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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第14話

第14話 星聴祭

 森宝玉もりほうぎょくたちを換金してもらい、外に出ると町はすっかり夕日に染まっていた。
 小鬼のレイが肩から下げているカバンは、少しふくらみ、重みも増している。

 初めての、お金。人間のお金。これは、俺の……!

 心が弾んでいた。魔法使いレイオルは、自分のために充分過ぎるお金を使ってくれていたけど――カバンだってレイオルが買ってくれた――、それはあくまでレイオルのお金。今自分のカバンには、確かな重みの自分のお金、というものがある。

 俺は小鬼だしお金は必要ないと思うけど、なんだか嬉しいな……!

 ふと隣のルミを見ると、元精霊のルミは、少々緊張した面持ちのようだったが、それでも赤い瞳がきらきらと輝いていた。

 ルミもたぶん、初めての自分のお金というものが、嬉しいんだあ……!

 人間の欲望で、富を集めさせられていた、ルミ。おそらくお金というもの、お金にまとわりつく人間の欲というものに、よい感情を抱いてはいない――深い恨みや強い怒りを持っているのかもしれない――だろうが、それでも、少女の姿となってしまった今、彼女の表情、声からは、生きていくための当面の道具を得たような、深い喜びと安堵が透けて見えるようだった。
 魔法使いレイオルが、ルミの目線に合うよう、身をかがめた。

「ルミ。お前に金を持たせるというのは、ひどい皮肉かもしれんし酷なことかもしれない。でも、私はお前にも持っていて欲しい。人のいる社会で過ごす以上、必要なものだからな」

 ルミは首を左右に振り、それから意を決したように自分の今の気持ちを告げた。

「いいえ……! 本当に、本当に……、ありがたく思います……!」

 ルミの瞳に、少し涙がにじんでいた。心配した様子のアルーンが口を挟みそうになったが、ルミはアルーンが安心するように、と思ったのか大急ぎで笑顔を浮かべ、

「お金には、辛い思いをさせられたわけですが――。でも、お金は強力なエネルギー。お金自体に、よいも悪いもありません。人の醜い表情も、美しい笑顔も、たくさん見てきました。エネルギーの使いかたが大切なのだと思います」

 と、はっきり述べた。

「その通りだ」

 レイオルは目を細め、それから、

「ルミ。自分の好きな服やカバン、靴など、この町で買い揃えるがいい。食べたいおやつでも、飲み物でも、かわいい人形でも、輝く白銀の髪に映える髪飾りでも、なんでも、だ」

 と続けた。
 今までルミはアルーンの外套とアルーンのカバンの底に押し込まれていた、ぶかぶかのブーツ――ぶかぶか過ぎて、中に布を押し込んだ――を履いていた。そのため、この町に着くやいなや、レイオルがルミに合った必要なものを一揃い、買ってあげていた。

「私が買ったものは取り急ぎのものだ。今度は自分の好みのものを、じっくり選ぶといい」

 それから、とレイオルはレイのほうに向きなおり、

「レイ。お前もだ。初めてのお前だけのお金、自由に使うといい」

 と告げた。

「うん……!」

 レイは、ルミのほうを見た。ルミは、微笑んでいた。ルミの微笑みを目にし、レイは心置きなく大きな笑みを浮かべることができた。

「レイオル。お前、旅人の割に、ほんと金持ってんな」

 レイの帽子を含めた所持品もすべて買ってあげていたことを知り、アルーンがしみじみと呟く。

「アルーン。お前、旅人の割に、ほんと物持ってるな」

 カバンの底にぺっちゃんこになったブーツまであったことを、感心したようにレイオルが言う。

「……ばかにしてる?」

 半眼かつ口を少々とがらす、アルーン。

「率直な感想だ。まあ、おかげでルミが助かったわけだが」

 アルーンのカバンはビッグサイズかつパンパンに膨らんでいる。腰に差した大剣といい、重そうだが大柄で筋肉質な体型のアルーン、行動に支障はなさそうだ。
 大通りに出ると、換金の店に入ったときにはなかったテントが、たくさん張られていた。青色の布地に白字ののぼりも、あちこちに立てられていた。

星聴祭せいちょうさい

 のぼりには、そのように書かれていた。

「へえ。初めて聞く祭りだな。この地域独自の祭りかな」

 アルーンがのぼりを見つめつつ、呟く。

「面白いな。星を見る、じゃなくて星を聴く、または、星に聞く、とは」

 レイオルは、初めて目にする言葉に興味を引かれているようだった。
 道いっぱいに並ぶテントには、様々な雑貨や食品などが並べられており、それぞれの店主たちの活気ある声が響いていた。

「レイ。ルミ。自由に見てくるといい。買い物のしかたは、もう分かるな?」

「うん!」

 レイオルの言葉を合図に、レイとルミは駆け出す。実は、早く見て回りたくて、うずうずしていたのだ。
 
 見たことのない人間の道具や食べ物……! 面白い掛け声、なんだか楽しそう……!

 たくさんの買い物客たち。大人も、子どもも、老人も。レイは色とりどりの人波を縫うように駆ける。

 あ。

 一緒に走っていたルミの姿が、見えなくなる。レイは急いで戻る。ルミの白銀の長い髪が、すぐ目に入った。レイは、ルミのほうへ手を伸ばしていた。

「人がたくさんで、迷子になっちゃうね」

 ルミも、レイに向かって手を伸ばす。

「うん……!」

 伸ばした手と手。

「これなら大丈夫」

 にっこりと笑い合う。息が弾んだ。
 レイとルミは、ごく自然に、手を繋いだ。
 オレンジの日差しが、小さなふたりを包み込むように照らしていた。



「大丈夫かな。俺らも付いていかなくて。人ごみだし、大金持ってるし、色々危険が――」

 アルーンは、レイとルミが小鬼と元精霊ということを忘れ、まるで人間の子どもたちの保護者のように心配する。

「そうだな。そこはお前の出番だ」

「……あてにしてたな。始めから」

 アルーンが、ハメられた、とばかりため息をつく。

「心配するより先に実行。アルーン、お前はそういった類の輩と見たが?」

「はいはい。ご高察、ご名答。行ってくるよ、ほんじゃ」

 アルーンはレイオルに大げさに手を振り、レイとルミを追いかけて人ごみの中へ分け入っていった。
 一人になったレイオル。少し、人の流れから外れ、路地に入る。
 
 なにか、気になる気配がある――。

 実は、換金の店を出て、テントを見ているときから、自分を窺うような気配を感じていた。換金の店ということは、金がらみの、強盗や窃盗が浮かぶところだろうが、それはあきらかに違うとレイオルにはわかっていた。

 私に強い意識を向ける人間。私と同じ、魔法を操る者――。

 魔法使いが皆、金銭面の欲がないというわけではない。しかし、同じ魔法を使う者に対し、あからさまな関心を向けるというのは、わざわざ相手に自分の存在をアピールするようなものだった。習いたての魔法初心者ならいざ知らず、ある程度の技量以上の者なら、自分を探るような気配に、すぐ気付かれるからである。
 近付いてくる、気配。レイオルのほうへ。レイオルはためらうことなく、路地の奥、その気配のほうへと突き進む。
 角を曲がると、人影が見えた。長い髪の――。

「思ったより、人間離れしてる……!」

 レイオルが気配の主と対面するとすぐに、すっとんきょうな声を浴びせられた。
 女だった。気配の主は。

「いきなり、核心をつくじゃないか」

 レイオルは、呆れるともムッとするでもなく、淡々と言葉を返す。

「なにか私に用か? 魔法使い。私は、あまり人間に用がないのだが」

 気配の主、その女性は、長く豊かに波打つ黒髪を後ろに一つに縛っていた。細身で背が高く、手足も長い。ショートパンツと高めのヒールのロングブーツが、さらに背を高く見せていた。
 化粧が濃い目で大人の雰囲気があるが、表情を見れば多少幼くも見え、レイオルより年下に思えた。
 たぶん、普通の人間から見れば、魔法という特殊な力を持つ女性というようには見えないのではないかと思う。一般人が察するとすれば――、彼女の持つ、いかにも魔法使いといった上部に大きな赤い宝石の埋め込まれた、木製の長い杖を目にして、といったところからのみだろう。

 そういえば、アルーン。あいつ、いくつなんだろう。まあ私と同じか下かと思うが。

 ちょっと意識がそれた。今意識を向けるべきは、単純ともいえる性格のアルーンより、目の前の謎の女性だ。
 女性が、ためらいがちに口を開く。真っ赤なルージュから、ハスキーな声がこぼれだした。

「一応聞くけど、あなた、ほんとに人間よね……?」

「人間でないとしたら、どうするんだ」

 女性は、レイオルの頭からつま先まで、不躾に眺めまわした。

「……一応、人間みたいね」

「まだ、人間だ。で、用件は?」

 女性は、今度はじっとレイオルの瞳を見つめた。長いまつ毛にふちどられた、大きな、黒い瞳で。

「突然。ごめんなさい。私の名は、ケイト。この町の、星聴きの見習い」

 星聴き――。

 レイオルは、さっきののぼりを思い出していた。

「私の名は、レイオル。旅の魔法使いだ」

 遠くから、音楽が聞こえてきた。楽団がいるのだろう。
 紫がかった空に、星が生まれ始める。
 星聴祭が、始まろうとしていた。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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