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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第13話

第13話 森宝玉

 小鬼のレイの頭にある、三本の角。

「時間・空間・物質を表わすって聞いてるよ」

 レイは自分の角の三本の意味を打ち明けた。

「は? どういうこと?」
 
 旅の剣士アルーンは、太く筋肉質な自身の両腕を組みつつ、盛大に首をかしげた。

「つまり――、レイさんたち小鬼族の能力は、時間、空間、物質に関すること、ということですね……!」

 元精霊のルミが、赤色の瞳に美しい光を宿した。
 小鬼のレイの言っていることがさっぱりわからないアルーンに対し、元精霊であるルミはレイの言葉の意味を感覚として理解したようだった。
 しかし、当のレイ、

「さあ? 俺にはまだ、わかんないけど?」

 角の意味は教えられて知っていても、自分自身の能力についてはわからなかった。
 小鬼の特殊能力――小鬼ボーナスポイント――の真の力について、レイは知らない。人間より身体能力が優れている、ということくらいしか自覚がない。たぶん、おとなである両親は特殊能力を使えるのだろうと思う。
 レイは、特殊能力について教えられないまま親離れを迎えた。能力は各自自分で見つけて育てるべき、それが小鬼族の教えのようだった。

「三つの角は、元気、勇気、根気とも教えられたけど」

「ずいぶん違うな」

 アルーンが、なかば薄目になりつつ指摘する。この世界を表わすような壮大な三大要素から、根性論に変わってしまっていた。
 なぜレイがアルーンとルミに自分の角について詳しく打ち明けているかと言うと、つい先ほどまで一緒にいた魔法使いレイオルが突然、

「ちょっと向こうから呼び声が聞こえる。お前たちは、ここで待っていろ」

 と言い出していたからだ。

「は? 呼び声?」

 思わずアルーンが聞き返す。しかし、レイオルはそのまま説明もせずに森の奥へと歩き出した。

「レイオル……! レイが小鬼であることはわかったが――、お前の旅について、それからお前の旅の目的地について、教えろ……!」

 アルーンはその際、大声でレイオルの背に呼びかけていた。
 しかし、レイオルの返事は、

「おそらくだが、すぐにお前とルミは嫌でも私の話を聞かされる羽目になる。手を動かす作業中、時間ができるからな。長話は、そんなときにうってつけだ」

 と謎の言葉を残し、木々の向こうに消えていってしまった。
 森の中、残されたレイとアルーンとルミ。

「声、なんか聞こえたか?」

 アルーンが尋ねるが、レイにもわからなかった。ただ、ルミは、

「かすかに――、遠くからなにか、歌のような声が聞こえた気がしますが」

 と答えた。

「歌? ますます、謎だな」

 レイオルの、続く「手を動かす作業」というのも謎だった。
 わからない者同士残されても、ただただ困惑しかない。

 えーと。

 帽子を取ったレイは、とりあえずどうしていいかわからない時間を埋めるべく、自分の角について説明したのだった。
 それから、レイは自分の過去について話した。町に出向き、ちょっとしたいたずらをして騒ぎを起こし、そして人間側の勘違いから封印されてしまったこと。長い歳月のあと、レイオルに助けられたこと。それから、レイオルに付いて旅を始めたばかりだということ。
 今まで人間の少年のふりをしていたことを、レイは詫びた。

「帽子集めの旅も、嘘だったんだ」

「嘘だったんかい!」

 アルーンは心底驚いていた様子だった。そこまで信じていたとは、レイにも予想外だったが。
 一通り話したが、まだレイオルは戻ってこない。
 レイオルの旅について、この世界について、レイオルに代わってレイが説明しようとしたとき、ようやくレイオルが姿を見せた。

「こんなにいただいてしまった。さあ、作業の協力、頼むぞ」

 へ!?

 思わず、レイオルを凝視するレイとアルーンとルミ。
 戻ってきたレイオルの両手いっぱい抱えるように――、緑色に光る無数の玉があった。

「それ、なに!?」

 レイも初めて見るものだった。たぶん、なにかのエネルギーだと思った。しかし、ルミも見たことがないらしい。アルーンに至っては人間の作った物でもなければ植物でもなさそうな物体、まったくわけがわからない、といった様子だった。

森宝玉もりほうぎょくだ。森の主からのお礼だ」

 レイオルは、大きな口でにっこり笑うと、皆にあちらへ向かうよう顎で指し示した。

「森宝玉!?」

「森の主ですか!?」

「お礼!? それから、あっちって、なんだ!? どこに行くんだ!?」

 レイ、ルミ、アルーンが口々に質問する。

「森宝玉は、貴重な宝石。よく息を吹きかけてから川の水で洗うと、美しい石となる。森の主は、この森の主。あの十体の怪物たちに棲みつかれ、魔の気に当てられ森も荒らされ、長年困っていたらしい。先ほどの呼び声は、森の主。怪物を退治したお礼をしたくて、呼んだのだそうだ。森宝玉を渡したい、と。で、もらった。と、いうわけでこの先の川に行くぞ」

 レイオルは、皆からの質問に、いっぺんで答えた。

「さあ。川で洗濯、手伝ってくれ。宝石は町で売って山分けだ」



 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 レイオルは約束通り自分の旅について――人間卒業の旅――、正直にアルーンとルミに伝えた。
 この世界が三度目であるということも、世界を二度滅ぼした怪物ウォイバイルのこと、その怪物を倒すことが旅の目的であるということも。

「お前……、化け物になる気かよ」

 たくさんの質問、ツッコミどころがあり、なんと感想を述べようか少し迷っている様子ではあったが、アルーンの第一声はそれだった。

「当然だ」

「なぜ」

「先ほども言ったが、私は人間を卒業するのだ」

 ざぶ、ざぶ。

 ルミは黙って聞いていたし、レイもレイオルの話に口を挟んだりせず作業にいそしんでいた。なぜなら――、森宝玉は川の水が嬉しいらしく、きゃっきゃっウキウキで川面を弾もうとするからだった。

「こら、あんまり暴れないのっ!」

「わかった、わかった、楽しいのは。落ち着いて」

 などと、森宝玉をたしなめてはいたが。
 レイオルの話では、森宝玉はエネルギー体、生命ではなく、「作業」することで石化して物質として安定するらしい。さらに、「物質として安定」というのは森宝玉の完全体であり、それはエネルギーの最終形態、森宝玉にとって望む着地点なのだそうだ。

「アルーン。そんなわけで、私の目的地はウォイバイルが眠るという、隣の国にある雪白山せきはくざんと呼ばれる山のふもと。非常に危険な旅だ。いつ辞めてもらっても構わない」 

 レイオルが楽しそうに川深く潜ろうとする森宝玉を引っ張り上げつつ、真剣な表情で告げる。
 陽光を受け、水しぶきが、光る。

「辞めるかっ」

 アルーンは自分の手元の森宝玉を掴み上げつつ、叫んだ。

「世界を滅亡させる怪物を退治する、望むところだ! そんな話を聞いてしまってからは、黙っていられねえ! 俺も、行く!」

 レイオルは、少し驚いたようにアルーンを見つめた。

「ほう」

「俺の力も、使ってくれ! 世界のために――」

 森宝玉たちの緑の輝きは、どこまでも澄んでいて、吸い込まれるようだった。
 水面が、きらきらと輝いている――。
 
「勇ましいな」

 微笑みかける、レイオル。

「お前ひとり、怪物にしてたまるか」

 アルーンも笑みを返す。

「いや、それは私の望みなのだが」

「知ったことか」

 まだ夕暮れには時間があった。
 皆、川から上がる。めいっぱい川を謳歌していた森宝玉たちは皆、無事石化していた。

「あ。歌が聞こえます」

 森を抜けるとき、ルミが振り返り呟く。

「気を付けて、と旅の無事を祈ってくれているようだぞ」

 レイオルが振り返り、森に向かって一礼する。皆もレイオルにならい、深く頭を下げた。
 夕刻前に次の町に着く。森宝玉たちは、とても高い値で売れた。
 ろうそくの明かりに照らされた緑の光が、

『価値あるのは、当然!』

 と胸を張っているようだった。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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