるのか……!

 キアランが息をのみ、目を大きく見開いた、次の瞬間、

「栄養を、たくさんとらないとだめだね。血がたくさん流れ過ぎた――」

 パールの白い顔が、目の前にあった。大きな口が、地獄の門のように開く――。

「キアランッ!」

 ばくんっ。

 辺りは、閃光に包まれた。キアランと花紺青はなこんじょうは、そのとき見ていた。
 自分たちが、パールに丸のみにされようとしたその瞬間、突然猛スピードでなにかが突進してきたのを。そして、キアランたちを押しのけ、それはパールの口に入り込んでしまう。
 それは――。

「キアラン。世界を、頼みましたよ」

 穏やかな、笑顔。
 金の光をまとった、高次の存在。四枚の純白の翼を持つ――。

「シリウスさん――!」

 シリウスだった。
 高次の存在の中でも、特別な存在のシリウス。すでにふたつの高次の存在を体内に取り入れ、エネルギーの暴走が弱まったとはいえ、たちまち空は荒れ、大雨が降り雷鳴が轟いた。

「シリウスさんーっ!」

 キアランの叫び声は、雷鳴にかき消されることなく空を引き裂いた。

 そんな……! シリウスさんまでも……!

 稲光に浮かび上がるパールは、恍惚とした表情を浮かべる。

「ああ……! なんて素晴らしい味なんだろう……! 想像以上の、極上の、エネルギーだ……!」

 両腕を大きく広げ、激しい雨に打ち付けられるのも構わず空を見上げ、歓喜に身を震わせる様子のパール。

「至福の、体験だよ……」

 パールの目から、雨ではない光るものがこぼれ落ちる。喜びの涙のようだった。

 どくん……!

 キアランの耳にもパールの鼓動が聞こえる。パールが、また変貌を遂げようとしていた。

 バリバリバリッ……!

 パールが、爪を立て自分の皮膚を引きはがし始めた。それは、まるで衣服や殻を脱ぐように。

 な、なにをしているんだ!?

 雨に打たれ湯気を上げつつ、パールの中から現れたのは――。

「また生まれ変わったよ。これがこれからの僕の姿さ。覚えておいてくれると、嬉しいな」

 新しい、パールの姿。
 全体の大きさは、今までより二回りほど小さくなったようだった。しかし、頭にニ本のカーブを描く黒い角があり、尾は、六つに分かれていた。

 急所である尾の付け根が、増えた……!?

 六つの尾の付け根すべてを破壊しなければならないのか、それともシルガーによって破壊された右側の他にもう一つだけであとの五本は偽物なのか、キアランの金の瞳でも見極めることはできなかった。
 パールは、満ち足りた笑顔を浮かべる。

「至高の食事、最高のエネルギーは得た。でも、やはり休まないとだめだね。僕は、もう寝ることにするよ。とっても美しい夢が見られると思うし……」

 鈍い音がした。
 閃光と煙。
 シルガーの衝撃波に、一本の尾の付け根が吹き飛ばされていた。

「やれやれ。また君か――」

 顔をしかめ、パールは衝撃波が飛んできた地上に目をやる。

「おしゃべりが過ぎる、そう忠告したはずだぞ」

 銀の瞳が、射るようにパールを見上げている。

「シルガー」

 愛しい者の名を呼ぶようにそう呟いたあと、パールは口を大きく開く。衝撃波を撃つ、誰もがそう思い身構えた。
 しかしそれは、ただのあくびだった。

「君は本当に困った子だなあ……。それも、魅力的なんだけどね。ああ、君の足、とってもおいしかったよ? 大切に、ゆっくり味わった」

 ふふ、と笑ったあと、また大きく口を開く。しかし、それもただのあくびだった。
 それからパールは、右腕を突き上げ、左手で右ひじを掴むようにする。新たな攻撃かと思ったが――、ただ伸びをしただけだった。

「うーん。いい加減僕も疲れた、かな……。もう――、眠いなあ――」

 やつは完全ではない! そして、シルガーに気を取られている、今がチャンスだ……!

 キアランと花紺青はなこんじょうは、うなずき合う。
 天風の剣を構え、キアランは花紺青はなこんじょうと共に、パールの尾の付け根近くへと疾走する。

 一本残らず、切り落とす……!

 雷鳴が轟く。

 くっ……!

 キアランと花紺青はなこんじょうは、板ごとパールの尾に弾き飛ばされていた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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